第四章 〜絆〜(連載中)
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そのエリザベスのお陰か、旅は順調そのもので。2日後にはもう松下村塾跡へと到着していた。
「こうしてお墓に参るのは初めてだね……ずっとご無沙汰でごめんなさい、親父様」
直前に少しだけ寄り道し、摘んできた花を墓前に供える。松陽が好きだった小さな白い花は、以前柚希の記憶を揺さぶった思い出の花だ。
「私ね……ずっと忘れてたの。親父様のこと、皆が大切にしていたこの場所のこと。桂くんや高杉くん、シロのことまでぜ〜んぶ忘れちゃってたんだ。ビックリでしょ?」
自嘲するように言った柚希だが、その表情は明るかった。
「でも、この花の香りが私の記憶を呼び戻すきっかけになったんだよ。匂いの力って凄いよね」
真っ直ぐ墓を向いて手を合わせた柚希は、「ただいま、親父様」と言って目を瞑る。ゆっくりと穏やかに過ぎていく時間の中、数年ぶりの親子の対話がそこにあった。
そんな柚希を優しく見守っていたのが桂だ。
饒舌な桂にしては珍しく、一言も口を挟む事なく、柚希の対話が終わるのを待っていた。
やがて話し終えた柚希が顔を上げ、桂の方を振り向く。
「待っててくれてありがとう。えっと、次は緒方先生の診療所だよね?」
「ああ、そうだな」
コクリと頷いた桂は、再びエリザベスの背に乗った。既に慣れてしまった柚希も桂の後ろに乗れば、エリザベスが浮上する。
「では、参るぞ」
その言葉を合図に出発した彼らが、診療所に到着したのは、きっかり5分後だった。
「久しぶり……」
診療所の前でエリザベスから降りた柚希は、その懐かしさに目を細めて言った。
最後にこの診療所を目にしたのは、もう10年以上前になる。さすがにあちこち老朽化してはいるものの、あの頃と変わらぬ佇まいがそこにはあった。
「変わらないって、こんなに嬉しい事なんだなぁ」
そう小さく呟いた柚希は、玄関の戸を開ける。中の景色も、物の配置がいくらかは変わっていたが、自らの記憶を大きく変えるものでは無かった。
「懐かしいな……」
都合の良いことに、現在は休診時間だ。患者のいない静かな待合室を通り抜けて廊下を歩くと、診察室を覗いた。机に向かう白衣の男の姿を見つけ、柚希はゆっくりと歩み寄る。その気配に気付いた男が「悪いが今は時間外でね……」と言いつつこちらを向いた時。
「君は……ひょっとして柚希ちゃんかい?」
「お久しぶりです、先生」
「やっぱり柚希ちゃんか……っ!」
勢いよく立ち上がった白衣の男、緒方灯庵は、ガシリと柚希の肩を掴んで叫んだ。
「よくぞ無事で……よく帰ってきてくれた! ずっと心配していたんだよ」
「すみません。お陰様で元気にやっています。先生もお変わりなく」
「いやいや、さすがに僕は年を取ったよ。そろそろ引退しようかと考えてるくらいだ」
「未だそんなお年じゃないでしょう? 先生を必要としている患者さんはいくらでもいるんですから」
「そうは言っても、体は正直だからね。そういう訳だから柚希ちゃん、この病院の未来は君に委ねた!」
「え? 何このスピーディーな勧誘」
「老い先短い人生、『無駄なく生きる』がモットーなんでね」
「もう、先生ってば。久しぶりの再会なのに、全然感動が無~いっ!」
ぷうっと頬を膨らませて怒ったのは、もちろんわざとだ。未だ平和な時間を過ごしていたあの頃のノリを、柚希は再現していた。そんな柚希の心遣いに、緒方は優しい笑顔で応える。
「姿形は変わっても、僕たちの関係は変わってないって事さ。……お帰り、柚希ちゃん」
「ただいま。先生」
