短編
name change
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
※露骨な性的描写があります。18歳未満の方、性的描写が苦手な方はご遠慮ください。
コーヒーの香りと客たちの紫煙がくゆる店内。
紫煙をすり抜けて、白い西洋風のエプロンを巻いた女給達が行き交う。女給達のエプロンは肩紐のフリルが羽のように広がり、可憐さを際立たせている。それがクルクルと動き回る様は、まるで蝶が花を渡り歩くようで、男達は飲食と一緒に女給達の姿を愛で楽しんでいた。店内には西洋のレコードが流れ、レンガ造りの店内に置かれた重厚なソファに身を預けながら、軍服や背広の身綺麗な男達は思い思いの時間を過ごしている。
その中で葉巻に火をつけ、ゆっくりと息をする軍服姿が一人。菊田が葉巻を吸い始めると、テーブルの上に乗った完食済みの皿を下げに女給がやってきた。
「菊田様、こちらお下げいたしますね。」
にこやかな笑顔でやってきたさくらに菊田は「ああ、頼む」と短く返答した。皿を引くさくらの動きに合わせて、鈴の音が小さく聞こえる。白いエプロンから可愛らしい猫の根付けが顔を覗かせている。菊田は気付かれぬよう、一度それに目をやると、さくらの顔に視線を移した。
「食後のコーヒーを」
菊田の言葉にさくらは「かしこまりました」と軽く頭を下げてカウンターの方へと戻っていく。菊田はその後ろ姿を横目で見ながら、一服大きく息を吸い込んだ。
初めは上官からの誘いだった。ある程度の地位につけば、使う店も考えなければならない。そうして連れられたのがこの店だった。西洋風なレンガ造りの外観と同じく、店内も西洋風の落ち着いた色調の調度品でまとめられている。普段使う飯屋の喧騒や肩触れ合うカウンターでかき込む飯とは違う。食器の触れ合う音と洒落た西洋の音楽が蓄音機から流れる。客層は羽振りのいい者達なのか、身につけている衣服や小物で大体想像ができた。慣れない空間に誘われた手前、これきりでいい。いつもの馴染みの飯屋の方がよほど落ち着ける、と心の中でため息をついていた。
そこで、初めて給仕にやってきたのがさくらだった。
味の良し悪しもわからないコーヒーを頼み、それを運んできた女給から鈴の音が聞こえてくる。不躾にもその音の聞こえる場所を目で追えば、ふっくらとした白猫の根付けであると分かった。
「それ、験担ぎか。」
慣れない場所で自分でもわかる代物が出てくれば、自然と口をついて出てきた。上官は入店早々、女に声をかける様子に口の端を片方あげて面白そうに見守っている。『ああ、これは……そういう類の』と気づいた時にはもう遅い。女の手が伸びる。それが自分の手に重なるのかと身を固くすると、女は自身の根付けを見せるように掲げた。
「よくお分かりですね。招き猫みたいで可愛らしいでしょう。商売繁盛にピッタリだと思いまして。」
嬉しそうに話す女に、上官の方は目を瞬かせた。純朴そうな娘だ。そちらも『そう言う意図』ではないと分かると、こちらも肩の力が抜け、笑顔を返した。
菊田に出会ったのは、女給として駆け出しの頃だった。慣れない都会にやってきて、憧れの職についたと浮き足立っていた。お客様からの『声掛け』に気安く乗り、しかも『ただ給仕をする』だけとは。あの後、先輩達から色々と教えられ、お客様とは一線を引き、常に落ち着いた接客をするように心掛けるようになった。『そう言うこと』を望まずとも、今のお給金で満足している。慎ましく生活していく分には十分なものをもらっているのだ。
コーヒーを待つ菊田の席へと向かう。
ソファに身を預け、葉巻を楽しんでいる。無骨な指が太い葉巻を難なく挟み、形のいい唇から気だるげなため息と共に煙がのぼっていく。素敵な殿方だと思う。大人の余裕を感じられる雰囲気。しかし、あの時笑いかけてくれた表情を思い出すと、胸の辺りがうずく。
さくらの気持ちなど相手は露知らず。純粋に喫茶を楽しみに来てくださっている。だから、さくらは女給としての仕事を全うする。
「お待たせいたしました。」
いつもの笑顔でコーヒーをテーブルに置いた。力を抜いて上を見ていた視線がさくらの方へ向けられる。
「ありがとな。」
咥えていた葉巻を外すと、口端をあげて言葉を返してくれる。女給にも礼を尽くしてくれる。そう言う真摯な姿がさくらにも、他の女給達にも好印象にうつっていた。
しかし、女給達の間で人気があろうが、菊田は誰のことも誘わなかった。お小遣い欲しさで近づく者は菊田を相手にしなくなり、あとは仕事と割り切っているか、さくらのように密かに思っているかのどちらかだ。さくらと同じように愛想のいい女給に、菊田は同じように紳士的に対応していた。それを仕事の間、横目で見ながら苦い思いを飲み込んでいた。季節がいくつか巡っていく中で、たまに間を空けることはあっても、定期的に来店してくれる。それだけでいいのだ、と自分を納得させていた。
