第三章 〜夜叉〜(70P)
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柚希が捕らえられてから数日が経ち。
松陽はおろか銀時までも死んでしまったという話に絶望し、何を言われても魂が抜けたかのごとくボンヤリとしている柚希を見て、与し易しと思ったのだろう。1人の兵が柚希に手を出した。
だがそこは腐っても姫夜叉、とでも言おうか。ただの一兵卒などが敵う相手ではなく、あっさりと返り討ちにあって命を落とした。
本来ならこの件は、明らかに兵に問題がある。とは言え、これまでにも数多くの仲間を殺されてきたのだから、兵たちの中で燻っていた憎悪を膨らませるきっかけになってしまうのも致し方ない。それと同時に柚希を殺せと言う声が上がり始めるのは必然だろう。
いよいよ収拾のつかなくなった状況は、玄黒に苦渋の決断を迫った。
兵の死亡が確認されてから未だ一時間ほど。しかし殺気立つ兵たちを前に、もう猶予は無い。
「最終手段を取るしかない、か。せめてもう少し時間があれば……」
手に持っていたのは、未だ試作段階でしかない記憶操作の出来るピアス。柚希を生かし守るための手段の一つとして、準備していた物だった。
「まさかあの嬢ちゃんからの報告待ちすらできねぇ状況に陥るとはな」
柱に縛りつけられ、完全に四肢の自由を奪われた柚希を見ながら言った玄黒の顔は、苦し気に歪んでいる。その表情は、これからしようとしている事が、この男の本意では無い事を如実に表していた。
「すまねぇな、柚希。嬢ちゃんから聞いた話だけでは、お前さんの大事な男が本当に死んじまったとは思えなくてな。あれからずっと調べてもらってるんじゃよ。生きててくれりゃめっけもんじゃし、ダメ押し食らっちまったら、その時初めてコイツを使う事も考えようと思ってたんだが……」
そっと手を伸ばし、柚希の髪を撫でる玄黒。
「兵の奴らは今すぐにでもお前さんを殺そうといきり立っておる。じゃがこれさえ付けておけば、命の保障はするという確約は得られたからな。上にはお前さんの研究者としての腕を買っている者も多い。できれば殺したくないという意見がある今の内に、コイツを使わせてもらうぞ」
――大切な者たちの記憶と引き換えに、じゃがな
それは、言葉にはしない。だが柚希は知っていた。
「迷惑かけて……ごめんなさい、所長……」
直前まで項垂れていた柚希が、ゆっくりと顔を上げて玄黒を見る。
「でも私なんて、生きていても迷惑なだけです。いっそ殺してくれた方が……」
悲しみと諦めの綯交ぜになった笑みに、玄黒の心は引きちぎられそうだった。
「バカな事を言うんじゃない! わしはお前さんを迷惑となんざ思った事は無いぞ。むしろ生きてわしの側で働いてもらわにゃ困る。年寄り一人で研究を続けるのは、骨が折れるからな。……分かったか?」
「……はい。覚えていたらそうします」
「忘れさせんさ。ピアスを付けたからと言って、全てを忘れちまうわけじゃない」
ゆっくりと玄黒の手が移動し、柚希の耳に触れる。専用のピアッサーを当てて位置を確認すると、玄黒は小さく言った。
「いつか必ずまた、自由を取り戻させてやるからな。それまではとにかく生きるぞ」
「……はい」
コクリと頷き、覚悟を決めて目を瞑る柚希。それを合図に玄黒がピアッサーを押し付けた時――。
「待って! 柚希に言わなきゃいけない事が!」
突如聞こえた叫び声。だが、力を込めた手を止めるには一瞬遅く。
「……っ!」
「白夜叉は生きてる!」
柚希が痛みに震えて小さく上げた悲鳴と、駆け込んできた骸の言葉は同時だった。
