一杯の愛を
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夜の街に鮮やかなネオンがきらめく時間。
さくらは赤い提灯に惹かれて、いつもの居酒屋の暖簾をくぐった。昔は寿司屋だったかのようなカウンター席に小さな椅子が並べられている。そこに椅子と体の大きさが不釣り合いな男たちが並んでくだを巻いていた。
「おーい杉元君、白石君、まあた牛山さんと飲み比べしてんの?」
「あ!さくらさあーん!」
にへら、と笑う杉元くんは大型犬のような可愛らしさがある。
「さくらさあ~ん!僕らの敵をうってくらはーい!」
もはや呂律の回っていない白石君は頭まで真っ赤だ。これは相当飲まされている。隣では牛山さんがまだ自我を保ったまま、瓶ビールの中身を空のグラスに満たしているところだった。
「よう、嬢ちゃん。」
挨拶と共にそのグラスがこちらに渡される。
「どうも、」
と言うと同時にグラスを一気に空にする。
「はああー!この一杯のために生きてんのよね!」
文字通り駆けつけ一杯、さくらはいつもの席へ歩を進めた。いつも、真ん中をこの三人が、その両脇に客が埋まっていく。さくらは入り口から一番奥の席が毎週の定位置になっている。冬は風よけが三人もいるし、夏はクーラーの風が丁度良い涼しさをくれるのだ。牛山の洗礼をうけ、大きな図体をかき分けるようにして奥へ進むと、いつもの場所に先客が一人。スーツの男が静かに日本酒の杯をあげている。仕方がないので牛山とその男の間に腰を落ち着けた。
「大将!今日のお酒は?」
厨房の男が顔を出した。顎に無精ひげを生やして、やる気のなさそうな目の男、門倉が今さくらの来店に気がついたらしく、「お、いらっしゃい」と返した。そして、並べられた酒のラインナップからひとつ指さした。
「この逸見って佐渡の酒造の酒。」
漢字一字であらわされた日本酒。初めて見るお酒だ。
毎週、大将にはおすすめは?と聞いて、最初の注文している。そうやって注文をしているうちにあたらしい酒を毎週ラインナップしてくれるようになった。その週限りのときもあれば、店に常備されるものもある。今回はどんな酒なんだろう。
「お冷やでひとつ。牛山さん、飲みます?」
聞いてはみるものの、これ以上は無理そうだ。牛山の方も先の二人と共に顔を真っ赤にして焦点の合わない目で空を見つめている。
「おちょこ一つで。」
門倉に告げると、しばらくして酒と一緒に先付けがでてきた。今日はワカサギの天ぷららしい。徳利の注ぎ口まで一杯になった酒を慎重に受け取る。一滴も漏らすまいと杯に傾け、今度は喉へ流し込んだ。
「……おいしい。」
フルーティな香りで、後味はすっきりしている。あっさりしたワカサギとの相性も良い。サクサクな衣を日本酒で流し込む。このコンボは何杯でもいける。
「大将、天ぷら追加で!適当にあっさりめの奴!」
元気に注文をすると、門倉が満足そうに口端を上げた。
「あいよ。野菜と白身魚、適当に揚げるわ。」
ほくほく顔で門倉の後ろ姿を見つめる。
はやく揚がらないかな、私のおつまみ。
ちびちび日本酒をひっかけて待っていると隣から視線を感じる。先ほどの巨漢ではない、すみの座席に座る男だ。その視線はさくらというより、手元の徳利に注がれていた。
「……飲んでみます?」
向こうは視線を送っていたことにさえ気がついていなかったようで、さくらの声かけでびくり、と肩をふるわせた。
「申し訳ない……」
さっと目線を外した。と同時に、男の低い落ち着きのある声音が耳に響いた。そう思ったときには、相手の反応を鑑みることもなく、声を出していた。
「大将!おちょこもう一つ!」
杯を持ってこちらにきた門倉の顔が悪そうな笑顔をしている。
