2023(02)

■土地に根付く

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「うわー、凄い畑だねー」
「せやろ? 今までは趣味でやっとったけど今は仕事やからな。中途半端なことは出来ひんよ」

 日野が商売としての畑を始めたと聞いて、大石を連れて様子を見に来た。日野と言えば、農学部に属していて、研究とは別枠で好き勝手に畑をやっていたという印象が強い。コイツは西京の高専時代から学校の敷地内で勝手に野菜を作って食堂に持ち込んでいたとか。
 大学の時にやっていた趣味の畑は今も継続しているそうだが、それとは別に農の事業というのを立ち上げたそうだ。それが、野菜のサブスクサービスだ。月2000円からのコースで、市場には出回りにくかったり価値が高かったりする野菜を買えるとのこと。
 ただ、この畑は普通の畑とは少し違うらしかった。使用する農薬を出来るだけ少なくしたり、あるいは新しい肥料を使ってみたり、つまりは実験的要素の強い畑になるそうなんだ。だから野菜の出来も、出来てみるまでわからない(これは普通の畑でもそうか)。
 一般に市場に出回る野菜は見た目にも厳しい基準があるそうだが、多少の傷や虫食いは気にしないという人だけが買ってくれとホームページには但し書きがしてあった。それから、使用する農薬や肥料についての説明もきちんと表示している。
 そうやって日野が実験をして、難しい野菜や新しい野菜、あるいは生産者が極端に少ない野菜の育て方を確立させ、より農業への参入ハードルを低く出来ればという試みだ。もちろん日野1人でやっていることではなく、共同運営者がいるそうだ。

「卒業してから今までは準備をしとって、本格的に売り出すんはこの春からなんやけどな。今はお客さん兼農業の未来を発展させるための資金援助者の募集中や!」
「そう聞くといい事業だなって思う。お前の畑狂いも凄く役に立ってるな」
「畑狂いとは何やアサちゃん。アンタかてうちの野菜食べとるやろ」
「畑狂いは事実だろ。宇部から聞いてるんだぞ。研究データの取りまとめを放り出して畑にばっか行ってたって」
「メグのアホー! 何でこんなイジワルな人にそんなこと言うんや!」

 ところで、宇部はと言えば結局大学院へ進学した。その資金は西京にいる育ての父が出してくれているとのこと。母親の顔はしばらく見ていないしその方が都合がいいと宇部は話していた。院を出たら父にも頼らず自分の力で家を出るのだと強い口調で言っていたのが印象的だ。

「ところで、日野さんて西京の人なんだよね?」
「せやで。生まれは湖国やけどな」
「だけど、向島で事業を始めたんだね。西京とか湖国とかの地元でやろうとは思わなかったの?」
「ひとつも思わんかったな。そもそも、趣味でやっとる元々の畑もあるしそれをやめるって発想がなかったわ。生まれ故郷とか、育った場所に特別な思い入れがある人にはわからん感覚かもしれんけど、うちにとっては生まれ育った場所より今耕した畑の方が大事なんや」
「なるほど。何かを為した場所への思いか」
「湖国はルーツがあるし、西京は長々おったから何も思わんことはないけど、今のうちにはこの土地、この畑がホームなんよ」

 日野のこの考え方はとても良いなと思った。俺は山羽で生まれて大学進学と同時に向島に来て、今もそこで暮らしている。俺を知っている人によれば、俺はちょこちょこ自分が山羽人であることを主張しているそうだ。お茶を出すときだとか、寒さに弱いことの言い訳だとか。
 これから星港で何かを為せば、だんだん星港という街に対する特別な思いも芽生えてくるのだろうか。今のところ特段何かを為せたという感覚はないから、ここはまだ「ただ暮らしている街」という段階を抜けない。俺も何かを為したい物だ。土地に根付くイベントを起こすとか。

「俺はずっと西海にいるから、住む場所を転々とするっていうのにも勇気がいるなって思っちゃうよ。それで、移り住んだよく知らない場所で土地を耕すって並大抵のことじゃないなって思っちゃう」
「大昔からそうやって人間は生きて、数を増やしてきたんやで」
「狩猟・採集から耕作の時代へってな。それで人は同じ場所に定住するようになって、栄えた集落が襲われたりして争いが起こる。人と人との争いのきっかけとも言われるな」
「アサちゃんアンタホンマ物騒やわ!」
「お前が最初に大昔の話を持ち出してきたんだろうが」
「これやから文系の頭でっかちはアカン」
「あ!? 誰が文系の頭でっかちだ。理系の脳筋に言われたくねーぞ」
「アサちゃんこれ以上うちに逆らったら枝豆よーけ出来ても分けてあげんからな!」
「すみませんでした。……とまあ、このような具合に持つ物が持たざる物を虐げることも歴史上には」
「アサちゃん」

 日野の趣味の畑からのお裾分けは実際結構助かっているのでそれを止められるとちょっとマズい。夏とか、食べるのも面倒なときにもらったトマトをかじっておけば最低限の栄養はとれた気になるし。何よりビールのおともの枝豆が最高なんだが。

「俺、日野さんの事業にお金出してみようかなあ。月2000円コースで」
「ホンマに? 何遍も言うけど試験的農業やから大した収穫がない月がある可能性もあるで? そうなったら2000円はパーやからな?」
「でも、スーパーには並ばない野菜が届く可能性もあるんだよね?」
「それはそうや」
「おいしい物がもっと気軽に食べられるようになれば、それは嬉しいことだからね。申し込みってどうすればいいの?」
「ありがとう! 今申し込みフォーム送るわ! 続けてもらえるんが一番嬉しいけど、一応いつでもやめれるからその辺は安心しといてな」
「とりあえず、1年間は続けてみるよ」
「1年間続けてくれるんなら、1年継続コースに入ってくれればちょっとだけやけどお安く出来るで」
「つか大石、お前自分でもプランター始めるんだろ? それなのにサブスクにも登録するのか」
「俺が始めるのはごくごく普通のプランター栽培だからね」
「おっ、ええやんプランター畑! 何育てるん?」
「とりあえず、プチトマトと二十日大根、それから小松菜がいいかなって考えてるところだよ」
「初心者には持ってこいやな。ええやんええやん。アサちゃんはプランターやらんの?」
「俺はまともに植物を育てられる気がしない。生活リズムも一定じゃないし」
「せやな。アサちゃんに聞いたうちがアホやったわ」
「納得すんなよ」
「自分で言ったんやん」


end.


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Pさんは気軽に軽口を叩ける相手との組み手が面白いなと思いました
そう言えばフェーズ3になってから初めて宇部Pの去就(?)が語られたけど、結局院に行ったのね

(phase3)

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