梅の花が咲く頃。
夜半の月がのぼり店じまいかというとき、菊田は店の扉を開けた。いつもは選ばないカウンターで、「酒を」と一言。帰り支度を初めていた他の女給達に目配せをして、さくらはカウンターの中へ入った。もうバーテンダーも裏へ引っ込んでいる。素人でも提供できる、ウイスキーを専用のグラスに注いで菊田の前へ差し出した。
菊田はさくらからグラスを受け取ると、一気にあおった。空になったグラスを押し戻す。「おかわり」と短く言うのに従って、再びグラスを満たすと同じようにウイスキーは一瞬で消えていった。無茶な飲み方を心配してさくらは別のグラスに水を注ぐと、菊田の前に差し出した。
「菊田様」
「いや、いい。……あんたの顔、見に来ただけだ。」
そんな言葉、誰にも言ったことなかったではないか。
「閉店間際に迷惑かけたな。」
立ちあがろうとする菊田の手を、咄嗟に握った。
「ご存知の通り、店仕舞いで帰るところなんです。…少し、お待ちいただけますか。」
ランプの夕焼けのような色が菊田の瞳の中でゆらめいている。その瞳がさくらの瞳を覗き込むように近づく。
「…向かいの路地で待ってる」
掠れた声が耳に響く。さくらが頷くと、菊田は席から立ち上がった。
ウイスキーの香りと一緒に菊田の使っている整髪料の香りが鼻を掠めた。
この時間で空いている店があるはずもなく、菊田を案内したのは自身の下宿先の一室だった。共用廊下に並んだ扉の向こうでは寝静まって音ひとつしない部屋もあれば、何か小さな物音や人の声が漏れ聞こえる部屋もある。深夜のざわざわとした囁きたちを抜けて、自室へと招き入れた。後ろを付いてきた菊田が部屋の扉を閉めたところで声をかける。
「今、お茶を……」
さくらが言い切る前に菊田が背後から腕を回した。先ほど感じた香りに包まれる。酒で体温が高くなったのか、菊田の体は温かい。縋るように強く抱きしめられる。
「さくら……抱かせてくれ」
うなじにかかる吐息が甘い痺れをもたらす。菊田の腕に自分の手を重ねた。さくらの小さな手に無骨な指が這う。うなじにカサついた唇が押し付けられる。それだけで小さく息が漏れた。
今日の情けが一時のものでもいい。
自分にだけ見せてくれた菊田の頼りなげな姿。一時の慰みだとしても。他の女給でもなくさくらを置いてくれた。それだけで十分だった。
口付けも、体を重ねるのも、初めてだ。
向かい合い、唇を重ねる。菊田の厚い舌がさくらの舌を絡め取っていく。ざらり、とした感触。応えるように菊田の口内へ舌を入れると、菊田の目尻が下がった。
全部お見通しなのだろう。慣れない口付けに応えるように菊田はさくらの舌を優しく喰んだ。
「ん……っ」
自分の口から聞いたこともない声が漏れる。甘ったるい女の声。顔に熱が集まってくる。
「可愛らしいな。」
窓から差し込む月明かりが菊田の微笑む顔を照らす。店で向ける紳士的な笑顔とは違う、甘い表情。どう返して良いか分からず、視線を落とした。菊田はそれ以上何か言うでもなく、首筋に吸い付いた。ピリピリと小さな電流が通るような感覚を覚える。さくらの肩が震えると、その反応に気をよくしたのか菊田は首筋にいくつもの赤い痕を落としていく。その度にさくらは自分の口から漏れる鼻にかかった声が恥ずかしく、縋るように菊田の胸元で軍服の上衣を握りしめた。
菊田は落ち着けるようにさくらの背中を優しく撫でた。
「何も怖いことはないさ。力を抜いて俺に預けてくれ。」
菊田の胸に抱きしめられる。ウイスキーと整髪料と彼自身の香りが混じり合って、そこでゆっくり呼吸をすれば、いくらか気持ちが落ち着いてくる。さくらの様子を見計らって菊田が帯に手をかけ、ゆっくり、着物をくつろげていく。一つ一つ身が軽くなる度に、菊田は安心させるようにさくらに軽く口付けを落とした。そして、自身も同じように軍服を脱ぎ去っていく。襦袢一枚になったところで、菊田はさくらが繊細なガラス細工かのようにゆっくりと布団へ横たわらせた。
「綺麗だ、さくら……」
うっとりと見つめる菊田の視線が恥ずかしい。こんな風に異性にまじまじと見られるなんて。
「は、恥ずかしいです…そんなに見ないで」
胸元を隠すように両手を重ねると、菊田はその片方を手に取った。そして、指先に軽く口付けを落とした。
「それは聞けねえ相談だな。好きな女は、いつまでも見ていたくなるもんだぜ?」
「す、き……?」
「お前に会いに通ってたんだ。気付かなかったか?」
菊田の問いに言葉を詰まらせた。一時の情けではなく、思いを向けてくれていたのか。
「お前も同じ気持ちかと思っていたんだが……俺の勘違いだったか?」
菊田は困ったように眉を寄せた。その表情をみてさくらは慌てて首を横に振った。
「勘違いなんかじゃ…!私もずっと…!」
