第四章 〜絆〜(連載中)
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「気付いていたのか」
「気付いたんじゃない。貴方が気付かせたんでしょう? わざと気配を消さずに私をーー」
そこまで言って扇子を開き構えつつ、振り向いた柚希は息を呑んだ。
「その目……!」
思わず朧に駆け寄り、扇子を持たぬ方の手を伸ばす。この段階で柚希は、朧が自分に危害を加えるつもりではないことに気付いていた。だからと言って完全に警戒を解きはせず、いつでも攻撃に転じることが出来るよう、扇子は握ったままだ。
一方朧はというと、閉じたままの左目に触れる柚希の手を払いもせず。自然と医者の顔になっていた柚希が、左目だけでなくその他の場所にも傷は無いかと診ているのを、ただ静かに見つめるだけだった。
やがて一通り診終えた柚希が訊ねる。
「何があったの?」
「見ての通りだ。左目は潰れている」
「潰れてるってそんなあっさりと。貴方にこんな傷を負わせる事ができる相手なんて、そうそういないでしょうに。一体誰が……」
言いながらもう一度傷口を確認しようと手を伸ばす柚希。思うところでもあるのだろうか。傷口を見て何度も考え込む素振りをする柚希に、朧は言った。
「何も聞かされていないのか」
その意外そうな物言いが引っかかり、柚希が不快な顔を見せる。朧が無表情なだけにその真意が読み取れず、苛立ちが増した。
「何の話?」
「……松陽の弟子とは言っても、所詮はその程度の繋がりなのだな」
「松陽の弟子ってーー」
言いかけてハッとする。
初めからおかしいとは思っていた。
桂との再会も、有無を言わせず帰省を促されたことも、銀時と全く連絡がつかないことも。全てにおいて納得がいってはいなかった。
何がきっかけでこうなったのかと考えてみても、その理由は分からない。自分の預かり知らぬ所で何かが起きている事には気付けても、柚希にはそれが何なのかを知る術が無かった。
だからこそ江戸に帰ればきっと誰かがーー銀時が全てを話してくれるはずだ。毎夜繋がらぬ電話で不安に押しつぶされそうになりながらも、そう自分に言い聞かせて今日までやって来たけれど。
朧の口にした『松陽の弟子』という言葉が、柚希の心に一つの可能性を導き出す。
「シロたちと……やりあったの!?」
叫ぶと同時にタンっと地面を蹴り、朧との距離を取った。
いつでも攻撃に転じられるよう扇子を構え、朧の出方を待つ。しかし当の朧はと言うと、相変わらず感情を表に出さぬまま平然と立っているだけで、何も言おうとはしなかった。
動きを見せぬ朧を見ながら、柚希は思う。
ーーどうして江戸を発つ時、もっと縋りついてでもシロと話しをしなかったんだろう。
ーーどうして桂くんが消えた時、緒方先生の制止を振り切ってでも、彼を追いかけなかったんだろう。
彼らが何の理由も告げぬまま柚希をこの場所へと送り届けたのは、何かしら危険が及ぶことを察知して、柚希だけでも遠ざけようとしたのではあるまいか。
だが今更何を言っても、時は戻らない。既に銀時たちは、柚希の知らない所で何か大きな事に巻き込まれてしまっているのだから。
朧の言葉から導き出した答えは、柚希に自らへの憤懣やる方ない思いを抱かせた。
「シロたちは無事!?」
「俺に聞いてどうする」
「その答え……シロたちと戦ったことを認めたわけね。……ということはつまり、松陽の弟子たちの抹殺に失敗したから、今度は私を人質にでもしようとこんな所まで追いかけてきたってこと? 冗談じゃない。シロたちの足枷になるくらいなら、一つでも多くの深傷を負わせて果ててやるわ!」
さりげなく死角となる左側へと寄りながらジリジリと間合いを詰め、扇子を振り下ろすタイミングを伺う。
これまで柚希はただの一度も朧に勝てたことはない。過去の因縁による朧への畏怖も未だ消えておらず、しかも今柚希の手元にある扇子はこの一本だけということもあり、緊張はピークに達していた。