あの頃と同じように柚希の頭を優しくポンポンと叩いた緒方は、自らの手の位置が高くなっている事に小さな感動を覚えながら、その笑みを深めた。
「こうしてお墓に参るのは初めてだね……ずっとご無沙汰でごめんなさい、親父様」
直前に少しだけ寄り道し、摘んできた花を墓前に供える。松陽が好きだった小さな白い花は、以前柚希の記憶を揺さぶった思い出の花だ。
「私ね……ずっと忘れてたの。親父様のこと、皆が大切にしていたこの場所のこと。桂くんや高杉くん、シロのことまでぜ〜んぶ忘れちゃってたんだ。ビックリでしょ?」
自嘲するように言った柚希だが、その表情は明るかった。
「でも、この花の香りが私の記憶を呼び戻すきっかけになったんだよ。匂いの力って凄いよね」
真っ直ぐ墓を向いて手を合わせた柚希は、「ただいま、親父様」と言って目を瞑る。ゆっくりと穏やかに過ぎていく時間の中、数年ぶりの親子の対話がそこにあった。
そんな柚希を優しく見守っていたのが桂だ。
饒舌な桂にしては珍しく、一言も口を挟む事なく、柚希の対話が終わるのを待っていた。
やがて話し終えた柚希が顔を上げ、桂の方を振り向く。
「待っててくれてありがとう。えっと、次は緒方先生の診療所だよね?」
「ああ、そうだな」
コクリと頷いた桂は、再びエリザベスの背に乗った。既に慣れてしまった柚希も桂の後ろに乗れば、エリザベスが浮上する。
「では、参るぞ」
その言葉を合図に出発した彼らが、診療所に到着したのは、きっかり5分後だった。
「久しぶり……」
診療所の前でエリザベスから降りた柚希は、その懐かしさに目を細めて言った。
最後にこの診療所を目にしたのは、もう10年以上前になる。さすがにあちこち老朽化してはいるものの、あの頃と変わらぬ佇まいがそこにはあった。
「変わらないって、こんなに嬉しい事なんだなぁ」
そう小さく呟いた柚希は、玄関の戸を開ける。中の景色も、物の配置がいくらかは変わっていたが、自らの記憶を大きく変えるものでは無かった。
「懐かしいな……」
都合の良いことに、現在は休診時間だ。患者のいない静かな待合室を通り抜けて廊下を歩くと、診察室を覗いた。机に向かう白衣の男の姿を見つけ、柚希はゆっくりと歩み寄る。その気配に気付いた男が「悪いが今は時間外でね……」と言いつつこちらを向いた時。
「君は……ひょっとして柚希ちゃんかい?」
「お久しぶりです、先生」
「やっぱり柚希ちゃんか……っ!」
勢いよく立ち上がった白衣の男、緒方灯庵は、ガシリと柚希の肩を掴んで叫んだ。
「よくぞ無事で……よく帰ってきてくれた! ずっと心配していたんだよ」
「すみません。お陰様で元気にやっています。先生もお変わりなく」
「いやいや、さすがに僕は年を取ったよ。そろそろ引退しようかと考えてるくらいだ」
「未だそんなお年じゃないでしょう? 先生を必要としている患者さんはいくらでもいるんですから」
「そうは言っても、体は正直だからね。そういう訳だから柚希ちゃん、この病院の未来は君に委ねた!」
「え? 何このスピーディーな勧誘」
「老い先短い人生、『無駄なく生きる』がモットーなんでね」
「もう、先生ってば。久しぶりの再会なのに、全然感動が無~いっ!」
ぷうっと頬を膨らませて怒ったのは、もちろんわざとだ。未だ平和な時間を過ごしていたあの頃のノリを、柚希は再現していた。そんな柚希の心遣いに、緒方は優しい笑顔で応える。
「姿形は変わっても、僕たちの関係は変わってないって事さ。……お帰り、柚希ちゃん」
「ただいま。先生」
あの頃と同じように柚希の頭を優しくポンポンと叩いた緒方は、自らの手の位置が高くなっている事に小さな感動を覚えながら、その笑みを深めた。