白銀の世界で
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*原作を少し改変しています。ご了承の上、お進みください。
店に戻り、さくらは第7師団の兵舎へと向かった。
2階建ての建物やいくつかの建物が集合している屋敷の入り口には、若い兵士が立っている。現代の警察官のように背筋を伸ばして微動だにしない姿に、入っていいものかためらってしまう。道を前進するでもなく、うろうろしているさくらに兵士の方も怪訝そうな視線を向けていた。おつかい、という名目があるものの、いかにも屈強な軍人ばかりの場所へ入るのは、やはり勇気がいるのだ。
しばらくその場で悩んでいるところで、屋敷の方からこちらへ向かってくる人物がいた。
「あ、あなたは・・・」
距離が縮まってくると、さきほど鶴見さんを呼びに来た人物であった。
「鶴見中尉から迎えに上がるよう仰せつかっています。こちらへ。」
さくらよりすこし背の高い、男性としては小柄な兵士が前を歩き始め、それに続いてさくらも歩を進めた。兵舎の中は廊下から差し込む光で明るい。しかし、構造上、複数の建物をつなげたようなつくりで、廊下はいりくんでいた。これは、一人で歩くには難儀だと感じる。そして、廊下や外を歩く兵士たちなど、すれ違う兵士たちの好奇の目にさらされるのは居心地が悪かった。前を歩く兵士は、ちらとさくらの様子を窺った。
「女人禁制でありまして、女性がいることが珍しいのです。気を悪くさせて申し訳ありません。」
「・・・いえ、私の方こそ場違いなのは分かっていますから。」
さくらの返答で心なしか歩く速度の速まったのは気遣ってくれているからなのだろうか。その兵士についてしばらく歩いていると、ある部屋の前で立ち止まった。兵士が勢いよく扉をノックした。
「月島です。入ります!」
「よし、入れ。」
鶴見の良く通る声が部屋の外へ響く。それを聞いた月島が、ドアを開け、それに続いてさくらも部屋へ入った。
「呉服屋の娘を連れて参りました。」
「日向です。お団子を届けに参りました。」
そういって、一礼する月島と同じく、さくらも一礼をして顔を上げた。部屋の奥には鶴見がいすに座り、その対面にはよく見知った人物が腰掛けていた。その人物がさくらの方へ顔を向けた。振り向いたのはやはり杉元だった。口から思わず名前を呼びそうになるところを、杉元が視線だけでとどめる。初対面のときに、川に落としていたのは、まさかこの鶴見に関係のある兵士だったのだろうか。そうでなければ、杉元との関係をわざわざ隠す必要もないだろう。
「わざわざすまないね。こちらへ持ってきてくれ。」
鶴見の手招きに従いさくらはテーブルへ近づいた。向かい合う二人の真ん中に持ってきた団子を置く。なるべく杉元の方へ視線を向けず、自然さを装うようにして。杉元にはひどいこともされた。しかし、一夜の宿を貸してくれたこと、そしてあの少女を思うと、ここで彼の不利になるような振る舞いは避けるべきだと思った。ここは人として恩を返すべきところだ。
杉元が捕まったことをアシリパは知っているのだろうか。彼女はここに助けにくるだろうか・・・。
「甘いものは好きか?」
鶴見が目の前の杉元に問いかける。杉元は怪訝そうな顔をして「え?」と疑問の声を上げた。
鶴見はさくらが持ってきた包みを開け、中身を見せた。
「小樽の花園公園名物の串団子だ。」
琥珀色のつやつやとしたタレが光り、醤油の甘塩っぱい香りが立ち上った。杉元は一本手に取ると口の中に含んだ。
「うまい。甘いものは久しぶりなんで唾液腺が弾けそうだ。」
鶴見はそれに何度もうなずき、団子を一本手に取った。先ほどさくらと食べたときのように、そうだろう、と満足げではあるが、その目はあのときのように輝いてはいなかった。さくらは鶴見の雰囲気に飲まれそうになり、一歩後ろに下がった。