そんな柚希を、やはり感情の無い目で追いながら朧が言う。
「吉田松陽は……生きている」
「…………え?」
一瞬、頭の中が真っ白になった。
言葉の意味を理解できぬほどの驚きが、呼吸の仕方までも忘れさせる。柚希の体は、誰が見ても分かるほどにガクガクと震えていた。
「今……何て……」
「お前たちの師は生きていると言った」
「親父様、が……? 嘘っ! だって親父様は……」
「嘘だと思うなら共に来ればいい。真実はお前の目で確かめろ」
何の躊躇もなく言い切られ、柚希の心が揺らぐ。
過去の記憶も、血に濡れた写真も、銀時から聞かされた話も。全てが松陽の死を確実なものとしていたのに、それら全てを否定する朧の言葉は柚希を混乱させた。
何と答えるのが正解なのか分からずうろたえる柚希に、朧が言う。
「明日」
「え?」
「明日の正午にここで。一秒でも遅れれば、この辺り一帯が火の海になるだろう」
「そんな……っ、選択の余地が無いじゃない!」
「今の内にやれることをやっておけ」
「ちょっと、おぼーー」
強引に話をまとめた朧は、柚希が呼び止める間もなく一瞬で姿を消してしまった。
一人取り残された柚希は、しばし朧が居た場所を見つめて佇む。だがこのあまりに急な展開は、むしろ柚希を冷静にさせたようで、自分の中にある疑問を整理する余裕が生まれた。
「あの傷……受けてから十日ほど経っているように見えたけど、シロたちとはいつどこで戦ったの? 親父様が生きてるというのは本当? 私を捕らえに来た理由は、シロたちとは関係ない?……分からない事だらけだわ。でも一番理解できないのは、ここを出立するまでの猶予期間。今ここで私を連れ去ることも出来たはずなのに、それをしなかった理由は……?」
考えれば考えるほど、謎は深まるばかりだ。
とは言えここに突っ立っていても何も始まらない。
「未だ時間は一日以上ある。この時間を有効に使わなきゃ」
もうすっかり空は明るくなっている。柚希はふぅっと大きく息を吐くと、手に持っていたままだった扇子を帯に差し直し、畑中の元へと向かったのだった。
「気付いたんじゃない。貴方が気付かせたんでしょう? わざと気配を消さずに私をーー」
そこまで言って扇子を開き構えつつ、振り向いた柚希は息を呑んだ。
「その目……!」
思わず朧に駆け寄り、扇子を持たぬ方の手を伸ばす。この段階で柚希は、朧が自分に危害を加えるつもりではないことに気付いていた。だからと言って完全に警戒を解きはせず、いつでも攻撃に転じることが出来るよう、扇子は握ったままだ。
一方朧はというと、閉じたままの左目に触れる柚希の手を払いもせず。自然と医者の顔になっていた柚希が、左目だけでなくその他の場所にも傷は無いかと診ているのを、ただ静かに見つめるだけだった。
やがて一通り診終えた柚希が訊ねる。
「何があったの?」
「見ての通りだ。左目は潰れている」
「潰れてるってそんなあっさりと。貴方にこんな傷を負わせる事ができる相手なんて、そうそういないでしょうに。一体誰が……」
言いながらもう一度傷口を確認しようと手を伸ばす柚希。思うところでもあるのだろうか。傷口を見て何度も考え込む素振りをする柚希に、朧は言った。
「何も聞かされていないのか」
その意外そうな物言いが引っかかり、柚希が不快な顔を見せる。朧が無表情なだけにその真意が読み取れず、苛立ちが増した。
「何の話?」
「……松陽の弟子とは言っても、所詮はその程度の繋がりなのだな」
「松陽の弟子ってーー」
言いかけてハッとする。
初めからおかしいとは思っていた。
桂との再会も、有無を言わせず帰省を促されたことも、銀時と全く連絡がつかないことも。全てにおいて納得がいってはいなかった。
何がきっかけでこうなったのかと考えてみても、その理由は分からない。自分の預かり知らぬ所で何かが起きている事には気付けても、柚希にはそれが何なのかを知る術が無かった。
