第四章 〜絆〜(連載中)
名前変換はこちら
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「僕にとって、柚希ちゃんは我が子同然なんだ。もちろん君達もだよ。だからこそこんな茶番にも付き合ったんだ。何が起きているのかを聞く権利はあるよね?……桂くん」
「もちろんです」
横たわっていた桂が、ムクリと体を起こす。その拍子に着物の裾からボトリと床に落ちた袋からは、赤い液体がドロリと流れ出ていた。
「よく出来た血糊だね。エリザベスくんから教えられていなかったら、僕も見分けがつかなかったよ」
「すみません。万が一を考えて、中には本物の血液を注入しておりました。先生と言い柚希と言い、目の肥えた医師を誤魔化すのは難しいですし、臭いで気取られてはいけないので」
桂が着物をめくって見せた傷口は、柚希によって綺麗に縫われた状態を保っており、血の一滴も出てはいない。それを確認した緒方は小さくため息を吐くと、一つ頷いて言った。
「ここまでして僕たちを騙そうとした理由は何だい?」
「柚希をしばらくここで預かって頂くためです。これ以上柚希を危険な目に合わせないために、是非ともお願いしたい」
「これ以上危険な目というのは? まさか柚希ちゃんも君と同じく、攘夷浪士として追われる身なのかい?」
「それも少しはありますが、もっと面倒な輩が彼女に執着しておりまして……」
そこまで話した桂はゆっくりベッドを降りると着物を直し、血糊の袋を拾い上げた。
「先日の扇子の件は覚えていらっしゃいますよね。それに関わっているであろう輩が、柚希を連れ去ろうとしているのです。その理由が分からず、銀時にも探りを入れてはみましたが、何かを知っている素振りは見せても、その仔細を語らぬままでした。よって現在はっきりしているのは、今柚希は江戸にいてはいけないという事だけです」
袖に入れていたらしいビニールに血糊の袋を入れて縛った桂は、チラリとエリザベスを見る。呼応するようにコクリと頷いたエリザベスは、すぐに診察室から外へと駆け出した。
「江戸で何かが起こるということかい?」
「俺にも分かりません。だが不穏な空気が漂っているのは間違いない」
「だから君は柚希をここに送り届け、自身は江戸に戻る、と」
「はい」
「……分かった。これ以上ゆっくり話している時間もないくらいに、切羽詰まっているということだね」
ここからが本題であるというのに。再び戻ってきたエリザベスが【今なら動けます】と書いたプラカードを掲げたのを見て、緒方は言った。
「申し訳ありません」
「いや、良いよ。だが最後にこれだけは聞いておきたい。柚希ちゃんを預かる事は構わないが、本当にここで良かったのかい? 万が一奇襲を受けたら、僕では柚希ちゃんを守るどころか、足手まといにしかならないかもしれないよ」
「それに関しては正直何とも言えません。ですが、我々を狙う者たちの大半は江戸に集結しています。例え敵の襲撃があったとしても、柚希一人でも対応できる人員しか避けないでしょう」
「結局自分の身は自分で守らねばならないということか……柚希ちゃん自身は、今何が起きているのかを知っているのかい?」
「……いえ、彼女は多分知りません。柚希自身が見聞きした事以外は、銀時が極力耳に入れないようにしていたはずですから」
「銀時くんが……そうか。ならば僕ももうこれ以上詮索はすまいよ」
今度こそ質問を打ち切った緒方は、すぐ目の前の棚に手を伸ばす。引き出しの中からいくらかの錠剤を取り出すと、手早く袋に入れて桂に差し出した。
「これは痛み止めだ。傷は塞がっているとは言え、未だ痛みは残っているのだろう? 持って行きなさい」
さすが医師と言うべきか。顔には出さずとも、桂が痛みを堪えていたことに、緒方は気付いていたようだ。
「かたじけない」
素直に薬を受け取った桂は、緒方を安心させる意味もあるのだろう。敢えてそこで一錠を口にした。そしてきれいに頭を下げると、「では、これで」と言って踵を返す。
「ああ、気を付けて」
緒方がそう言った時にはもう、エリザベスの背に乗った桂の背中は遠かった。
「これが前に聞いてた『逃げの小五郎』の所以かな?」
口元は小さく笑いながらも、緒方の目は笑ってはいない。
「全容は見えてはいないが、攘夷戦争が終結してもなお、あの子達の戦いは続いていたんだな。だが松陽くんが連れ去られた事が発端であるならばーーもう解放されても良いんじゃないか?」
一人残された院内でポツリと呟いた緒方は、深いため息をつく。そして掛け時計に目を移すと、