「さくらちゃん、このお兄さん傷心だからさ…」
「ちょっと、」
門倉の言葉に被せるよう、男が慌てて声をかけた。先ほどまでひとりでしっぽり飲んでいたとは思えない声量で門倉の言葉を遮ろうと腰を浮かしかけている。
「まあまあ、お兄さん、それ日本酒でしょ?なら飲めますよね。気になってるみたいだから、一杯のんで試してみません?」
熱くなりそうな二人、というか男の方を宥めるためにさくらが間に入る。
「大将も変なこと言わないで、天ぷら揚げて!私!待ってる!」
そういうと門倉はおちょこを置いて、「へいへーい」と奥へ引っ込んでいった。男の方も席に座り直した。それを見計らってさくらは杯を満たして男に渡した。
「どうぞ」
「すみません…」
小さく会釈して男は杯を受け取ると一気にあおった。言葉とは裏腹に豪快だ。
「お気に召しました?」
自分が言うのもどうかと思ったが、それ意外、言い様がない。男は余韻を味わうように暫し目を閉じていたが、その目を開けた。ただ、視線は遠くを見つめるようで、何かを思い出すような懐かしそうな表情をしている。もしかしたら似たようなお酒を思い返しているのだろうか?視線の意図がはかりかねることが出来ずにいると、男がつぶやいた。
「ええ、とても……」
『傷心』と言った門倉の言葉がさくらの胸に引っかかった。
「帰ります、お代はここに」
男はその表情を一瞬で消すと、真面目そうな顔で懐から数枚のお札を出すと、カウンターから大将へ渡した。
「これじゃ多いよ」
困惑する門倉をよそに、男は「そちらの方へ一杯」とさくらをさし、足早に席を立ってしまった。
「私、『こちらの方へ』ってされたの初めてかも」
「そりゃ、こんなさびれた居酒屋きてちゃ、お目見えしねえよ」
明後日の方向へ会話を繰り広げながら、油の中で揚げすぎている天ぷらに気がついた門倉の声が上がるまで、もう少し。
さくらは赤い提灯に惹かれて、いつもの居酒屋の暖簾をくぐった。昔は寿司屋だったかのようなカウンター席に小さな椅子が並べられている。そこに椅子と体の大きさが不釣り合いな男たちが並んでくだを巻いていた。
「おーい杉元君、白石君、まあた牛山さんと飲み比べしてんの?」
「あ!さくらさあーん!」
にへら、と笑う杉元くんは大型犬のような可愛らしさがある。
「さくらさあ~ん!僕らの敵をうってくらはーい!」
もはや呂律の回っていない白石君は頭まで真っ赤だ。これは相当飲まされている。隣では牛山さんがまだ自我を保ったまま、瓶ビールの中身を空のグラスに満たしているところだった。
「よう、嬢ちゃん。」
挨拶と共にそのグラスがこちらに渡される。
「どうも、」
と言うと同時にグラスを一気に空にする。
「はああー!この一杯のために生きてんのよね!」
文字通り駆けつけ一杯、さくらはいつもの席へ歩を進めた。いつも、真ん中をこの三人が、その両脇に客が埋まっていく。さくらは入り口から一番奥の席が毎週の定位置になっている。冬は風よけが三人もいるし、夏はクーラーの風が丁度良い涼しさをくれるのだ。牛山の洗礼をうけ、大きな図体をかき分けるようにして奥へ進むと、いつもの場所に先客が一人。スーツの男が静かに日本酒の杯をあげている。仕方がないので牛山とその男の間に腰を落ち着けた。
「大将!今日のお酒は?」
厨房の男が顔を出した。顎に無精ひげを生やして、やる気のなさそうな目の男、門倉が今さくらの来店に気がついたらしく、「お、いらっしゃい」と返した。そして、並べられた酒のラインナップからひとつ指さした。
「この逸見って佐渡の酒造の酒。」
漢字一字であらわされた日本酒。初めて見るお酒だ。
