白銀の世界で
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深い眠りから覚めたさくらは、ゆっくりと瞼を開けた。先ほど着いたホテルの一室は、落ち着いた色味の照明が柔らかく部屋を照らしている。窓の外を見ると、すでに暗闇で1.2時間は寝てしまっていたのだろう。ほんの少し仮眠をとるつもりが、やはり体は正直だ。日頃の疲れが溜まっていたようだ。深く、長く眠っていたような気さえする。
ふと、部屋の奥からポットの沸騰する音が聞こえた。友人がホテル探索から戻って、飲み物を入れているんだろう。さくらは着たままだったコートを脱ぐと、クローゼットに掛けて音のする方へ向かった。
「佐一くん?」
「あ、さくらさん起きたんだね。だいぶお疲れみたいだから、ノンカフェインのコーヒーにしたけど、よかった?」
「うん、ありがとう。それより、なんで佐一くんがここにいるの?札幌出張は?」
「早く終わったから来ちゃった。」
杉元は、てへ、と効果音がつきそうな表情で可愛らしく言った。このガタイのいい男に可愛いとは何とも似つかわしくない言葉であるが、恋人の手前、大概のことは可愛く思えてしまう。年下というのもあるのだろう。それに、出張を早めに切り上げて来てくれたというのは純粋に嬉しい。ドリップ式のコーヒーを淹れ終わると、2つのカップを持って、杉元がさくらが寝ていたソファに腰を下ろし、ローテーブルにカップを置いた。
「お友達には、ここのもう一室予約したから大丈夫だよ。事情を話したら、さくらさんが寝てる間に変わってくれたんだ。」
「事情?」
杉元の話ぶりに不思議に思っていると、本人は何やら、もじもじと言いにくそうにしている。…何かあっただろうか。まさか、今まで言えなかったことが?年上、しかも会社の先輩という立場で、これまで杉元には我慢させていたことがあっただろう。どんどんネガティブな方へ考えてしまい、さくらの顔に焦りの色が見え始める。杉元はその様子に、はっと気がついた。
「不安にさせてごめんっ…!違うんだ!その、もうすぐ一年記念日だろう?お互い当日は仕事だし、今日だったらと思って。」
そういうと、杉元はスーツのポケットから小さな箱を取り出した。それを受け取り、開くと中央には光り輝くダイヤモンドがあしらわれたシルバーの指輪が入っていた。
「きれい……記念日のプレゼント?」
記念日というには、かなり本格的なブランドのものだ。まるで、婚約指輪のような…。
「記念日っていうか…、結婚記念日にしたいなあって」
顔を赤く染めて頬を恥ずかしそうに掻いて、答える。そして、ちらりとさくらの方を見ると、短く息をはいて、真っ直ぐさくらに体を向けた。今までと違い真剣な表情だ。きり、とした顔もまた凛々しい。そして胸元に、そっと手を当てて、覚悟を決めたのか口を開いた。
「さくらさん、俺と結婚してください。」
飾り気のない真っ直ぐな言葉がさくらの胸に響いた。初めて会ったときから、杉元はこうだった。仕事では、何にでも全力で真っ直ぐで、それと同じくさくらへのアプローチも、真っ直ぐ好意を向けていた。付き合ってからは愛情深く、温かい人柄で、さらに愛おしさが募った。この人とならきっと…。
「はい、お願いします。」
さくらは笑顔で杉元に応えた。それを見ると杉元は目尻を潤ませて、抱きついた。
「さくらさん…!」
「なんで佐一くんが泣いてるのよ。」
