白銀の世界で
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いよいよ決行の夜。
月のない暗闇で、それぞれ配置につき、その時を待っている。実働部隊として、舎房に潜入するのはアシリパ、白石、杉元。門倉の宿舎で牛山、土方は待機。尾形は山で隠れて狙撃の援護。谷垣、夏太郎は川岸に用意した舟で待機し、さくらも同じく舟で待機、逃走の際の援護に加わる。そのほかの者はコタンで待機、ということとなった。
谷垣、夏太郎、さくらは人気のない川岸で立っている。真っ黒な川面がゆらゆら揺れている。それに合わせて丸太舟が2艘、互いにぶつかり合う鈍い音がしているのを、ぼうっと眺めた。静かな夜だ。時折り風が強く吹く。この音が、白石たちの侵入の手助けになってくれるだろう。そして、このまま何事もなく、皆が戻ってくれば成功だ。
しばらくすると警鐘が響き渡った。
「おいおい…どうする?」
夏太郎は及び腰だ。
「どうするも何もここで待機するしか…」
戦闘経験のある谷垣は比較的落ち着いており、周りの様子を伺っている。すると、川岸から小さな灯りが近づいてくるのが分かった。
「インカラマッ!?どうしてここに?村で待機しているはずじゃ…」
「谷垣ニシパ、今すぐここから逃げてください。ここにいたら、あなたが巻き込まれてしまう!」
焦るインカラマッの背後に、ぼうっと灯りが道のように灯っていく。
「谷垣ニシパから小樽への偽名の電報が届くと私は彼らに教えていました。」
「インカラマッ……お前…なにを」
どおおん!!!と、網走監獄に続く橋が爆破された。その爆音の向こうから水を掻き分け進む何かの音が近づいてくる。暗闇の中、何か大きなものが川に浮かび上がってきた。走行音は間だ遠い。しかし、距離は離れているはずの駆逐艦は両岸に当たるかというほど大きな船体を有している。
「駆逐艦だ!!」
「うわぁ…」
あまりの迫力に夏太郎は小さく声を上げた。
辺り一帯で警鐘が鳴り響く。
「今日までずっと…鶴見中尉と内通していたということか?インカラマッ!」
ショックを受ける谷垣をよそにインカラマッは冷静に答えた。
「杉元さんたちは失敗しました。こうなった今、のっぺらぼうとアシリパちゃんを無事ここから連れ出せるのは鶴見中尉だけです。」
「でも、そしたらアイヌの金塊は第七師団に渡るが…お前はそれでいいのか?」
「金塊なんて誰が手に入れようが、私にも谷垣ニシパにも関係のない話でしょう?」
インカラマッはそう言い切った。
さくらの腹の底から怒りが沸々と湧いた。これまでの彼らの旅を、全てを踏み躙るような行為を、平気な顔で裏でしていたのだ。アシリパのためといいながら、仲間を売って助かろうとしていることに、怒りで全身が逆立つ。
さくらが谷垣を押し除け、インカラマッの胸ぐらを掴んだ。
「アシリパさんを売ったんですね…。あの鶴見がのっぺらぼうとアシリパさんを確保して無事にコタンへ帰してくれるとでも思っているんですか?!」
鶴見が無事に帰すはずがない。情報を聞いても金塊が手元に渡ってこない限りはアシリパを離さないだろう。そして、情報が聞き出せれば、後のことなど頓着するはずもない。自然を愛し広い森で生きてきた少女を、狭い独房に閉じ込めたとして、あの男に罪悪感など微塵も湧かない。
「一番邪魔な杉元さんは、見つかり次第、真っ先に殺される。それも含めてあなたは鶴見を頼みの綱にするんですか?!」
「…アシリパちゃんを金塊争奪戦から抜け出させるには、こうするしか」
さくらの視線から逃れるようにインカラマッは目を逸らした。それを、さらにキツく胸ぐらを引き寄せて、無理矢理こちらに顔を向けさせる。
「何かあったら絶対に許さない」
死神のような男に仲間を差し出したのだ。奥歯をかみしめ、睨み付ける。
「おい…川下からデカいのがくるぜ。」