毎週、大将にはおすすめは?と聞いて、最初の注文している。そうやって注文をしているうちにあたらしい酒を毎週ラインナップしてくれるようになった。その週限りのときもあれば、店に常備されるものもある。今回はどんな酒なんだろう。
「お冷やでひとつ。牛山さん、飲みます?」
聞いてはみるものの、これ以上は無理そうだ。牛山の方も先の二人と共に顔を真っ赤にして焦点の合わない目で空を見つめている。
「おちょこ一つで。」
門倉に告げると、しばらくして酒と一緒に先付けがでてきた。今日はワカサギの天ぷららしい。徳利の注ぎ口まで一杯になった酒を慎重に受け取る。一滴も漏らすまいと杯に傾け、今度は喉へ流し込んだ。
「……おいしい。」
フルーティな香りで、後味はすっきりしている。あっさりしたワカサギとの相性も良い。サクサクな衣を日本酒で流し込む。このコンボは何杯でもいける。
「大将、天ぷら追加で!適当にあっさりめの奴!」
元気に注文をすると、門倉が満足そうに口端を上げた。
「あいよ。野菜と白身魚、適当に揚げるわ。」
ほくほく顔で門倉の後ろ姿を見つめる。
はやく揚がらないかな、私のおつまみ。
ちびちび日本酒をひっかけて待っていると隣から視線を感じる。先ほどの巨漢ではない、すみの座席に座る男だ。その視線はさくらというより、手元の徳利に注がれていた。
「……飲んでみます?」
向こうは視線を送っていたことにさえ気がついていなかったようで、さくらの声かけでびくり、と肩をふるわせた。
「申し訳ない……」
さっと目線を外した。と同時に、男の低い落ち着きのある声音が耳に響いた。そう思ったときには、相手の反応を鑑みることもなく、声を出していた。
「大将!おちょこもう一つ!」
杯を持ってこちらにきた門倉の顔が悪そうな笑顔をしている。
「さくらちゃん、このお兄さん傷心だからさ…」
「ちょっと、」
門倉の言葉に被せるよう、男が慌てて声をかけた。先ほどまでひとりでしっぽり飲んでいたとは思えない声量で門倉の言葉を遮ろうと腰を浮かしかけている。
「まあまあ、お兄さん、それ日本酒でしょ?なら飲めますよね。気になってるみたいだから、一杯のんで試してみません?」
熱くなりそうな二人、というか男の方を宥めるためにさくらが間に入る。
「大将も変なこと言わないで、天ぷら揚げて!私!待ってる!」
そういうと門倉はおちょこを置いて、「へいへーい」と奥へ引っ込んでいった。男の方も席に座り直した。それを見計らってさくらは杯を満たして男に渡した。
「どうぞ」
「すみません…」
小さく会釈して男は杯を受け取ると一気にあおった。言葉とは裏腹に豪快だ。
「お気に召しました?」
自分が言うのもどうかと思ったが、それ意外、言い様がない。男は余韻を味わうように暫し目を閉じていたが、その目を開けた。ただ、視線は遠くを見つめるようで、何かを思い出すような懐かしそうな表情をしている。もしかしたら似たようなお酒を思い返しているのだろうか?視線の意図がはかりかねることが出来ずにいると、男がつぶやいた。
「ええ、とても……」
『傷心』と言った門倉の言葉がさくらの胸に引っかかった。
「帰ります、お代はここに」
男はその表情を一瞬で消すと、真面目そうな顔で懐から数枚のお札を出すと、カウンターから大将へ渡した。
「これじゃ多いよ」
困惑する門倉をよそに、男は「そちらの方へ一杯」とさくらをさし、足早に席を立ってしまった。
「私、『こちらの方へ』ってされたの初めてかも」
「そりゃ、こんなさびれた居酒屋きてちゃ、お目見えしねえよ」
明後日の方向へ会話を繰り広げながら、油の中で揚げすぎている天ぷらに気がついた門倉の声が上がるまで、もう少し。
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