第四章 〜絆〜(連載中)
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誰かの話し声に、柚希の意識がぼんやりと浮上する。強い眠気で目を開けることはできないものの、聞き覚えのある二つの声の片方には焦りと悲しみが、そしてもう一方からは静かな苛立ちが感じられた。
しかしすぐに会話は打ち切られ、カチャカチャと器具の当たる音だけが耳に届く。柚希にとって生活音に等しいその音は、まるで柚希に何かを語りかけているようだ。
──そうだ……仕事しなきゃ……
先程から感じていた消毒液のにおいと共に頭に浮かんだのは、緒方診療所のこと。
ごく自然に記憶の中のカルテを開き、治療歴を確認しようとする。だがすぐに柚希は思い直した。
──違う……私はもう診療所を出て……
指一本動かすのも気怠く、頭の中はモヤがかかった状態だ。それでも心だけははっきりと江戸を目指している。
「シロ……」
ただ、会いたい。
意識が朦朧としているからこそ、今一番求めている存在が口を付いた。
そんな柚希の耳に聞こえてきたのは、包み込むような優しい声。
「待っているよ、彼も」
背中を押される感覚に、頬が緩む。声の主が誰なのかと気になり目を開けようとしたが、重い瞼はそれを許してはくれなかった。
「ん……」
せめてもとため息を零すように答えた柚希は、そのまま再び眠りに落ちる。柚希が意識を手放す瞬間、そっと頭を撫でた手のぬくもりは、消毒液のにおいを伴っていた。
次に目を覚ましたのは、頬に強い風を感じたからだった。
今度こそはっきりと覚醒した柚希が見たものは、飛ぶように流れていく景色。驚いて目を瞬かせると、間近に朧の顔があることに気づく。
「朧……っ!」
「ようやく目が覚めたか。思っていた以上に図太いな」
「悪かったわね! 睡眠薬を打ち込んだ張本人が言うセリフ? そんなことよりこれは一体どういうこと? 私をどこに連れて行こうとしてるのよ!」
朧を睨みながらも決して暴れようとはしないのは、高い木の上を高速で移動しているから。強引に腕から抜け出しても、大怪我するのが関の山だと柚希は瞬時に理解していた。
ところが朧はと言うと、珍しい答えを返す。
「……どこに行きたい?」
「はい?」
予想外の返事に、思わず目を丸くする柚希。だがすぐに以前江戸で捕まりそうになった時にも同じように返されたことを思い出し、どこまでバカにするのかと朧を睨みつける。しかしチラリと柚希に視線を移し、すぐにまた前方へと視線を戻した朧にそんな考えはなさそうだ。
とは言え何かしら腹に一物抱えているはずだと思い、警戒は怠らない。
「駕籠屋にでもなってくれるの? だったら江戸までお願いできるかしら。お代はいかほど?」
敢えて皮肉たっぷりに言えばフン、と鼻で笑い返されたが、何故かそこには寂しさも含まれている気がした。
「な、何よ……聞いたのはそっちじゃない!」
「そうだな。頼まれずとも江戸はもう目と鼻の先だ」
「嘘……っ」
咄嗟に進行方向を見れば、ひときわ高くそびえ立つターミナル。喜びよりも驚きで目を見開いた柚希は、「何で……」と朧を伺い見た。
「わざわざ私を江戸に連れ帰ってくれたの?」
「単なるついでだ。貴様のためではない」
そう冷たく言い放ち大きく跳んだ朧が着地したのは、かぶき町に程近い森林公園。規模の割には人気の少ない静かな場所だ。
更に人の来ない奥まった草むらへと入り、何の予告も無しに柚希を投げ落とす。咄嗟に衝撃を逃そうと転がる柚希の横にリュックを放り投げると、朧は言った。
「江戸に戻ったからには自分の目で見届けるが良い。貴様の大切な者たちが絶望の中、傷つき命果てゆく様を」
「見届ける?」
朧の言わんとしていることが全く掴めない。真意を確かめるべく柚希は体を起こし、朧に詰め寄ろうとした。
ところがだ。
「それってどういう──」
言いかけた柚希の体が左に倒れる。この時初めて柚希は、左足の感覚が無くなっていることを知った。
「くっ……!」
咄嗟に足を見れば、包帯が巻かれている。
「そうだ、私は虚に……でも誰が治療を?」
包帯止めまでも完璧な処置は、素人の手とは思えない。そもそもが目を覚ましてから今まで、この傷を忘れていられたほどに痛みも違和感も感じていなかったのだから。
「貴方じゃないわよね、朧」
「さァな」
曖昧な答えが柚希を苛立たせる。
とは言えここでキレても真実は探れない。今は少しでも冷静になって朧から情報を引き出さなくては。
そう思った柚希は今度こそ朧に詰め寄るべく、感覚の無い左足をかばいながら手を付いて立ち上がろうとした。──が、意識する間もなく、反射的に両手と右足で跳び転がる。
