短編
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昼下がり、暖かな日差しが差し込み、テラスの椅子に腰掛けながら庭の景色を眺める。緑の葉をつけた木々が生い茂り、芝も青々としている。小道には白や薄紅の花が咲き乱れ、華やかに彩っていた。その中で、ぱちん。と剪定をしている青年が一人。綿の半袖からのぞく健康的は腕は汗ですこし汗ばんでいる。その腕で大きな剪定用の鋏を動かし、目の前の植物に夢中のようだ。
最近、庭師として勤めるようになった杉元佐一さん。先代が高齢と言うこともあり、弟子である彼がうちの庭の管理をするようになったのだ。女学校や茶華道、お琴のお稽古で出かけるときには、いつも侍女がつき、お師匠さんも女性。同級生も同性とあって、年の近い青年がこれほど近くにいることは新鮮だった。初めて挨拶をしたときには、佐一さんの爽やかな日だまりのような笑顔が印象的であった。
しばらくその姿を眺めていると、視線に気づいたのか佐一さんは、こちらに笑顔を向けてくれた。何の混じりけもない笑顔に胸が高鳴る。たったこれだけのことで心乱されるなんて。友人たちの間で読まれている恋愛小説を内心馬鹿にしていたのに、まさか私も同じような思いをするなんて想像もしなかった。誰かの笑顔がこんなにも胸を高鳴らせるなど、生まれてから感じたこともない感覚だった。
あの真剣な瞳の先を自分だけで埋められたら。
あの太い腕の中はいったいどれほど心地よいのかしら。
あの唇の感覚は・・・・・・
そこまで思い至ったところで、さっと佐一さんから視線を外した。なんて破廉恥な妄想を。こんなこと誰かに知られたら日向家の恥だわ。
庭の方からこちらに向かってくる足音がする。
目を向けると、佐一さんで、その手には庭に植えられていたシャクヤクの花が抱えられていた。
「お嬢様。シャクヤクがきれいに咲きましたよ。」
その腕の中で薄桃色の花弁が幾重にも重なり、重厚な花が抱えられていた。佐一さんが近づくと、その華やかな香りに包み込まれるような感覚に陥った。
「本当ね。それにとってもいい香り。」
佐一さんの持っているシャクヤクに顔を近づける。その甘く優雅な香りが鼻孔をくすぐる。
「これだけ立派に花をつけたのは佐一さんの愛情がこもっているからね。」
そのまま佐一さんの方を見上げて言葉をつげると、恥ずかしそうに空いている手で頭をかいた。そのはにかんだ表情がまた私の心を高鳴らせた。
「いいえ、これはお嬢様のおかげです。」
「・・・・・・え?」
「お嬢様が毎朝、女学校に行く前に気にかけてくださっているでしょう。」
おはよう、だとか綺麗ね、だとか。毎日、お声がけしているからですよ。
そう続いた言葉に、頬が熱くなった。
「・・・見ていたのね。」
朝方、まだ誰もいないと思って、日々の日課にしていたことが知られているとは。羞恥心で、まともに佐一さんの顔が見られない。
毎日、彼の手づから世話をされ、美しく成長していくのが愛おしくもあり、その葉に触れれば、それを通して佐一さんと繋がっているようで、声をかけていたのだ。まさか、彼が見ていたとは気づかなかった。
「お嬢様が大切にされているから、俺も大切にお世話したいと思って手入れをしていたんです。」
だから、お嬢様のおかげです。
と、そういう佐一さんの言葉に心臓が掴まれるようだった。
「それに、この花、まるでお嬢様のようだなと思ったら、なおさら大切にしなくてはと、丹精込めて育てたんです。」
佐一さんの腕の中にいるシャクヤクに再び目を向けた。可憐な薄紅色の花が大事そうに抱えられている。ここまで立派な花弁をつけるには相当世話をかけたに違いない。佐一さんが私をこの花のように思って毎日手入れしてくれていたのだと思うと、まるで自分がやさしく触れられていたかのようなそんな幸せな心持ちになった。
「これ、お嬢様がいけてくれませんか。」
そういった佐一さんは、私にシャクヤクの花を手渡した。
「俺とお嬢様で育てた花です。あなたに最期は綺麗に飾られたらこいつも本望でしょう。」
手折られた花は、今日を境に一番美しい姿から命の灯火をけずっていく。それを、いかに永く、いかに自然のままにいけるかが腕の見せ所だ。
「そうね。この子が一番輝くように生けて差し上げましょうね。」
佐一さんが私のようだと、愛情を込めてくれた花だ。少しでも永く咲き誇らせたい。
期限付きのシャクヤクの行く末は、まるで決して交わらないこの関係と似ていた。
手折られれば己の命の灯が消えていくように、私のこの思いもいつかは消えてなくなってしまうのだ。
腕の中にたたずむシャクヤクをそっと胸の中で抱きしめた。
「侍女に花瓶を準備させましょう。できたら佐一さんにも見せて差し上げますわ。」
「それは楽しみです。」
