第四章 〜絆〜(連載中)
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翌日も、その翌日も。
柚希は万事屋に電話をしたが、相変わらず留守電のまま誰も電話口に出ることはなかった。
あまりにも不在期間が長いのではないかとお登勢に改めて確認したが、
「アタシも今アイツらが何をしてるかなんて知らないからねェ。とりあえず帰ってきたら、心配してたってことは伝えといてやるよ。アンタは連絡が取りやすいよう、そこでゆっくり待ってな」
と言われただけで、やはり何の情報もない。
胸騒ぎを感じてはいたもののどうする事も出来ず困っていたところ、畑中からの連絡が入った。
「予定通り仕上がったぜ。明日ならいつでも構わねェ。取りに来い」
待ちに待った受け渡しが決まり、柚希の心が少しだけ軽くなる。扇子を受け取ったらすぐ江戸に帰ろうと決めていた柚希は、早速その旨を緒方に伝えた。
大体の予定を聞いていたとは言え、前日の夕方に「明日江戸に帰る」と言われれば、さすがに緒方も慌ててしまう。
「もう少しゆっくりしてはいけないのかい?」
「すみません。お気持ちは嬉しいのですが、江戸でやらなきゃいけない事があるんです」
申し訳無さそうにはしていても、その意志が固いのは明白だった。
説得は無理だと悟った緒方の脳裏に、江戸での不穏な動きについて語っていた桂が浮かぶ。
あれから一度も桂からの連絡はない。何かしら情報が無いかとニュースをチェックしていても、それらしい話は欠片も流れてはいないため、柚希をこのまま江戸に返して良いものか、判断がつかなかった。
ならばと緒方は提案する。
「じゃあせめて出発は明後日にしてくれないかい? 明日の夜は、ささやかなお別れ会でもしよう」
「明後日……」
出来ることなら明日の内に出来る限り江戸に近付いておきたかったのだけれど。別れを惜しんでくれる緒方を無碍にすることなど、柚希にできるはずが無い。
「分かりました。じゃあ明後日ということで」
逸る気持ちを押し隠し、柚希は緒方の提案を受け入れたのだった。
そして待ちに待った扇子の受け取り日。
未だ空が白み始めたばかりの早朝、柚希は一人で松陽の墓を訪れていた。
今日はこの足で畑中の所に寄り、扇子を受け取ることになっている。夕方からは小夜も合流し、緒方診療所でお別れ会をする予定だ。
明日はできるだけ早い時間に出発しようと思っている。柚希が松陽にゆっくりと別れを告げられるのは、この時間しか残されてはいなかった。
何度見ても慣れない松下村塾の焼け跡に、ぽつんと存在する小さな盛り土。何も知らなければ、花が供えられていたとしてもせいぜい小動物の墓くらいにしか思わないだろう。
その墓の前にしゃがみ、摘んできたばかりのあの白い花を供える。甘く懐かしい香りがふわりと風に乗り、柚希を優しく包み込んだ。
「次に来ることが出来たら、その時はシロたちと一緒に立派なお墓を建てるからね」
在りし日の松陽が脳裏に浮かべば自然と心が安らぎ、頬が緩む。
「今も昔も吉田松陽は、私の大切な親父様だよ。もちろんこれからもずっと」
言いながら柚希は、薄い布に包まれた一枚の写真を懐から取り出した。
それは松陽が死の瞬間まで身に着けていた、柚希にとっても大切なたった一枚の家族写真。松陽の死後に朧から手渡された後、紆余曲折はありながらも未だこの写真は柚希の手元にあった。
以前銀時に見せた時よりも千切れた範囲が広がってはいたが、幸せだった頃の三人の姿は鮮明だ。それを愛おしげに見つめた柚希は、松陽にも見えるようにと、写真を盛り土に向けた。
「私にとって親父様と呼べる人は、吉田松陽ただ一人。誰も代わりにはなれない。だからこそ……この写真は親父様が持っておくべきだよ」
写真を布で包み直した柚希は、一瞬躊躇いを見せたものの、唇を噛み締めて小さな盛り土を崩していく。思っていたよりも浅く埋められていた松陽の遺髪をそっと取り出すと、少しだけ穴を深くして、写真と共に埋め直した。
「ずっと私が持っててごめんなさい。でもこれでもう寂しくないでしょ?」
ポンポンと優しく土を固め、ほぼ元通りの見た目に戻せたことを確認した柚希は、ゆっくりと立ち上がる。
「名残惜しいけどそろそろ時間だから……行ってきます」
軽く手を振り、幸せだったあの頃と同じ挨拶を残した柚希は、墓に背を向けて歩き出した。
かつての学び舎の間取りを頭に思い浮かべながら、焼け崩れた門をくぐって外へ出る。そのまま数歩歩いた柚希は、帯に差しておいた扇子に手をかけると、振り返ること無く言った。
「いい加減出てきなさいよ」
先程までの穏やかさは消え去り、浮かんでいたのは冷淡な表情。実は柚希はここに来たときからずっと、探るような視線を感じていた。
案の定、柚希の声に応えるように門の内側へと姿を現したのはーー。