そう言い募ると菊田が勢いよくさくらの胸元へ体を預けた。ぎゅうぎゅうと隙間なく圧迫される。菊田の鍛えられた胸板が襦袢越しに感じられる。耳元に寄せられた唇が安心したように小さく息を吐いた。余裕そうな男がみせる安堵の声。なんだか新鮮に思えてくる。さくらは菊田の背中に手を回した。
「菊田様…好きです。」
菊田が顔をわずかにあげた。鼻先が触れる距離で見つめ合う。さくらの告白に応えるように、菊田は深く口付けを落とした。
先程とは比べ物にならない深い口付けでさくらは息を乱していった。角度を変えてさくらの口内を味わうかのように菊田の舌が絡みつく。口付けの間に菊田の無骨な手がさくらの胸元に伸びた。撫でるように触れていた指先が膨らみの中心に指をかけた。
「っあ…あぁ…!」
赤く膨らんだそこを菊田の指が弾くように動く。
「ここが弱いんだな。」
そう言うと菊田がもう一方を口に含んだ。弾力のある舌が同じように口の中っで弄ぶ。
「…っあ、…きく、た様……それっ…やぁっ…」
背筋に強い電流が走ったような感覚。それが腹の方へ抜けていく初めての経験。菊田に乞うてもそれが止むことはない。
「それが良いって感覚だ。そのまま身を任せて大丈夫だ。」
胸を舐めるたび菊田の舌がチラチラと見える。その扇状的な姿が一層さくら快感を高めた。刺激に合わせて腹の中で何かが突き上げるような感覚と共に息が上がってくる。さくらの声が甲高くなっていくにつれて胸に吸い付く舌が、擦っていた指が頂を摘むように更に強い刺激を与えていく。
「あっ…ぁ!だめ……きちゃうっ……!」
さくらの背中が弓形になった。
脱力するさくらに菊田は優しく頭を撫でた。
「感じてる顔……可愛いな。」
荒い呼吸で胸を上下に動かしているさくらの体に沿うように、菊田は手を滑らせていく。それさえも快感を拾ってしまい。さくらは鼻にかかった声を漏らした。その手が足の間に行き着くと、秘部に指を添えた。そこからは聞いたこともない粘着質な音が聞こえる。そんな場所に菊田が触れている。止めようと腕を押し返したが、力で叶うはずもない。
「ここも感じてくれてるんだな。」
添えられた指が硬くなった場所を掠めるように動く。それだけで腰が浮いた。菊田の指が愛液を絡めとるように弄る。さくらの敏感な部分を掠めるように動くたび、腰が揺れる。もっと大きな刺激が欲しい。無意識に菊田の指を追うように腰が動いた。
さくらの潤んだ瞳が菊田にねだるような視線を向ける。緩く動くくびれのある腰と相まって、菊田の喉を鳴らした。
「……末恐ろしいぜ。」
菊田は指で触れていた秘部に顔を寄せた。そして、さくらの欲する刺激を与えた。
「…ああっ!!」
さくらの敏感な場所に吸い付く。舌で転がして唇で食むように刺激を与える。その度にさくらの口から嬌声が上がった。口で刺激をしながら、菊田の指が中へと入っていく。自身で触ったことのないそこは異物の感触に違和感を感じていたが、指がひだをなぞっていくと、ある場所でさくらの腰が痺れるように震えた。菊田がトントン、と刺激すると中からどろりと愛液が漏れ出てくる。
「やぁ…だめ……これは本当にっあぁ…!」
限界に達しそうなところで菊田からの刺激が止んだ。快感で頭のぼやけている中、視線を合わせると、菊田がさくらの秘部へ腰を寄せていた。入り口であたたかくて硬いものが触れる。それだけで指とは全く異なる大きさであるのが分かった。自然と腰がひける。すると菊田は安心させるようにさくらの顔に自身の顔を寄せると軽い口付けを何度か落とした。
「大丈夫だ。力を抜いて、ゆっくり進めるから。」
その言葉に頷くと、菊田の熱いものがゆっくりと分け入ってくる。初めは体を裂くような痛みを感じ、眉を寄せた。菊田はさくらの表情を見ながら休んでは少し進めてを繰り返した。その度に「ありがとな」「もう少しだ」と言いながら甘い口付けを顔中に降らせる。そして腹の中がいっぱいになると、菊田が小さく息を吐いた。
「……っ頑張ったな。」
少し息を乱した菊田がさくらの頭を撫でる。中は熱く脈を打ったように感じられる。それだけ菊田が感じてくれているのか、と嬉しくなる。きっとさくらの体を思って動かないのだろう。菊田にも気持ちよくなってほしい。拙いながらも腰を動かすと菊田の口から甘い声が漏れた。
「おい…!」
「菊田様……っ私もあなたを、…良くして差し上げたいの」
痛くないと言えば嘘になる。だが、それ以上に愛する人には同じように感じてほしい。さくらが上目で見ると、菊田がぐっと堪えるように息を詰まらせたが、一度大きく息を吐くと、自身の髪を後ろへ撫でつけた。
「その言葉、後悔するなよ…?」
一瞬、菊田の視線が鋭くなった。獲物を捉える捕食者のような。先ほどまでの甘い視線とは違う鋭さに、さくらは息をのんだ。
