沖田総司【完結】
もう、どれだけの血を吐き出したのか分からない。真っ白だったはずの私の未来は、鮮やかな紅の色に染まってしまった。
人を斬り続け、過去を赤黒く染め上げてはきたけれど。未来にまで色を付けるつもりは無かったんだけどなぁ。
過去の罪は、未来の夢で精算されるのか。景色の変わらない部屋でそんな事を考えながら過ごす毎日は、穏やかで苦しい。
「こんな姿、土方さんには見せられないなぁ」
元々どちらかと言うと細身ではあったけれど、今の自分の体は、肋が透けるほどの薄さになっていて。
「刀も振れないんですもん。これじゃぁ近藤さんを守れない」
軽々と大小を差していたあの頃が懐かしい。子供達が触りたがった時、一度だけだと持たせてやったらよろけてしまって。それを見て笑っていた自分はもういない。
武士は戦いの中で命を落とすべきなのに。私はこうして畳の上で天寿を全うするのか。今もまだ、あの人達は戦いの最中にいるというのに、どうして自分だけ……っ!
その日は朝から雨だった。
いつも以上に憂鬱な時間が、ただゆっくりと過ぎて行く。
「その後どうかな?」
十日ぶりに往診に来た松本良順先生にそう聞かれたが、あまりに変わり映えしない日々を送る自分には何も言える事は無い。
「別に……ゲホゲホッ」
「咳は落ち着かんか。ちょっと診せておくれ」
聴診器で肺の音を聞かれる。一度自分も松本先生の肺で聞かせてもらったが、何とも奇妙な音だった。
「ふむ。……お前さん、よく頑張っているなぁ」
「ゴホッ……はい……?」
「労咳という敵と、お前さんは戦い続けているだろう? これは本当に厄介な敵でな。名を聞いただけで直ぐに負けを認めさせる力を持っている」
ちょっと体を起こしてみろと言われたが、骨と皮になってしまった体は言う事を聞いてくれない。必至に体を起こそうとする私を見て、松本先生が一瞬険しい顔をしたのに気付く。しかしすぐにそれを打ち消すかの如く、先生は笑みを浮かべた。
「やはりお前さんは凄い奴だな。こんな敵を相手にしながらも、決して諦めず抗い続けている。なかなかできる事じゃないぞ。なんせ体そのものが戦場(いくさば)なのだからな。それはもう激しい大戦(おおいくさ)だ」
「体が戦場……」
「お前さん、新選組の幹部だったもんなぁ……いや、今もそうか。病に伏してもその強さが変わらんのは、未だ戦いを続けている仲間達と武士の魂で繋がっているからなのか?」
「……!」
パアッと霧が晴れたような気がした。
武士の魂。それはあの人達と共に大切に守り続けてきた物。
「私も……ゲホッ! 戦っていたんで……すね……」
「そうだな。ひょっとしたらどこよりも激しい戦場かもしれんよ。ここはな」
「ふふ……っ。じゃぁ私……は大活躍して……ゴホゴホッ……」
「間違いなく一番頑張っているさ。だが戦いには休息も不可欠だ。疲れた時にはしっかりと養生しなさい」
「ゴホッ……は……い……」
促されてゆっくりと横になる。話している途中に何度も散らした紅が、何故かとても美しく見えた。
「じゃぁ私は帰るよ。また来るから、それまでしっかり戦っていろよ」
「……はい……」
戦え。
その言葉が無性に嬉しくて。私は久しぶりに心からの笑顔を浮かべた。
松本先生が帰った後、私は女中に誠の隊旗を手に入れられないかと尋ねた。だがやはりこのご時世、危険な事は出来ないと断られ、苦肉の策で半紙に『誠』の文字を書いてもらった。
それを小さく畳んで懐に入れると、不思議と胸の苦しさが和らいでいく。
「ねぇ……近藤さん。私も今戦っていますよ」
今、どのあたりにいますか?
