第三章 〜夜叉〜(70P)
名前変換はこちら
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
その後暫く、柚希が朧の部屋から出る事は無かった。
ただ与えられた食事をとり、求めてくる朧に応え、疲れ切って泥のように眠るだけの毎日。それがどれほど異常な事なのかに気付いてはいながらも、柚希は一切抵抗をしなかった。
もう涙すら流さず虚ろな眼差しで、まさに傀儡のごとく朧の言いなりになっている。
だからこそ「人間と言う物は、とことん脆い生き物だな」と零しながら自分を抱いていた朧が、どのような表情をしていたかなど柚希は知る由もなかった。
だがそんな異常な毎日に、突如変化が訪れる。
ある日、珍しく柚希が朧よりも早く目を覚ました事があった。
いつもは気絶をするように眠りに落ち、目覚めた時には隣に朧の姿は無い。だがその日柚希がぼんやりとした意識のまま隣を見ると、未だ朧が眠っていたのだ。
こちらに背を向け、小さく体を丸めるようにして眠っている朧を暫く見つめていた柚希だったが、ふとその姿に大切な存在を重ねる。癖のある白髪と自分より一回り大きな背中は、柚希の胸を締め付けた。
「ふ……っ!」
もう二度と会う事はないであろう最愛の者を思い出し、涙が込み上げる。思わず漏れ出そうになった嗚咽を必死に堪えた柚希は、寝返りを打って朧に背を向けると、朧に気付かれぬよう静かに涙を流したのだった。
それから更に数日が経ち。
任務に出る直前の朧から、久しぶりに研究所へ戻るよう命を受けた柚希が着替えをしていると、骸がやって来た。
「今日は私が研究所に送り届けろと言われてる。さっさと準備して」
「ん、急いで着替えるからちょっと待ってて」
あの後ろ姿を見て以来、どうしても目覚めるのが早くなってしまった柚希の目には、クマが出来ている。寝不足で軽くふらつき、しかも体のあちこちには朧の触れた痕跡が残っていたものだから、さすがに骸もおかしいと思ったのだろう。
「朧が柚希に拷問するなんてね」
そう言って柚希の胸元にそっと伸ばされた骸の手には、常備している湿布薬があった。
「貴女の事は、大切に扱ってると思ってたんだけど……彼を怒らせるような事でもしたの?」
「別に、私は……」
未だ幼い骸には柚希の体に刻まれた数多の紅が、拷問の跡に見えたのだろうか。しかしそこで違うとも言えず、柚希は口を噤むしかない。
そんな柚希を追求する事なく、骸は患部に手を触れる。いつも朧が必ず色付かせる八咫烏の紋章ごと覆い隠した湿布は、ヒンヤリと心地よく優しかった。
「ありがとう、むーちゃん」
「別に。貴女を無事研究所に送り届けるのが私の任務だから。さっさと準備して」
素直に例を言われた事で照れたのだろうか。柚希から視線を外した骸が言うと、小さく笑いながら柚希はコクリと頷いた。
ただ与えられた食事をとり、求めてくる朧に応え、疲れ切って泥のように眠るだけの毎日。それがどれほど異常な事なのかに気付いてはいながらも、柚希は一切抵抗をしなかった。
もう涙すら流さず虚ろな眼差しで、まさに傀儡のごとく朧の言いなりになっている。
だからこそ「人間と言う物は、とことん脆い生き物だな」と零しながら自分を抱いていた朧が、どのような表情をしていたかなど柚希は知る由もなかった。
だがそんな異常な毎日に、突如変化が訪れる。
ある日、珍しく柚希が朧よりも早く目を覚ました事があった。
いつもは気絶をするように眠りに落ち、目覚めた時には隣に朧の姿は無い。だがその日柚希がぼんやりとした意識のまま隣を見ると、未だ朧が眠っていたのだ。
こちらに背を向け、小さく体を丸めるようにして眠っている朧を暫く見つめていた柚希だったが、ふとその姿に大切な存在を重ねる。癖のある白髪と自分より一回り大きな背中は、柚希の胸を締め付けた。
「ふ……っ!」
もう二度と会う事はないであろう最愛の者を思い出し、涙が込み上げる。思わず漏れ出そうになった嗚咽を必死に堪えた柚希は、寝返りを打って朧に背を向けると、朧に気付かれぬよう静かに涙を流したのだった。
それから更に数日が経ち。
任務に出る直前の朧から、久しぶりに研究所へ戻るよう命を受けた柚希が着替えをしていると、骸がやって来た。
「今日は私が研究所に送り届けろと言われてる。さっさと準備して」
「ん、急いで着替えるからちょっと待ってて」
あの後ろ姿を見て以来、どうしても目覚めるのが早くなってしまった柚希の目には、クマが出来ている。寝不足で軽くふらつき、しかも体のあちこちには朧の触れた痕跡が残っていたものだから、さすがに骸もおかしいと思ったのだろう。
「朧が柚希に拷問するなんてね」
そう言って柚希の胸元にそっと伸ばされた骸の手には、常備している湿布薬があった。
「貴女の事は、大切に扱ってると思ってたんだけど……彼を怒らせるような事でもしたの?」
「別に、私は……」
未だ幼い骸には柚希の体に刻まれた数多の紅が、拷問の跡に見えたのだろうか。しかしそこで違うとも言えず、柚希は口を噤むしかない。
そんな柚希を追求する事なく、骸は患部に手を触れる。いつも朧が必ず色付かせる八咫烏の紋章ごと覆い隠した湿布は、ヒンヤリと心地よく優しかった。
「ありがとう、むーちゃん」
「別に。貴女を無事研究所に送り届けるのが私の任務だから。さっさと準備して」
素直に例を言われた事で照れたのだろうか。柚希から視線を外した骸が言うと、小さく笑いながら柚希はコクリと頷いた。