菊田はさくらの細い腰を両手でがしり、と掴んだ。奥まで分け入ったいたものが入り口近くまで抜き出されると、勢いよく挿入された。その刺激でさくらの頭に星が飛んだ。しかし、それもお構いなしで長いストロークが続けられる。子宮に届くほどの勢いに息が詰まりそうになる。しかし、苦しいだけではない。目の前の男の妖艶さに目が釘付けになる。鍛え抜かれた四肢が月明かりによって陰影を纏い、動くたびに割れた腹筋がピクピクと動く。血管の浮き出た首筋から上はこめかみに汗を浮かべ耐えるような表情の男。
「余裕…そうだな。」
さくらの視線に気付くと、菊田は長いストロークから浅い場所への刺激へと変えた。
「っん、あっ…!」
指で感じた場所を探り当てると、そこへの刺激を与える。すると今後はさくらの方に余裕がなくなってくる。
「っあ、あ……ぁあ!」
揺れる胸に菊田が吸い付く。秘部の水音と菊田の唾液の絡む音が聞こえる。体の奥がジンジンと熱を持ってくる。さくらの中がキュウっと閉まる感覚に菊田はさらに動きを早めた。そして、そこを擦るように深く抜き差ししていく。
「ぁあ……っいっちゃう……っんん!」
「さくら……っぁ、このまま」
結合部から肌を打ち付ける激しい音がする。ぐちゅぐちゅとかき回される中でお互いに刺激を拾って限界が近くなっていく。
さくらの元にしなだれかかる様に菊田が体を倒した。互いに隙間なく抱き合うように腕を回し、菊田の刺激を受け入れる。耳元で熱い吐息が漏れる。男の人の声が、自分をこんな気持ちにさせるなんて…。
互いの息が上がっていく。それに合わせて菊田の腰の動きも激しくなった。
「っぁ、くる……!さくらっ…!」
菊田のくぐもった声と共に中が大きくうねった。熱い性液が子宮の中を満たした。
物音で目を覚ました。
まだ月は空に登っている。
布団から起き上がると、すでに菊田は支度を整えているところだった。
「起きたか。」
気がつくと菊田はさくらの前に座った。
「無理させたな、体は大丈夫か?」
「……はい、」
初めての経験だったが、起き上がれない程でもない。そうして頷くと、菊田は安心したように口端を上げた。
「……しばらく、忙しくなる。」
短く告げた言葉にさくらは目を見開いた。
たとえわずかな内容だとしても、軍事機密だ。それを、さくらに伝えたことに驚く。それと同時に、昨夜の情事の意味するところに思い至った。
もしかしたら……もう、
嫌な汗が背筋に流れた。
さくらが驚いて固まっていると菊田が立ち上がった。
「朝帰りでドヤされる前に帰らねえとな。」
そうして入り口の扉に向かう菊田の服の裾を咄嗟に掴んだ。
「あの…これを」
床に転がっていた愛用の根付けを差し出した。
福を呼ぶ招き猫。
白くてふっくらしたのが似ているから、いつも付けていた。
「……お仕事の時も、たまには思い出してくださいね」
不安を押し殺して仕事の時の愛想笑いを貼り付ける。菊田は根付けとさくらを交互に見やると、そっと受け取った。
「ありがとな、ただ音が鳴るのは御法度だ…鈴は潰さねえといけねえ。」
「いいですよ。そうしたら……次のとき代わりのものを贈ってください。」
「ちゃっかりしてるぜ…」
ふぅとため息をつきながら、満更でもなさそうだ。
菊田はさくらの額に口付けを落とした。そして目に焼き付けるようにさくらをしばらく見つめると、ふい、と扉の方へ体を向けた。
「それじゃ、また」
「ええ、お待ちしています。」
扉の向こうへ消える背中に、行かないでと言えないまま、笑顔で送り出した。
寒空の下、細い月がかかっている。
火薬の匂い、土の匂い、血の匂い。
瓦礫の隙間から細い月が顔を出している。もう立ち上がる体力もない有古と共に、塹壕の中で横たわる。寝てはだめだ。取り止めのない話をするうちに、有古のマキリの話を聞き、……ああ、そろそろだろうか。とお互いに気落ちし始めていた時だった。
チリン、と鈴の音が聞こえた。
「……なんだ?」
訝しがる菊田に有古が口を開いた。
「菊田特務曹長殿……その、胸元から」
そうして視線を向けられるも、戦地で音の鳴るものなど身につけない。敵に居場所を知らせる様なものだ。ただ…胸元には肌身離さず身につけているものがある。
動きずらい腕を使って軍服の奥にしまい込んだものを取り出した。
白いふっくらした猫の根付け。
作戦に入る前には鈴を潰して、胸元に忍ばせていたのだった。
白猫は、月明かりに照らされて穏やかな表情でこちらを見つめている。
「まだ、約束があったな…」
潰した鈴の代わりに、あの娘に似合う根付けを。
「それは?」
不思議そうな有古に掲げて見せた。
「俺も贈らにゃならん相手がいるのさ。」
ニヤリ、と笑うと先程まで深刻そうだった有古も同じように口端を上げた。
寒空の下、二人は身を寄せ合った。
祖国へ帰るため、その気持ちが二人の中で再び湧き上がってくる。瞳に力が宿る。待っている人のために。まだ「その時」ではない。
菊田は鳴らないはずの鈴を鳴らすように根付けを揺らした。
.
