第四章 〜絆〜(連載中)
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受け取った扇子の出来は上々だった。
使い古してボロボロになっていた扇子は新品同様となり、新たに作られた扇子はどれも柚希の手にしっくりと馴染んでいる。大きさ、重さ、そして使い勝手の全てが申し分ない。
「ありがとうございました。何年経っても腕は衰えてませんね」
「誰に向かって言ってやがる」
生意気言うなと柚希を軽く小突いた畑中だったが、その表情は明るい。余程会心の出来なのだろう。柚希が一本ずつ確認している時も、ずっと満足げな顔を見せていた。
「しかし途中であんな注文が追加されるとは思ってもみなかったぜ。お前さんの言う通りに仕上げてはおいたけどよ……」
たった今柚希に渡したばかりの一本を手に取り、畑中が言う。手にした時の感覚が他のものとは少しだけ違うその扇子は、未だかつて畑中が作った事の無い特注品だった。
しかもその追加要望を伝えられたのはほんの数日前。柚希が小夜から朧の話を聞かされた日だった為、さすがの畑中も最初は渋っていた。だが柚希の必死さに絆され、そこまで言うならカラクリ師の意地を見せてやる、と最終的に請け負ったのだ。
「急な事だったから材料も足りねェし、作れたのはこの一本だ。替えがねェ分試す事もできねェ。使う時は一発勝負だ。良いな?」
「はい。肝に銘じておきます」
改めて渡されたその特別な一本を握りしめ、柚希は頷いた。
「ところで嬢ちゃん、引き受けといて何なんだが、こんなモンを一体何に使うつもりだ? 何のために必要なんだ?」
余程特殊な依頼だったのだろうか。その扇子の作りに違和感を覚えていたらしい畑中が探りを入れる。しかし柚希は動じなかった。
「実際に使うかどうかはその時にならないと分かりませんが、何に必要かと問われれば、大切な人との約束を守るためと答えます」
その目には、覚悟を決めた人間独特の強い意志が見て取れた。
「大切な人ってなァ誰の事だ? そもそもアレは一体ーー」
更なる探りを入れようと、畑中が続ける。だが柚希は人差し指を口に当て、にっこりと笑って言った。
「良い女の秘密ってのは、暴いちゃダメなんですよ」
それは、決して深入りを許さない大人の笑み。
今目の前にいるのは、自分の知っている柚希という少女ではなく、噂に聞いていた姫夜叉なのだという事を畑中は察した。
「……良い女、ねェ」
そう呟いた畑中の大きな手が柚希の頭を掴む。そのまま髪をくしゃくしゃにかき乱した畑中は、頭をボサボサにされてふくれっ面を見せる柚希に言った。
「中身は変わっちゃいねェくせに、背伸びばっかしやがって」
「背伸びなんかしてませんよ。ちゃんと大人になりましたもん」
「俺から見りゃァ、お前さんなんてまだまだガキだっつーの。……でもまァ言いたくねーことを、無理に聞き出そうとはしねェよ。だがな、嬢ちゃん。前にも言ったように、どんな事があっても命を粗末にだけはすんな。今も昔も俺のカラクリは、持ち主を守るためにある。俺はいつだってこの扇子を通して、持ち主である嬢ちゃんを見守ってんだ。それだけは忘れんじゃねェぞ」
「……はい」
畑中の言葉を聞き、たった今まで見せていた大人びた表情が崩れる。だがすぐにその顔は、畑中のよく見知った笑顔となった。
素直な返事に気を良くしたのか、畑中はニカリと笑い、
「そんじゃまァ無事納品できたことだし、お前さんの話でも聞かせてもらおうか」
と言って、雑談を促す。お互いの近況を話し、途中からは千代も交えての楽しい時間はあっという間に過ぎていった。
