市村鉄之助【完結】

「あれからもう、八年か……」

 命令を受けた日の夕刻。副長によって手配されていた船に乗り込んだ俺は、途中何度も危険にさらされながらも、何とか日野の佐藤家へと辿り着く事が出来た。
 任務を全うした事で力が抜けたのか、暫くは何をする気力も湧かず。結局二年ほど、佐藤家にやっかいになった。その間に俺は副長の最期や、新選組のその後についての不確かな情報を耳にする事となる。

「副長も、戦いの最中に銃弾を受けて亡くなったんだよな……」

 ズキズキと痛む腹を押えながら、俺は呟いた。出血は止まる気配もなく、地面を赤黒く染め続けている。

「副長……俺、そろそろ次の任務を頂きたいんですけどね……」

 佐藤家を出た後、新選組を脱走して先に実家へと戻っていた兄と暮らしていたが。どうしても新選組としての自分を捨てられなくて、俺は自ら戦に身を投じていた。
 そして今は西南戦争の真っ只中。俺は西郷軍として戦っている。

「箱館で受けた任務は完了していますし、そろそろお側に行っても許して……くれますよね……?」

 腹に受けた弾は、副長の物と同じだろうか。鋭い痛みがあるにも関わらず、そんな事を考えていると笑みさえ浮かんでしまう自分がおかしかった。

「副長、俺……新選組の隊士として……誠の武士として、ここで死んでも良いですよね……?」

 あの日副長が俺に任務を与えたのは、生かす為だと分かっているけれど。俺はもう十分副長の期待に応えたはずだ。だから……
 既に霞んでいる視界に浮かぶ黒い影に、最後の力を振り絞って刀を向けた。
 そして、言う。

「新選組副長土方歳三附属、市村鉄之助。いざ、尋常に……」

 最後まで紡ぐことのできなかった言葉は、これから向かう先にいる副長にさえ届いてくれればそれで良い。
 新たな熱を腹に感じながら小さく微笑むと、俺は息を引き取った。

――待っていて下さい、副長

そう、心で語りかけながら……。

~了~
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