コーヒーの香りと客たちの紫煙がくゆる店内。
紫煙をすり抜けて、白い西洋風のエプロンを巻いた女給達が行き交う。女給達のエプロンは肩紐のフリルが羽のように広がり、可憐さを際立たせている。それがクルクルと動き回る様は、まるで蝶が花を渡り歩くようで、男達は飲食と一緒に女給達の姿を愛で楽しんでいた。店内には西洋のレコードが流れ、レンガ造りの店内に置かれた重厚なソファに身を預けながら、軍服や背広の身綺麗な男達は思い思いの時間を過ごしている。
その中で葉巻に火をつけ、ゆっくりと息をする軍服姿が一人。菊田が葉巻を吸い始めると、テーブルの上に乗った完食済みの皿を下げに女給がやってきた。
「菊田様、こちらお下げいたしますね。」
にこやかな笑顔でやってきたさくらに菊田は「ああ、頼む」と短く返答した。皿を引くさくらの動きに合わせて、鈴の音が小さく聞こえる。白いエプロンから可愛らしい猫の根付けが顔を覗かせている。菊田は気付かれぬよう、一度それに目をやると、さくらの顔に視線を移した。
「食後のコーヒーを」
菊田の言葉にさくらは「かしこまりました」と軽く頭を下げてカウンターの方へと戻っていく。菊田はその後ろ姿を横目で見ながら、一服大きく息を吸い込んだ。
初めは上官からの誘いだった。ある程度の地位につけば、使う店も考えなければならない。そうして連れられたのがこの店だった。西洋風なレンガ造りの外観と同じく、店内も西洋風の落ち着いた色調の調度品でまとめられている。普段使う飯屋の喧騒や肩触れ合うカウンターでかき込む飯とは違う。食器の触れ合う音と洒落た西洋の音楽が蓄音機から流れる。客層は羽振りのいい者達なのか、身につけている衣服や小物で大体想像ができた。慣れない空間に誘われた手前、これきりでいい。いつもの馴染みの飯屋の方がよほど落ち着ける、と心の中でため息をついていた。
そこで、初めて給仕にやってきたのがさくらだった。
味の良し悪しもわからないコーヒーを頼み、それを運んできた女給から鈴の音が聞こえてくる。不躾にもその音の聞こえる場所を目で追えば、ふっくらとした白猫の根付けであると分かった。
「それ、験担ぎか。」
慣れない場所で自分でもわかる代物が出てくれば、自然と口をついて出てきた。上官は入店早々、女に声をかける様子に口の端を片方あげて面白そうに見守っている。『ああ、これは……そういう類の』と気づいた時にはもう遅い。女の手が伸びる。それが自分の手に重なるのかと身を固くすると、女は自身の根付けを見せるように掲げた。
「よくお分かりですね。招き猫みたいで可愛らしいでしょう。商売繁盛にピッタリだと思いまして。」
嬉しそうに話す女に、上官の方は目を瞬かせた。純朴そうな娘だ。そちらも『そう言う意図』ではないと分かると、こちらも肩の力が抜け、笑顔を返した。
菊田に出会ったのは、女給として駆け出しの頃だった。慣れない都会にやってきて、憧れの職についたと浮き足立っていた。お客様からの『声掛け』に気安く乗り、しかも『ただ給仕をする』だけとは。あの後、先輩達から色々と教えられ、お客様とは一線を引き、常に落ち着いた接客をするように心掛けるようになった。『そう言うこと』を望まずとも、今のお給金で満足している。慎ましく生活していく分には十分なものをもらっているのだ。
コーヒーを待つ菊田の席へと向かう。
ソファに身を預け、葉巻を楽しんでいる。無骨な指が太い葉巻を難なく挟み、形のいい唇から気だるげなため息と共に煙がのぼっていく。素敵な殿方だと思う。大人の余裕を感じられる雰囲気。しかし、あの時笑いかけてくれた表情を思い出すと、胸の辺りがうずく。
さくらの気持ちなど相手は露知らず。純粋に喫茶を楽しみに来てくださっている。だから、さくらは女給としての仕事を全うする。
「お待たせいたしました。」
いつもの笑顔でコーヒーをテーブルに置いた。力を抜いて上を見ていた視線がさくらの方へ向けられる。
「ありがとな。」
咥えていた葉巻を外すと、口端をあげて言葉を返してくれる。女給にも礼を尽くしてくれる。そう言う真摯な姿がさくらにも、他の女給達にも好印象にうつっていた。
しかし、女給達の間で人気があろうが、菊田は誰のことも誘わなかった。お小遣い欲しさで近づく者は菊田を相手にしなくなり、あとは仕事と割り切っているか、さくらのように密かに思っているかのどちらかだ。さくらと同じように愛想のいい女給に、菊田は同じように紳士的に対応していた。それを仕事の間、横目で見ながら苦い思いを飲み込んでいた。季節がいくつか巡っていく中で、たまに間を空けることはあっても、定期的に来店してくれる。それだけでいいのだ、と自分を納得させていた。
梅の花が咲く頃。