「もうこんな時間か……そう言えば、カルテの記入が途中だったな」
と言い、複雑な表情のまま再び机に向かったのだった。
「もちろんです」
横たわっていた桂が、ムクリと体を起こす。その拍子に着物の裾からボトリと床に落ちた袋からは、赤い液体がドロリと流れ出ていた。
「よく出来た血糊だね。エリザベスくんから教えられていなかったら、僕も見分けがつかなかったよ」
「すみません。万が一を考えて、中には本物の血液を注入しておりました。先生と言い柚希と言い、目の肥えた医師を誤魔化すのは難しいですし、臭いで気取られてはいけないので」
桂が着物をめくって見せた傷口は、柚希によって綺麗に縫われた状態を保っており、血の一滴も出てはいない。それを確認した緒方は小さくため息を吐くと、一つ頷いて言った。
「ここまでして僕たちを騙そうとした理由は何だい?」
「柚希をしばらくここで預かって頂くためです。これ以上柚希を危険な目に合わせないために、是非ともお願いしたい」
「これ以上危険な目というのは? まさか柚希ちゃんも君と同じく、攘夷浪士として追われる身なのかい?」
「それも少しはありますが、もっと面倒な輩が彼女に執着しておりまして……」
そこまで話した桂はゆっくりベッドを降りると着物を直し、血糊の袋を拾い上げた。
「先日の扇子の件は覚えていらっしゃいますよね。それに関わっているであろう輩が、柚希を連れ去ろうとしているのです。その理由が分からず、銀時にも探りを入れてはみましたが、何かを知っている素振りは見せても、その仔細を語らぬままでした。よって現在はっきりしているのは、今柚希は江戸にいてはいけないという事だけです」
袖に入れていたらしいビニールに血糊の袋を入れて縛った桂は、チラリとエリザベスを見る。呼応するようにコクリと頷いたエリザベスは、すぐに診察室から外へと駆け出した。
「江戸で何かが起こるということかい?」
「俺にも分かりません。だが不穏な空気が漂っているのは間違いない」
「だから君は柚希をここに送り届け、自身は江戸に戻る、と」
「はい」
「……分かった。これ以上ゆっくり話している時間もないくらいに、切羽詰まっているということだね」
ここからが本題であるというのに。再び戻ってきたエリザベスが【今なら動けます】と書いたプラカードを掲げたのを見て、緒方は言った。
「申し訳ありません」
「いや、良いよ。だが最後にこれだけは聞いておきたい。柚希ちゃんを預かる事は構わないが、本当にここで良かったのかい? 万が一奇襲を受けたら、僕では柚希ちゃんを守るどころか、足手まといにしかならないかもしれないよ」
「それに関しては正直何とも言えません。ですが、我々を狙う者たちの大半は江戸に集結しています。例え敵の襲撃があったとしても、柚希一人でも対応できる人員しか避けないでしょう」
「結局自分の身は自分で守らねばならないということか……柚希ちゃん自身は、今何が起きているのかを知っているのかい?」
「……いえ、彼女は多分知りません。柚希自身が見聞きした事以外は、銀時が極力耳に入れないようにしていたはずですから」
「銀時くんが……そうか。ならば僕ももうこれ以上詮索はすまいよ」
今度こそ質問を打ち切った緒方は、すぐ目の前の棚に手を伸ばす。引き出しの中からいくらかの錠剤を取り出すと、手早く袋に入れて桂に差し出した。
「これは痛み止めだ。傷は塞がっているとは言え、未だ痛みは残っているのだろう? 持って行きなさい」
さすが医師と言うべきか。顔には出さずとも、桂が痛みを堪えていたことに、緒方は気付いていたようだ。
「かたじけない」
素直に薬を受け取った桂は、緒方を安心させる意味もあるのだろう。敢えてそこで一錠を口にした。そしてきれいに頭を下げると、「では、これで」と言って踵を返す。
「ああ、気を付けて」
緒方がそう言った時にはもう、エリザベスの背に乗った桂の背中は遠かった。
「これが前に聞いてた『逃げの小五郎』の所以かな?」
口元は小さく笑いながらも、緒方の目は笑ってはいない。
「全容は見えてはいないが、攘夷戦争が終結してもなお、あの子達の戦いは続いていたんだな。だが松陽くんが連れ去られた事が発端であるならばーーもう解放されても良いんじゃないか?」
一人残された院内でポツリと呟いた緒方は、深いため息をつく。そして掛け時計に目を移すと、
「もうこんな時間か……そう言えば、カルテの記入が途中だったな」
と言い、複雑な表情のまま再び机に向かったのだった。