「日向くんも気に入ってくれていたね。一本、どうだね。」
光のこもらない目でさくらを見つめる。
「わ、私は十分いただきましたので・・・。」
ここで長居してはいけない。早々に出て行かなければ。そう思って足先を出口の方へ向けたが、それを鶴見がさくらの腕をつかんで阻んだ。
「そう言わず。せっかく来てくれたんだ。ゆっくりしていきなさい。」
その腕は振り払おうと思えば簡単にできる程の力であった。しかし、鶴見の言葉はまるで呪縛のようにさくらの動きを止めた。
「月島、日向くんに茶を準備だ。」
「はい!」
月島は部屋の隅にあった茶器の用意で準備を始めた。腕を拘束された杉元とおびえるさくら、そして獲物を狙うような目で見つめる鶴見のいる空間でそれはかなり異質な行為だった。さくらが動かないことが分かると鶴見はその手を離し、団子で机に文字を書き始めた。
「ふじみ・・・ふじみ。」
一瞬、杉元の目が小さく開かれた。
「川岸で瀕死の部下がみつかり、指で文字を書いた。」
やはり、あのときの人は鶴見の部下だったのだ。・・・これはまずい人と関わってしまった。もし、私と杉元との関わりが知られれば、私もあらゆる手を使って探られてしまうかもしれない。
「ごちそうさま。出口は向こうかな。・・・日向さんだっけ?あんたもそろそろお暇するかい?」
「・・・ええ。そうですね。」
「尾形上等兵をやったのはお前だな?不死身の杉元。」
「座れ。」
月島さんが三人分の湯飲みを用意して机においた。その言葉には杉元だけでなくさくらも含まれていることは、明白だった。
「一度だけ「不死身の杉元」を旅順でみかけた。少し遠かったが・・・鬼神のごとき壮烈な戦いぶりに目を奪われた。あのときみたのはお前だ。そば屋の大立ち回りをみてピンときた。」
「俺は第2師団だ。旅順には行ってない。やっぱり人違いだったみたいだな。」
冷静に返す杉元の返答など気にもとめず、鶴見は言葉を続けた。
「なぜ尾形上等兵は不死身の杉元に接触したのか・・・それはお前が金塊のありかを示した入れ墨の暗号を持っていたからだ。・・・と、ここまで話がつながることを恐れて我々から逃げようとした。・・・刺青人皮を持っているのだろう?」
鶴見の話はさくらにとって、初めて聞く話であったが、その金塊につながる刺青ニンピというものを奪い合って、あのようなことが起こったのだと合点がいった。
「しかし、ひとつ分からんのだ。・・・なぜ、日向くんと初対面のフリをするのだ?この女も一枚噛んでいるのか?」
鶴見は食べかけの串をさくらに近づけた。串の鋭い先が頬に当たりそうなところまで近づく。
「用があるのは俺だろ。」
杉元の目が鋭く光った。
「・・・何を言っているかさっぱりだが俺の荷物はもう調べただろう?お前らの大将は頭大丈夫なのか?」
「脳が少し砲弾で吹き飛んでおる。」
そういうと部屋に待機していた他の兵士も杉元と同じく笑い始める。一瞬和やかな雰囲気になるも、鶴見は杉元の頬に団子の串を差し込んだ。
「・・・っす、杉元さん!!」
さくらはとっさに、杉元の名前を呼んでしまった。鶴見はそれに、にやりと笑った。
「たいした男だ。・・・やはりおまえは不死身の杉元だ。」
杉元はまばたき一つせず、鶴見を見つめた。
「だがな、お前がいかに不死身で寿命のロウソクの火が消せぬというのなら、俺がロウソクを頭からボリボリ齧って消してやる。」
鶴見は杉元の眼前に顔を寄せ、今にも鼻を齧ってしまいそうな距離だ。それにも動じないのが不思議なくらいだ。鶴見はさくらの方へ視線を向けた。その瞬間、さくらは大きく肩を震わせた。
「怖がらなくていい。君が素直に話してくれれば、すぐ店へ帰すよ。」
きっと、これも嘘なのだ。
あのときの杉元の表情が脳裏をかすめる。私を手にかけようとしながらも、甘言の吐く、あの瞳と同じだった。