夜半の月がのぼり店じまいかというとき、菊田は店の扉を開けた。いつもは選ばないカウンターで、「酒を」と一言。帰り支度を初めていた他の女給達に目配せをして、さくらはカウンターの中へ入った。もうバーテンダーも裏へ引っ込んでいる。素人でも提供できる、ウイスキーを専用のグラスに注いで菊田の前へ差し出した。
菊田はさくらからグラスを受け取ると、一気にあおった。空になったグラスを押し戻す。「おかわり」と短く言うのに従って、再びグラスを満たすと同じようにウイスキーは一瞬で消えていった。無茶な飲み方を心配してさくらは別のグラスに水を注ぐと、菊田の前に差し出した。
「菊田様」
「いや、いい。……あんたの顔、見に来ただけだ。」
そんな言葉、誰にも言ったことなかったではないか。
「閉店間際に迷惑かけたな。」
立ちあがろうとする菊田の手を、咄嗟に握った。
「ご存知の通り、店仕舞いで帰るところなんです。…少し、お待ちいただけますか。」
ランプの夕焼けのような色が菊田の瞳の中でゆらめいている。その瞳がさくらの瞳を覗き込むように近づく。
「…向かいの路地で待ってる」
掠れた声が耳に響く。さくらが頷くと、菊田は席から立ち上がった。
ウイスキーの香りと一緒に菊田の使っている整髪料の香りが鼻を掠めた。
この時間で空いている店があるはずもなく、菊田を案内したのは自身の下宿先の一室だった。共用廊下に並んだ扉の向こうでは寝静まって音ひとつしない部屋もあれば、何か小さな物音や人の声が漏れ聞こえる部屋もある。深夜のざわざわとした囁きたちを抜けて、自室へと招き入れた。後ろを付いてきた菊田が部屋の扉を閉めたところで声をかける。
「今、お茶を……」
さくらが言い切る前に菊田が背後から腕を回した。先ほど感じた香りに包まれる。酒で体温が高くなったのか、菊田の体は温かい。縋るように強く抱きしめられる。
「さくら……抱かせてくれ」
うなじにかかる吐息が甘い痺れをもたらす。菊田の腕に自分の手を重ねた。さくらの小さな手に無骨な指が這う。うなじにカサついた唇が押し付けられる。それだけで小さく息が漏れた。
今日の情けが一時のものでもいい。
自分にだけ見せてくれた菊田の頼りなげな姿。一時の慰みだとしても。他の女給でもなくさくらを置いてくれた。それだけで十分だった。
口付けも、体を重ねるのも、初めてだ。
向かい合い、唇を重ねる。菊田の厚い舌がさくらの舌を絡め取っていく。ざらり、とした感触。応えるように菊田の口内へ舌を入れると、菊田の目尻が下がった。
全部お見通しなのだろう。慣れない口付けに応えるように菊田はさくらの舌を優しく喰んだ。
「ん……っ」
自分の口から聞いたこともない声が漏れる。甘ったるい女の声。顔に熱が集まってくる。
「可愛らしいな。」
窓から差し込む月明かりが菊田の微笑む顔を照らす。店で向ける紳士的な笑顔とは違う、甘い表情。どう返して良いか分からず、視線を落とした。菊田はそれ以上何か言うでもなく、首筋に吸い付いた。ピリピリと小さな電流が通るような感覚を覚える。さくらの肩が震えると、その反応に気をよくしたのか菊田は首筋にいくつもの赤い痕を落としていく。その度にさくらは自分の口から漏れる鼻にかかった声が恥ずかしく、縋るように菊田の胸元で軍服の上衣を握りしめた。
菊田は落ち着けるようにさくらの背中を優しく撫でた。
「何も怖いことはないさ。力を抜いて俺に預けてくれ。」
菊田の胸に抱きしめられる。ウイスキーと整髪料と彼自身の香りが混じり合って、そこでゆっくり呼吸をすれば、いくらか気持ちが落ち着いてくる。さくらの様子を見計らって菊田が帯に手をかけ、ゆっくり、着物をくつろげていく。一つ一つ身が軽くなる度に、菊田は安心させるようにさくらに軽く口付けを落とした。そして、自身も同じように軍服を脱ぎ去っていく。襦袢一枚になったところで、菊田はさくらが繊細なガラス細工かのようにゆっくりと布団へ横たわらせた。
「綺麗だ、さくら……」
うっとりと見つめる菊田の視線が恥ずかしい。こんな風に異性にまじまじと見られるなんて。
「は、恥ずかしいです…そんなに見ないで」
胸元を隠すように両手を重ねると、菊田はその片方を手に取った。そして、指先に軽く口付けを落とした。
「それは聞けねえ相談だな。好きな女は、いつまでも見ていたくなるもんだぜ?」
「す、き……?」
「お前に会いに通ってたんだ。気付かなかったか?」
菊田の問いに言葉を詰まらせた。一時の情けではなく、思いを向けてくれていたのか。
「お前も同じ気持ちかと思っていたんだが……俺の勘違いだったか?」
菊田は困ったように眉を寄せた。その表情をみてさくらは慌てて首を横に振った。
「勘違いなんかじゃ…!私もずっと…!」
そう言い募ると菊田が勢いよくさくらの胸元へ体を預けた。ぎゅうぎゅうと隙間なく圧迫される。菊田の鍛えられた胸板が襦袢越しに感じられる。耳元に寄せられた唇が安心したように小さく息を吐いた。余裕そうな男がみせる安堵の声。なんだか新鮮に思えてくる。さくらは菊田の背中に手を回した。
