第四章 〜絆〜(連載中)
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「お待ちしておりました、朧様」
虚無僧の一人が朧に錫杖と編笠を渡す。それらを受け取った朧が錫杖で地面を叩き「手はず通りに」と口にすると、一瞬で虚無僧たちの姿は消え去った。
たった数秒。ともすれば瞬きほどの出来事にも拘らず、柚希に与えた衝撃は絶大だ。何故なら柚希は知っていたから。
「あれは……八咫烏の中でも選りすぐりの暗殺実行部隊じゃない! 彼らを江戸に集結させるなんてどういうつもり?」
「今度こそ奴らを師と友の元へと還してやるためだ。八咫烏が告げし天啓に二度目はないからな」
「……まさか!」
一瞬悩みはしたものの、すぐに朧の言葉の真意に気づき肌が粟立つ。
「シロを……白夜叉たちを襲おうっていうの!?」
柚希が訊くも答えは無い。それはつまり肯定したという事。
──シロは今怪我をしてる……程度はどうあれ、万全ではない状態で本気の八咫烏を相手にすれば、命がいくつあっても足りないわ
ただ目標を抹殺するためだけの無慈悲な存在の恐ろしさは、敵味方双方の立場で身を持って知っている。傷を負う痛みも、仲間を失う悲しみも、死の恐怖すらも持ち得ない烏たちは、その全てを持つ銀時たちにとって最も厄介な相手だ。
だからこそ、柚希は言った。
「そんな事させない……私が止めてみせる!」
懐から取り出した扇子を開いた柚希は、右膝と左手でバランスを取りながら構える。しかし朧はと言うと、柚希の事など気にも留めずに編笠を被っていた。
「手の内を見せつけるだけでなく、目の前で武器を構えても平然としているなんて、とことん私を舐めているのね。でも貴方がどう思っていようと、私は全力で襲撃を阻止させてもらうわ」
朧との距離を保ちつつ、攻撃のタイミングを計る。
正直なところ、朧を倒せる自信は無い。だとしても柚希は動かずにはいられなかった。
そんな柚希を朧は見下し、鼻で笑う。
「口ではなんとでも言えよう。だが五体満足でも全盛期には程遠い今のお前が、その足でどこまで戦える? 自分の置かれている状況も分からぬとは、姫夜叉も墜ちたものだ」
「それはどうかしら……ねっ!」
叫ぶと同時に、扇子から放たれた玉が一直線に朧を襲った。ただ一振りしただけなのに様々な方向から朧を襲う玉は、まるでそれ自体に意思があるようだ。どう避けても確実に朧を捉えるであろう完璧な攻撃に、柚希は手応えを感じていた。
確かに朧の言うように、現在の柚希にあの頃の動きは無理だろう。攘夷戦争に参戦していた頃は、戦うたびに劣化し壊れていく扇子を、補修材料の乏しい中で何度も修復して戦っていた。どうしても命中精度は下がったが、それでも置かれていた環境と若さによってギリギリカバーできていたのだ。
しかし今手元にはこれ以上なく精度の高い武器があり、頭の中には経験という名のデータがあの頃よりも蓄積されている。これまでに戦ってきた敵の動きから朧の次の動きを想定して戦えば、勝機を見いだせる可能性はあるはず。
そう考えた柚希は、扇子を持つ手に力を込めた。そして小さく手首を返し──
「朧っ!?」
柚希が叫ぶ。その声に呼応して全ての玉が地面に落ちた時、朧もまた膝をついていた。
口元を押さえて咳をする朧の手から滴り落ちているのは、赤い液体。ただし体には一つの傷も見当たらない。柚希の放った玉は朧を捉える寸前、異変に気付いた柚希によって標的を見失っていた。
「一体何なのよ、それは」
戸惑いと警戒を携え、朧を見つめる。しばし続いた咳は、ポタリポタリと地面を赤く染めていった。
やがて咳が止まると、懐に入れていた手ぬぐいで口元を拭い、何食わぬ表情で立ち上がる。改めて柚希に向けられた顔は、これまで柚希が見た中で最も色を失っていた。
「怪我をしているわけでは無さそうだし、どこか悪いんじゃないの?」
「別に大したことではない」
「血を吐いてるのに? その目と言い、この吐血と言い、貴方の体は……」
「そんなに俺が心配か?」
「そっ……んなこと、あるわけないでしょ!」
心外だとばかりに朧を睨む柚希。すると朧は皮肉な笑みを浮かべる。そして「だろうな」と小さく呟き、口内に残っていたと思しき血を吐き出すと、先程よりも丹念に口の周りを拭った。
手ぬぐいに血が付かなくなったことを確認した朧は、瞬時に移動し柚希の目の前に立つ。そのまま柚希の胸ぐらを掴んで強引に立たせ、顔を間近に寄せた。
「何故いつも俺では……」
まるで火のように熱く、それでいてどこか悲しい冷たさを覚える濡れた感覚が柚希の唇を撫でる。ただしそれは、朧の吐息でしかなかった。
「貴方では……何?」
近すぎて表情を確認することも出来ぬまま、訊く。逃げようとしないのは、決して口づけを待っているわけではない。ただこの状況で、いつものように自分を縛り付けるための儀式が行われない理由を知りたかった。
答えを待つ。
しかしその疑問に朧は答えることなく、胸ぐらを掴んでいた手を離した。
咄嗟に感覚の無い左足をかばって尻もちをつく柚希に背を向け、朧が言う。
「せいぜい名残を惜しむと良い」
