第四章 〜絆〜(連載中)
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時間は少し遡り、松下村塾跡地。柚希はと言うと、朧との約束の時間よりも早く松陽の墓の前に到着していた。
「早すぎたかな……」
リュックを下ろし、懐の扇子を確認する。そこにはこの上ない緊張が見て取れた。
「大丈夫……もう覚悟はできてるんだから」
「何の覚悟だ?」
「……っ!」
予想はしていても慣れない背後からの声に、文字通り飛び上がる。振り向きざま扇子を構えれば、柚希を冷たい眼差しで見つめる朧の姿があった。
「相変わらず間の抜けた女だ」
「悪かったわね! 趣味の悪い近づき方をするからじゃない」
「俺が来ることが分かっていたにも拘らず、ただの小娘の如く背後をとらせる。姫夜叉などという存在は虚像だったか」
「貴方こそ、相変わらず嫌味しか言えないようね。でもそんな事を言うために呼び出したんだったら、私はこのまま江戸に帰るわよ」
「別に構わんが、その後この場所がどうなるかは分かっているはずだ」
表情一つ変えることなく言い放つ。冷酷無比な朧の言葉は単なる脅しなどではない。柚希がこの場を離れてしまえば、数分と経たず辺り一面焦土と化すだろう。
「どこまでも卑怯な男ね。だったら御託を並べてなんかいないで、さっさと連れていきなさいよ」
だがここで気圧されるわけにはいかないと、柚希は強気を見せる。すると朧の纏う空気がヒヤリとしたものに変わった。
「……良いだろう」
一瞬間を置き返された言葉。何故かそこにいつもの冷酷さとは違う緊張を感じた柚希は、小さく首を傾げた。
「朧?」
「行くぞ」
「え? あの、ちょっと!」
それ以上の言葉を言わせず、片手で柚希を抱き上げた朧は、その体を自らの肩に乗せる。そしてもう片方の手で柚希のリュックを掴むと、大きく宙へと飛び上がり走り出した。
「……っ!」
過去に何度も経験してはいるが、この人間離れした速度での移動は呼吸がし辛く、体への負担が大きい。今騒ぐのは得策でないと判断した柚希は、しばし黙って目的地に到着するのを待つことにした。
どこに向かっているのかと道順を辿ろうとしていたもののそれも叶わず、景色は飛ぶように流れていく。体感時間にして十分ほどだろうか。生い茂った木々をかき分け進んだ先に見えた、小さな荒ら屋のすぐ手前に着地した朧は、柚希を地面に放り投げた。
とっさに受け身を取り、周囲を警戒しながら朧との間合いを取る。
──人の気配が全くない……でも何かが……。
目の前の荒ら屋に神経を集中させれば、感じられるのは小さな懐かしさ。そして同時に理由の分からぬ恐怖を覚えた。
無意識に手が懐へと伸びる。扇子を握り、大きく深呼吸をして心を落ち着かせようとしたが、一度覚えてしまった恐れは消せない。
「朧……あの中にいるのは……誰……?」
震え声で訊く。そんな柚希に朧は言った。
「愚問だな。行くぞ」
柚希の怯えを気にせず腕を掴んだ朧は、強い力で柚希を引っ張ると、もう片方の手で壊れかけの戸を叩く。
「娘を連れてまいりました」
朧の声に一拍置いて返って来たのは──。
「待っていましたよ」
「……っ!」
中から聞こえた声は、柚希の体を大きく震わせた。
「早すぎたかな……」
リュックを下ろし、懐の扇子を確認する。そこにはこの上ない緊張が見て取れた。
「大丈夫……もう覚悟はできてるんだから」
「何の覚悟だ?」
「……っ!」
予想はしていても慣れない背後からの声に、文字通り飛び上がる。振り向きざま扇子を構えれば、柚希を冷たい眼差しで見つめる朧の姿があった。
「相変わらず間の抜けた女だ」
「悪かったわね! 趣味の悪い近づき方をするからじゃない」
「俺が来ることが分かっていたにも拘らず、ただの小娘の如く背後をとらせる。姫夜叉などという存在は虚像だったか」
「貴方こそ、相変わらず嫌味しか言えないようね。でもそんな事を言うために呼び出したんだったら、私はこのまま江戸に帰るわよ」
「別に構わんが、その後この場所がどうなるかは分かっているはずだ」
表情一つ変えることなく言い放つ。冷酷無比な朧の言葉は単なる脅しなどではない。柚希がこの場を離れてしまえば、数分と経たず辺り一面焦土と化すだろう。
「どこまでも卑怯な男ね。だったら御託を並べてなんかいないで、さっさと連れていきなさいよ」
だがここで気圧されるわけにはいかないと、柚希は強気を見せる。すると朧の纏う空気がヒヤリとしたものに変わった。
「……良いだろう」
一瞬間を置き返された言葉。何故かそこにいつもの冷酷さとは違う緊張を感じた柚希は、小さく首を傾げた。
「朧?」
「行くぞ」
「え? あの、ちょっと!」
それ以上の言葉を言わせず、片手で柚希を抱き上げた朧は、その体を自らの肩に乗せる。そしてもう片方の手で柚希のリュックを掴むと、大きく宙へと飛び上がり走り出した。
「……っ!」
過去に何度も経験してはいるが、この人間離れした速度での移動は呼吸がし辛く、体への負担が大きい。今騒ぐのは得策でないと判断した柚希は、しばし黙って目的地に到着するのを待つことにした。
どこに向かっているのかと道順を辿ろうとしていたもののそれも叶わず、景色は飛ぶように流れていく。体感時間にして十分ほどだろうか。生い茂った木々をかき分け進んだ先に見えた、小さな荒ら屋のすぐ手前に着地した朧は、柚希を地面に放り投げた。
とっさに受け身を取り、周囲を警戒しながら朧との間合いを取る。
──人の気配が全くない……でも何かが……。
目の前の荒ら屋に神経を集中させれば、感じられるのは小さな懐かしさ。そして同時に理由の分からぬ恐怖を覚えた。
無意識に手が懐へと伸びる。扇子を握り、大きく深呼吸をして心を落ち着かせようとしたが、一度覚えてしまった恐れは消せない。
「朧……あの中にいるのは……誰……?」
震え声で訊く。そんな柚希に朧は言った。
「愚問だな。行くぞ」
柚希の怯えを気にせず腕を掴んだ朧は、強い力で柚希を引っ張ると、もう片方の手で壊れかけの戸を叩く。
「娘を連れてまいりました」
朧の声に一拍置いて返って来たのは──。
「待っていましたよ」
「……っ!」
中から聞こえた声は、柚希の体を大きく震わせた。