仕方ないなあ、と背中をポンポンとたたいてやる。すると、肩口で、ぐずくず音をさせて杉元がさらにキツく抱きしめた。
「絶対幸せにする。爺さんになってもずっとずっと一緒にいる…!」
「お婆さんになっても仲良し夫婦でいようね。」
「もちろん…!」
元気に答えた杉元が、抱きしめた手を緩めて、さくらの顔を覗き込むように近づいた。鼻先が触れ合う距離で見つめ合う。杉元の形のいい唇がさくらのものと重なった。
「今からもっと『仲良く』していい?」
杉元の手がさくらの体のラインをなぞるように動いた。それに思わず息が洩れる。杉元の太い首に腕を回して了承の口付けを落とすと、体を横抱きの体勢でふわり、と持ち上げられた。そのままベッドに傾れ込む。先ほどの純粋な少年のような瞳が、ギラギラと雄の色に変わる。そのギャップにぞくり、と背筋に言いようのない感覚が走る。開いた口元から犬歯がちらりと見える。そこから厚い舌が伸ばされ、さくらの口内に入り込んだ。熱くて、全てを食い尽くすような口付け。それだけで頭がふわふわしてくる。
「さくらさん、キスだけで…可愛い。」
小さく笑う吐息さえ色っぽく感じられる。
互いに服を脱がせ合い、肌と肌を触れ合わせる。鍛えられた体には無数の傷跡が残っている。学生時代、柔道でついたあざや、体格がいい故に喧嘩に巻き込まれた擦過傷の跡が残っている。それをゆっくり指でなぞっていく。下に向かっていくと、触れた下腹部がぴくりと動き、杉元の口から吐息がもれた。
「っ…さくらさん」
「なあに?触っちゃダメ?」
分かりきった返答が来るのをあえて問うた。杉元が困ったように眉をひそめ、自身から離れていこうとするさくらの手を掴んだ。
「もっと…ねえ、お願い。」
甘えたような仕草で体を擦り付けてくる。その中心では硬いものが熱を帯びて、さくらの手に触れた。それに優しく触れると、ぴくりと杉元の体が揺れた。望むように触れていくと杉元の息が上がってくる。上擦った声がさくら自身をも熱くさせる。寸前のところで、杉元が制し、「お返し、ね」と言ってさくらの柔らかな太ももに顔を埋めた。敏感な部分を舌で弾かれると、それに合わせて次はさくらの下腹部がぴくりと反応した。
「可愛い、さくらさん…」
杉元の舌が敏感な部分を内から外から刺激していく。その動きに合わせて声が漏れると、反応をみて更に攻め立てる。
「もう、…やぁ」
快感でおかしくなる。この感覚から逃げ出したいと首を横に振るが、杉元はがしり、と太腿を掴んで離さない。さくらの白い太腿に杉元の無骨な指が沈み込む。しばらくしてその柔らかな太ももに力が入ると、小さく震えた。
「可愛い…」と、杉元はさくらの額に口付けを落とした。髪に隠れていた星のようなアザがのぞく。さくらも杉元の額、右にある星のようなアザに口付けを落とした。これが二人の合図のようなものだ。それをきっかけに杉元の熱いものがさくらの中に分け入ってくる。互いに小さく息を吐く。そして、息がかかるほど近くで見つめ合うように愛を囁く。
「さくらさん、愛してるよ」
いつもより甘い表情で杉元が髪を優しく撫でた。まるで宝物に触れるかのように滑る指先が自身への愛をより感じさせる。
「私も愛してる、佐一くん」
杉元の額のアザから髪の流れに沿って梳くように撫でた。このお揃いのアザが二人を繋いでくれた。愛しい彼が更に幸せそうに笑顔を深めた。
ああ…、なんて幸せなんだろう。
もう離れる必要など何もない。
……離れる?