あまりの痛みに気を失ってしまった柚希に、骸の言葉が届いたのかは分からない。だが、気絶した柚希の口元が小さく微笑んでいた事で、彼らは小さな希望を持ったのだった。
松陽はおろか銀時までも死んでしまったという話に絶望し、何を言われても魂が抜けたかのごとくボンヤリとしている柚希を見て、与し易しと思ったのだろう。1人の兵が柚希に手を出した。
だがそこは腐っても姫夜叉、とでも言おうか。ただの一兵卒などが敵う相手ではなく、あっさりと返り討ちにあって命を落とした。
本来ならこの件は、明らかに兵に問題がある。とは言え、これまでにも数多くの仲間を殺されてきたのだから、兵たちの中で燻っていた憎悪を膨らませるきっかけになってしまうのも致し方ない。それと同時に柚希を殺せと言う声が上がり始めるのは必然だろう。
いよいよ収拾のつかなくなった状況は、玄黒に苦渋の決断を迫った。
兵の死亡が確認されてから未だ一時間ほど。しかし殺気立つ兵たちを前に、もう猶予は無い。
「最終手段を取るしかない、か。せめてもう少し時間があれば……」
手に持っていたのは、未だ試作段階でしかない記憶操作の出来るピアス。柚希を生かし守るための手段の一つとして、準備していた物だった。
「まさかあの嬢ちゃんからの報告待ちすらできねぇ状況に陥るとはな」
柱に縛りつけられ、完全に四肢の自由を奪われた柚希を見ながら言った玄黒の顔は、苦し気に歪んでいる。その表情は、これからしようとしている事が、この男の本意では無い事を如実に表していた。
「すまねぇな、柚希。嬢ちゃんから聞いた話だけでは、お前さんの大事な男が本当に死んじまったとは思えなくてな。あれからずっと調べてもらってるんじゃよ。生きててくれりゃめっけもんじゃし、ダメ押し食らっちまったら、その時初めてコイツを使う事も考えようと思ってたんだが……」
そっと手を伸ばし、柚希の髪を撫でる玄黒。
「兵の奴らは今すぐにでもお前さんを殺そうといきり立っておる。じゃがこれさえ付けておけば、命の保障はするという確約は得られたからな。上にはお前さんの研究者としての腕を買っている者も多い。できれば殺したくないという意見がある今の内に、コイツを使わせてもらうぞ」
――大切な者たちの記憶と引き換えに、じゃがな
それは、言葉にはしない。だが柚希は知っていた。
「迷惑かけて……ごめんなさい、所長……」
直前まで項垂れていた柚希が、ゆっくりと顔を上げて玄黒を見る。
「でも私なんて、生きていても迷惑なだけです。いっそ殺してくれた方が……」
悲しみと諦めの綯交ぜになった笑みに、玄黒の心は引きちぎられそうだった。
「バカな事を言うんじゃない! わしはお前さんを迷惑となんざ思った事は無いぞ。むしろ生きてわしの側で働いてもらわにゃ困る。年寄り一人で研究を続けるのは、骨が折れるからな。……分かったか?」
「……はい。覚えていたらそうします」
「忘れさせんさ。ピアスを付けたからと言って、全てを忘れちまうわけじゃない」
ゆっくりと玄黒の手が移動し、柚希の耳に触れる。専用のピアッサーを当てて位置を確認すると、玄黒は小さく言った。
「いつか必ずまた、自由を取り戻させてやるからな。それまではとにかく生きるぞ」
「……はい」
コクリと頷き、覚悟を決めて目を瞑る柚希。それを合図に玄黒がピアッサーを押し付けた時――。
「待って! 柚希に言わなきゃいけない事が!」
突如聞こえた叫び声。だが、力を込めた手を止めるには一瞬遅く。
「……っ!」
「白夜叉は生きてる!」
柚希が痛みに震えて小さく上げた悲鳴と、駆け込んできた骸の言葉は同時だった。
あまりの痛みに気を失ってしまった柚希に、骸の言葉が届いたのかは分からない。だが、気絶した柚希の口元が小さく微笑んでいた事で、彼らは小さな希望を持ったのだった。