「ちょっと……待ちなさいよ、朧っ!」
柚希が慌てて叫ぶも、振り返ることなく朧は消え去ってしまった。
虚無僧の一人が朧に錫杖と編笠を渡す。それらを受け取った朧が錫杖で地面を叩き「手はず通りに」と口にすると、一瞬で虚無僧たちの姿は消え去った。
たった数秒。ともすれば瞬きほどの出来事にも拘らず、柚希に与えた衝撃は絶大だ。何故なら柚希は知っていたから。
「あれは……八咫烏の中でも選りすぐりの暗殺実行部隊じゃない! 彼らを江戸に集結させるなんてどういうつもり?」
「今度こそ奴らを師と友の元へと還してやるためだ。八咫烏が告げし天啓に二度目はないからな」
「……まさか!」
一瞬悩みはしたものの、すぐに朧の言葉の真意に気づき肌が粟立つ。
「シロを……白夜叉たちを襲おうっていうの!?」
柚希が訊くも答えは無い。それはつまり肯定したという事。
──シロは今怪我をしてる……程度はどうあれ、万全ではない状態で本気の八咫烏を相手にすれば、命がいくつあっても足りないわ
ただ目標を抹殺するためだけの無慈悲な存在の恐ろしさは、敵味方双方の立場で身を持って知っている。傷を負う痛みも、仲間を失う悲しみも、死の恐怖すらも持ち得ない烏たちは、その全てを持つ銀時たちにとって最も厄介な相手だ。
だからこそ、柚希は言った。
「そんな事させない……私が止めてみせる!」
懐から取り出した扇子を開いた柚希は、右膝と左手でバランスを取りながら構える。しかし朧はと言うと、柚希の事など気にも留めずに編笠を被っていた。
「手の内を見せつけるだけでなく、目の前で武器を構えても平然としているなんて、とことん私を舐めているのね。でも貴方がどう思っていようと、私は全力で襲撃を阻止させてもらうわ」
朧との距離を保ちつつ、攻撃のタイミングを計る。
正直なところ、朧を倒せる自信は無い。だとしても柚希は動かずにはいられなかった。
そんな柚希を朧は見下し、鼻で笑う。
「口ではなんとでも言えよう。だが五体満足でも全盛期には程遠い今のお前が、その足でどこまで戦える? 自分の置かれている状況も分からぬとは、姫夜叉も墜ちたものだ」
「それはどうかしら……ねっ!」
叫ぶと同時に、扇子から放たれた玉が一直線に朧を襲った。ただ一振りしただけなのに様々な方向から朧を襲う玉は、まるでそれ自体に意思があるようだ。どう避けても確実に朧を捉えるであろう完璧な攻撃に、柚希は手応えを感じていた。
確かに朧の言うように、現在の柚希にあの頃の動きは無理だろう。攘夷戦争に参戦していた頃は、戦うたびに劣化し壊れていく扇子を、補修材料の乏しい中で何度も修復して戦っていた。どうしても命中精度は下がったが、それでも置かれていた環境と若さによってギリギリカバーできていたのだ。
しかし今手元にはこれ以上なく精度の高い武器があり、頭の中には経験という名のデータがあの頃よりも蓄積されている。これまでに戦ってきた敵の動きから朧の次の動きを想定して戦えば、勝機を見いだせる可能性はあるはず。
そう考えた柚希は、扇子を持つ手に力を込めた。そして小さく手首を返し──
「朧っ!?」
柚希が叫ぶ。その声に呼応して全ての玉が地面に落ちた時、朧もまた膝をついていた。
口元を押さえて咳をする朧の手から滴り落ちているのは、赤い液体。ただし体には一つの傷も見当たらない。柚希の放った玉は朧を捉える寸前、異変に気付いた柚希によって標的を見失っていた。
「一体何なのよ、それは」
戸惑いと警戒を携え、朧を見つめる。しばし続いた咳は、ポタリポタリと地面を赤く染めていった。
やがて咳が止まると、懐に入れていた手ぬぐいで口元を拭い、何食わぬ表情で立ち上がる。改めて柚希に向けられた顔は、これまで柚希が見た中で最も色を失っていた。
「怪我をしているわけでは無さそうだし、どこか悪いんじゃないの?」
「別に大したことではない」
「血を吐いてるのに? その目と言い、この吐血と言い、貴方の体は……」
「そんなに俺が心配か?」
「そっ……んなこと、あるわけないでしょ!」
心外だとばかりに朧を睨む柚希。すると朧は皮肉な笑みを浮かべる。そして「だろうな」と小さく呟き、口内に残っていたと思しき血を吐き出すと、先程よりも丹念に口の周りを拭った。
手ぬぐいに血が付かなくなったことを確認した朧は、瞬時に移動し柚希の目の前に立つ。そのまま柚希の胸ぐらを掴んで強引に立たせ、顔を間近に寄せた。
「何故いつも俺では……」
まるで火のように熱く、それでいてどこか悲しい冷たさを覚える濡れた感覚が柚希の唇を撫でる。ただしそれは、朧の吐息でしかなかった。
「貴方では……何?」
近すぎて表情を確認することも出来ぬまま、訊く。逃げようとしないのは、決して口づけを待っているわけではない。ただこの状況で、いつものように自分を縛り付けるための儀式が行われない理由を知りたかった。
答えを待つ。
しかしその疑問に朧は答えることなく、胸ぐらを掴んでいた手を離した。
咄嗟に感覚の無い左足をかばって尻もちをつく柚希に背を向け、朧が言う。
「せいぜい名残を惜しむと良い」
「ちょっと……待ちなさいよ、朧っ!」
柚希が慌てて叫ぶも、振り返ることなく朧は消え去ってしまった。