第四章 〜絆〜(連載中)

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「どのくらいも何も、桂くんに強引に連れてこられたんだもの。最初から予定なんて決まって無いわよ。その桂くんもさっさと何処かに行っちゃったしね。あの時点では未だ完全に傷は塞がってなかったから、心配してるんだけど……」
「アイツはいつも追われてっから、同じ場所に留まっていられねェんだろ。でもまァだったら、もう暫くゆっくりしてくりゃ良いんじゃねェの? おっさん達も喜ぶだろうしよ」
「え……?」

 言われて柚希が驚きの声を上げる。まさか銀時に、更なる滞在を促されるとは思っていなかったから。

「そうは言っても、もう二週間お世話になってるのよ。これ以上はさすがに迷惑になっちゃうんじゃないかな」
「んなこたァねーさ。どうせ診察の手伝いをしてんだろ? むしろ歓迎されるぜ」

 どうやら銀時は本気で柚希の滞在を引き伸ばしたいらしい。話の流れからそう確信した柚希は、ストレートに疑問を口にした。

「ねぇ、それってつまりは私を江戸に帰らせたくないって事? 今回の強引なお墓参りもそう。何で私を江戸から遠ざけようとするの? 隠さないで理由を説明してよ」
「別に何も隠してなんざいねェよ」
「その割にはいつもと声が違うよね。電話越しだって、シロが何かしら腹に一物を抱えていることくらい分かるわ」
「んなこたァねーって。強いて言うなら、城から戻ったばかりで疲れてるかもな」
「ううん、これはただ疲れてる時の声じゃないよ。……ねぇシロ。貴方今、怪我を負ってるんじゃない?」
「……ッ」

 咄嗟に言葉が出なかった。
 見えていないから気付かれまいと思っていたのに。柚希の言う通り退院直後の銀時の体には、今も包帯が欠かせない。ただ歩くだけでも体に痛みが走り、松葉杖を必要としている状況だ。
 柚希を江戸から送り出してすぐ。将軍の命を護るべく、銀時達万事屋を初めとする志を同じにした仲間たちは命がけで戦った。
 次々と明るみになる事実と敵は想像以上に強大であり、かろうじて将軍暗殺の阻止は叶ったものの、死闘の中で受けた傷は重く深い。しかも未だ終止符が打たれたわけではなく、次の戦いの覚悟が必要だった。

「何も言えないってことはやっぱり……」

 銀時がしまったと思った時にはもう、取り繕える状況ではなくなっている。自らの失態に小さく舌打ちした銀時は、わざとらしく大きく溜息を吐いて言った。

「ったく、声だけで俺の状態が分かっちまうなんてどんだけ耳が良いんだよ。ひょっとしてあれか? 銀さんが好き過ぎて心の声まで聞こえちゃうってやつ?」
「茶化さないで! こっちは真面目に言ってるんだから」
「分かってるっつーの。……鬼ごっこで足を滑らせて、屋根から落ちて怪我したなんてかっこ悪ィ事、柚希に知られたくなかったんだよ」
「鬼ごっこ?」
「そ。治るまでにちっとばかし時間がかかりそうだから、お前が帰るのを遅らせて、その間にお前を抱けるレベルまで回復しておこうと思ったわけ。それなのに声だけで見抜きやがって。ほんっと敵わねェよなァ」
「そ……んな理由だったら今更私に隠す必要なんて無いじゃない」
「そんな理由で悪かったな! 少しくらい銀さんにも男の見栄ってやつを張らせろってーの」
「見栄の張り方がおかしいのよ。もっと他に──」

 不意に目を見張り、言葉を切る。柚希の視界に入ったのは、テレホンカードの残り度数だった。話す事に夢中で存在を忘れかけていたが、【2】という数字が示す残り時間は恐らく一分も無いだろう。
 黙り込んでしまった柚希を気にして、銀時が「おい、どうしたんだよ柚希?」と語りかける。気持ちばかりが焦る中、柚希は言った。

「だったらお願い!」
「お願いって……銀さんに何か頼みてェ事でもあんのか?」

 突如切羽詰まった声になる柚希に何か感じるものがあったのか、銀時が優しく言う。それに甘えるように柚希は言った。

「キスして……」
「キス? 電話でか?」
「お願い、シロ」
「……分かった」

 了承の言葉と共に受話器に近付く息遣い。キスが伝わるようにと銀時が立てたリップ音に合わせ、自らも受話器に口付けた柚希の顔がくしゃりと歪む。
 
「シロ……」
「どした? こんなもんじゃ足んねーか?」
「そうじゃなくて。シロの怪我が治る頃には……江戸に帰れるのかな? またかぶき町の皆にも会えるかな……?」
「そんなの当たり前だろーが。っつーか皆じゃなくて銀さんに会うことだけ考えて待ってなさいって。お預け食らってる分、思いっきり抱いてやるから覚悟しとけよ」
「……バカ」

 銀時の冗談に合わせて必死に口角を上げる柚希。だがそんな彼女をあざ笑うかのように、タイミング良く液晶が【0】になった。
 ピーピーと耳障りな音が響くと同時に吐き出されたテレホンカードには、賑やかなかぶき町の写真が印刷されている。それを目にした瞬間、叫んだ。

「シロ!」
「な、何だよ」
「私──」

 プツリと切れた電話の向こうに、柚希の言葉を聞く者はいない。

「私、ホントは今すぐ江戸に帰りたかった」

 ゆっくりと受話器を戻せば、ピーピーと鳴り続けていた電話の音が止まる。

「もう一度シロに抱きしめられたかった」

 カードを抜き取りポケットに入れた柚希の指が用意していた小銭に触れ、チャリンと鳴った。

「これを使ってれば、素直に言えてたのかなぁ」

 ポケットの中も、心も、重い。

「覚悟を決めるために電話をしたのに……未練ばかりでどうするってのよ」

 そう呟いた柚希は、使い終わったテレホンカードと小銭を取り出し、公衆電話の台に置く。そして足元に置いていた荷物を背負うと、松陽の墓に向けて歩き出した。
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