そろそろお昼時だからと言って柚希が切り上げると、別れ際に千代から
「今度こっちに来る時は、江戸で評判のエイジングケアクリームを買ってきてくれるかい。あたしの肌は柚希ちゃんにかかってるんだから、絶対忘れるんじゃないよ!」
と無茶振りされる。だがその言葉の裏に隠された再会への強い思いは、優しい温もりと共に小さな棘となって柚希の心に染み込んでいったのだった。
夕方からは予定通り緒方診療所にて、柚希のお別れ会が開かれた。
メンバーは緒方、小夜、そして柚希の三人だけではあったが、積もる話は尽きること無く。翌日の仕事があるからと、名残惜しそうに小夜が告げるまで宴は続いた。
再会を約束して小夜を見送った柚希はリビングでテレビを観ている緒方にお茶を出し、自らは片付けに勤しむ。一通り綺麗になり、そろそろ寝ようかという時、緒方が訊いた。
「とうとう明日江戸に戻るんだね。いつ頃出発するつもりかい?」
「お昼前には出ようと考えてます」
「寂しくなるなぁ。ちなみに銀時くんと連絡は取れたのかい?」
「それが困ったことに未だなんですよ」
「未だなのか……じゃあもう暫くここにいた方が、連絡が取りやすいんじゃないかな」
「いえ、明日の朝もかけてはみますが、江戸に戻った方が確実ですので」
「……そうか」
銀時と連絡が取れないということは、現在進行形で何かが起きているのだろうか。そんな不安はあったが、既に一度引き伸ばしを提案してしまっている緒方には、これ以上柚希を引き止める手段は無い。
「じゃあ今夜はしっかりと休んでおくんだよ」
「ありがとうございます。おやすみなさい」
「あぁ、おやすみ」
いつものように挨拶を交わし、柚希が寝室へと向かう。その後ろ姿を見送った緒方は、
「ここ最近、テレビで江戸のニュースが流れる事はほぼ皆無だったし、柚希ちゃんが来てから今日まで何も問題は起きなかった。全てが杞憂であれば良いんだが……」
と複雑な表情でため息を吐くのだった。
使い古してボロボロになっていた扇子は新品同様となり、新たに作られた扇子はどれも柚希の手にしっくりと馴染んでいる。大きさ、重さ、そして使い勝手の全てが申し分ない。
「ありがとうございました。何年経っても腕は衰えてませんね」
「誰に向かって言ってやがる」
生意気言うなと柚希を軽く小突いた畑中だったが、その表情は明るい。余程会心の出来なのだろう。柚希が一本ずつ確認している時も、ずっと満足げな顔を見せていた。
「しかし途中であんな注文が追加されるとは思ってもみなかったぜ。お前さんの言う通りに仕上げてはおいたけどよ……」
たった今柚希に渡したばかりの一本を手に取り、畑中が言う。手にした時の感覚が他のものとは少しだけ違うその扇子は、未だかつて畑中が作った事の無い特注品だった。
しかもその追加要望を伝えられたのはほんの数日前。柚希が小夜から朧の話を聞かされた日だった為、さすがの畑中も最初は渋っていた。だが柚希の必死さに絆され、そこまで言うならカラクリ師の意地を見せてやる、と最終的に請け負ったのだ。
「急な事だったから材料も足りねェし、作れたのはこの一本だ。替えがねェ分試す事もできねェ。使う時は一発勝負だ。良いな?」
「はい。肝に銘じておきます」
改めて渡されたその特別な一本を握りしめ、柚希は頷いた。
「ところで嬢ちゃん、引き受けといて何なんだが、こんなモンを一体何に使うつもりだ? 何のために必要なんだ?」
余程特殊な依頼だったのだろうか。その扇子の作りに違和感を覚えていたらしい畑中が探りを入れる。しかし柚希は動じなかった。
「実際に使うかどうかはその時にならないと分かりませんが、何に必要かと問われれば、大切な人との約束を守るためと答えます」
