白銀の世界で
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一行は都丹庵士と土方らを加えて、北見へとやってきていた。
あの戦闘の後、都丹庵士を拘束するのではなく、仲間として同行させることとなった。今後の作戦に都丹庵士は必要だ、という土方の提案で行動を共にすることとなったのだ。分かれていた者たちと合流し、土方、永倉、家永、牛山、夏太郞とかなりの大所帯になっている。そんな大人数で、北見の写真館にやってきていた。洋風な白地の外観の建物に、正面の窓からは、ここで撮影されたのであろう写真が飾られ、往来の人々が見られるようになっている。なぜ写真館なのか、と不思議に思ったが、網走に向かう前に、アシリパの写真をフチに送ってやりたい、という杉元の言葉で、土方のツテを使って、撮影してもらうことになったのだ。白い口ひげを蓄えた紳士然とした男性が出迎えてくれる。中に入ると、座り心地の良さそうなソファや西洋風なテーブル、奥にはスタジオなのか、白い背景が置かれたスペースが広がっている。そこには、アコーディオンのようなものにレンズが付いている。初めて見る者もいるのか、アシリパやチカパシ、夏太郞は物珍しそうにカメラを眺めている。家永やキロランケ、大人達は飾られた写真を眺めたり、土方や永倉は口ひげの紳士…田本さんと再会の言葉を交わし合っている。
「さくらさんは写真、撮ってもらったことある?」
杉元は皆が、各々で店を見て回っている間、さくらに声をかけた。さくらも店内を眺めてはいるが、他の者のように興味深そうに眺めていると言うよりは、見慣れているように見えたのだ。杉元の言葉にさくらは頷いた。
「……ただ、このカメラは撮ったことがないです。確か、撮影中は何秒か動かないとか言うものですよね。」
さくらの言葉には言外に『この時代では』という言葉を含んでいるのだろう。他の者たちのいる手前、そう濁して答えている。用心深い彼女のことだ。行動は共にしていても、全員を信用することはできないと考えているのだろう。杉元の言葉に小さな声で答えているのもその証拠だ。しかし、そんな中で自分は彼女の出自を知らされている。その、優越感が杉元の心を満足させた。硫黄山での一件で、全裸の尾形と行動を共にしていたことに、内心いい気持ちはしなかった。あの闇の中、さくらを守るという名目で尾形が不埒な事をしていなかったか。さくらは仲間のために純粋に行動していたとしても、尾形の方がどうだったか……。興味なさそうに写真をぼうっと眺めている尾形を尻目に、さくらの方へ笑顔を向けた。
「そうそう、五秒かそれくらいじっとしてたらあっという間さ。」
杉元の言葉通り、少しじっとしている内に撮影できるらしい。写真師の田本さんの指示に従い、一行はそれぞれ撮影に移った。アシリパと杉元、家永と牛山とペアで撮る者や一人で撮る者、さくらは一人で立ち姿を撮ってもらい、谷垣はなぜか褌で長時間撮影となっていた。被写体として谷垣が田本さんの琴線に触れたのだろう。それらの写真を現像してもらう間に北見にある武器屋で各々の弾薬などを揃えることとなった。大所帯で行くのも憚られるため、時間を空け、数人ごとで行動し、後ほど写真館に集合だ。
さくらは杉元とアシリパ、白石と行動するかと思われたが、白石の姿がない。そういえば、写真館から姿がみえない。杉元も不思議に思ったのか、「そういや、白石はどこ行った?」と誰ともなげに問うと、永倉が遠い目をして答えた。
「石川啄木と遊郭に行っている。」
『石川啄木』有名な名前にさくらは目を見開いた。繊細な言葉を紡ぐあの『石川啄木』が遊郭に……。
「あいつらやけに気が合うみたいだ。」
そういう永倉に、あの白石と馬が合うとは、とさくらは内心ショックを受けるも表には出さないよう、素知らぬ顔で話を聞いた。今、石川啄木が文壇でどのような立ち位置なのか、定かではない。名前さえ知っていては不審がられる可能性もあるのだ。
そういう話をしながら、自然と土方と永倉も共に街を歩き始めた。老人とは言え、あの幕末を生きた志士らだ。網走からも近い。アシリパの護衛としてこれほど頼もしい人物もいないだろう。一見すると孫と出かける好々爺たちだ。杉元もアシリパも何か言うわけでもなく、共に歩き始めたさくらもそれに続く。
