第三章 〜夜叉〜(70P)
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「何をしている」
救護所の襲撃によって天人たちに押さえつけられ、強引に衣服を引き裂かれた柚希が、恐怖のあまり泣き叫んだ時。不意に上から聞こえて来たのがこの言葉だった。
その場にいた者たちが声のした方向を見上げた瞬間、風を切るような音が聞こえ、追って何かが地に落ちる。それは、たった今まで柚希を拘束していた天人たちの頭部だった。
いつ落とされたのかにも気付かず、暫くパクパクと口を動かしていた天人たちが動かなくなると、音も立てずにゆっくりと一人の男が柚希に近付いてくる。
「捕らえろとは言ったが、辱めろとは命じていなかったはずだ。――下種が」
完全に生気を失った頭部の一つを蹴り飛ばした男は、片膝を付いて柚希の襟元を掴むと、荒々しく持ち上げた。何かを確認しようとしたのか、感情の見えぬ顔で柚希を覗き込んだ男の目が一瞬見開かれる。だが一つ瞬きをした後は、再び血の通わぬ表情に戻っていた。
「やはり姫夜叉とはお前の事だったか。……俺を覚えているか?」
「お……ぼろ……っ!」
覗き込まれた事で、柚希もまた男の顔を確認していた。
それは、ずっと追い続けていた男。松陽を連れ去り、松下村塾を焼失させた柚希たちの仇敵だった。
「やっぱり戦場にいたのね。親父様はどこ? 親父様を返してよ!」
自由の利かぬ体を必死に捩りながら、怒鳴りつける柚希。だが朧は小馬鹿にしたようにふん、と鼻で笑うと、柚希を地面に転がした。
「……っ!」
受け身を取れず、背中を打ち付けた柚希が痛みに顔を顰めていると、朧が言った。
「自分の立場が分かっていないようだな。お前は今捕らわれの身だ。要求も拒否も許されてはいない」
「ふ……っざけないでよ! 私は捕らわれた覚えは……」
「あのような雑魚に良いようにされていたのにか? 俺が来なければ、お前は慰み者として最上級の屈辱を味わわされていただろう。それとも何か? お前はむしろそれを望んで……」
「冗談じゃないわっ! そんな事をされるくらいなら、自ら死を選ぶわよっ!」
唇が真っ白になるほどに噛み締めながら、朧を睨む。押さえつけられているわけでも縛られているわけでもないのに、朧を殴りつける事すら出来ない自分の体がもどかしくて仕方ない。
せめて虚勢を張るくらいはと睨みつけても、朧には通じず。それどころか、柚希の殺気を完全に受け流した朧は、ただ自分の目的を果たす事しか考えていないようだった。
「死ぬのは勝手だが、こちらの用件が済んでからにしてもらおう」
「用件? 私に何かさせようって言うの?」
「……今からお前を、松陽のいる牢へと連れて行く」
「親父様の……!」
まさかの言葉に、目を見開いて朧を見た。眉一つ動かさず、感情の見えない目で柚希を見下ろす朧に、揶揄いや偽りは感じられない。
「親父様の所に連れて行ってくれるの? 親父様に会えるの!?」
松陽に会えるという事実は、柚希の心に大きな希望の灯を灯す。と同時に、たった今まで纏っていた殺気を一瞬で霧散させてしまった。
救護所の襲撃によって天人たちに押さえつけられ、強引に衣服を引き裂かれた柚希が、恐怖のあまり泣き叫んだ時。不意に上から聞こえて来たのがこの言葉だった。
その場にいた者たちが声のした方向を見上げた瞬間、風を切るような音が聞こえ、追って何かが地に落ちる。それは、たった今まで柚希を拘束していた天人たちの頭部だった。
いつ落とされたのかにも気付かず、暫くパクパクと口を動かしていた天人たちが動かなくなると、音も立てずにゆっくりと一人の男が柚希に近付いてくる。
「捕らえろとは言ったが、辱めろとは命じていなかったはずだ。――下種が」
完全に生気を失った頭部の一つを蹴り飛ばした男は、片膝を付いて柚希の襟元を掴むと、荒々しく持ち上げた。何かを確認しようとしたのか、感情の見えぬ顔で柚希を覗き込んだ男の目が一瞬見開かれる。だが一つ瞬きをした後は、再び血の通わぬ表情に戻っていた。
「やはり姫夜叉とはお前の事だったか。……俺を覚えているか?」
「お……ぼろ……っ!」
覗き込まれた事で、柚希もまた男の顔を確認していた。
それは、ずっと追い続けていた男。松陽を連れ去り、松下村塾を焼失させた柚希たちの仇敵だった。
「やっぱり戦場にいたのね。親父様はどこ? 親父様を返してよ!」
自由の利かぬ体を必死に捩りながら、怒鳴りつける柚希。だが朧は小馬鹿にしたようにふん、と鼻で笑うと、柚希を地面に転がした。
「……っ!」
受け身を取れず、背中を打ち付けた柚希が痛みに顔を顰めていると、朧が言った。
「自分の立場が分かっていないようだな。お前は今捕らわれの身だ。要求も拒否も許されてはいない」
「ふ……っざけないでよ! 私は捕らわれた覚えは……」
「あのような雑魚に良いようにされていたのにか? 俺が来なければ、お前は慰み者として最上級の屈辱を味わわされていただろう。それとも何か? お前はむしろそれを望んで……」
「冗談じゃないわっ! そんな事をされるくらいなら、自ら死を選ぶわよっ!」
唇が真っ白になるほどに噛み締めながら、朧を睨む。押さえつけられているわけでも縛られているわけでもないのに、朧を殴りつける事すら出来ない自分の体がもどかしくて仕方ない。
せめて虚勢を張るくらいはと睨みつけても、朧には通じず。それどころか、柚希の殺気を完全に受け流した朧は、ただ自分の目的を果たす事しか考えていないようだった。
「死ぬのは勝手だが、こちらの用件が済んでからにしてもらおう」
「用件? 私に何かさせようって言うの?」
「……今からお前を、松陽のいる牢へと連れて行く」
「親父様の……!」
まさかの言葉に、目を見開いて朧を見た。眉一つ動かさず、感情の見えない目で柚希を見下ろす朧に、揶揄いや偽りは感じられない。
「親父様の所に連れて行ってくれるの? 親父様に会えるの!?」
松陽に会えるという事実は、柚希の心に大きな希望の灯を灯す。と同時に、たった今まで纏っていた殺気を一瞬で霧散させてしまった。