第四章 〜絆〜(連載中)
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翌朝。
ふと二階の窓から外を見ると、一階にある診療所の入り口の前に数人の男女が集まっていた。
驚いて時計を見れば、診察開始時間までは未だ一時間ほどある。何か流行り病でもあるのかと心配になり緒方に訊ねると、返事は柚希にとって意外なものだった。
「おや、ホントだねぇ。……ああ、あれは患者さんじゃなくて、君に会いに来た人たちじゃないかな」
「私に……何故?」
「多分昨日、万屋に行ったことで話が広がったんだろう。彼らの顔を見てみてごらん。見知った顔ばかりじゃ無いかい?」
言われてみれば、確かに懐かしい面影がいくつも見える。それは未だ松陽が健在だった頃の門下生たちで、一人ひとり記憶と照らし合わせながら確認していると、その中にかつての友人の姿を見つけた。
「小夜ちゃん!」
思わず名を口にすれば、柚希の胸をチクリと鋭い痛みが走る。
「……私、未だ……」
痛みの余韻に顔をしかめながら、柚希はため息を吐いた。
松陽が連れ去られた事で、『先生を取り返すのだ』と盛り上がっていた松下村塾の者たち。未だ狭い世界しか見ていない彼らは、若さゆえの無鉄砲さと無知を武器に、攘夷戦争へと乗り込もうとしていた。
しかしその時既に柚希は、彼らが動いたところでどうにもならぬ事を知っていた。戦に出れば、誰一人この場所に戻れるはずもない。あの場所で行われているのは非情な殺し合いであり、お互いの実力を確かめ合う試合とはわけが違う。
だからこそ、強引にねじ伏せてでも諦めさせるしかなかった。例えそれが友人を失う結果になろうとも、誰一人命を落とさせたくなかったから。
案の定多くの者が離れて行き、最も親しかった友人である小夜もまた、「夜叉みたいで怖い」と言って去っていった。
「小夜ちゃんの言った通り、私ってば本当の夜叉になっちゃったんだよなぁ……」
戦場でのみの通り名とは言え、馴染んでしまった姫夜叉の名が今は辛い。小夜を見つめながらカーテンを握りしめる柚希の顔には、哀しみの色が浮かんでいた。
そんな柚希を気遣い、緒方が言う。
「昨日の今日で、疲れも溜まっていることだろう。皆には言っておくから、今はまず疲れを癒やしなさい」
「先生、でも……」
「大丈夫。未だ暫くここに滞在するんだろう? 時間はたっぷりあるんだし、柚希ちゃんのタイミングで自分から会いに行けば良いさ」
「……はい」
わざわざ来てくれているのに、本当に良いのだろうか。正直迷いはあったが、今は緒方の言葉に甘えておこうと柚希はコクリと頷いた。
すぐに緒方が外に出て行き、彼らに声をかける。柚希が窓からこっそり覗いていると、皆が頷き去って行くのが見えた。申し訳ないとは思いつつもホッとした柚希が、朝食を作るべく台所に向かおうと踵を返す。とその時、立ち去ろうとしていた小夜が緒方の元へと走り戻った。
「小夜ちゃん……?」
緒方に語りかける小夜の表情は、真剣な物に見える。気になって仕方のない柚希は待合室の入り口で、緒方が診療所内に戻ってくるのを待ち構えた。
「先生、小夜ちゃんは何を……?」
「ああ、見てたんだね」
前のめりで訊いてくる柚希に、緒方は答える。
「彼女は君にどうしても伝えたい事があるそうだ。会う会わないは柚希ちゃんに任せるけど、とりあえず彼女が会いたがっていたことだけは伝えておくよ」
そしてポンと柚希の頭に手を乗せた緒方は、「朝食をお願いできるかな? 僕は診療所を開ける準備をしてるから」と言い残すと、柚希の返事を待つこと無く診察室へと立ち去った。
一方柚希は、複雑な思いを抱きながら台所に立つ。
「伝えたい事って何だろう……今更ここに帰って来るなってことなら、用が済めばすぐにでも江戸に戻ると伝えれば……」
顔を合わせてすらいないのに、頭に浮かぶのは悪い想像ばかりだ。柚希は未だ、小夜と顔を合わせる勇気を持ち合わせてはいなかった。
結局この日、柚希が診療所の建物から出ることはなく。緒方の診察の手伝いで一日を終えた。
自室に戻ると早速万事屋に電話をしてみたが、やはり誰も電話口には出てこない。
「今も未だお城にいるのかなぁ。連絡手段くらい作っておいてくれたら良いのに」
受話器を戻しながら柚希がボヤく。
「誰一人携帯も持ってないもんね。考えてみたら、いつも傍にいたからそういう物が必要無かったんだな……」
会いたい時に会えるというのがどれ程ありがたい事なのか。すっかり忘れてしまうほどに、再会してからの柚希にとっては銀時の傍にいるのが当たり前になっていた。
「扇子が直ったらすぐ、江戸に帰ろう」
かつては心穏やかに暮らしていたこの場所も、今は落ち着かない。懐かしさはあっても、もう自分の居場所では無いのだ。
「早く会いたいよ、シロ……」