これまでの戦いの経験から、本能が危険回避させたようだ。その証拠に、たった今まで柚希のいた場所にはクナイが刺さっており、いつの間にか数人の虚無僧が朧の周りに膝をついていた。
しかしすぐに会話は打ち切られ、カチャカチャと器具の当たる音だけが耳に届く。柚希にとって生活音に等しいその音は、まるで柚希に何かを語りかけているようだ。
──そうだ……仕事しなきゃ……
先程から感じていた消毒液のにおいと共に頭に浮かんだのは、緒方診療所のこと。
ごく自然に記憶の中のカルテを開き、治療歴を確認しようとする。だがすぐに柚希は思い直した。
──違う……私はもう診療所を出て……
指一本動かすのも気怠く、頭の中はモヤがかかった状態だ。それでも心だけははっきりと江戸を目指している。
「シロ……」
ただ、会いたい。
意識が朦朧としているからこそ、今一番求めている存在が口を付いた。
そんな柚希の耳に聞こえてきたのは、包み込むような優しい声。
「待っているよ、彼も」
背中を押される感覚に、頬が緩む。声の主が誰なのかと気になり目を開けようとしたが、重い瞼はそれを許してはくれなかった。
「ん……」
せめてもとため息を零すように答えた柚希は、そのまま再び眠りに落ちる。柚希が意識を手放す瞬間、そっと頭を撫でた手のぬくもりは、消毒液のにおいを伴っていた。
次に目を覚ましたのは、頬に強い風を感じたからだった。
今度こそはっきりと覚醒した柚希が見たものは、飛ぶように流れていく景色。驚いて目を瞬かせると、間近に朧の顔があることに気づく。
「朧……っ!」
「ようやく目が覚めたか。思っていた以上に図太いな」
「悪かったわね! 睡眠薬を打ち込んだ張本人が言うセリフ? そんなことよりこれは一体どういうこと? 私をどこに連れて行こうとしてるのよ!」
朧を睨みながらも決して暴れようとはしないのは、高い木の上を高速で移動しているから。強引に腕から抜け出しても、大怪我するのが関の山だと柚希は瞬時に理解していた。
ところが朧はと言うと、珍しい答えを返す。
「……どこに行きたい?」
「はい?」
予想外の返事に、思わず目を丸くする柚希。だがすぐに以前江戸で捕まりそうになった時にも同じように返されたことを思い出し、どこまでバカにするのかと朧を睨みつける。しかしチラリと柚希に視線を移し、すぐにまた前方へと視線を戻した朧にそんな考えはなさそうだ。
とは言え何かしら腹に一物抱えているはずだと思い、警戒は怠らない。
「駕籠屋にでもなってくれるの? だったら江戸までお願いできるかしら。お代はいかほど?」
敢えて皮肉たっぷりに言えばフン、と鼻で笑い返されたが、何故かそこには寂しさも含まれている気がした。
「な、何よ……聞いたのはそっちじゃない!」
「そうだな。頼まれずとも江戸はもう目と鼻の先だ」
「嘘……っ」
咄嗟に進行方向を見れば、ひときわ高くそびえ立つターミナル。喜びよりも驚きで目を見開いた柚希は、「何で……」と朧を伺い見た。
「わざわざ私を江戸に連れ帰ってくれたの?」
「単なるついでだ。貴様のためではない」
そう冷たく言い放ち大きく跳んだ朧が着地したのは、かぶき町に程近い森林公園。規模の割には人気の少ない静かな場所だ。
更に人の来ない奥まった草むらへと入り、何の予告も無しに柚希を投げ落とす。咄嗟に衝撃を逃そうと転がる柚希の横にリュックを放り投げると、朧は言った。
「江戸に戻ったからには自分の目で見届けるが良い。貴様の大切な者たちが絶望の中、傷つき命果てゆく様を」
「見届ける?」
朧の言わんとしていることが全く掴めない。真意を確かめるべく柚希は体を起こし、朧に詰め寄ろうとした。
ところがだ。
「それってどういう──」
言いかけた柚希の体が左に倒れる。この時初めて柚希は、左足の感覚が無くなっていることを知った。
「くっ……!」
咄嗟に足を見れば、包帯が巻かれている。
「そうだ、私は虚に……でも誰が治療を?」
包帯止めまでも完璧な処置は、素人の手とは思えない。そもそもが目を覚ましてから今まで、この傷を忘れていられたほどに痛みも違和感も感じていなかったのだから。
「貴方じゃないわよね、朧」
「さァな」
曖昧な答えが柚希を苛立たせる。
とは言えここでキレても真実は探れない。今は少しでも冷静になって朧から情報を引き出さなくては。
そう思った柚希は今度こそ朧に詰め寄るべく、感覚の無い左足をかばいながら手を付いて立ち上がろうとした。──が、意識する間もなく、反射的に両手と右足で跳び転がる。
これまでの戦いの経験から、本能が危険回避させたようだ。その証拠に、たった今まで柚希のいた場所にはクナイが刺さっており、いつの間にか数人の虚無僧が朧の周りに膝をついていた。