「菊田様…好きです。」
菊田が顔をわずかにあげた。鼻先が触れる距離で見つめ合う。さくらの告白に応えるように、菊田は深く口付けを落とした。
先程とは比べ物にならない深い口付けでさくらは息を乱していった。角度を変えてさくらの口内を味わうかのように菊田の舌が絡みつく。口付けの間に菊田の無骨な手がさくらの胸元に伸びた。撫でるように触れていた指先が膨らみの中心に指をかけた。
「っあ…あぁ…!」
赤く膨らんだそこを菊田の指が弾くように動く。
「ここが弱いんだな。」
そう言うと菊田がもう一方を口に含んだ。弾力のある舌が同じように口の中っで弄ぶ。
「…っあ、…きく、た様……それっ…やぁっ…」
背筋に強い電流が走ったような感覚。それが腹の方へ抜けていく初めての経験。菊田に乞うてもそれが止むことはない。
「それが良いって感覚だ。そのまま身を任せて大丈夫だ。」
胸を舐めるたび菊田の舌がチラチラと見える。その扇状的な姿が一層さくら快感を高めた。刺激に合わせて腹の中で何かが突き上げるような感覚と共に息が上がってくる。さくらの声が甲高くなっていくにつれて胸に吸い付く舌が、擦っていた指が頂を摘むように更に強い刺激を与えていく。
「あっ…ぁ!だめ……きちゃうっ……!」
さくらの背中が弓形になった。
脱力するさくらに菊田は優しく頭を撫でた。
「感じてる顔……可愛いな。」
荒い呼吸で胸を上下に動かしているさくらの体に沿うように、菊田は手を滑らせていく。それさえも快感を拾ってしまい。さくらは鼻にかかった声を漏らした。その手が足の間に行き着くと、秘部に指を添えた。そこからは聞いたこともない粘着質な音が聞こえる。そんな場所に菊田が触れている。止めようと腕を押し返したが、力で叶うはずもない。
「ここも感じてくれてるんだな。」
添えられた指が硬くなった場所を掠めるように動く。それだけで腰が浮いた。菊田の指が愛液を絡めとるように弄る。さくらの敏感な部分を掠めるように動くたび、腰が揺れる。もっと大きな刺激が欲しい。無意識に菊田の指を追うように腰が動いた。
さくらの潤んだ瞳が菊田にねだるような視線を向ける。緩く動くくびれのある腰と相まって、菊田の喉を鳴らした。
「……末恐ろしいぜ。」
菊田は指で触れていた秘部に顔を寄せた。そして、さくらの欲する刺激を与えた。
「…ああっ!!」
さくらの敏感な場所に吸い付く。舌で転がして唇で食むように刺激を与える。その度にさくらの口から嬌声が上がった。口で刺激をしながら、菊田の指が中へと入っていく。自身で触ったことのないそこは異物の感触に違和感を感じていたが、指がひだをなぞっていくと、ある場所でさくらの腰が痺れるように震えた。菊田がトントン、と刺激すると中からどろりと愛液が漏れ出てくる。
「やぁ…だめ……これは本当にっあぁ…!」
限界に達しそうなところで菊田からの刺激が止んだ。快感で頭のぼやけている中、視線を合わせると、菊田がさくらの秘部へ腰を寄せていた。入り口であたたかくて硬いものが触れる。それだけで指とは全く異なる大きさであるのが分かった。自然と腰がひける。すると菊田は安心させるようにさくらの顔に自身の顔を寄せると軽い口付けを何度か落とした。
「大丈夫だ。力を抜いて、ゆっくり進めるから。」
その言葉に頷くと、菊田の熱いものがゆっくりと分け入ってくる。初めは体を裂くような痛みを感じ、眉を寄せた。菊田はさくらの表情を見ながら休んでは少し進めてを繰り返した。その度に「ありがとな」「もう少しだ」と言いながら甘い口付けを顔中に降らせる。そして腹の中がいっぱいになると、菊田が小さく息を吐いた。
「……っ頑張ったな。」
少し息を乱した菊田がさくらの頭を撫でる。中は熱く脈を打ったように感じられる。それだけ菊田が感じてくれているのか、と嬉しくなる。きっとさくらの体を思って動かないのだろう。菊田にも気持ちよくなってほしい。拙いながらも腰を動かすと菊田の口から甘い声が漏れた。
「おい…!」
「菊田様……っ私もあなたを、…良くして差し上げたいの」
痛くないと言えば嘘になる。だが、それ以上に愛する人には同じように感じてほしい。さくらが上目で見ると、菊田がぐっと堪えるように息を詰まらせたが、一度大きく息を吐くと、自身の髪を後ろへ撫でつけた。
「その言葉、後悔するなよ…?」
一瞬、菊田の視線が鋭くなった。獲物を捉える捕食者のような。先ほどまでの甘い視線とは違う鋭さに、さくらは息をのんだ。