夏太郎が言い争う二人と谷垣の視線をそちらに向けさせた。先ほどの駆逐艦が距離を縮め、多くの影が船体を埋め尽くし、船には大きな煙突から黒い煙が立ち上っている。暗闇の中、大きな船体が低い走行音を鳴らし、不気味さを更に増している。そこで、ガチャリ、と金属のぶつかり合うような音が聞こえた。何をするのか、谷垣には瞬時に判断がついた。
「トンネルへ逃げろ!急げ!」
その言葉に従い、急いで宿舎に続くトンネルの中を走る。瞬間、後ろから大きな爆発音と共にがれきと土が崩れてくる。爆撃だ。走りながら状況を把握する。一刻も早く、地上に出なければ皆、生き埋めになる。一心不乱に通路を走り、宿舎に出ると、そこも爆撃で崩落寸前だ。屋根が半分落ちかかった場所から飛び出した。
「インカラマッがいない!!」
姿を探せば、半壊した屋根の下敷きになっている。
「谷垣さん!ここ!!」
さくらは、今にも押しつぶされそうなインカラマッを見つけ、谷垣に伝える。
「何故…。私が憎いはずでしょう。」
がれきの下でインカラマッが不思議そうにさくらを見上げた。
「確かに許せません、が見殺しにするわけないでしょう。あなた、谷垣さんと一緒になるんでしょ…!」
愛する人が目の前で死ぬなんて、そんな悲劇を味わわせたくない。谷垣が走ってくると、がれきを思い切り持ち上げた。その隙間からインカラマッと谷垣が脱出するも、その反動で更に大きながれきが二人の頭の上に降り注ごうとしていた。さくらと夏太郎は息をのんだ。
「ふんっ!」
奥にいたのであろう牛山が、そのがれきを一手に引き受けた。
「牛山さん、あなたもはやくこっちへ…」
「早くどきな。」
牛山に駆け寄ろうとするインカラマッを谷垣が止めた。
「お前ら、幸せになるんだぜ…」
牛山の何倍もあるがれきだ。もう……これ以上は持ち上げられない。それを悟って谷垣はインカラマッを止めたのだ。それに気がついた夏太郎は、牛山に駆け寄ろうとしたが、さくらが止めるように後ろから抱きつき、谷垣もそれに加勢して夏太郎を止めた。がれきが牛山の上に降り注ぎ、姿が見えなくなる。
「そんな…牛山さん!!」
夏太郎の叫びも虚しく、がれきの下からは何の音もしない。
そう思ったのも束の間、
「どっこいしょ。」
と牛山が軽々とがれきを放り投げた。
そこから、皆で正門まで歩を進める。何かあったらここで待つ。不測の事態の一つで、そう決めていた。正門には、アシリパと白石の姿がある。……しかし、杉元の姿は見えない。
アシリパから話を聞けば、偽ののっぺらぼうの独房で白石と杉元と分かれ、都丹庵士に本物のののっぺらぼうの居場所を見せてもらい、ここに戻ってきた。白石は何とか体を脱臼させて建物を出て、それが難しかった杉元は出口を別に探すから、アシリパと正門で待つように言ったと。
そこまでの話で、キロランケが合流した。キロランケは杉元とあって、救出したらしい。そして、杉元は一人で教誨堂に行き、「のっぺらぼうを必ず連れてくる、アシリパに必ず会わせる」と。そして、土方と犬童も教誨堂にいると話すと夏太郎が急いで向かい、それを追いかけるように牛山が教誨堂へ続いた。
杉元を信じて待つしか無い。彼が、ここへ来るのだと言ったのだ。無事を祈るように、小銃を額に押しつけた。
「インカラマッ!?」
谷垣の声に顔を上げると、インカラマッが正門のはしごを登り始めていた。
「屋根の雪下ろし用のはしごです。高いところから見渡せるかも。」
しばらくインカラマッはあたりを見回していたが、何かに気がついたように、顔をそちらへ向けた。
「アシリパちゃん上に来てください!のっぺらぼうと杉元ニシパがいます!」
アシリパは飛ぶようにはしごを登り始めた。それに続いてキロランケも後方から続く。さくらと谷垣ははしごの下で周囲を警戒しつつ、状況を見守っていた。アシリパが双眼鏡で教誨堂に近い方を見つめる。
「アチャだ。」