付き合ってから別れ話をしたこともないのに。
さくらは自分の頭に浮かんだ言葉に疑問を抱いた。しかし、深く考える前に、杉元からもたらされる快感の渦に飲み込まれてしまった。杉元の熱い吐息と荒々しい口付け、そして体中を満たす杉元の熱に浮かされ、それ以外、何も考えられなかった。ただ杉元の動きに合わせて艶やかな声を上げるだけで、後のことなど何も考えられなくなってしまった。
そうして何度も求められるうちにさくらの方が根をあげ、シャワーで互いに綺麗にしたところでベッドに横になった。もう夕食の時間は当に過ぎている。ルームサービスを頼もうと、二人でメニューを眺めて、適当に数品を選ぶと、オーダーをした。あとは出来上がりを待つだけだ。二人は備え付けのナイトウェアに身を包んで、仲良くベッドで寝転がっている。もう腰がたたないと言うさくらの腰回りを、杉元は優しく撫でて温めてやる。自分ががっつくためにさくらに負担を負わせていると、終わってから反省するのだが、始まってしまえばタガが外れたように求めてしまう。
…明治では遂げられなかった想いが、こうして叶えられていると思うと、どうしても我慢が効かなくなってしまう。あの時よりも、感情を表に出して時折甘えるところもある。杉元は新たにさくらのことを知る度に、思いが大きくなっていると感じていた。
現代のさくらには明治の記憶はない。致命傷である額の銃創にも、彼女が見たであろう杉元の額の銃創にも反応がないのが、その証拠だ。あの尾形に付けられたお揃いというのが不満だが、現代はこれでさくらと近づくことができた。
杉元の歓迎会でのことだ。額のアザを「撃たれた?元ヤのつく人?」だとか揶揄われることは今まで何度かあった。ここでも、そういう先輩がいたというだけだ。適当に話を合わせて切り上げればいい。そう思った矢先に隣から勢いよくその先輩のネクタイを引っ張る美人がいた。「私も実は同じところにあるのよ、撃たれた跡。」
そう言って化粧で隠していた額をおしぼりで拭き取るとアザが浮かび上がった。
「あんた、それが本当なら二人も喧嘩吹っかけて表歩けると思ってんの?」
白石に競馬場で啖呵を切った時のようだった。いや、同僚だからなのかもっと鋭いかもしれない…。縮み上がる同僚の様子を確認すると、さくらはネクタイから手を離した。
「これは生まれつき。嘘よ嘘。でも、人の体のことでネタにしようとするのはよくないと思うわ。せっかくの歓迎会だもの、杉元くんが楽しめる会にしましょうよ。」
そうして、ふわりと笑うとその美しさに押されて男も女も頷いてしまうのだ。芯の強い女性だと思っていたが、それ以上に自然と人を頷かせてしまう迫力のある雰囲気に驚かされた。明治では随分と自分を押し殺していたのか。それともあの厳しい経験が彼女を変えてしまったのか。今を生き生きと過ごしているさくらを見る度、あの頃、彼女のために行動できていたのだろうかと自問自答する。
たまに見せる笑顔が好きだった。大切な宝物みたいで、心が温かくなったのを覚えている。…今は、ころころと表情を変えて人々を魅了している。強い光を放つ宝石のように、さくらは無意識に人を虜にしているのだ。杉元もその一人だ。ただ、杉元の行動は早かった。真っ直ぐに好意をぶつけて、さくらの心を掴んだ。そうして、今さくらの隣にいることができる。
杉元にマッサージしてもらいながら、さくらは嬉しそうに指にはめた指輪を眺めている。きらきらと周囲の光を集めて輝くダイヤモンドの光がさくらの瞳の中で反射し、同じように輝いている。その綺麗な瞳がこちらを見た。
「佐一くん、サイズぴったりだよ。すごいね」
「実はさくらさんが寝てる時にこっそり測ったの。」