「ええ、少しお待ちになって。」
そう言って、佐一さんの元を離れた。
「あなたも手折って、この腕に抱けたらいいのに。」
そうすれば、あなたの最期まで全て俺のものになるのに。
後ろで、つぶやく佐一さんの言葉は扉の音にかき消されてしまった。
最近、庭師として勤めるようになった杉元佐一さん。先代が高齢と言うこともあり、弟子である彼がうちの庭の管理をするようになったのだ。女学校や茶華道、お琴のお稽古で出かけるときには、いつも侍女がつき、お師匠さんも女性。同級生も同性とあって、年の近い青年がこれほど近くにいることは新鮮だった。初めて挨拶をしたときには、佐一さんの爽やかな日だまりのような笑顔が印象的であった。
しばらくその姿を眺めていると、視線に気づいたのか佐一さんは、こちらに笑顔を向けてくれた。何の混じりけもない笑顔に胸が高鳴る。たったこれだけのことで心乱されるなんて。友人たちの間で読まれている恋愛小説を内心馬鹿にしていたのに、まさか私も同じような思いをするなんて想像もしなかった。誰かの笑顔がこんなにも胸を高鳴らせるなど、生まれてから感じたこともない感覚だった。
あの真剣な瞳の先を自分だけで埋められたら。
あの太い腕の中はいったいどれほど心地よいのかしら。
あの唇の感覚は・・・・・・
そこまで思い至ったところで、さっと佐一さんから視線を外した。なんて破廉恥な妄想を。こんなこと誰かに知られたら日向家の恥だわ。
庭の方からこちらに向かってくる足音がする。
目を向けると、佐一さんで、その手には庭に植えられていたシャクヤクの花が抱えられていた。
「お嬢様。シャクヤクがきれいに咲きましたよ。」
その腕の中で薄桃色の花弁が幾重にも重なり、重厚な花が抱えられていた。佐一さんが近づくと、その華やかな香りに包み込まれるような感覚に陥った。
「本当ね。それにとってもいい香り。」
佐一さんの持っているシャクヤクに顔を近づける。その甘く優雅な香りが鼻孔をくすぐる。
「これだけ立派に花をつけたのは佐一さんの愛情がこもっているからね。」
そのまま佐一さんの方を見上げて言葉をつげると、恥ずかしそうに空いている手で頭をかいた。そのはにかんだ表情がまた私の心を高鳴らせた。
「いいえ、これはお嬢様のおかげです。」
「・・・・・・え?」
「お嬢様が毎朝、女学校に行く前に気にかけてくださっているでしょう。」
おはよう、だとか綺麗ね、だとか。毎日、お声がけしているからですよ。
そう続いた言葉に、頬が熱くなった。
「・・・見ていたのね。」
朝方、まだ誰もいないと思って、日々の日課にしていたことが知られているとは。羞恥心で、まともに佐一さんの顔が見られない。
毎日、彼の手づから世話をされ、美しく成長していくのが愛おしくもあり、その葉に触れれば、それを通して佐一さんと繋がっているようで、声をかけていたのだ。まさか、彼が見ていたとは気づかなかった。
「お嬢様が大切にされているから、俺も大切にお世話したいと思って手入れをしていたんです。」
だから、お嬢様のおかげです。
と、そういう佐一さんの言葉に心臓が掴まれるようだった。
「それに、この花、まるでお嬢様のようだなと思ったら、なおさら大切にしなくてはと、丹精込めて育てたんです。」
佐一さんの腕の中にいるシャクヤクに再び目を向けた。可憐な薄紅色の花が大事そうに抱えられている。ここまで立派な花弁をつけるには相当世話をかけたに違いない。佐一さんが私をこの花のように思って毎日手入れしてくれていたのだと思うと、まるで自分がやさしく触れられていたかのようなそんな幸せな心持ちになった。
「これ、お嬢様がいけてくれませんか。」
そういった佐一さんは、私にシャクヤクの花を手渡した。
「俺とお嬢様で育てた花です。あなたに最期は綺麗に飾られたらこいつも本望でしょう。」
手折られた花は、今日を境に一番美しい姿から命の灯火をけずっていく。それを、いかに永く、いかに自然のままにいけるかが腕の見せ所だ。
「そうね。この子が一番輝くように生けて差し上げましょうね。」
佐一さんが私のようだと、愛情を込めてくれた花だ。少しでも永く咲き誇らせたい。
期限付きのシャクヤクの行く末は、まるで決して交わらないこの関係と似ていた。
手折られれば己の命の灯が消えていくように、私のこの思いもいつかは消えてなくなってしまうのだ。
腕の中にたたずむシャクヤクをそっと胸の中で抱きしめた。
「侍女に花瓶を準備させましょう。できたら佐一さんにも見せて差し上げますわ。」
「それは楽しみです。」
「ええ、少しお待ちになって。」
そう言って、佐一さんの元を離れた。
「あなたも手折って、この腕に抱けたらいいのに。」
そうすれば、あなたの最期まで全て俺のものになるのに。
後ろで、つぶやく佐一さんの言葉は扉の音にかき消されてしまった。