「やっぱり貴方だったのね……朧」
銀時と同じく天然パーマの白髪を持つ男、朧だった。
柚希は万事屋に電話をしたが、相変わらず留守電のまま誰も電話口に出ることはなかった。
あまりにも不在期間が長いのではないかとお登勢に改めて確認したが、
「アタシも今アイツらが何をしてるかなんて知らないからねェ。とりあえず帰ってきたら、心配してたってことは伝えといてやるよ。アンタは連絡が取りやすいよう、そこでゆっくり待ってな」
と言われただけで、やはり何の情報もない。
胸騒ぎを感じてはいたもののどうする事も出来ず困っていたところ、畑中からの連絡が入った。
「予定通り仕上がったぜ。明日ならいつでも構わねェ。取りに来い」
待ちに待った受け渡しが決まり、柚希の心が少しだけ軽くなる。扇子を受け取ったらすぐ江戸に帰ろうと決めていた柚希は、早速その旨を緒方に伝えた。
大体の予定を聞いていたとは言え、前日の夕方に「明日江戸に帰る」と言われれば、さすがに緒方も慌ててしまう。
「もう少しゆっくりしてはいけないのかい?」
「すみません。お気持ちは嬉しいのですが、江戸でやらなきゃいけない事があるんです」
申し訳無さそうにはしていても、その意志が固いのは明白だった。
説得は無理だと悟った緒方の脳裏に、江戸での不穏な動きについて語っていた桂が浮かぶ。
あれから一度も桂からの連絡はない。何かしら情報が無いかとニュースをチェックしていても、それらしい話は欠片も流れてはいないため、柚希をこのまま江戸に返して良いものか、判断がつかなかった。
ならばと緒方は提案する。
「じゃあせめて出発は明後日にしてくれないかい? 明日の夜は、ささやかなお別れ会でもしよう」
「明後日……」
出来ることなら明日の内に出来る限り江戸に近付いておきたかったのだけれど。別れを惜しんでくれる緒方を無碍にすることなど、柚希にできるはずが無い。
「分かりました。じゃあ明後日ということで」
逸る気持ちを押し隠し、柚希は緒方の提案を受け入れたのだった。
そして待ちに待った扇子の受け取り日。
未だ空が白み始めたばかりの早朝、柚希は一人で松陽の墓を訪れていた。
今日はこの足で畑中の所に寄り、扇子を受け取ることになっている。夕方からは小夜も合流し、緒方診療所でお別れ会をする予定だ。
明日はできるだけ早い時間に出発しようと思っている。柚希が松陽にゆっくりと別れを告げられるのは、この時間しか残されてはいなかった。
何度見ても慣れない松下村塾の焼け跡に、ぽつんと存在する小さな盛り土。何も知らなければ、花が供えられていたとしてもせいぜい小動物の墓くらいにしか思わないだろう。
その墓の前にしゃがみ、摘んできたばかりのあの白い花を供える。甘く懐かしい香りがふわりと風に乗り、柚希を優しく包み込んだ。
「次に来ることが出来たら、その時はシロたちと一緒に立派なお墓を建てるからね」
在りし日の松陽が脳裏に浮かべば自然と心が安らぎ、頬が緩む。
「今も昔も吉田松陽は、私の大切な親父様だよ。もちろんこれからもずっと」
言いながら柚希は、薄い布に包まれた一枚の写真を懐から取り出した。
それは松陽が死の瞬間まで身に着けていた、柚希にとっても大切なたった一枚の家族写真。松陽の死後に朧から手渡された後、紆余曲折はありながらも未だこの写真は柚希の手元にあった。
以前銀時に見せた時よりも千切れた範囲が広がってはいたが、幸せだった頃の三人の姿は鮮明だ。それを愛おしげに見つめた柚希は、松陽にも見えるようにと、写真を盛り土に向けた。
「私にとって親父様と呼べる人は、吉田松陽ただ一人。誰も代わりにはなれない。だからこそ……この写真は親父様が持っておくべきだよ」
写真を布で包み直した柚希は、一瞬躊躇いを見せたものの、唇を噛み締めて小さな盛り土を崩していく。思っていたよりも浅く埋められていた松陽の遺髪をそっと取り出すと、少しだけ穴を深くして、写真と共に埋め直した。
「ずっと私が持っててごめんなさい。でもこれでもう寂しくないでしょ?」
ポンポンと優しく土を固め、ほぼ元通りの見た目に戻せたことを確認した柚希は、ゆっくりと立ち上がる。
「名残惜しいけどそろそろ時間だから……行ってきます」
軽く手を振り、幸せだったあの頃と同じ挨拶を残した柚希は、墓に背を向けて歩き出した。
かつての学び舎の間取りを頭に思い浮かべながら、焼け崩れた門をくぐって外へ出る。そのまま数歩歩いた柚希は、帯に差しておいた扇子に手をかけると、振り返ること無く言った。
「いい加減出てきなさいよ」
先程までの穏やかさは消え去り、浮かんでいたのは冷淡な表情。実は柚希はここに来たときからずっと、探るような視線を感じていた。
案の定、柚希の声に応えるように門の内側へと姿を現したのはーー。
「やっぱり貴方だったのね……朧」
銀時と同じく天然パーマの白髪を持つ男、朧だった。