「何があったかは知らんが、ここで暴れる意味はあるのか？　周りを巻き込んで死のうってんなら、わしの研究を完成させてからにしてくれや」
「所長には関係の無い事です。私はもうここに用は無い……必要無いんです！」

　玄黒の言葉に耳を貸そうとはせず、自由な方の手で扇子を構えた柚希は、次々と現れる春雨の兵に向けて殺気を放つ。

「私にはもう何も無い……」

　ツイ、と優雅に振り下ろされた扇子の先から玉が放たれれば、止められていながらも咄嗟に反応してしまうのは当然の事だろう。思わず一人の兵の指が動き、トリガーを引いてしまったために撃ち出された弾は、柚希目掛けて真っ直ぐに飛んだ。
　それを見た柚希はホッとしたように微笑むと、「待っててね親父様、シロ……」と呟いて目を閉じる。

　――ところが。

「柚希っ！」

　骸の叫びと同時に柚希の体は吹っ飛び、床に叩きつけられた。骸に助けられた事は分かっていたが、柚希は何も言わず、起き上がろうともしない。
　その隙をついて兵たちが柚希を取り囲んだ為、骸は柚希を守らんと構えたが多勢に無勢。どう転んでも助かる見込みは無かった。
　しかしそれを、再び玄黒が制止する。

「撃つな！」
「うるせェジジイ！　このまま女を生かしておいたら、どれだけ被害が広がるかくらい分かんねーのか！？」
「分かっとるわ、それくらい。じゃがお前は柚希の命を奪う権限を与えられてはいないはずじゃろうて。勝手に殺したとなれば、後々お前も……」

　柚希と骸を守るように立ちはだかった玄黒は、指揮官を睨みつけた。その強い眼差しに気圧されたのか、指揮官がたじろぐ。

「チッ……分かったよ。生かして捕らえりゃ良いんだろ」

　あくまで自分が妥協してやった体を装いながら、指揮官は言った。

「その代わり、ジジイが責任持ちやがれ」
「ああ、分かっとる」

　そう言った玄黒は柚希の腕を掴み、引き起こす。

「なァ柚希、お前さんは何も無くなっちまったと言っておったが、本当にそうか？」

　項垂れたまま反応しない柚希に語り掛けながら、司令官の腰に付けられていた縄ひもを取った玄黒は、「こうしておけば暴れられまい。今は大人しくしておいてくれよ」と柚希を後ろ手に縛りあげた。