だからこそ江戸に帰ればきっと誰かがーー銀時が全てを話してくれるはずだ。毎夜繋がらぬ電話で不安に押しつぶされそうになりながらも、そう自分に言い聞かせて今日までやって来たけれど。
朧の口にした『松陽の弟子』という言葉が、柚希の心に一つの可能性を導き出す。
「シロたちと……やりあったの!?」
叫ぶと同時にタンっと地面を蹴り、朧との距離を取った。
いつでも攻撃に転じられるよう扇子を構え、朧の出方を待つ。しかし当の朧はと言うと、相変わらず感情を表に出さぬまま平然と立っているだけで、何も言おうとはしなかった。
動きを見せぬ朧を見ながら、柚希は思う。
ーーどうして江戸を発つ時、もっと縋りついてでもシロと話しをしなかったんだろう。
ーーどうして桂くんが消えた時、緒方先生の制止を振り切ってでも、彼を追いかけなかったんだろう。
彼らが何の理由も告げぬまま柚希をこの場所へと送り届けたのは、何かしら危険が及ぶことを察知して、柚希だけでも遠ざけようとしたのではあるまいか。
だが今更何を言っても、時は戻らない。既に銀時たちは、柚希の知らない所で何か大きな事に巻き込まれてしまっているのだから。
朧の言葉から導き出した答えは、柚希に自らへの憤懣やる方ない思いを抱かせた。
「シロたちは無事!?」
「俺に聞いてどうする」
「その答え……シロたちと戦ったことを認めたわけね。……ということはつまり、松陽の弟子たちの抹殺に失敗したから、今度は私を人質にでもしようとこんな所まで追いかけてきたってこと? 冗談じゃない。シロたちの足枷になるくらいなら、一つでも多くの深傷を負わせて果ててやるわ!」
さりげなく死角となる左側へと寄りながらジリジリと間合いを詰め、扇子を振り下ろすタイミングを伺う。
これまで柚希はただの一度も朧に勝てたことはない。過去の因縁による朧への畏怖も未だ消えておらず、しかも今柚希の手元にある扇子はこの一本だけということもあり、緊張はピークに達していた。
そんな柚希を、やはり感情の無い目で追いながら朧が言う。
「吉田松陽は……生きている」
「…………え?」
一瞬、頭の中が真っ白になった。
言葉の意味を理解できぬほどの驚きが、呼吸の仕方までも忘れさせる。柚希の体は、誰が見ても分かるほどにガクガクと震えていた。
「今……何て……」
「お前たちの師は生きていると言った」
「親父様、が……? 嘘っ! だって親父様は……」
「嘘だと思うなら共に来ればいい。真実はお前の目で確かめろ」
何の躊躇もなく言い切られ、柚希の心が揺らぐ。
過去の記憶も、血に濡れた写真も、銀時から聞かされた話も。全てが松陽の死を確実なものとしていたのに、それら全てを否定する朧の言葉は柚希を混乱させた。
何と答えるのが正解なのか分からずうろたえる柚希に、朧が言う。
「明日」
「え?」
「明日の正午にここで。一秒でも遅れれば、この辺り一帯が火の海になるだろう」
「そんな……っ、選択の余地が無いじゃない!」
「今の内にやれることをやっておけ」
「ちょっと、おぼーー」
強引に話をまとめた朧は、柚希が呼び止める間もなく一瞬で姿を消してしまった。
一人取り残された柚希は、しばし朧が居た場所を見つめて佇む。だがこのあまりに急な展開は、むしろ柚希を冷静にさせたようで、自分の中にある疑問を整理する余裕が生まれた。
「あの傷……受けてから十日ほど経っているように見えたけど、シロたちとはいつどこで戦ったの? 親父様が生きてるというのは本当? 私を捕らえに来た理由は、シロたちとは関係ない?……分からない事だらけだわ。でも一番理解できないのは、ここを出立するまでの猶予期間。今ここで私を連れ去ることも出来たはずなのに、それをしなかった理由は……?」
考えれば考えるほど、謎は深まるばかりだ。
とは言えここに突っ立っていても何も始まらない。
「未だ時間は一日以上ある。この時間を有効に使わなきゃ」
もうすっかり空は明るくなっている。柚希はふぅっと大きく息を吐くと、手に持っていたままだった扇子を帯に差し直し、畑中の元へと向かったのだった。