のっぺらぼうがアシリパの父親……。金塊のためにアイヌを殺した罪人……。しかし、彼女に山のことを、狩りのことを教えてくれた優しい父親でもある。アシリパが声を詰まらせた。こちらから表情は見えない。しかし、泣いているのだ、ということは察せられた。娘に悲しい思いをさせて、金塊なんぞに一体どれ程の価値があったのだろうか。親の愛情をまだまだ一心に受ける歳の子だ。アシリパさんは強い。だが、強くならざる終えない環境にしたのは、間違いなく、のっぺらぼうだ。直接会って何を話すのか。
「ウイルクが撃たれた!」
「杉元っ!!」
インカラマッとアシリパの焦った声が聞こえた。
「アシリパさん!?どうしたんですか!?」
「杉元が撃たれた!アチャと一緒に倒れた!!」
その言葉を聞いた瞬間、頭が真っ白になった。
杉元さんが…?そんな、まさか。
「助からん!諦めろ!逃げるぞアシリパ!」
「死んでない!おいていけない!離して!すぐそこにいるんだぞっ!」
「だめだ!!二人を撃ったやつが近くにいる。」
暴れるあしりぱをキロランケが押さえるように抱き上げる。まさかの事態に白石は、「杉元が?マジかよ…どうする?」と困惑している。
すぐそこにいる
「私、行ってきます。白石さん、アシリパさんをお願い。」
「さくらちゃん…!?」
アシリパたちが見ていたのは教誨堂から右へそれた建物の方だった。樹木と土煙に紛れていけばいい。あの杉元が死ぬはずがない。それに、すぐ近くにいる。唐突に飛び出していくさくらを誰も止めることが出来ない。
「俺も行ってくる。」
猟銃を構えた谷垣がさくらの後に続いた。
「谷垣ニシパ!!行っちゃだめです!あなたも撃たれます!!」
「杉元には釧路で借りがある!さくらにも小樽での借りがある!」
嫁入り前の娘の足を撃ってしまった。その埋め合わせ、ということにして谷垣は走り出した。女一人で男二人の救出が出来るはずがない。いつもの冷静なさくらであれば飛び出していくなど考えられない。一人にはできない、と土煙と硝煙の匂いが立ちこめる戦場を駆けるさくらの後ろ姿を追った。
月のない暗闇で、それぞれ配置につき、その時を待っている。実働部隊として、舎房に潜入するのはアシリパ、白石、杉元。門倉の宿舎で牛山、土方は待機。尾形は山で隠れて狙撃の援護。谷垣、夏太郎は川岸に用意した舟で待機し、さくらも同じく舟で待機、逃走の際の援護に加わる。そのほかの者はコタンで待機、ということとなった。
谷垣、夏太郎、さくらは人気のない川岸で立っている。真っ黒な川面がゆらゆら揺れている。それに合わせて丸太舟が2艘、互いにぶつかり合う鈍い音がしているのを、ぼうっと眺めた。静かな夜だ。時折り風が強く吹く。この音が、白石たちの侵入の手助けになってくれるだろう。そして、このまま何事もなく、皆が戻ってくれば成功だ。
しばらくすると警鐘が響き渡った。
「おいおい…どうする?」
夏太郎は及び腰だ。
「どうするも何もここで待機するしか…」
戦闘経験のある谷垣は比較的落ち着いており、周りの様子を伺っている。すると、川岸から小さな灯りが近づいてくるのが分かった。
「インカラマッ!?どうしてここに?村で待機しているはずじゃ…」
「谷垣ニシパ、今すぐここから逃げてください。ここにいたら、あなたが巻き込まれてしまう!」
焦るインカラマッの背後に、ぼうっと灯りが道のように灯っていく。
「谷垣ニシパから小樽への偽名の電報が届くと私は彼らに教えていました。」
「インカラマッ……お前…なにを」
どおおん!!!と、網走監獄に続く橋が爆破された。その爆音の向こうから水を掻き分け進む何かの音が近づいてくる。暗闇の中、何か大きなものが川に浮かび上がってきた。走行音は間だ遠い。しかし、距離は離れているはずの駆逐艦は両岸に当たるかというほど大きな船体を有している。
「駆逐艦だ!!」
「うわぁ…」
あまりの迫力に夏太郎は小さく声を上げた。
辺り一帯で警鐘が鳴り響く。
