第三章 〜夜叉〜(70P)
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その日も牢へと戻ってきていた柚希が、いつものように松陽と穏やかな時を過ごしていると、何の前触れもなく現れた朧が強引に松陽を牢から連れ出した。それはやけに物々しい雰囲気で、しかも柚希を牢に残したままという、今までにない状況だ。その事を疑問に思った柚希が訳を聞くも、返って来たのは
「終いだ」
という冷たい返事。だがその時、松陽を見る朧の目が少しだけ揺らいでいる事に気付いていた柚希の心には、未だ余裕があった。
「何がお終いなのよ。遊んでないでさっさと働けって言うんなら、私が牢から出て春雨に戻れば良いだけの話でしょ」
そう言いながら自らも牢から出ようとした柚希の横に、ピタリとくっついたのは骸。向けられた躊躇いがちな殺気は、柚希の心に大きな不安を生ませた。
「むーちゃん?」
「行かせない」
「え? でも……」
「貴女にとっては、ここから出るも出ざるも苦痛にしかならない。それなら残る苦痛を選んで。これは松陽の意思」
「親父様、の……?」
骸に止められた事で歩みが止まり、目の前で外から施錠されてしまう。この状況で自分が何をすれば良いのかが分からず、戸惑いの表情で牢の外を見る柚希に朧から与えられたのは、柚希を失意のどん底へと叩き落す、無慈悲な言葉だった。
「これから松陽を白夜叉たちの所へ連れて行く」
「白夜叉たちの所? 今更何で……」
「奴らが最も苦しむ方法で、松陽の命を終わらせてやるという事だ」
「……っ! まさか……」
全てを悟った柚希は、慌てて松陽を引き戻そうとした。が、伸ばした手は牢を隔てた松陽に触れる事なく空を切る。後ろ手に縛られ、柚希の手を受け止めてやれなかった松陽は、少し困ったような笑顔を見せていた。
「親父様! 親父様ぁっ!」
「大丈夫ですよ、柚希。きっと銀時たちは大丈夫ですから」
「何が大丈夫なのよ! ねぇ、何で素直に従っちゃうの!? こんなのっておかしいよ親父様!」
どんなに手を伸ばしても、松陽には届かない。
「親父様を連れて行かないで、朧! 本当はアンタだって、こんな事を望んでなんかいないでしょ!? お願いだから親父様を殺すなんてやめて……これ以上シロたちを苦しめないでぇっ!」
必死に叫ぶ柚希を見つめるのは、感情を無くした朧の冷たい眼差しと、松陽の悲し気な笑顔だけ。
「何でもするから……シロたちには親父様がいなきゃダメなの……っ! 殺すなら私を殺して! 親父様を助けてよぉっ!」
どう足掻いても回避できないと分かっているこの残酷な状況に、パニックを起こした柚希は頽れて泣き叫んだ。
「それがだめならせめて私も連れてって! 私も一緒に……っ!」
「柚希……」
そんな柚希を、優しい声が呼ぶ。ハッとして顔を上げれば、いつの間にか松陽が牢の手前にいた。
「親父様、逃げ……」
「柚希、貴女は私には勿体ないくらいの良い娘でした。貴女のお陰で私は、沢山の笑顔と幸せに囲まれて生きる事が出来たんです。本当にありがとうございました」
「な……んでそんな事言うの? 親父様……」
「そして銀時は、次の世代に思いを託すという希望を与えてくれました。そんな銀時を、柚希はこんなにも必死になって護ろうとしてくれている。柚希も銀時も、私にとってかけがえのない存在です。私はこれ以上なく果報者ですよ」
「やだ、よ……そんな遺言みたいな事言わないでよ……」
「高杉くんも桂くんも、松下村塾の子たちは皆最高の塾生でした。戦争が終わったらまた、あの頃のように集まれたら良いですねぇ」
「そ……だよ、塾! 親父様が塾を開いてくれるのを待ってる人は一杯いるんだよ? 皆親父様を必要として……っ!」
「ありがとう。大好きですよ、柚希」
「お……」
「時間だ」
