白銀の世界で
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その後の働き口は何とか見つけることができた。
小樽で営まれている反物屋での仕事だった。仕事内容はお茶出しや店先でのお見送りといった業務だ。接客は学生の頃から経験もあり、さほど苦になるものではなかった。素性の知れない私を迎えてくれたのは、この店の主だった。最近、店では洋風の着物を扱っているため、洋服を着こなしている私のような店員がほしかったのだと言って迎えてくれた。その理由はきっと半分で、事情も聞かずに迎えてくれる心根の優しさに胸がいっぱいになった。この恩に報いるためにも、店の評判にかかわる表での仕事を任せてもらえるのだから、身を引き締めなくては。
店で働くようになって、お客様から来ているものをめずらしそうに見られるようになった。この時代に洋服を着て接客をする女は珍しいのだろう。そういえば、大正ではモガなんて言葉もあって、女性の洋服姿にあこがれがあった。この時代の女性はまだまだ着物だ。よけいに珍しいのだろう。ここで購入できるか、問われることもあり、これは購入できませんが、こちらは・・・、といって洋服の売り場に案内することが何度かあった。それに目をつけて女将は軽装の洋服を作れないかと考え始めるのも、もうすぐだろう。私と客のやりとりをみつめる女将の目がぎらぎらと野心に光っているのはここ二日くらいで感じる。
「さくらちゃん。こっちにお茶をお願い。」
「はい、ただ今お持ちいたします。」
お客様の履き物を整えているところで、女将さんから声がかかった。そちらの方へ目を向けると軍服の後ろ姿であった。一瞬、杉本を思い出し、身を縮ませるも、よく見れば背丈や軍帽のないところから別人であると気を取り直し、お茶の準備に裏へ回った。
水場で湯の準備をする。まだ、店先に従業員は出払っており、私だけだ。客用の湯呑みとお茶請けを用意する。一口大の砂糖菓子であるが、甘すぎず、口の中で溶けるのが絶品の菓子だ。初めて店に来た日に一通り仕事を覚える中で、いただいた。あのとき、高級な砂糖は甘みがふわりと広がり、癖がないのだと知った。それを懐紙に並べているときであった。背後から小さな物音がした。振り返ると見知らぬ男が勝手口から入ってきたところだった。
「・・・・なあんだ、まだ人がいたのか。」
坊主頭をかきながら、ばつが悪そうに男は言った。店の関係者だろうか。
「あの、なにかご用でしょうか。」
さくらの問いに答えることなく男は勝手知ったるように、お客様用の菓子をあさりはじめる。
「そういや、君、見ない顔だね。名前なんて言うの?」
「日向 さくらと言います。」
「俺は白石由竹!たまにここお邪魔させてもらってるんだ-。よろしくね。」
と、両手で撃つようなポーズでウインクを決めてきた。調子のいい人なのだな、と察し、「よろしくお願いします。」と声をかけ、「白石さん。私、お客様をお待たせしているので、これで失礼しますね。」と待たせているお客様の方へ向かった。
お客様の方へ向かうところで女将に「遅かったね。どうしたんだい?」と声がかかった。火の扱いがうまくないのは初日で知られているので、それを心配してくれているようだ。
「白石さん、という方が見えまして・・・。」
と、聞くやいなや、女将は見たこともないきつい顔をした。
「あの男、また勝手に盗み食いしにきたね・・・!」と、裏へと向かっていた。どうやら、招かれざる客だったらしい。
心の中で女将に謝罪しつつ、待たせてしまった客の方へ向かった。
その人は手元にシャツを数点と背広を並べて見ているところであった。額当てをつけている様子に驚いたが、接客中にそのような態度をみせることはなく、いつも通りに、客の膝近くにお茶と菓子を用意した。
「お待たせいたしました。こちら、お茶請けに和三盆ご用意いたしました。」
「ありがとう。頂こう。」
その人の声が甘く低く響いた。見た目での驚きは隠せたものの、予想外にいい声で会釈をするので反応するのがいっぱいいっぱいになってしまった。
「さくらちゃん、緊張してるのかい?」
裏口から戻ってきた女将が隣に座った。
「・・・ええ、軍人さんとお話しする機会はなかったもので。」
「北鎮部隊の中尉様をお目見えできるなんてうちくらいよ。鶴見さんにはいつもうちをご贔屓にして頂いて。ありがとうございます。」