「今日までずっと…鶴見中尉と内通していたということか?インカラマッ!」
ショックを受ける谷垣をよそにインカラマッは冷静に答えた。
「杉元さんたちは失敗しました。こうなった今、のっぺらぼうとアシリパちゃんを無事ここから連れ出せるのは鶴見中尉だけです。」
「でも、そしたらアイヌの金塊は第七師団に渡るが…お前はそれでいいのか?」
「金塊なんて誰が手に入れようが、私にも谷垣ニシパにも関係のない話でしょう?」
インカラマッはそう言い切った。
さくらの腹の底から怒りが沸々と湧いた。これまでの彼らの旅を、全てを踏み躙るような行為を、平気な顔で裏でしていたのだ。アシリパのためといいながら、仲間を売って助かろうとしていることに、怒りで全身が逆立つ。
さくらが谷垣を押し除け、インカラマッの胸ぐらを掴んだ。
「アシリパさんを売ったんですね…。あの鶴見がのっぺらぼうとアシリパさんを確保して無事にコタンへ帰してくれるとでも思っているんですか?!」
鶴見が無事に帰すはずがない。情報を聞いても金塊が手元に渡ってこない限りはアシリパを離さないだろう。そして、情報が聞き出せれば、後のことなど頓着するはずもない。自然を愛し広い森で生きてきた少女を、狭い独房に閉じ込めたとして、あの男に罪悪感など微塵も湧かない。
「一番邪魔な杉元さんは、見つかり次第、真っ先に殺される。それも含めてあなたは鶴見を頼みの綱にするんですか?!」
「…アシリパちゃんを金塊争奪戦から抜け出させるには、こうするしか」
さくらの視線から逃れるようにインカラマッは目を逸らした。それを、さらにキツく胸ぐらを引き寄せて、無理矢理こちらに顔を向けさせる。
「何かあったら絶対に許さない」
死神のような男に仲間を差し出したのだ。奥歯をかみしめ、睨み付ける。
「おい…川下からデカいのがくるぜ。」
夏太郎が言い争う二人と谷垣の視線をそちらに向けさせた。先ほどの駆逐艦が距離を縮め、多くの影が船体を埋め尽くし、船には大きな煙突から黒い煙が立ち上っている。暗闇の中、大きな船体が低い走行音を鳴らし、不気味さを更に増している。そこで、ガチャリ、と金属のぶつかり合うような音が聞こえた。何をするのか、谷垣には瞬時に判断がついた。
「トンネルへ逃げろ!急げ!」
その言葉に従い、急いで宿舎に続くトンネルの中を走る。瞬間、後ろから大きな爆発音と共にがれきと土が崩れてくる。爆撃だ。走りながら状況を把握する。一刻も早く、地上に出なければ皆、生き埋めになる。一心不乱に通路を走り、宿舎に出ると、そこも爆撃で崩落寸前だ。屋根が半分落ちかかった場所から飛び出した。
「インカラマッがいない!!」
姿を探せば、半壊した屋根の下敷きになっている。
「谷垣さん!ここ!!」
さくらは、今にも押しつぶされそうなインカラマッを見つけ、谷垣に伝える。
「何故…。私が憎いはずでしょう。」
がれきの下でインカラマッが不思議そうにさくらを見上げた。
「確かに許せません、が見殺しにするわけないでしょう。あなた、谷垣さんと一緒になるんでしょ…!」
愛する人が目の前で死ぬなんて、そんな悲劇を味わわせたくない。谷垣が走ってくると、がれきを思い切り持ち上げた。その隙間からインカラマッと谷垣が脱出するも、その反動で更に大きながれきが二人の頭の上に降り注ごうとしていた。さくらと夏太郎は息をのんだ。
「ふんっ!」
奥にいたのであろう牛山が、そのがれきを一手に引き受けた。
「牛山さん、あなたもはやくこっちへ…」
「早くどきな。」
牛山に駆け寄ろうとするインカラマッを谷垣が止めた。
「お前ら、幸せになるんだぜ…」
牛山の何倍もあるがれきだ。もう……これ以上は持ち上げられない。それを悟って谷垣はインカラマッを止めたのだ。それに気がついた夏太郎は、牛山に駆け寄ろうとしたが、さくらが止めるように後ろから抱きつき、谷垣もそれに加勢して夏太郎を止めた。がれきが牛山の上に降り注ぎ、姿が見えなくなる。
