第四章 〜絆〜(連載中)
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一方その頃柚希はと言うと、病院に無理な休暇を認めてもらった罪滅ぼしに、寸暇を惜しんで診療を行っていた。
トイレは愚か、水の一滴も口にする間もない程忙しく働く柚希に、たまたま診察室の前を通った桂も舌を巻いている。だがそれは戦場の殺伐とした治療風景とは異なっており、見ていた桂の表情も柔らかかった。
そしてそろそろお昼になろうという頃。
「次の方どうぞ」
また一人診察を終えた柚希が、次の患者を呼ぶと――。
「……よォ」
入って来たのは、少しだけバツが悪そうな顔をした銀時だった。
「あれ? どうしたのよ、診察時間内に来るなんて珍しい。どこか体を痛めたりした? 飲み過ぎで二日酔いとかだったら、良い薬あるけど……」
「ちげェよ。俺はただコイツを持って来ただけだ」
いつもと変わらぬ柚希の態度にホッとしたような表情を見せ、患者用の椅子に座った銀時がずいっと目の前に差し出したのはリュックサック。一瞬目をぱちくりとさせた柚希はそれを受け取ると、リュックのふたを開けて中を確認しながら銀時に言った。
「シロが準備してくれたんだね。ありがとう。でもあの時家にいたんなら、電話に出てくれても良かったのに。昨夜急に出て行っちゃったから心配してたのよ」
「電話なんざ知るかよ。俺はただ新八にこれを届けろと渡されただけだ」
「……そうなの?」
チラリと銀時に視線を移し、再びリュックの中を見る。そこには旅に必要な衣類や小物がキレイに詰め込まれていた。それも、柚希が一目で何が何処にあるかを把握できる形で。
――ただキレイに詰めるだけじゃなくて、私の使いやすさを考えて詰められてる。こんなのシロにしかできないよ。
銀時にバレないよう小さく笑った柚希は、リュックのふたをそっと閉める。念のためポケットの中も確認すれば、予備の扇子まできっちりと詰め込まれていた。
「何にしても、届けてくれてありがとう。桂くんが急に親父様のお墓参りに行くって言うんだもん。何かに焦ってるみたいだけど、聞いても教えてくれないし。せめて丸一日時間が欲しかったなぁ。万事屋に戻ってシャワーくらい浴びたかったのに」
口を尖らせながら言った柚希に、銀時は少し困った顔を見せる。だが「そうか」と言っただけで、いつものようなお喋りは無かった。それが柚希に大きな不安を与える。
「ねぇ、何か変だよ。シロも桂くんも、何か私に隠してるよね?」
「別に何も隠しちゃいねェよ。ヅラは緒方先生たちにお前を連れて帰るって言っちまった手前、さっさとその約束を果たしたいんだろ」
「それだけの理由にしては強引過ぎるよ。それに桂くんから『銀時は仕事で暫く戻れない』って聞いてたのに、今朝の電話で新八くんは、そんな事一言も言ってなかった。挙句シロはこんなにも私によそよそしい態度をしてるし……ひょっとして私、無自覚でシロたちに何か迷惑かけた? そもそも何でシロは夕べ突然帰っちゃったの?」
「それは――」
いつの間にかリュックを床に置き、身を乗り出すようにして銀時の顔を覗き込む柚希。真っ直ぐな視線を避けるように顔を背けた銀時の顔には、言葉にならない複雑な感情が見て取れた。
「何か言いにくい事なの?」
「……別に何でもねェよ。仕事で暫く万事屋を離れるのは本当だ。あとの事は旅の途中でヅラに聞いてくれ」
「私はシロに聞いてるの! 暫くの間会えなくなるのに、険悪なまま別れるのは嫌」
「険悪って別に俺は」
「じゃあ私を見てよ」
ずっと背けたままの銀時の顔を、柚希の両手が挟み込む。その顔をゆっくりと正面に向けさせると、柚希は吐息がかかるほどの距離まで自らの顔を近付けた。
「何も無いなら目を合わせてちゃんと言って。でなきゃ……悲しいよ」
