2023(02)

■笑顔の光度

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 配信者としてのイベント前に髪をちゃんとしておこうと思って美容室に行く。学生の頃から行っている美容院はあったけど、特に理由もなく選んでいたので最近では拳悟のいる美容院に行くことも増えた。とは言え俺は山口みたくカラーをやるわけでもなくただカットをするだけなので、直接拳悟の世話になる時間は短い。
 前々から肩がゴリゴリに凝っているのだけど、ヘッドスパをすれば多少は楽になると聞いてそれをやってもらっている。肩と首、それから頭皮は繋がっているからだそうだ。髪の毛を整えてもらうついでにやってもらえるので非常に助かっている。マッサージを受けるために違う施設に移動するのも面倒……じゃない、今はそんな時間も勿体ないくらい忙しい。

「それじゃ、ヘッドスパ60分コースで始めまーす」
「お願いしまーす」

 薄暗い洗髪ブースの中、顔に薄い布を被せられているのでマッサージを受けて気持ちよくなってくると物凄く眠くなってくる。遠慮なく寝ちゃっていいからねと拳悟は言うんだけど、外で爆睡するのもなと思って極力我慢するようにはしている。拳悟とゆっくり話す機会でもあるし、爆睡すると涎でも何でも垂らしてしまうし。

「例によってすっごく凝ってますね~」
「パソコンの前に向かう時間も長かったからかな。ゲームもしてるし」
「そう言えば薫クン、ネットでの活動も順調そう? 動画たまに見てるけど、今度イベントあるんだって?」
「ああ。それで髪を整えてもらおうと思って来た」
「そうなんだ。責任重大だね」
「そう言えば、お前カットって出来るようになったのか?」
「順調に行けばそろそろちょっとずつ始めさせてもらえるかも。練習しないとだけど」
「じゃあ、出来るようになったら俺の髪も切ってくれ」
「俺に予約入れてくれたのは薫クンが3番目だね~」
「先約がいたか」
「1番は高崎。2番は洋平クンだね」
「高崎は妥当だけど山口に先を越されたか」
「洋平クンの方が俺が受け持って長いからね、カラーがある分」
「それもそうか」

 店でカットを出来るようになるには厳しい練習や試験をクリアしないといけないという風には聞いていたけど、夏頃には始められそうだと聞いてちゃんとやってんだなあと感心する。俺も3年目頃にはちゃんと自分の仕事というものが出来るようになるだろうか。出来るようになりたいものだ。本業でも、配信でも。

「そう言えば拳悟、こないだ丸の池公園の方でお前と一緒にいたのって高崎の双子の兄貴?」
「って言うか薫クンどこから見た?」
「あのー、歩道橋の下のカフェ。最近あの店使うようになって」
「あ、そうなんだ。そうそう。でも歩道橋の下だったらちょっと距離なかった? よく悠希だってわかったね。あー、でも今は髪型がちょっと違ったっけか」
「いや、単純に顔で。アイツだったら手でも振ろうかと思ったけど、笑い方が違うなって思ってやめといた」
「……笑い方か。なるほど。具体的にどう違った?」
「こないだ見た兄貴の方は、すっごいキラキラした満面の笑みなんだよ。如何せん顔がいいから真正面から受けるには眩しすぎて毒にもなり得る」
「あっはっはっは!」
「え、めっちゃツボってないか!?」
「俺はあの顔を見慣れてるからあんまりそういう風に感じたことはなかったんだけど、眩しくて毒になるっていうのは面白いなーと思って」

 前に高崎が言っていた話によれば、高崎の家は奴本人とお祖父さんは頑固で捻くれているそうだけど、他の家族はとにかく人がいいらしい。実際足を怪我したときに診てもらった一番上の兄貴先生は絵に描いたような善人だなと思ったし。この間見た双子の兄貴の方も、明るく屈託のない笑い方をしていた。

「高崎はさ、ああいう真っ直ぐな笑顔っていうのはあんまり見せないけど、たまに浮かべる笑み自体は柔らかくて優しさが滲んでるっていう印象かな。イメージとしては兄貴が夏休みに入りたての頃で、アイツは冬から春に向かい始める時期の日差しって感じ」
「アイツ、薫クンの前で笑うんだね」
「ごくたまにだけどな。軽い口喧嘩はするしボロクソに言い合うのが基本だ」
「確かにね、アイツは薫クンのことを話す時には「あのクソ野郎」って言うんだよね」
「あの野郎、外ででも人のことをボロクソ言いやがって」
「でも、仲良くやってるじゃん」
「正月だって実家と距離置いてるからって人の家で好き勝手しやがって。こたつが占拠されて狭いの何のって。2人で鍋やっても準備すんの押し付けようとしやがるし。って言うかアイツって実は結構理不尽でワガママな野郎だよな!? パーソナルスペースが広いのはそうとしてもうちで俺以上にくつろいでんじゃねーよ」

 あの時のアイツがああでこうで俺が大変な目に遭ったという愚痴をつらつらと並べ立てるのを、布がかけられて見えないにしろきっと苦笑いをしてるんだろうなという声で拳悟は相槌をしてくれる。多分アイツも俺の事をあのクソ野郎がああでこうで……的な話をある程度はしてるだろうからこれでおあいこだ。

「薫クンの話を聞いてると、アイツ、薫クンには結構心を開いてるっぽいよ」
「はあ? あれでか」
「そもそも実家に寄り付かない理由を話してる時点でね」
「それもそうか。アイツ、実家や家族のことにはあんま触れられたくなさそうだもんな。あと、誕生日の話題も良くないっていうのは伊東さんから聞いた」
「そう。あんまり触れない方がいいのは本当」
「俺も実家の弟とは仲悪いとかそういう話はしてたし、その流れだったっけかな確か」
「高崎からも薫クンからも互いの愚痴を聞いてるけど、この話を宮ちゃんに売ったら面白くしてくれるんだろうな~って感じるくらいにはただただ仲が良く見えるね」
「そんなに痴話喧嘩っぽく見えんのか」
「痴話も痴話だね。何にせよ、仲のいい友達はいるに越したことはないよね」
「まあ、それはそうだけど」

 親友が言うんならそうなのかもしれないと思っておこう。アイツは捻くれてるし気難しいし、理不尽だったりワガママだったりもするけど、筋が通ってるところは通ってるし、ストイックなところとかは感心する。謎の付き合いやすさもあるし、何となくこのままずるずる続いて行きそうな気はちょっと。

「ふぁ」
「薫クン実はちょっと気持ちよくなってきてるでしょ。寝てもいいよ?」
「涎垂らす気しかしないから寝ない」
「寝てる時のお口の緩さについては各方面から聞いてるし見てるし、他のスタッフじゃなくて俺だったら多少は良くない?」
「それはそれでって感じなんだよ」


end.


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そういやPさんのお口の緩さの被害ってUSDXには及んでないのかしら

(phase3)

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