「土方さん……そろそろ本当にツノが生えてきてませんか?」
私も早く合流したいです。
「新選組は……私の全てでしたよ……」
目を瞑ると、空にはためく誠の旗が見える。きっと皆、私のようにこの旗を見て心を通わせ、奮闘しているのだろう。
「だから私も……」
ゆっくりと、旗に向かって手を伸ばした……。
「安らかな死に顔だったよ」
その言葉が、松本良順から土方の元に届けられたのは暫く先のこと――。
~了~
人を斬り続け、過去を赤黒く染め上げてはきたけれど。未来にまで色を付けるつもりは無かったんだけどなぁ。
過去の罪は、未来の夢で精算されるのか。景色の変わらない部屋でそんな事を考えながら過ごす毎日は、穏やかで苦しい。
「こんな姿、土方さんには見せられないなぁ」
元々どちらかと言うと細身ではあったけれど、今の自分の体は、肋が透けるほどの薄さになっていて。
「刀も振れないんですもん。これじゃぁ近藤さんを守れない」
軽々と大小を差していたあの頃が懐かしい。子供達が触りたがった時、一度だけだと持たせてやったらよろけてしまって。それを見て笑っていた自分はもういない。
武士は戦いの中で命を落とすべきなのに。私はこうして畳の上で天寿を全うするのか。今もまだ、あの人達は戦いの最中にいるというのに、どうして自分だけ……っ!
その日は朝から雨だった。
いつも以上に憂鬱な時間が、ただゆっくりと過ぎて行く。
「その後どうかな?」
十日ぶりに往診に来た松本良順先生にそう聞かれたが、あまりに変わり映えしない日々を送る自分には何も言える事は無い。
「別に……ゲホゲホッ」
「咳は落ち着かんか。ちょっと診せておくれ」
聴診器で肺の音を聞かれる。一度自分も松本先生の肺で聞かせてもらったが、何とも奇妙な音だった。
「ふむ。……お前さん、よく頑張っているなぁ」
「ゴホッ……はい……?」
「労咳という敵と、お前さんは戦い続けているだろう? これは本当に厄介な敵でな。名を聞いただけで直ぐに負けを認めさせる力を持っている」
ちょっと体を起こしてみろと言われたが、骨と皮になってしまった体は言う事を聞いてくれない。必至に体を起こそうとする私を見て、松本先生が一瞬険しい顔をしたのに気付く。しかしすぐにそれを打ち消すかの如く、先生は笑みを浮かべた。
「やはりお前さんは凄い奴だな。こんな敵を相手にしながらも、決して諦めず抗い続けている。なかなかできる事じゃないぞ。なんせ体そのものが戦場(いくさば)なのだからな。それはもう激しい大戦(おおいくさ)だ」
「体が戦場……」
「お前さん、新選組の幹部だったもんなぁ……いや、今もそうか。病に伏してもその強さが変わらんのは、未だ戦いを続けている仲間達と武士の魂で繋がっているからなのか?」
「……!」
パアッと霧が晴れたような気がした。
武士の魂。それはあの人達と共に大切に守り続けてきた物。
「私も……ゲホッ! 戦っていたんで……すね……」
「そうだな。ひょっとしたらどこよりも激しい戦場かもしれんよ。ここはな」
「ふふ……っ。じゃぁ私……は大活躍して……ゴホゴホッ……」
「間違いなく一番頑張っているさ。だが戦いには休息も不可欠だ。疲れた時にはしっかりと養生しなさい」
「ゴホッ……は……い……」
促されてゆっくりと横になる。話している途中に何度も散らした紅が、何故かとても美しく見えた。
「じゃぁ私は帰るよ。また来るから、それまでしっかり戦っていろよ」
「……はい……」
戦え。
その言葉が無性に嬉しくて。私は久しぶりに心からの笑顔を浮かべた。
松本先生が帰った後、私は女中に誠の隊旗を手に入れられないかと尋ねた。だがやはりこのご時世、危険な事は出来ないと断られ、苦肉の策で半紙に『誠』の文字を書いてもらった。
それを小さく畳んで懐に入れると、不思議と胸の苦しさが和らいでいく。
「ねぇ……近藤さん。私も今戦っていますよ」
今、どのあたりにいますか?
「土方さん……そろそろ本当にツノが生えてきてませんか?」
私も早く合流したいです。
「新選組は……私の全てでしたよ……」
目を瞑ると、空にはためく誠の旗が見える。きっと皆、私のようにこの旗を見て心を通わせ、奮闘しているのだろう。
「だから私も……」
ゆっくりと、旗に向かって手を伸ばした……。
「安らかな死に顔だったよ」
その言葉が、松本良順から土方の元に届けられたのは暫く先のこと――。
~了~