真実をすべて飲み込むような鶴見の底のない瞳に、さくらは絶望した。
店に戻り、さくらは第7師団の兵舎へと向かった。
2階建ての建物やいくつかの建物が集合している屋敷の入り口には、若い兵士が立っている。現代の警察官のように背筋を伸ばして微動だにしない姿に、入っていいものかためらってしまう。道を前進するでもなく、うろうろしているさくらに兵士の方も怪訝そうな視線を向けていた。おつかい、という名目があるものの、いかにも屈強な軍人ばかりの場所へ入るのは、やはり勇気がいるのだ。
しばらくその場で悩んでいるところで、屋敷の方からこちらへ向かってくる人物がいた。
「あ、あなたは・・・」
距離が縮まってくると、さきほど鶴見さんを呼びに来た人物であった。
「鶴見中尉から迎えに上がるよう仰せつかっています。こちらへ。」
さくらよりすこし背の高い、男性としては小柄な兵士が前を歩き始め、それに続いてさくらも歩を進めた。兵舎の中は廊下から差し込む光で明るい。しかし、構造上、複数の建物をつなげたようなつくりで、廊下はいりくんでいた。これは、一人で歩くには難儀だと感じる。そして、廊下や外を歩く兵士たちなど、すれ違う兵士たちの好奇の目にさらされるのは居心地が悪かった。前を歩く兵士は、ちらとさくらの様子を窺った。
「女人禁制でありまして、女性がいることが珍しいのです。気を悪くさせて申し訳ありません。」
「・・・いえ、私の方こそ場違いなのは分かっていますから。」
さくらの返答で心なしか歩く速度の速まったのは気遣ってくれているからなのだろうか。その兵士についてしばらく歩いていると、ある部屋の前で立ち止まった。兵士が勢いよく扉をノックした。
「月島です。入ります!」
「よし、入れ。」
鶴見の良く通る声が部屋の外へ響く。それを聞いた月島が、ドアを開け、それに続いてさくらも部屋へ入った。
「呉服屋の娘を連れて参りました。」
「日向です。お団子を届けに参りました。」
そういって、一礼する月島と同じく、さくらも一礼をして顔を上げた。部屋の奥には鶴見がいすに座り、その対面にはよく見知った人物が腰掛けていた。その人物がさくらの方へ顔を向けた。振り向いたのはやはり杉元だった。口から思わず名前を呼びそうになるところを、杉元が視線だけでとどめる。初対面のときに、川に落としていたのは、まさかこの鶴見に関係のある兵士だったのだろうか。そうでなければ、杉元との関係をわざわざ隠す必要もないだろう。
「わざわざすまないね。こちらへ持ってきてくれ。」
鶴見の手招きに従いさくらはテーブルへ近づいた。向かい合う二人の真ん中に持ってきた団子を置く。なるべく杉元の方へ視線を向けず、自然さを装うようにして。杉元にはひどいこともされた。しかし、一夜の宿を貸してくれたこと、そしてあの少女を思うと、ここで彼の不利になるような振る舞いは避けるべきだと思った。ここは人として恩を返すべきところだ。
杉元が捕まったことをアシリパは知っているのだろうか。彼女はここに助けにくるだろうか・・・。
「甘いものは好きか?」
鶴見が目の前の杉元に問いかける。杉元は怪訝そうな顔をして「え?」と疑問の声を上げた。
鶴見はさくらが持ってきた包みを開け、中身を見せた。
「小樽の花園公園名物の串団子だ。」
琥珀色のつやつやとしたタレが光り、醤油の甘塩っぱい香りが立ち上った。杉元は一本手に取ると口の中に含んだ。
「うまい。甘いものは久しぶりなんで唾液腺が弾けそうだ。」
鶴見はそれに何度もうなずき、団子を一本手に取った。先ほどさくらと食べたときのように、そうだろう、と満足げではあるが、その目はあのときのように輝いてはいなかった。さくらは鶴見の雰囲気に飲まれそうになり、一歩後ろに下がった。
「日向くんも気に入ってくれていたね。一本、どうだね。」
