近藤勇【完結】

「もう朝か……」

 牢の小窓から差し込む光が眩しい。昨夜は一睡もしていなかったのに、何故か心は清々しかった。

「漸く終わるな」

 多摩を出た時からずっと、立ち止まることを許されずに走り続けてきた。
 組の頭として祭り上げられるのに、悪い気はしなかったと言えば嘘になる。幼い頃から夢見ていた武士になれたのだ。誰だって有頂天にもなるだろう。

「歳達は上手く逃げ延びられただろうか」

 少なくとも捕まっていれば、俺に絶望を味わわせるべく誰かが話をするだろう。それが無いのだから、俺が投降したことで、敵の視界から外れて逃げられたと思いたい。

「出てこい。時間だ」

 牢から連れ出されると、広場に連れて行かれる。そこには俺の処刑を見ようと、人だかりができていた。
 目をこらすと、顔見知りの者の姿もちらほら見えて。悲しげな顔をしてくれているのが、少し嬉しかった。こんな罪人扱いをされている俺にも、悲しんでくれる人がいるのだな……と。

 筵の上に座らされ、処刑の準備が進められる。

「何か言い残すことは無いか?」

 役人にそう尋ねられ、しばし考え込んだ。
 言い残したい事は山ほどある。語りたい事、やりたい事が尽きるなんてありえない。だがこうなってしまった今、何を望めるというのか。
 今できる事はーー。

「髭を剃って、髷を整えて頂きたい。見苦しい姿で最期を迎えたく無いのでね」

 俺はそう言ってにこりと笑ってやった。役人が驚いたように目を見開き、やがて小さく頷く。すぐにそれらは叶えられる事となった。

「流石に新選組の局長だっただけの事はありもはん。威風堂々たるや、天晴れなり」

 待ち時間にやって来たのは薩摩の上官だろうか。これから処刑しようとしている罪人に、こんな風に言ってくれるもんなのだなと、何とも照れくさい。

「勿体無いお言葉、痛み入ります」
「ーーほんに勿体無か……おいたつの力が及ばんごつ、助けられずにすまんこって……せめて腹を切らせてやりたかったんでごわすが……」

 驚いた事に、頭を下げられた。
 俺の処刑についての詮議は、薩摩と土佐で行われたと聞いている。という事はやはり、俺は土佐から相当恨まれていたのだな。

「お心遣い、感謝します」

 こちらも頭を下げた。

「さぁ、もう良いだろう」

役人に促され、薩摩者が立ち去る。

「時間だ」

 強い力で押され、膝を付く。視界に入った首受けの穴が妙に生々しくて、一抹の寂しさを覚えずにはいられなかった。

 ーーせめて最後に見る物はーー

 刀を振り上げたのを確認し、ゆっくりと目を閉じる。すると、瞼の裏に浮かんだのは、大空に力強くはためく誠の旗。
 あぁ、俺達の旗だ……。
 同時に、今日までの思い出が走馬灯のように巡る。自然と笑みが零れた。

「命の灯火が消える最後の一瞬まで、俺は新選組の局長でいられたよな?……歳」



 大きなどよめきの中、刑は執行されーー。
 首は、京の三条河原に梟首となった。だがその後の首の行方は分からず。
 近藤の従兄弟によって持ち帰られ、密かに埋葬されたとも言われているが、定かでは無い。

 処刑の際、最期の瞬間まで命乞いをする事なく、穏やかな笑みすら浮かべて処刑に臨んだ近藤の姿には、感銘を受けた者は少なくなかったと言う。

~了~
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