芹沢鴨【完結】

 熟睡していた俺が賊に気付いたのは、一太刀浴びる瞬間だった。

「っ……!」

 咄嗟に体をひねって枕元の脇差を掴むと、賊に向けてそれを振るう。薄皮を切る感触が目を覚まさせはしたが、やはりしこたま飲んでいた酒はまだ抜けておらず、思うように体が動かない。
 ただ、自分を襲ってきた輩が誰なのかだけは、この暗闇でも判別することが出来た。

「やはり来たな、沖田」

 余裕を見せるように言ってやれば、頬かむりをしているであろう沖田が一瞬動揺を見せる。全て気付かれていたのか、と驚かせてやれた事が、ほんの少し嬉しかった。
 お梅がいたはずの場所に意識を向けたが、気配も寝息も感じられないところを見ると、既に絶命しているのだろう。どのような死を迎えたのかは分からないが、苦しんだ様子が無いのはせめてもの救いだ。

 もう、思い残す事はなかった。

 しかしだからと言って目を覚ましてしまった以上、奴らの思い通りにただ殺されてやるつもりはない。武士の……男のサガってやつなのだろうか。俺は、最期の一瞬まで戦い抜いてやろうと思っていた。

「来い」

 暗闇の中、目で追いかける事が出来ない奴らの気配を探る。次に襲いかかってきたのは、剣気から察するに土方だった。
 最後まで足掻き、酒でフラフラの足を叱咤しながらも戦ったが、文机につまづいて倒れた俺に抗う術は残されておらず。背中から何度も斬りつけられ、一太刀ごとに命が削られていった。

 次第に遠のく意識の中、思う。

 ――俺の命は、新選組の礎になれるだろうか。

 例え恨みや憎しみの対象であったとしても、その感情が新選組を盛り立てて行く原動力となるのであれば、一つの功績と言っても良いだろう。

 ――この闇の中の戦いですら、奴らに実戦経験を積ませるという良い置き土産になるんじゃないか?

 そう考えると、何故か笑みが浮かんだ。

 ――やはり後悔はあるな。新選組の行く末、見届けたかった……。

 もう、痛みすら感じなくなった体に最後の刀が振り下ろされる。貫かれると同時に体が大きく震え、俺は命を手放したのだった――。



 芹沢が文机につまづいて倒れた際、下敷きにしてしまった八木家の息子の勇之助に刃が届かぬよう、無意識に全身で庇いながら絶命した事に気付いた者は、果たしていたのだろうか。
 荒くれ者で手が付けられないと言われていた芹沢だったが、陽気で明るいところもあり、子供に好かれる優しさも持ち合わせていたとの口伝が残されている事から推測されるのは――。

~了~
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