どうやら、この人の接客の担当は女将がしているらしい。中尉というのがどのような地位か詳しくはないが、女将の対応からしてかなりいい身分の方なのだろう。
「洋装の取り扱いがいいからね。この子が着ているものは珍しいね。向こうでも見たことがないような造りだ。」
さくらを上から下まで眺める目にいたたまれなくなる。何かを探るような目だ。杉元のときと似たような視線に緊張するも、笑顔で対応する。
「ゆくゆくは、こういう軽装も売り出そうと思っていましてね。」
「なるほど。これはきっと売れるだろう。女性も働きやすい服装が今後は必要になってくるからね。」
鶴見は、女将との会話を交わしながらも目線はさくらに向けたままだった。見透かされるような瞳に、さくらの視線は自然と下を向いた。
女将と鶴見さんは背広の色やシャツの形を見比べながら話を続けた。その話を横で聞きながらも居心地の悪さを感じ、さくらは話の切れ目を見つけると自然さを装い、その場を後にした。
物腰の柔らかさ、受け答えの仕方は紳士そのものなのに、ぬぐいきれぬ不安はなんだろうか。見た目ではなく、内から感じられる言いようのない感覚にさくら自身も不思議に思う。
杉元の件で過敏になりすぎているのかもしれない。
そう思うより他にない。彼がしたことはさくらの中で初めて経験した本当の恐怖だった。違う人とはいえ、軍人という職業に恐怖を感じていないといえば嘘になる。これから克服していかなければ。小樽にはときどき軍人の姿を目にすることがある。その度におびえていては生活に支障がでてしまう。
ふたたび土間でお客様の履き物を整理し始めた。そろそろあの鶴見さんも帰られる頃だ。上等なブーツのほこりを払って準備しておく。それから、他の接客の手伝いに回ったりと忙しくしているうちに、女将がのれんに手を掛け、鶴見さんを見送っているところが目に入った。そこで鶴見さんがなにやら女将さんに耳打ちしていた。
「さくらちゃん」
そういって目が合った女将が呼びかける。
女将さんに呼ばれ、さくらは再び二人の前へ行く。何か用事だろうか。
「さくらちゃん、ちょっと鶴見さんのお付きをしてちょうだいな。」
予想外の言葉に「え?」と言葉に詰まった。鶴見さんは愉快そうにその様子を見ていた。
小樽で営まれている反物屋での仕事だった。仕事内容はお茶出しや店先でのお見送りといった業務だ。接客は学生の頃から経験もあり、さほど苦になるものではなかった。素性の知れない私を迎えてくれたのは、この店の主だった。最近、店では洋風の着物を扱っているため、洋服を着こなしている私のような店員がほしかったのだと言って迎えてくれた。その理由はきっと半分で、事情も聞かずに迎えてくれる心根の優しさに胸がいっぱいになった。この恩に報いるためにも、店の評判にかかわる表での仕事を任せてもらえるのだから、身を引き締めなくては。
店で働くようになって、お客様から来ているものをめずらしそうに見られるようになった。この時代に洋服を着て接客をする女は珍しいのだろう。そういえば、大正ではモガなんて言葉もあって、女性の洋服姿にあこがれがあった。この時代の女性はまだまだ着物だ。よけいに珍しいのだろう。ここで購入できるか、問われることもあり、これは購入できませんが、こちらは・・・、といって洋服の売り場に案内することが何度かあった。それに目をつけて女将は軽装の洋服を作れないかと考え始めるのも、もうすぐだろう。私と客のやりとりをみつめる女将の目がぎらぎらと野心に光っているのはここ二日くらいで感じる。
「さくらちゃん。こっちにお茶をお願い。」
「はい、ただ今お持ちいたします。」
お客様の履き物を整えているところで、女将さんから声がかかった。そちらの方へ目を向けると軍服の後ろ姿であった。一瞬、杉本を思い出し、身を縮ませるも、よく見れば背丈や軍帽のないところから別人であると気を取り直し、お茶の準備に裏へ回った。
水場で湯の準備をする。まだ、店先に従業員は出払っており、私だけだ。客用の湯呑みとお茶請けを用意する。一口大の砂糖菓子であるが、甘すぎず、口の中で溶けるのが絶品の菓子だ。初めて店に来た日に一通り仕事を覚える中で、いただいた。あのとき、高級な砂糖は甘みがふわりと広がり、癖がないのだと知った。それを懐紙に並べているときであった。背後から小さな物音がした。振り返ると見知らぬ男が勝手口から入ってきたところだった。