光のこもらない目でさくらを見つめる。
「わ、私は十分いただきましたので・・・。」
ここで長居してはいけない。早々に出て行かなければ。そう思って足先を出口の方へ向けたが、それを鶴見がさくらの腕をつかんで阻んだ。
「そう言わず。せっかく来てくれたんだ。ゆっくりしていきなさい。」
その腕は振り払おうと思えば簡単にできる程の力であった。しかし、鶴見の言葉はまるで呪縛のようにさくらの動きを止めた。
「月島、日向くんに茶を準備だ。」
「はい!」
月島は部屋の隅にあった茶器の用意で準備を始めた。腕を拘束された杉元とおびえるさくら、そして獲物を狙うような目で見つめる鶴見のいる空間でそれはかなり異質な行為だった。さくらが動かないことが分かると鶴見はその手を離し、団子で机に文字を書き始めた。
「ふじみ・・・ふじみ。」
一瞬、杉元の目が小さく開かれた。
「川岸で瀕死の部下がみつかり、指で文字を書いた。」
やはり、あのときの人は鶴見の部下だったのだ。・・・これはまずい人と関わってしまった。もし、私と杉元との関わりが知られれば、私もあらゆる手を使って探られてしまうかもしれない。
「ごちそうさま。出口は向こうかな。・・・日向さんだっけ?あんたもそろそろお暇するかい?」
「・・・ええ。そうですね。」
「尾形上等兵をやったのはお前だな?不死身の杉元。」
「座れ。」
月島さんが三人分の湯飲みを用意して机においた。その言葉には杉元だけでなくさくらも含まれていることは、明白だった。
「一度だけ「不死身の杉元」を旅順でみかけた。少し遠かったが・・・鬼神のごとき壮烈な戦いぶりに目を奪われた。あのときみたのはお前だ。そば屋の大立ち回りをみてピンときた。」
「俺は第2師団だ。旅順には行ってない。やっぱり人違いだったみたいだな。」
冷静に返す杉元の返答など気にもとめず、鶴見は言葉を続けた。
「なぜ尾形上等兵は不死身の杉元に接触したのか・・・それはお前が金塊のありかを示した入れ墨の暗号を持っていたからだ。・・・と、ここまで話がつながることを恐れて我々から逃げようとした。・・・刺青人皮を持っているのだろう?」
鶴見の話はさくらにとって、初めて聞く話であったが、その金塊につながる刺青ニンピというものを奪い合って、あのようなことが起こったのだと合点がいった。
「しかし、ひとつ分からんのだ。・・・なぜ、日向くんと初対面のフリをするのだ?この女も一枚噛んでいるのか?」
鶴見は食べかけの串をさくらに近づけた。串の鋭い先が頬に当たりそうなところまで近づく。
「用があるのは俺だろ。」
杉元の目が鋭く光った。
「・・・何を言っているかさっぱりだが俺の荷物はもう調べただろう?お前らの大将は頭大丈夫なのか?」
「脳が少し砲弾で吹き飛んでおる。」
そういうと部屋に待機していた他の兵士も杉元と同じく笑い始める。一瞬和やかな雰囲気になるも、鶴見は杉元の頬に団子の串を差し込んだ。
「・・・っす、杉元さん!!」
さくらはとっさに、杉元の名前を呼んでしまった。鶴見はそれに、にやりと笑った。
「たいした男だ。・・・やはりおまえは不死身の杉元だ。」
杉元はまばたき一つせず、鶴見を見つめた。
「だがな、お前がいかに不死身で寿命のロウソクの火が消せぬというのなら、俺がロウソクを頭からボリボリ齧って消してやる。」
鶴見は杉元の眼前に顔を寄せ、今にも鼻を齧ってしまいそうな距離だ。それにも動じないのが不思議なくらいだ。鶴見はさくらの方へ視線を向けた。その瞬間、さくらは大きく肩を震わせた。
「怖がらなくていい。君が素直に話してくれれば、すぐ店へ帰すよ。」
きっと、これも嘘なのだ。
あのときの杉元の表情が脳裏をかすめる。私を手にかけようとしながらも、甘言の吐く、あの瞳と同じだった。
真実をすべて飲み込むような鶴見の底のない瞳に、さくらは絶望した。