第三章 〜夜叉〜(70P)
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「柚希ちゃん?」
「あ、ごめんなさい。ぼーっとしてて……」
「大丈夫かい? 確か怪我もしてるんだろう? 今日はもう診療所に戻りなさい。何がともあれまずは自分の体を治さなきゃね。あ、そうそう、美味しいお菓子をもらったから、持って帰って銀時君と食べると良いよ。すぐに準備するからこの後取りにおいで」
いそいそと動き出し、畑中とすれ違いざま囁くように「ごめん」と言った千代は、万屋へと戻っていく。大きくため息を吐いた畑中は、やれやれと言った風に部屋の奥へ向かうと、最初に柚希が尋ねて来た時と同じく、玄関を背にして寝そべった。
「そんじゃ、話はしまいだな。俺は基本ここにいるから、扇子が壊れた時にはいつでも持ってこいや」
「あの……」
柚希が声をかけようとした時にはもう、聞こえてくるイビキ。
軽く揺すってみても起きない畑中にどうしたものかと迷っていた柚希だったが、やがて一つ深いお辞儀をすると、そのまま何も言わずに万屋の離れを後にしたのだった。
菓子を受け取り、診療所へと帰っていく柚希を見送った千代が再び離れに行くと、畑中が不機嫌な顔をして待っていた。
「ったく、お前はいつも一言多いんだ」
「悪かったよ。安心させようと思って、つい口を滑らせちまったのさ。……そこら辺の子供なら問題ないだろうが、あの子は気付いただろうねぇ」
「奈落は戦場へ戻る。この言葉でどこまで想像できちまうか……ったく、厄介なガキだぜ」
千代の言葉を聞いた時、考え込む柚希の顔に浮かんでいたのは憎しみの感情だった。
実の親を殺され、育ての親を連れ去られたのだ。その感情は生まれるべくして当然の物だろう。
しかし普通の子供なら、その相手の恐ろしさに何も出来はしない。いや、大人であってもあの奈落相手では泣き寝入りする事しか出来ないはずだが、柚希の場合は――。
「それにしても、いつから盗み聞きしてたんだ? いきなり登場して奈落の話なんざ始めやがって。あの嬢ちゃんの親父さんについて何か知ってたのかよ」
「知らなかったに決まってるだろ? あの子をここに向かわせてすぐに、壁に何かがぶつかった音が聞こえたから慌ててきてみたら、深刻な会話が漏れ聞こえて来たんでね。後であの穴、塞いどくれよ」
「へーへー。ったく、偉そうに言いやがって」
「それが姉に対して言う言葉かい?」
「姉ったって、双子だから大して関係ねーだろーが」
「宿を提供してもらってる立場で文句を言うな! そもそもアンタも攘夷志士のお抱えカラクリ師として追われる立場なんだから、目立つ事はしないでおくれよ」
キツイ言い方ではあるが心底心配をしているのが分かる声音に、畑中はバツが悪そうだ。それを見た千代はペシッと畑中の背中を叩くと、再び万屋へと戻って行った。
「イッテェな」と怒鳴った畑中だったが、完全に一人になった静かな部屋でポツリと呟く。
「細々とでもカラクリをばら撒いてりゃ、いつか仲間の一人でも釣れるかと思っちゃいたが、まさかあんなガキが来るとはな……厄介なモンを釣っちまったぜ」
やれやれと頭をかいた畑中は重い腰を上げると、面倒臭そうに先ほどの葛籠に手を伸ばすのだった。
「あ、ごめんなさい。ぼーっとしてて……」
「大丈夫かい? 確か怪我もしてるんだろう? 今日はもう診療所に戻りなさい。何がともあれまずは自分の体を治さなきゃね。あ、そうそう、美味しいお菓子をもらったから、持って帰って銀時君と食べると良いよ。すぐに準備するからこの後取りにおいで」
いそいそと動き出し、畑中とすれ違いざま囁くように「ごめん」と言った千代は、万屋へと戻っていく。大きくため息を吐いた畑中は、やれやれと言った風に部屋の奥へ向かうと、最初に柚希が尋ねて来た時と同じく、玄関を背にして寝そべった。
「そんじゃ、話はしまいだな。俺は基本ここにいるから、扇子が壊れた時にはいつでも持ってこいや」
「あの……」
柚希が声をかけようとした時にはもう、聞こえてくるイビキ。
軽く揺すってみても起きない畑中にどうしたものかと迷っていた柚希だったが、やがて一つ深いお辞儀をすると、そのまま何も言わずに万屋の離れを後にしたのだった。
菓子を受け取り、診療所へと帰っていく柚希を見送った千代が再び離れに行くと、畑中が不機嫌な顔をして待っていた。
「ったく、お前はいつも一言多いんだ」
「悪かったよ。安心させようと思って、つい口を滑らせちまったのさ。……そこら辺の子供なら問題ないだろうが、あの子は気付いただろうねぇ」
「奈落は戦場へ戻る。この言葉でどこまで想像できちまうか……ったく、厄介なガキだぜ」
千代の言葉を聞いた時、考え込む柚希の顔に浮かんでいたのは憎しみの感情だった。
実の親を殺され、育ての親を連れ去られたのだ。その感情は生まれるべくして当然の物だろう。
しかし普通の子供なら、その相手の恐ろしさに何も出来はしない。いや、大人であってもあの奈落相手では泣き寝入りする事しか出来ないはずだが、柚希の場合は――。
「それにしても、いつから盗み聞きしてたんだ? いきなり登場して奈落の話なんざ始めやがって。あの嬢ちゃんの親父さんについて何か知ってたのかよ」
「知らなかったに決まってるだろ? あの子をここに向かわせてすぐに、壁に何かがぶつかった音が聞こえたから慌ててきてみたら、深刻な会話が漏れ聞こえて来たんでね。後であの穴、塞いどくれよ」
「へーへー。ったく、偉そうに言いやがって」
「それが姉に対して言う言葉かい?」
「姉ったって、双子だから大して関係ねーだろーが」
「宿を提供してもらってる立場で文句を言うな! そもそもアンタも攘夷志士のお抱えカラクリ師として追われる立場なんだから、目立つ事はしないでおくれよ」
キツイ言い方ではあるが心底心配をしているのが分かる声音に、畑中はバツが悪そうだ。それを見た千代はペシッと畑中の背中を叩くと、再び万屋へと戻って行った。
「イッテェな」と怒鳴った畑中だったが、完全に一人になった静かな部屋でポツリと呟く。
「細々とでもカラクリをばら撒いてりゃ、いつか仲間の一人でも釣れるかと思っちゃいたが、まさかあんなガキが来るとはな……厄介なモンを釣っちまったぜ」
やれやれと頭をかいた畑中は重い腰を上げると、面倒臭そうに先ほどの葛籠に手を伸ばすのだった。