「ええ、全然気が付かなかった。佐一くんと寝てると、眠りが深くなるんだよね。なんだろ、安心するのかな?」
「もう…!可愛いなあ!」
こてん、と首を傾げるのが愛らしく、杉元はさくらに抱きついた。ベッドで二人寝転がって抱きしめ合う。
「さっきの佐一くんも可愛かったよ?緊張しながら『結婚してください』って一生懸命な感じが。」
「さくらさん、俺、結構かっこよく決まったと思ったんだけどな。」
「もちろん佐一くんはかっこいいし素敵よ。それに加えて一生懸命なところが私には可愛く思えて、きゅんてするの。ほら、言う前に胸に手を当てて落ち着こうとしてる時なんか、可愛くて抱きしめたくなっちゃった」
でも大事な場面だから、我慢したの。とさくらは嬉しそうに笑いかけた。
胸元…スーツの内ポケットには杉元が肌身離さず大切にしているものが仕舞われている。モノクロの写真の中で微笑む愛しい人の姿が。
ふと、部屋の奥からポットの沸騰する音が聞こえた。友人がホテル探索から戻って、飲み物を入れているんだろう。さくらは着たままだったコートを脱ぐと、クローゼットに掛けて音のする方へ向かった。
「佐一くん?」
「あ、さくらさん起きたんだね。だいぶお疲れみたいだから、ノンカフェインのコーヒーにしたけど、よかった?」
「うん、ありがとう。それより、なんで佐一くんがここにいるの?札幌出張は?」
「早く終わったから来ちゃった。」
杉元は、てへ、と効果音がつきそうな表情で可愛らしく言った。このガタイのいい男に可愛いとは何とも似つかわしくない言葉であるが、恋人の手前、大概のことは可愛く思えてしまう。年下というのもあるのだろう。それに、出張を早めに切り上げて来てくれたというのは純粋に嬉しい。ドリップ式のコーヒーを淹れ終わると、2つのカップを持って、杉元がさくらが寝ていたソファに腰を下ろし、ローテーブルにカップを置いた。
「お友達には、ここのもう一室予約したから大丈夫だよ。事情を話したら、さくらさんが寝てる間に変わってくれたんだ。」
「事情?」
杉元の話ぶりに不思議に思っていると、本人は何やら、もじもじと言いにくそうにしている。…何かあっただろうか。まさか、今まで言えなかったことが?年上、しかも会社の先輩という立場で、これまで杉元には我慢させていたことがあっただろう。どんどんネガティブな方へ考えてしまい、さくらの顔に焦りの色が見え始める。杉元はその様子に、はっと気がついた。
「不安にさせてごめんっ…!違うんだ!その、もうすぐ一年記念日だろう?お互い当日は仕事だし、今日だったらと思って。」
そういうと、杉元はスーツのポケットから小さな箱を取り出した。それを受け取り、開くと中央には光り輝くダイヤモンドがあしらわれたシルバーの指輪が入っていた。
「きれい……記念日のプレゼント?」
記念日というには、かなり本格的なブランドのものだ。まるで、婚約指輪のような…。
「記念日っていうか…、結婚記念日にしたいなあって」
顔を赤く染めて頬を恥ずかしそうに掻いて、答える。そして、ちらりとさくらの方を見ると、短く息をはいて、真っ直ぐさくらに体を向けた。今までと違い真剣な表情だ。きり、とした顔もまた凛々しい。そして胸元に、そっと手を当てて、覚悟を決めたのか口を開いた。
「さくらさん、俺と結婚してください。」
飾り気のない真っ直ぐな言葉がさくらの胸に響いた。初めて会ったときから、杉元はこうだった。仕事では、何にでも全力で真っ直ぐで、それと同じくさくらへのアプローチも、真っ直ぐ好意を向けていた。付き合ってからは愛情深く、温かい人柄で、さらに愛おしさが募った。この人とならきっと…。