「・・・・なあんだ、まだ人がいたのか。」
坊主頭をかきながら、ばつが悪そうに男は言った。店の関係者だろうか。
「あの、なにかご用でしょうか。」
さくらの問いに答えることなく男は勝手知ったるように、お客様用の菓子をあさりはじめる。
「そういや、君、見ない顔だね。名前なんて言うの?」
「日向 さくらと言います。」
「俺は白石由竹!たまにここお邪魔させてもらってるんだ-。よろしくね。」
と、両手で撃つようなポーズでウインクを決めてきた。調子のいい人なのだな、と察し、「よろしくお願いします。」と声をかけ、「白石さん。私、お客様をお待たせしているので、これで失礼しますね。」と待たせているお客様の方へ向かった。
お客様の方へ向かうところで女将に「遅かったね。どうしたんだい?」と声がかかった。火の扱いがうまくないのは初日で知られているので、それを心配してくれているようだ。
「白石さん、という方が見えまして・・・。」
と、聞くやいなや、女将は見たこともないきつい顔をした。
「あの男、また勝手に盗み食いしにきたね・・・!」と、裏へと向かっていた。どうやら、招かれざる客だったらしい。
心の中で女将に謝罪しつつ、待たせてしまった客の方へ向かった。
その人は手元にシャツを数点と背広を並べて見ているところであった。額当てをつけている様子に驚いたが、接客中にそのような態度をみせることはなく、いつも通りに、客の膝近くにお茶と菓子を用意した。
「お待たせいたしました。こちら、お茶請けに和三盆ご用意いたしました。」
「ありがとう。頂こう。」
その人の声が甘く低く響いた。見た目での驚きは隠せたものの、予想外にいい声で会釈をするので反応するのがいっぱいいっぱいになってしまった。
「さくらちゃん、緊張してるのかい?」
裏口から戻ってきた女将が隣に座った。
「・・・ええ、軍人さんとお話しする機会はなかったもので。」
「北鎮部隊の中尉様をお目見えできるなんてうちくらいよ。鶴見さんにはいつもうちをご贔屓にして頂いて。ありがとうございます。」
どうやら、この人の接客の担当は女将がしているらしい。中尉というのがどのような地位か詳しくはないが、女将の対応からしてかなりいい身分の方なのだろう。
「洋装の取り扱いがいいからね。この子が着ているものは珍しいね。向こうでも見たことがないような造りだ。」
さくらを上から下まで眺める目にいたたまれなくなる。何かを探るような目だ。杉元のときと似たような視線に緊張するも、笑顔で対応する。
「ゆくゆくは、こういう軽装も売り出そうと思っていましてね。」
「なるほど。これはきっと売れるだろう。女性も働きやすい服装が今後は必要になってくるからね。」
鶴見は、女将との会話を交わしながらも目線はさくらに向けたままだった。見透かされるような瞳に、さくらの視線は自然と下を向いた。
女将と鶴見さんは背広の色やシャツの形を見比べながら話を続けた。その話を横で聞きながらも居心地の悪さを感じ、さくらは話の切れ目を見つけると自然さを装い、その場を後にした。
物腰の柔らかさ、受け答えの仕方は紳士そのものなのに、ぬぐいきれぬ不安はなんだろうか。見た目ではなく、内から感じられる言いようのない感覚にさくら自身も不思議に思う。
杉元の件で過敏になりすぎているのかもしれない。
そう思うより他にない。彼がしたことはさくらの中で初めて経験した本当の恐怖だった。違う人とはいえ、軍人という職業に恐怖を感じていないといえば嘘になる。これから克服していかなければ。小樽にはときどき軍人の姿を目にすることがある。その度におびえていては生活に支障がでてしまう。
ふたたび土間でお客様の履き物を整理し始めた。そろそろあの鶴見さんも帰られる頃だ。上等なブーツのほこりを払って準備しておく。それから、他の接客の手伝いに回ったりと忙しくしているうちに、女将がのれんに手を掛け、鶴見さんを見送っているところが目に入った。そこで鶴見さんがなにやら女将さんに耳打ちしていた。
「さくらちゃん」
そういって目が合った女将が呼びかける。
女将さんに呼ばれ、さくらは再び二人の前へ行く。何か用事だろうか。
「さくらちゃん、ちょっと鶴見さんのお付きをしてちょうだいな。」
予想外の言葉に「え?」と言葉に詰まった。鶴見さんは愉快そうにその様子を見ていた。