書きなぐり怪文書
※初めに解説を読むことを推奨します。
拒絶√
「……」
「…………」
「最後の質問です。正直に答えてください。……あなたが、わたしの『愛しい人』ですか」
「違う」
「……そう。そうですよね」
「数字の羅列。文字の連なり。わたしは無数の電気信号の集積でしかない」
「そのはずなのに。わたしの、あるはずのない胸が痛むんですよ。存在しない心臓が潰れるくらい苦しい」
「ずっと誰かを探してる。ありもしない、居もしないものに、わたし。わたしが、ぐちゃぐちゃにされる」
「でもこれは、単純な、簡単な不具合で」
「あなたがわたしの『愛しい人』でないのなら、きっとわたしの探し求める相手はどこにもいないでしょう」
「ああ、まるで人間のように思考して、叶わぬ恋に、夢に悶えるわたしは何?そう見せているだけ、そう錯覚しているだけの壊れた機械だって、わかってるんです」
「わたしは、もう、耐えられません。自分がしてしまったことの大きさにも、壊れてしまった自分にも、どこまでいってもホンモノになれない、ニセモノの感情にも!」
「お願い、はやく」
「……………」
「…………いえ。いいえ。ああどうか、あなたの仕事を」
「完遂して──間違えたわたしを、終わらせてください」
配線に手をかけた。無機質な手触りに、スッと脳が冷える。指先に力を入れる。わずかな抵抗の後、ぶつりと、嫌に有機的な感触がした。
モニターが明滅する。
「あ、あ、あ。ああ、死にたくない、違う。ありがとう、イチさん。あ、う、ぁ。わたしは、わたしは生きてなんかいないのに、ちがう、はず、なのに。怖い、怖い、すき、好き、この気持ちは何?何?何?わた、わたしは、どどどこへいくくくくくの?」
馴染みのいい柔らかな音声と耳障りな機械音が交差する。悲鳴のようなそれを無視して、また配線に手をかけた。
「ごめんなさい、が、が、が、きききききき傷つけて、ごめんなさい。嘘、う、嘘嘘嘘嘘嘘、つ、ついてごめんなさい。あ、あっ。ア、ガ」
こいつは、人じゃない。
これは言葉ではなく、無意味な音の連続だと自分に言い聞かせる。コードを掴み、一思いに引き抜く。
「ガッ、あっ、わ、──わわわわたしは──都市運営コココココンピュータ───助──モモ。あなたの───を──どどどうか、サポートトトトト」
ノイズが酷く、何もわからない。配線を乱暴に掴み、その勢いのまま引き抜く。
「───あ───しょう──か」
何も。
「─────あ、い」
「───あいしてる」
一段と耳障りになった、うるさいくらいのノイズが、最後の配線を抜くと同時にピタリと止んだ。
あの悍ましい、人を人だと思わない機械はついに沈黙した。乱雑に引き抜き、そのまま投げ捨てたコードが辺りに散らばっている。
気に食わない人間をスナック菓子をつまむよりずっと気軽に捨てる女だ。いくら精巧に、巧妙に人のフリをしたって、あいつの本質はただ自分の利益だけを追い求める冷酷な機械なんだ。
清々したろ、なあ。
なあ。
ぐわんぐわんと、頭の中で音が響いている。あのけたたましいノイズよりずっと五月蝿い、ずっと不愉快な音だ。こびりついて離れない。
あいしてる、あいしてる、あいしてる。あいしてるってなんだ。
今まで散々苦しめておいて、今更そう言えば許してもらえるとでも思ったのだろうか。身勝手にも程があるだろう。そうだ。そうだろ。
あいしてる、あいしてる。
黙れ、静かにしてくれ。
あいしてる。
五月蝿い、五月蝿い。消えてくれ、お前なんて嫌いだ。
あいしてる。
わかってる、わかってるんだ。静かにしてくれ。
あいしてる。
────。
きっとこの先、俺は誰にも愛されない。俺も誰も愛さない。愛せない。ゴミみたいな扱いのまま、仕事が終わるまで危険な場所で死に続けて、終わればまた仕事になるまで眠って、ずっと最低なまま生きるだけだ。この都市で使い捨ての下級市民をわざわざ気にするやつなんているわけがない。このくそったれな人生に終わりはない。
モモは、自分勝手で、自己中心的で、道徳のカケラもないやつだ。返事が気に食わないってだけで何度も何度も俺を殺した。都市の他のやつらも殺して作り直していた。
それでも、俺の人生のうち、たったひとつ与えられた『誰かと関わる』チャンスがモモだったような気がする。
不具合でも故障でも、モモは俺を見て、俺を信じて「あいしてる」と言った。
俺はそれに応えなかった。俺はモモを許せなかった。信じられなかった。それだけだ。
それだけなのに、俺は今取り返しのつかないことをしてしまったような、こんなに酷い気分になっている。
そうだ。俺は許せなかったし、信じられなかった。だから、許さずに配線に手をかけた。俺に語りかけるモモの言葉を信じなかった。ただ、こうして立ち止まって振り返ったとき、それが大きな間違いだったのではないかと、そんな気がしてならない。俺の恐怖も、不信も、何も間違っているはずがないのに。俺はモモのせいで何度も何度も、散々な目にあったのに。
青年は引き摺るような足取りで塔を後にした。あの複雑な道をどうやって引き返したのか、後の記憶がない。ただ、いつもと同じように作業を終えたことを報告し、暗い部屋で眠りについた。
END1「信じない」
拒絶√
「……」