「はい、お願いします。」
さくらは笑顔で杉元に応えた。それを見ると杉元は目尻を潤ませて、抱きついた。
「さくらさん…!」
「なんで佐一くんが泣いてるのよ。」
仕方ないなあ、と背中をポンポンとたたいてやる。すると、肩口で、ぐずくず音をさせて杉元がさらにキツく抱きしめた。
「絶対幸せにする。爺さんになってもずっとずっと一緒にいる…!」
「お婆さんになっても仲良し夫婦でいようね。」
「もちろん…!」
元気に答えた杉元が、抱きしめた手を緩めて、さくらの顔を覗き込むように近づいた。鼻先が触れ合う距離で見つめ合う。杉元の形のいい唇がさくらのものと重なった。
「今からもっと『仲良く』していい?」
杉元の手がさくらの体のラインをなぞるように動いた。それに思わず息が洩れる。杉元の太い首に腕を回して了承の口付けを落とすと、体を横抱きの体勢でふわり、と持ち上げられた。そのままベッドに傾れ込む。先ほどの純粋な少年のような瞳が、ギラギラと雄の色に変わる。そのギャップにぞくり、と背筋に言いようのない感覚が走る。開いた口元から犬歯がちらりと見える。そこから厚い舌が伸ばされ、さくらの口内に入り込んだ。熱くて、全てを食い尽くすような口付け。それだけで頭がふわふわしてくる。
「さくらさん、キスだけで…可愛い。」
小さく笑う吐息さえ色っぽく感じられる。
互いに服を脱がせ合い、肌と肌を触れ合わせる。鍛えられた体には無数の傷跡が残っている。学生時代、柔道でついたあざや、体格がいい故に喧嘩に巻き込まれた擦過傷の跡が残っている。それをゆっくり指でなぞっていく。下に向かっていくと、触れた下腹部がぴくりと動き、杉元の口から吐息がもれた。
「っ…さくらさん」
「なあに?触っちゃダメ?」
分かりきった返答が来るのをあえて問うた。杉元が困ったように眉をひそめ、自身から離れていこうとするさくらの手を掴んだ。
「もっと…ねえ、お願い。」
甘えたような仕草で体を擦り付けてくる。その中心では硬いものが熱を帯びて、さくらの手に触れた。それに優しく触れると、ぴくりと杉元の体が揺れた。望むように触れていくと杉元の息が上がってくる。上擦った声がさくら自身をも熱くさせる。寸前のところで、杉元が制し、「お返し、ね」と言ってさくらの柔らかな太ももに顔を埋めた。敏感な部分を舌で弾かれると、それに合わせて次はさくらの下腹部がぴくりと反応した。
「可愛い、さくらさん…」
杉元の舌が敏感な部分を内から外から刺激していく。その動きに合わせて声が漏れると、反応をみて更に攻め立てる。
「もう、…やぁ」
快感でおかしくなる。この感覚から逃げ出したいと首を横に振るが、杉元はがしり、と太腿を掴んで離さない。さくらの白い太腿に杉元の無骨な指が沈み込む。しばらくしてその柔らかな太ももに力が入ると、小さく震えた。
「可愛い…」と、杉元はさくらの額に口付けを落とした。髪に隠れていた星のようなアザがのぞく。さくらも杉元の額、右にある星のようなアザに口付けを落とした。これが二人の合図のようなものだ。それをきっかけに杉元の熱いものがさくらの中に分け入ってくる。互いに小さく息を吐く。そして、息がかかるほど近くで見つめ合うように愛を囁く。
「さくらさん、愛してるよ」
いつもより甘い表情で杉元が髪を優しく撫でた。まるで宝物に触れるかのように滑る指先が自身への愛をより感じさせる。
「私も愛してる、佐一くん」
杉元の額のアザから髪の流れに沿って梳くように撫でた。このお揃いのアザが二人を繋いでくれた。愛しい彼が更に幸せそうに笑顔を深めた。
ああ…、なんて幸せなんだろう。
もう離れる必要など何もない。
……離れる?