視界を遮るように柚希と松陽の間に体を割り込ませ、松陽を押しながら歩き出した朧は、「親父様ぁっ!」と泣き叫ぶ柚希を一瞥するも、歩みを止めずに牢から離れて行く。朧の陰に隠れる形となった松陽が振り向く気配はあったが、その顔を見る事は叶わなかった。
そしてこれが、柚希が見た松陽の最後の姿となる――。
「終いだ」
という冷たい返事。だがその時、松陽を見る朧の目が少しだけ揺らいでいる事に気付いていた柚希の心には、未だ余裕があった。
「何がお終いなのよ。遊んでないでさっさと働けって言うんなら、私が牢から出て春雨に戻れば良いだけの話でしょ」
そう言いながら自らも牢から出ようとした柚希の横に、ピタリとくっついたのは骸。向けられた躊躇いがちな殺気は、柚希の心に大きな不安を生ませた。
「むーちゃん?」
「行かせない」
「え? でも……」
「貴女にとっては、ここから出るも出ざるも苦痛にしかならない。それなら残る苦痛を選んで。これは松陽の意思」
「親父様、の……?」
骸に止められた事で歩みが止まり、目の前で外から施錠されてしまう。この状況で自分が何をすれば良いのかが分からず、戸惑いの表情で牢の外を見る柚希に朧から与えられたのは、柚希を失意のどん底へと叩き落す、無慈悲な言葉だった。
「これから松陽を白夜叉たちの所へ連れて行く」
「白夜叉たちの所? 今更何で……」
「奴らが最も苦しむ方法で、松陽の命を終わらせてやるという事だ」
「……っ! まさか……」
全てを悟った柚希は、慌てて松陽を引き戻そうとした。が、伸ばした手は牢を隔てた松陽に触れる事なく空を切る。後ろ手に縛られ、柚希の手を受け止めてやれなかった松陽は、少し困ったような笑顔を見せていた。
「親父様! 親父様ぁっ!」
「大丈夫ですよ、柚希。きっと銀時たちは大丈夫ですから」
「何が大丈夫なのよ! ねぇ、何で素直に従っちゃうの!? こんなのっておかしいよ親父様!」
どんなに手を伸ばしても、松陽には届かない。
「親父様を連れて行かないで、朧! 本当はアンタだって、こんな事を望んでなんかいないでしょ!? お願いだから親父様を殺すなんてやめて……これ以上シロたちを苦しめないでぇっ!」
必死に叫ぶ柚希を見つめるのは、感情を無くした朧の冷たい眼差しと、松陽の悲し気な笑顔だけ。
「何でもするから……シロたちには親父様がいなきゃダメなの……っ! 殺すなら私を殺して! 親父様を助けてよぉっ!」
どう足掻いても回避できないと分かっているこの残酷な状況に、パニックを起こした柚希は頽れて泣き叫んだ。
「それがだめならせめて私も連れてって! 私も一緒に……っ!」
「柚希……」
そんな柚希を、優しい声が呼ぶ。ハッとして顔を上げれば、いつの間にか松陽が牢の手前にいた。
「親父様、逃げ……」
「柚希、貴女は私には勿体ないくらいの良い娘でした。貴女のお陰で私は、沢山の笑顔と幸せに囲まれて生きる事が出来たんです。本当にありがとうございました」
「な……んでそんな事言うの? 親父様……」
「そして銀時は、次の世代に思いを託すという希望を与えてくれました。そんな銀時を、柚希はこんなにも必死になって護ろうとしてくれている。柚希も銀時も、私にとってかけがえのない存在です。私はこれ以上なく果報者ですよ」
「やだ、よ……そんな遺言みたいな事言わないでよ……」
「高杉くんも桂くんも、松下村塾の子たちは皆最高の塾生でした。戦争が終わったらまた、あの頃のように集まれたら良いですねぇ」
「そ……だよ、塾! 親父様が塾を開いてくれるのを待ってる人は一杯いるんだよ? 皆親父様を必要として……っ!」
「ありがとう。大好きですよ、柚希」
「お……」
「時間だ」
視界を遮るように柚希と松陽の間に体を割り込ませ、松陽を押しながら歩き出した朧は、「親父様ぁっ!」と泣き叫ぶ柚希を一瞥するも、歩みを止めずに牢から離れて行く。朧の陰に隠れる形となった松陽が振り向く気配はあったが、その顔を見る事は叶わなかった。
そしてこれが、柚希が見た松陽の最後の姿となる――。