そう言った柚希の瞳は、少しだけ潤んでいるようだ。切なげな瞳に見つめられた銀時はぐっと息を詰まらせたが、数秒後に大きく息を吐くと、柚希の手を掴んで下ろさせる。代わりに自らの腕を柚希の背中に回し、腕の中に抱き寄せた。
「シロ……?」
「俺の分まできっちりと墓参りしてきてくれよな。緒方先生や畑中のおっさんにも宜しく言っといてくれ」
「ごまかさないでよ。今はそんな話じゃなくて……」
「柚希」
話をすり替えられて怒る柚希の言葉を遮るように、銀時が名を呼ぶ。
「全ては墓参りを終えて帰って来てからだ。その時は……今度こそお前も洗いざらい話してくれ。それまでに俺もケリを付けておくからよ」
「洗いざらい? ケリ? それってどういう事?」
話の流れからは全く読めない言葉に戸惑う柚希。だがそれがとても真剣な言葉だという事だけは分かるから。
「一体どうしちゃったのよ。これから何が起ころうとしてるの?」
「今はとにかく、お前が無事に行ってきてくれれば良い」
「シロ?」
「……やっぱ何があろうとも、俺にはお前しかいねェんだ」
「何でいきなりそんな事言うのよ。ねぇ、今ここで理由を聞かせて――」
そう言いながら柚希が顔を上げて銀時に詰め寄ろうとした時。
「先生、次の患者さんが待っておられます」
銀時が背にしているドア越しに、看護師が声をかけて来た。ハッと銀時の腕から離れてドアの方を向き、再び銀時を見た時にはもう、銀時は踵を返してドアの前にいる。
「待ってシロ! 話は未だ……!」
咄嗟に手を伸ばして腕を掴もうとした柚希だったが、器用にするりと躱した銀時は、「気を付けて行ってこいよ」の言葉をかすめた唇越しに残し、ドアから出て行ってしまった。
「シロっ!」
「先生、次の患者さん通しますよ」
銀時を呼び止めたかったのに。ドアの向こうで待ちわびていたであろう看護師が、間髪入れずに次の患者を通してしまう。
「柚希先生、今日もいつもの症状で……」
「あ……えっと、はい……」
少し待ってと頼む間も無く、椅子に座った患者に話しかけられてしまっては、銀時を追いかけることもできない。
結局廊下に出て後ろ姿を見ることすら許されぬまま、柚希は次の患者の診察を始めるしかなかった。
トイレは愚か、水の一滴も口にする間もない程忙しく働く柚希に、たまたま診察室の前を通った桂も舌を巻いている。だがそれは戦場の殺伐とした治療風景とは異なっており、見ていた桂の表情も柔らかかった。
そしてそろそろお昼になろうという頃。
「次の方どうぞ」
また一人診察を終えた柚希が、次の患者を呼ぶと――。
「……よォ」
入って来たのは、少しだけバツが悪そうな顔をした銀時だった。
「あれ? どうしたのよ、診察時間内に来るなんて珍しい。どこか体を痛めたりした? 飲み過ぎで二日酔いとかだったら、良い薬あるけど……」
「ちげェよ。俺はただコイツを持って来ただけだ」
いつもと変わらぬ柚希の態度にホッとしたような表情を見せ、患者用の椅子に座った銀時がずいっと目の前に差し出したのはリュックサック。一瞬目をぱちくりとさせた柚希はそれを受け取ると、リュックのふたを開けて中を確認しながら銀時に言った。
「シロが準備してくれたんだね。ありがとう。でもあの時家にいたんなら、電話に出てくれても良かったのに。昨夜急に出て行っちゃったから心配してたのよ」
「電話なんざ知るかよ。俺はただ新八にこれを届けろと渡されただけだ」
「……そうなの?」
チラリと銀時に視線を移し、再びリュックの中を見る。そこには旅に必要な衣類や小物がキレイに詰め込まれていた。それも、柚希が一目で何が何処にあるかを把握できる形で。
――ただキレイに詰めるだけじゃなくて、私の使いやすさを考えて詰められてる。こんなのシロにしかできないよ。
銀時にバレないよう小さく笑った柚希は、リュックのふたをそっと閉める。念のためポケットの中も確認すれば、予備の扇子まできっちりと詰め込まれていた。