付き合ってから別れ話をしたこともないのに。
さくらは自分の頭に浮かんだ言葉に疑問を抱いた。しかし、深く考える前に、杉元からもたらされる快感の渦に飲み込まれてしまった。杉元の熱い吐息と荒々しい口付け、そして体中を満たす杉元の熱に浮かされ、それ以外、何も考えられなかった。ただ杉元の動きに合わせて艶やかな声を上げるだけで、後のことなど何も考えられなくなってしまった。
そうして何度も求められるうちにさくらの方が根をあげ、シャワーで互いに綺麗にしたところでベッドに横になった。もう夕食の時間は当に過ぎている。ルームサービスを頼もうと、二人でメニューを眺めて、適当に数品を選ぶと、オーダーをした。あとは出来上がりを待つだけだ。二人は備え付けのナイトウェアに身を包んで、仲良くベッドで寝転がっている。もう腰がたたないと言うさくらの腰回りを、杉元は優しく撫でて温めてやる。自分ががっつくためにさくらに負担を負わせていると、終わってから反省するのだが、始まってしまえばタガが外れたように求めてしまう。
…明治では遂げられなかった想いが、こうして叶えられていると思うと、どうしても我慢が効かなくなってしまう。あの時よりも、感情を表に出して時折甘えるところもある。杉元は新たにさくらのことを知る度に、思いが大きくなっていると感じていた。
現代のさくらには明治の記憶はない。致命傷である額の銃創にも、彼女が見たであろう杉元の額の銃創にも反応がないのが、その証拠だ。あの尾形に付けられたお揃いというのが不満だが、現代はこれでさくらと近づくことができた。
杉元の歓迎会でのことだ。額のアザを「撃たれた?元ヤのつく人?」だとか揶揄われることは今まで何度かあった。ここでも、そういう先輩がいたというだけだ。適当に話を合わせて切り上げればいい。そう思った矢先に隣から勢いよくその先輩のネクタイを引っ張る美人がいた。「私も実は同じところにあるのよ、撃たれた跡。」
そう言って化粧で隠していた額をおしぼりで拭き取るとアザが浮かび上がった。
「あんた、それが本当なら二人も喧嘩吹っかけて表歩けると思ってんの?」
白石に競馬場で啖呵を切った時のようだった。いや、同僚だからなのかもっと鋭いかもしれない…。縮み上がる同僚の様子を確認すると、さくらはネクタイから手を離した。
「これは生まれつき。嘘よ嘘。でも、人の体のことでネタにしようとするのはよくないと思うわ。せっかくの歓迎会だもの、杉元くんが楽しめる会にしましょうよ。」
そうして、ふわりと笑うとその美しさに押されて男も女も頷いてしまうのだ。芯の強い女性だと思っていたが、それ以上に自然と人を頷かせてしまう迫力のある雰囲気に驚かされた。明治では随分と自分を押し殺していたのか。それともあの厳しい経験が彼女を変えてしまったのか。今を生き生きと過ごしているさくらを見る度、あの頃、彼女のために行動できていたのだろうかと自問自答する。
たまに見せる笑顔が好きだった。大切な宝物みたいで、心が温かくなったのを覚えている。…今は、ころころと表情を変えて人々を魅了している。強い光を放つ宝石のように、さくらは無意識に人を虜にしているのだ。杉元もその一人だ。ただ、杉元の行動は早かった。真っ直ぐに好意をぶつけて、さくらの心を掴んだ。そうして、今さくらの隣にいることができる。
杉元にマッサージしてもらいながら、さくらは嬉しそうに指にはめた指輪を眺めている。きらきらと周囲の光を集めて輝くダイヤモンドの光がさくらの瞳の中で反射し、同じように輝いている。その綺麗な瞳がこちらを見た。
「佐一くん、サイズぴったりだよ。すごいね」
「実はさくらさんが寝てる時にこっそり測ったの。」
「ええ、全然気が付かなかった。佐一くんと寝てると、眠りが深くなるんだよね。なんだろ、安心するのかな?」
「もう…!可愛いなあ!」
こてん、と首を傾げるのが愛らしく、杉元はさくらに抱きついた。ベッドで二人寝転がって抱きしめ合う。
「さっきの佐一くんも可愛かったよ?緊張しながら『結婚してください』って一生懸命な感じが。」
「さくらさん、俺、結構かっこよく決まったと思ったんだけどな。」
「もちろん佐一くんはかっこいいし素敵よ。それに加えて一生懸命なところが私には可愛く思えて、きゅんてするの。ほら、言う前に胸に手を当てて落ち着こうとしてる時なんか、可愛くて抱きしめたくなっちゃった」
でも大事な場面だから、我慢したの。とさくらは嬉しそうに笑いかけた。
胸元…スーツの内ポケットには杉元が肌身離さず大切にしているものが仕舞われている。モノクロの写真の中で微笑む愛しい人の姿が。