菊田はさくらの細い腰を両手でがしり、と掴んだ。奥まで分け入ったいたものが入り口近くまで抜き出されると、勢いよく挿入された。その刺激でさくらの頭に星が飛んだ。しかし、それもお構いなしで長いストロークが続けられる。子宮に届くほどの勢いに息が詰まりそうになる。しかし、苦しいだけではない。目の前の男の妖艶さに目が釘付けになる。鍛え抜かれた四肢が月明かりによって陰影を纏い、動くたびに割れた腹筋がピクピクと動く。血管の浮き出た首筋から上はこめかみに汗を浮かべ耐えるような表情の男。
「余裕…そうだな。」
さくらの視線に気付くと、菊田は長いストロークから浅い場所への刺激へと変えた。
「っん、あっ…!」
指で感じた場所を探り当てると、そこへの刺激を与える。すると今後はさくらの方に余裕がなくなってくる。
「っあ、あ……ぁあ!」
揺れる胸に菊田が吸い付く。秘部の水音と菊田の唾液の絡む音が聞こえる。体の奥がジンジンと熱を持ってくる。さくらの中がキュウっと閉まる感覚に菊田はさらに動きを早めた。そして、そこを擦るように深く抜き差ししていく。
「ぁあ……っいっちゃう……っんん!」
「さくら……っぁ、このまま」
結合部から肌を打ち付ける激しい音がする。ぐちゅぐちゅとかき回される中でお互いに刺激を拾って限界が近くなっていく。
さくらの元にしなだれかかる様に菊田が体を倒した。互いに隙間なく抱き合うように腕を回し、菊田の刺激を受け入れる。耳元で熱い吐息が漏れる。男の人の声が、自分をこんな気持ちにさせるなんて…。
互いの息が上がっていく。それに合わせて菊田の腰の動きも激しくなった。
「っぁ、くる……!さくらっ…!」
菊田のくぐもった声と共に中が大きくうねった。熱い性液が子宮の中を満たした。
物音で目を覚ました。
まだ月は空に登っている。
布団から起き上がると、すでに菊田は支度を整えているところだった。
「起きたか。」
気がつくと菊田はさくらの前に座った。
「無理させたな、体は大丈夫か?」
「……はい、」
初めての経験だったが、起き上がれない程でもない。そうして頷くと、菊田は安心したように口端を上げた。
「……しばらく、忙しくなる。」
短く告げた言葉にさくらは目を見開いた。
たとえわずかな内容だとしても、軍事機密だ。それを、さくらに伝えたことに驚く。それと同時に、昨夜の情事の意味するところに思い至った。
もしかしたら……もう、
嫌な汗が背筋に流れた。
さくらが驚いて固まっていると菊田が立ち上がった。
「朝帰りでドヤされる前に帰らねえとな。」
そうして入り口の扉に向かう菊田の服の裾を咄嗟に掴んだ。
「あの…これを」
床に転がっていた愛用の根付けを差し出した。
福を呼ぶ招き猫。
白くてふっくらしたのが似ているから、いつも付けていた。
「……お仕事の時も、たまには思い出してくださいね」
不安を押し殺して仕事の時の愛想笑いを貼り付ける。菊田は根付けとさくらを交互に見やると、そっと受け取った。
「ありがとな、ただ音が鳴るのは御法度だ…鈴は潰さねえといけねえ。」
「いいですよ。そうしたら……次のとき代わりのものを贈ってください。」
「ちゃっかりしてるぜ…」
ふぅとため息をつきながら、満更でもなさそうだ。
菊田はさくらの額に口付けを落とした。そして目に焼き付けるようにさくらをしばらく見つめると、ふい、と扉の方へ体を向けた。
「それじゃ、また」
「ええ、お待ちしています。」
扉の向こうへ消える背中に、行かないでと言えないまま、笑顔で送り出した。
寒空の下、細い月がかかっている。
火薬の匂い、土の匂い、血の匂い。
瓦礫の隙間から細い月が顔を出している。もう立ち上がる体力もない有古と共に、塹壕の中で横たわる。寝てはだめだ。取り止めのない話をするうちに、有古のマキリの話を聞き、……ああ、そろそろだろうか。とお互いに気落ちし始めていた時だった。
チリン、と鈴の音が聞こえた。
「……なんだ?」
訝しがる菊田に有古が口を開いた。
「菊田特務曹長殿……その、胸元から」
そうして視線を向けられるも、戦地で音の鳴るものなど身につけない。敵に居場所を知らせる様なものだ。ただ…胸元には肌身離さず身につけているものがある。
動きずらい腕を使って軍服の奥にしまい込んだものを取り出した。
白いふっくらした猫の根付け。
作戦に入る前には鈴を潰して、胸元に忍ばせていたのだった。
白猫は、月明かりに照らされて穏やかな表情でこちらを見つめている。
「まだ、約束があったな…」
潰した鈴の代わりに、あの娘に似合う根付けを。
「それは?」
不思議そうな有古に掲げて見せた。
「俺も贈らにゃならん相手がいるのさ。」
ニヤリ、と笑うと先程まで深刻そうだった有古も同じように口端を上げた。
寒空の下、二人は身を寄せ合った。
祖国へ帰るため、その気持ちが二人の中で再び湧き上がってくる。瞳に力が宿る。待っている人のために。まだ「その時」ではない。
菊田は鳴らないはずの鈴を鳴らすように根付けを揺らした。
.