その目には、覚悟を決めた人間独特の強い意志が見て取れた。
「大切な人ってなァ誰の事だ? そもそもアレは一体ーー」
更なる探りを入れようと、畑中が続ける。だが柚希は人差し指を口に当て、にっこりと笑って言った。
「良い女の秘密ってのは、暴いちゃダメなんですよ」
それは、決して深入りを許さない大人の笑み。
今目の前にいるのは、自分の知っている柚希という少女ではなく、噂に聞いていた姫夜叉なのだという事を畑中は察した。
「……良い女、ねェ」
そう呟いた畑中の大きな手が柚希の頭を掴む。そのまま髪をくしゃくしゃにかき乱した畑中は、頭をボサボサにされてふくれっ面を見せる柚希に言った。
「中身は変わっちゃいねェくせに、背伸びばっかしやがって」
「背伸びなんかしてませんよ。ちゃんと大人になりましたもん」
「俺から見りゃァ、お前さんなんてまだまだガキだっつーの。……でもまァ言いたくねーことを、無理に聞き出そうとはしねェよ。だがな、嬢ちゃん。前にも言ったように、どんな事があっても命を粗末にだけはすんな。今も昔も俺のカラクリは、持ち主を守るためにある。俺はいつだってこの扇子を通して、持ち主である嬢ちゃんを見守ってんだ。それだけは忘れんじゃねェぞ」
「……はい」
畑中の言葉を聞き、たった今まで見せていた大人びた表情が崩れる。だがすぐにその顔は、畑中のよく見知った笑顔となった。
素直な返事に気を良くしたのか、畑中はニカリと笑い、
「そんじゃまァ無事納品できたことだし、お前さんの話でも聞かせてもらおうか」
と言って、雑談を促す。お互いの近況を話し、途中からは千代も交えての楽しい時間はあっという間に過ぎていった。
そろそろお昼時だからと言って柚希が切り上げると、別れ際に千代から
「今度こっちに来る時は、江戸で評判のエイジングケアクリームを買ってきてくれるかい。あたしの肌は柚希ちゃんにかかってるんだから、絶対忘れるんじゃないよ!」
と無茶振りされる。だがその言葉の裏に隠された再会への強い思いは、優しい温もりと共に小さな棘となって柚希の心に染み込んでいったのだった。
夕方からは予定通り緒方診療所にて、柚希のお別れ会が開かれた。
メンバーは緒方、小夜、そして柚希の三人だけではあったが、積もる話は尽きること無く。翌日の仕事があるからと、名残惜しそうに小夜が告げるまで宴は続いた。
再会を約束して小夜を見送った柚希はリビングでテレビを観ている緒方にお茶を出し、自らは片付けに勤しむ。一通り綺麗になり、そろそろ寝ようかという時、緒方が訊いた。
「とうとう明日江戸に戻るんだね。いつ頃出発するつもりかい?」
「お昼前には出ようと考えてます」
「寂しくなるなぁ。ちなみに銀時くんと連絡は取れたのかい?」
「それが困ったことに未だなんですよ」
「未だなのか……じゃあもう暫くここにいた方が、連絡が取りやすいんじゃないかな」
「いえ、明日の朝もかけてはみますが、江戸に戻った方が確実ですので」
「……そうか」
銀時と連絡が取れないということは、現在進行形で何かが起きているのだろうか。そんな不安はあったが、既に一度引き伸ばしを提案してしまっている緒方には、これ以上柚希を引き止める手段は無い。
「じゃあ今夜はしっかりと休んでおくんだよ」
「ありがとうございます。おやすみなさい」
「あぁ、おやすみ」
いつものように挨拶を交わし、柚希が寝室へと向かう。その後ろ姿を見送った緒方は、
「ここ最近、テレビで江戸のニュースが流れる事はほぼ皆無だったし、柚希ちゃんが来てから今日まで何も問題は起きなかった。全てが杞憂であれば良いんだが……」
と複雑な表情でため息を吐くのだった。