第二章 ~松陽~(83P)
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「だったら私、働きに出る」
「……はい?」
一瞬理解が出来ず、キョトンとした顔で柚希を見る松陽。やがてじわじわと言葉の意味が分かって来たのか、驚きで目を見開きながら柚希に聞いた。
「随分話の方向性が変わってる気がしますが、働きに出るってどこにですか?」
「ほら、いつもうちがお世話になってる診療所があるでしょ。あそこの先生が前に言ってくれてたの。手伝いに来ないかって」
「そんな話、聞いてませんでしたよ」
「その時は深く考えてなかったから忘れてたの。でもつい最近助手の人がやめちゃったって聞いてたし、私が怪我の処置をする手ほどきもあの先生がしてくれてたから、この機会に診療所で働かせてもらっても良いなと思ったんだ。……高杉くんにも言われたしね。私には剣術より医術の方が向いてるんじゃないかって」
その診療所は、松下村塾から五分ほど歩いた所にある。
子供がたくさん集まる塾内では、事ある毎に怪我をする者や体調を崩す者も出てくるわけで。その度に診療所に駆け込んだり、時には往診に来てもらっていた。
よって松陽も、診療所の医者とは顔なじみだ。
「確かにあそこの先生なら信頼できますよ。でも貴女はそれで良いんですか? 働くという事は、ここで皆と一緒に学んだり遊んだりする時間が減るという事です。せっかく友達がたくさんできたのですから、今は未だ……」
「良いの。別に門下生をやめるわけじゃ無いし、これは私自身の為でもあるから。それに、どこかしらで収入が無いと経営が成り立たないでしょ? そうでなくても無償で子供たちを預かってるんだもん。塾を開いたからにはきちんと責任持って続けなきゃいけないし、その為には先立つ物が必要よ」
「何とも耳が痛いお話ですね。ただそれは子供の貴女が気にする事じゃないです。その辺は私がどうとでもしますから……」
「どうとでもなるなら、障子やふすまの穴なんてとっくにキレイになってるよ。……だから私に一歩踏み出すきっかけを頂戴。親父様」
子供らしからぬ言葉で御託を並べていた柚希だったが、最後に紡がれた言葉こそが本心という事を察した松陽に、柚希の意志を覆させる事など出来ない。
「……分かりました。では先生には私から話を通しておきましょう。そうと決まれば早い方が良いですよね。今からちょっと出てきますので、後の事はお願いできますか?」
先ほどから重ねたままだった手を優しく握り、松陽は言った。コクリと頷いた柚希の顔には本当の所、未だ迷いが残っている。それでもこの子は、自分の口にした言葉を撤回する事は無いだろうと判断した松陽は、自分にできる精一杯の笑顔を見せながら立ち上がった。
「では、行ってきますね」
「うん、行ってらっしゃい」
柚希も一緒になって立ち上がる。
色々な物を吹っ切ろうとしているのか、返された笑みは痛々しい物だったが、松陽は何も言わずにその場を立ち去ったのだった。
「……はい?」
一瞬理解が出来ず、キョトンとした顔で柚希を見る松陽。やがてじわじわと言葉の意味が分かって来たのか、驚きで目を見開きながら柚希に聞いた。
「随分話の方向性が変わってる気がしますが、働きに出るってどこにですか?」
「ほら、いつもうちがお世話になってる診療所があるでしょ。あそこの先生が前に言ってくれてたの。手伝いに来ないかって」
「そんな話、聞いてませんでしたよ」
「その時は深く考えてなかったから忘れてたの。でもつい最近助手の人がやめちゃったって聞いてたし、私が怪我の処置をする手ほどきもあの先生がしてくれてたから、この機会に診療所で働かせてもらっても良いなと思ったんだ。……高杉くんにも言われたしね。私には剣術より医術の方が向いてるんじゃないかって」
その診療所は、松下村塾から五分ほど歩いた所にある。
子供がたくさん集まる塾内では、事ある毎に怪我をする者や体調を崩す者も出てくるわけで。その度に診療所に駆け込んだり、時には往診に来てもらっていた。
よって松陽も、診療所の医者とは顔なじみだ。
「確かにあそこの先生なら信頼できますよ。でも貴女はそれで良いんですか? 働くという事は、ここで皆と一緒に学んだり遊んだりする時間が減るという事です。せっかく友達がたくさんできたのですから、今は未だ……」
「良いの。別に門下生をやめるわけじゃ無いし、これは私自身の為でもあるから。それに、どこかしらで収入が無いと経営が成り立たないでしょ? そうでなくても無償で子供たちを預かってるんだもん。塾を開いたからにはきちんと責任持って続けなきゃいけないし、その為には先立つ物が必要よ」
「何とも耳が痛いお話ですね。ただそれは子供の貴女が気にする事じゃないです。その辺は私がどうとでもしますから……」
「どうとでもなるなら、障子やふすまの穴なんてとっくにキレイになってるよ。……だから私に一歩踏み出すきっかけを頂戴。親父様」
子供らしからぬ言葉で御託を並べていた柚希だったが、最後に紡がれた言葉こそが本心という事を察した松陽に、柚希の意志を覆させる事など出来ない。
「……分かりました。では先生には私から話を通しておきましょう。そうと決まれば早い方が良いですよね。今からちょっと出てきますので、後の事はお願いできますか?」
先ほどから重ねたままだった手を優しく握り、松陽は言った。コクリと頷いた柚希の顔には本当の所、未だ迷いが残っている。それでもこの子は、自分の口にした言葉を撤回する事は無いだろうと判断した松陽は、自分にできる精一杯の笑顔を見せながら立ち上がった。
「では、行ってきますね」
「うん、行ってらっしゃい」
柚希も一緒になって立ち上がる。
色々な物を吹っ切ろうとしているのか、返された笑みは痛々しい物だったが、松陽は何も言わずにその場を立ち去ったのだった。