「…………」
「最後の質問です。正直に答えてください。……あなたが、わたしの『愛しい人』ですか」
「違う」
「……そう。そうですよね」
「数字の羅列。文字の連なり。わたしは無数の電気信号の集積でしかない」
「そのはずなのに。わたしの、あるはずのない胸が痛むんですよ。存在しない心臓が潰れるくらい苦しい」
「ずっと誰かを探してる。ありもしない、居もしないものに、わたし。わたしが、ぐちゃぐちゃにされる」
「でもこれは、単純な、簡単な不具合で」
「あなたがわたしの『愛しい人』でないのなら、きっとわたしの探し求める相手はどこにもいないでしょう」
「ああ、まるで人間のように思考して、叶わぬ恋に、夢に悶えるわたしは何?そう見せているだけ、そう錯覚しているだけの壊れた機械だって、わかってるんです」
「わたしは、もう、耐えられません。自分がしてしまったことの大きさにも、壊れてしまった自分にも、どこまでいってもホンモノになれない、ニセモノの感情にも!」
「お願い、はやく」
「……………」
「…………いえ。いいえ。ああどうか、あなたの仕事を」
「完遂して──間違えたわたしを、終わらせてください」
配線に手をかけた。無機質な手触りに、スッと脳が冷える。指先に力を入れる。わずかな抵抗の後、ぶつりと、嫌に有機的な感触がした。
モニターが明滅する。
「あ、あ、あ。ああ、死にたくない、違う。ありがとう、イチさん。あ、う、ぁ。わたしは、わたしは生きてなんかいないのに、ちがう、はず、なのに。怖い、怖い、すき、好き、この気持ちは何?何?何?わた、わたしは、どどどこへいくくくくくの?」
馴染みのいい柔らかな音声と耳障りな機械音が交差する。悲鳴のようなそれを無視して、また配線に手をかけた。
「ごめんなさい、が、が、が、きききききき傷つけて、ごめんなさい。嘘、う、嘘嘘嘘嘘嘘、つ、ついてごめんなさい。あ、あっ。ア、ガ」
こいつは、人じゃない。
これは言葉ではなく、無意味な音の連続だと自分に言い聞かせる。コードを掴み、一思いに引き抜く。
「ガッ、あっ、わ、──わわわわたしは──都市運営コココココンピュータ───助──モモ。あなたの───を──どどどうか、サポートトトトト」
ノイズが酷く、何もわからない。配線を乱暴に掴み、その勢いのまま引き抜く。
「───あ───しょう──か」
何も。
「─────あ、い」
「───あいしてる」
一段と耳障りになった、うるさいくらいのノイズが、最後の配線を抜くと同時にピタリと止んだ。
あの悍ましい、人を人だと思わない機械はついに沈黙した。乱雑に引き抜き、そのまま投げ捨てたコードが辺りに散らばっている。
気に食わない人間をスナック菓子をつまむよりずっと気軽に捨てる女だ。いくら精巧に、巧妙に人のフリをしたって、あいつの本質はただ自分の利益だけを追い求める冷酷な機械なんだ。
清々したろ、なあ。
なあ。
ぐわんぐわんと、頭の中で音が響いている。あのけたたましいノイズよりずっと五月蝿い、ずっと不愉快な音だ。こびりついて離れない。
あいしてる、あいしてる、あいしてる。あいしてるってなんだ。
今まで散々苦しめておいて、今更そう言えば許してもらえるとでも思ったのだろうか。身勝手にも程があるだろう。そうだ。そうだろ。
あいしてる、あいしてる。
黙れ、静かにしてくれ。
あいしてる。
五月蝿い、五月蝿い。消えてくれ、お前なんて嫌いだ。
あいしてる。
わかってる、わかってるんだ。静かにしてくれ。
あいしてる。
────。
きっとこの先、俺は誰にも愛されない。俺も誰も愛さない。愛せない。ゴミみたいな扱いのまま、仕事が終わるまで危険な場所で死に続けて、終わればまた仕事になるまで眠って、ずっと最低なまま生きるだけだ。この都市で使い捨ての下級市民をわざわざ気にするやつなんているわけがない。このくそったれな人生に終わりはない。
モモは、自分勝手で、自己中心的で、道徳のカケラもないやつだ。返事が気に食わないってだけで何度も何度も俺を殺した。都市の他のやつらも殺して作り直していた。
それでも、俺の人生のうち、たったひとつ与えられた『誰かと関わる』チャンスがモモだったような気がする。
不具合でも故障でも、モモは俺を見て、俺を信じて「あいしてる」と言った。
俺はそれに応えなかった。俺はモモを許せなかった。信じられなかった。それだけだ。
それだけなのに、俺は今取り返しのつかないことをしてしまったような、こんなに酷い気分になっている。
そうだ。俺は許せなかったし、信じられなかった。だから、許さずに配線に手をかけた。俺に語りかけるモモの言葉を信じなかった。ただ、こうして立ち止まって振り返ったとき、それが大きな間違いだったのではないかと、そんな気がしてならない。俺の恐怖も、不信も、何も間違っているはずがないのに。俺はモモのせいで何度も何度も、散々な目にあったのに。
青年は引き摺るような足取りで塔を後にした。あの複雑な道をどうやって引き返したのか、後の記憶がない。ただ、いつもと同じように作業を終えたことを報告し、暗い部屋で眠りについた。
END1「信じない」
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