昨夜流した涙はもう無かったが、心の内の寂しさは募るばかりだった。
ふと二階の窓から外を見ると、一階にある診療所の入り口の前に数人の男女が集まっていた。
驚いて時計を見れば、診察開始時間までは未だ一時間ほどある。何か流行り病でもあるのかと心配になり緒方に訊ねると、返事は柚希にとって意外なものだった。
「おや、ホントだねぇ。……ああ、あれは患者さんじゃなくて、君に会いに来た人たちじゃないかな」
「私に……何故?」
「多分昨日、万屋に行ったことで話が広がったんだろう。彼らの顔を見てみてごらん。見知った顔ばかりじゃ無いかい?」
言われてみれば、確かに懐かしい面影がいくつも見える。それは未だ松陽が健在だった頃の門下生たちで、一人ひとり記憶と照らし合わせながら確認していると、その中にかつての友人の姿を見つけた。
「小夜ちゃん!」
思わず名を口にすれば、柚希の胸をチクリと鋭い痛みが走る。
「……私、未だ……」
痛みの余韻に顔をしかめながら、柚希はため息を吐いた。
松陽が連れ去られた事で、『先生を取り返すのだ』と盛り上がっていた松下村塾の者たち。未だ狭い世界しか見ていない彼らは、若さゆえの無鉄砲さと無知を武器に、攘夷戦争へと乗り込もうとしていた。
しかしその時既に柚希は、彼らが動いたところでどうにもならぬ事を知っていた。戦に出れば、誰一人この場所に戻れるはずもない。あの場所で行われているのは非情な殺し合いであり、お互いの実力を確かめ合う試合とはわけが違う。
だからこそ、強引にねじ伏せてでも諦めさせるしかなかった。例えそれが友人を失う結果になろうとも、誰一人命を落とさせたくなかったから。
案の定多くの者が離れて行き、最も親しかった友人である小夜もまた、「夜叉みたいで怖い」と言って去っていった。
「小夜ちゃんの言った通り、私ってば本当の夜叉になっちゃったんだよなぁ……」
戦場でのみの通り名とは言え、馴染んでしまった姫夜叉の名が今は辛い。小夜を見つめながらカーテンを握りしめる柚希の顔には、哀しみの色が浮かんでいた。
そんな柚希を気遣い、緒方が言う。
「昨日の今日で、疲れも溜まっていることだろう。皆には言っておくから、今はまず疲れを癒やしなさい」
「先生、でも……」
「大丈夫。未だ暫くここに滞在するんだろう? 時間はたっぷりあるんだし、柚希ちゃんのタイミングで自分から会いに行けば良いさ」
「……はい」
わざわざ来てくれているのに、本当に良いのだろうか。正直迷いはあったが、今は緒方の言葉に甘えておこうと柚希はコクリと頷いた。
すぐに緒方が外に出て行き、彼らに声をかける。柚希が窓からこっそり覗いていると、皆が頷き去って行くのが見えた。申し訳ないとは思いつつもホッとした柚希が、朝食を作るべく台所に向かおうと踵を返す。とその時、立ち去ろうとしていた小夜が緒方の元へと走り戻った。
「小夜ちゃん……?」
緒方に語りかける小夜の表情は、真剣な物に見える。気になって仕方のない柚希は待合室の入り口で、緒方が診療所内に戻ってくるのを待ち構えた。
「先生、小夜ちゃんは何を……?」
「ああ、見てたんだね」
前のめりで訊いてくる柚希に、緒方は答える。
「彼女は君にどうしても伝えたい事があるそうだ。会う会わないは柚希ちゃんに任せるけど、とりあえず彼女が会いたがっていたことだけは伝えておくよ」
そしてポンと柚希の頭に手を乗せた緒方は、「朝食をお願いできるかな? 僕は診療所を開ける準備をしてるから」と言い残すと、柚希の返事を待つこと無く診察室へと立ち去った。
一方柚希は、複雑な思いを抱きながら台所に立つ。
「伝えたい事って何だろう……今更ここに帰って来るなってことなら、用が済めばすぐにでも江戸に戻ると伝えれば……」
顔を合わせてすらいないのに、頭に浮かぶのは悪い想像ばかりだ。柚希は未だ、小夜と顔を合わせる勇気を持ち合わせてはいなかった。
結局この日、柚希が診療所の建物から出ることはなく。緒方の診察の手伝いで一日を終えた。
自室に戻ると早速万事屋に電話をしてみたが、やはり誰も電話口には出てこない。
「今も未だお城にいるのかなぁ。連絡手段くらい作っておいてくれたら良いのに」
受話器を戻しながら柚希がボヤく。
「誰一人携帯も持ってないもんね。考えてみたら、いつも傍にいたからそういう物が必要無かったんだな……」
会いたい時に会えるというのがどれ程ありがたい事なのか。すっかり忘れてしまうほどに、再会してからの柚希にとっては銀時の傍にいるのが当たり前になっていた。
「扇子が直ったらすぐ、江戸に帰ろう」
かつては心穏やかに暮らしていたこの場所も、今は落ち着かない。懐かしさはあっても、もう自分の居場所では無いのだ。
「早く会いたいよ、シロ……」
昨夜流した涙はもう無かったが、心の内の寂しさは募るばかりだった。