「何にしても、届けてくれてありがとう。桂くんが急に親父様のお墓参りに行くって言うんだもん。何かに焦ってるみたいだけど、聞いても教えてくれないし。せめて丸一日時間が欲しかったなぁ。万事屋に戻ってシャワーくらい浴びたかったのに」
口を尖らせながら言った柚希に、銀時は少し困った顔を見せる。だが「そうか」と言っただけで、いつものようなお喋りは無かった。それが柚希に大きな不安を与える。
「ねぇ、何か変だよ。シロも桂くんも、何か私に隠してるよね?」
「別に何も隠しちゃいねェよ。ヅラは緒方先生たちにお前を連れて帰るって言っちまった手前、さっさとその約束を果たしたいんだろ」
「それだけの理由にしては強引過ぎるよ。それに桂くんから『銀時は仕事で暫く戻れない』って聞いてたのに、今朝の電話で新八くんは、そんな事一言も言ってなかった。挙句シロはこんなにも私によそよそしい態度をしてるし……ひょっとして私、無自覚でシロたちに何か迷惑かけた? そもそも何でシロは夕べ突然帰っちゃったの?」
「それは――」
いつの間にかリュックを床に置き、身を乗り出すようにして銀時の顔を覗き込む柚希。真っ直ぐな視線を避けるように顔を背けた銀時の顔には、言葉にならない複雑な感情が見て取れた。
「何か言いにくい事なの?」
「……別に何でもねェよ。仕事で暫く万事屋を離れるのは本当だ。あとの事は旅の途中でヅラに聞いてくれ」
「私はシロに聞いてるの! 暫くの間会えなくなるのに、険悪なまま別れるのは嫌」
「険悪って別に俺は」
「じゃあ私を見てよ」
ずっと背けたままの銀時の顔を、柚希の両手が挟み込む。その顔をゆっくりと正面に向けさせると、柚希は吐息がかかるほどの距離まで自らの顔を近付けた。
「何も無いなら目を合わせてちゃんと言って。でなきゃ……悲しいよ」
そう言った柚希の瞳は、少しだけ潤んでいるようだ。切なげな瞳に見つめられた銀時はぐっと息を詰まらせたが、数秒後に大きく息を吐くと、柚希の手を掴んで下ろさせる。代わりに自らの腕を柚希の背中に回し、腕の中に抱き寄せた。
「シロ……?」
「俺の分まできっちりと墓参りしてきてくれよな。緒方先生や畑中のおっさんにも宜しく言っといてくれ」
「ごまかさないでよ。今はそんな話じゃなくて……」
「柚希」
話をすり替えられて怒る柚希の言葉を遮るように、銀時が名を呼ぶ。
「全ては墓参りを終えて帰って来てからだ。その時は……今度こそお前も洗いざらい話してくれ。それまでに俺もケリを付けておくからよ」
「洗いざらい? ケリ? それってどういう事?」
話の流れからは全く読めない言葉に戸惑う柚希。だがそれがとても真剣な言葉だという事だけは分かるから。
「一体どうしちゃったのよ。これから何が起ころうとしてるの?」
「今はとにかく、お前が無事に行ってきてくれれば良い」
「シロ?」
「……やっぱ何があろうとも、俺にはお前しかいねェんだ」
「何でいきなりそんな事言うのよ。ねぇ、今ここで理由を聞かせて――」
そう言いながら柚希が顔を上げて銀時に詰め寄ろうとした時。
「先生、次の患者さんが待っておられます」
銀時が背にしているドア越しに、看護師が声をかけて来た。ハッと銀時の腕から離れてドアの方を向き、再び銀時を見た時にはもう、銀時は踵を返してドアの前にいる。
「待ってシロ! 話は未だ……!」
咄嗟に手を伸ばして腕を掴もうとした柚希だったが、器用にするりと躱した銀時は、「気を付けて行ってこいよ」の言葉をかすめた唇越しに残し、ドアから出て行ってしまった。
「シロっ!」
「先生、次の患者さん通しますよ」
銀時を呼び止めたかったのに。ドアの向こうで待ちわびていたであろう看護師が、間髪入れずに次の患者を通してしまう。
「柚希先生、今日もいつもの症状で……」
「あ……えっと、はい……」
少し待ってと頼む間も無く、椅子に座った患者に話しかけられてしまっては、銀時を追いかけることもできない。
結局廊下に出て後ろ姿を見ることすら許されぬまま、柚希は次の患者の診察を始めるしかなかった。