「そんな…牛山さん!!」
夏太郎の叫びも虚しく、がれきの下からは何の音もしない。
そう思ったのも束の間、
「どっこいしょ。」
と牛山が軽々とがれきを放り投げた。
そこから、皆で正門まで歩を進める。何かあったらここで待つ。不測の事態の一つで、そう決めていた。正門には、アシリパと白石の姿がある。……しかし、杉元の姿は見えない。
アシリパから話を聞けば、偽ののっぺらぼうの独房で白石と杉元と分かれ、都丹庵士に本物のののっぺらぼうの居場所を見せてもらい、ここに戻ってきた。白石は何とか体を脱臼させて建物を出て、それが難しかった杉元は出口を別に探すから、アシリパと正門で待つように言ったと。
そこまでの話で、キロランケが合流した。キロランケは杉元とあって、救出したらしい。そして、杉元は一人で教誨堂に行き、「のっぺらぼうを必ず連れてくる、アシリパに必ず会わせる」と。そして、土方と犬童も教誨堂にいると話すと夏太郎が急いで向かい、それを追いかけるように牛山が教誨堂へ続いた。
杉元を信じて待つしか無い。彼が、ここへ来るのだと言ったのだ。無事を祈るように、小銃を額に押しつけた。
「インカラマッ!?」
谷垣の声に顔を上げると、インカラマッが正門のはしごを登り始めていた。
「屋根の雪下ろし用のはしごです。高いところから見渡せるかも。」
しばらくインカラマッはあたりを見回していたが、何かに気がついたように、顔をそちらへ向けた。
「アシリパちゃん上に来てください!のっぺらぼうと杉元ニシパがいます!」
アシリパは飛ぶようにはしごを登り始めた。それに続いてキロランケも後方から続く。さくらと谷垣ははしごの下で周囲を警戒しつつ、状況を見守っていた。アシリパが双眼鏡で教誨堂に近い方を見つめる。
「アチャだ。」
のっぺらぼうがアシリパの父親……。金塊のためにアイヌを殺した罪人……。しかし、彼女に山のことを、狩りのことを教えてくれた優しい父親でもある。アシリパが声を詰まらせた。こちらから表情は見えない。しかし、泣いているのだ、ということは察せられた。娘に悲しい思いをさせて、金塊なんぞに一体どれ程の価値があったのだろうか。親の愛情をまだまだ一心に受ける歳の子だ。アシリパさんは強い。だが、強くならざる終えない環境にしたのは、間違いなく、のっぺらぼうだ。直接会って何を話すのか。
「ウイルクが撃たれた!」
「杉元っ!!」
インカラマッとアシリパの焦った声が聞こえた。
「アシリパさん!?どうしたんですか!?」
「杉元が撃たれた!アチャと一緒に倒れた!!」
その言葉を聞いた瞬間、頭が真っ白になった。
杉元さんが…?そんな、まさか。
「助からん!諦めろ!逃げるぞアシリパ!」
「死んでない!おいていけない!離して!すぐそこにいるんだぞっ!」
「だめだ!!二人を撃ったやつが近くにいる。」
暴れるあしりぱをキロランケが押さえるように抱き上げる。まさかの事態に白石は、「杉元が?マジかよ…どうする?」と困惑している。
すぐそこにいる
「私、行ってきます。白石さん、アシリパさんをお願い。」
「さくらちゃん…!?」
アシリパたちが見ていたのは教誨堂から右へそれた建物の方だった。樹木と土煙に紛れていけばいい。あの杉元が死ぬはずがない。それに、すぐ近くにいる。唐突に飛び出していくさくらを誰も止めることが出来ない。
「俺も行ってくる。」
猟銃を構えた谷垣がさくらの後に続いた。
「谷垣ニシパ!!行っちゃだめです!あなたも撃たれます!!」
「杉元には釧路で借りがある!さくらにも小樽での借りがある!」
嫁入り前の娘の足を撃ってしまった。その埋め合わせ、ということにして谷垣は走り出した。女一人で男二人の救出が出来るはずがない。いつもの冷静なさくらであれば飛び出していくなど考えられない。一人にはできない、と土煙と硝煙の匂いが立ちこめる戦場を駆けるさくらの後ろ姿を追った。