しばらく行くと、目的の店に到着した。
狩猟のための銃や金物、その他雑貨などもそろえている店だ。五人は店に足を踏み入れた。中には杉元が持っているような小銃や、谷垣が二瓶から譲り受けたような猟銃、鉈や小刀、双眼鏡や飯ごうが雑多に並べられている。アシリパは双眼鏡を手に取ると、目に当て、杉元を見た。
「おお!杉元の毛穴が分かるぞ!」
「もう!アシリパさん恥ずかしい!」
そう言ってじゃれ合う二人に自然と笑みがこぼれる。
「貸しなさい、買ってあげよう。」
土方が好々爺の表情でアシリパに言う。
「いいのか!」
嬉しそうなアシリパに、杉元も嬉しそうだ。ちゃっかり土方の手に自分の分の双眼鏡も手渡して支払いをお願いしている。
「さくらも欲しいものがあったら言いなさい。」
三人の様子を見ているさくらに永倉がそう言った。
「いえ、私は……」
断ろうとするさくらの言葉を遮るように、支払いを終えた土方が言葉を継いだ。
「その拳銃では、次の場所は心許ないだろう。」
土方の言葉がさくらの表情をかたくした。
『次』の指すのが鉄壁の要塞を誇る網走監獄であることは、ほっこりした表情で見つめる店主は気がついていない。言葉の意味を理解しているのは四人だけだ。広大な敷地、進路を極端に制限された通路。多数の監守。そこに乗り込むのに、拳銃一本では確かに心許ない。コートの懐に忍ばせている拳銃を上から確認するように撫でた。
「……遠距離には向きませんね。」
初めは、あくまで護身用として持っていたものだ。網走監獄で戦闘に加わるならば、本格的な小銃が必要だろう。壁に掛けられている小銃のうち、一本に手をかけた。それを見た店主が珍しそうにさくらに声をかけた。
「女の人で銃を扱うのかい?珍しいもんだね。」
「ええ……私も猟をしてみようと思いまして。」
にこり、と愛想笑いを浮かべると店主は調子よく話し始めた。
「それ、旦那さんと同じ三十年式歩兵銃だよ。最新式の三十八年式に比べたら威力は落ちるけどね、射程距離は長いし、型落ちの分、安くしとくよ。扱い方は旦那に教えてもらえば安心だよ。」
『旦那』呼びに杉元は照れくさそうに頬をかいた。
「これにしようかしら。……いいですか?」
と、土方と永倉に目線を向けると頷いた。永倉が支払いのために店主と奥へ引っ込むと、杉元は、はっとしてさくらに声をかけた。
「さくらさん!そんなの無くたって俺が…!」
「そんな甘いことを言ってられるのか。」
杉元は言葉を遮った土方に鋭い視線を向けた。
「女に殺しの道具を持たせて恥ずかしくねえのか、ジジイ。」
京の街を刀一本で守ってきた男だ。その誇りに傷を付けるような言葉であるが、土方は冷静に答えた。
「これまでとは違う。敵陣に自ら身を投じる戦いになるとさくらも分かっているはずだ。杉元、お前も戦場で学んだだろう、殺さねば殺される、と。」
土方はさくらに目線を向けた。
「人を殺す覚悟はあるか?」
鋭い視線がさくらを射貫く。殺気が無くとも歴戦の猛者の視線は心の奥底まで突き刺すように真っ直ぐで、鋭利な刃物のようだ。
「ええ、もうすでに。」
偽アイヌをこの手にかけたとき、決めたのだ。どれ程の重荷を背負おうとも、逃げないと。杉元を、アシリパを守るためならば、あの男たちにしたように弾丸を撃ち込む。手にした小銃をきつく握りしめる。
「経験があるのか。」
さくらの様子から土方は悟ったように、つぶやいた。まさか、お守りだと思っていた拳銃で、この女が人を手にかけたのか、と瞠目した。
「さくらさん、まさか、…いつ?!」
杉元も同じように驚いている。あえて言うつもりは無かったため、今まで話していなかったが、こうも驚かれるとは。皆の中で、自分はやはり守られる存在であることに変わりないのだと思い知らされる。
「偽アイヌの戦闘で、」
「尾形…!あいつ……!!」
あのときさくらと共にいたのは尾形だ。あいつが唆したに違いない。杉元は激高し、今にも尾形を殴りに走りだそうという気配だ。さくらは慌てて店の入り口に立ち、杉元を止めに入った。
「私の意志です!この小銃も私が必要だと思うから手にしたんです!杉元さんはいつまで私のおもりをするつもりですか!」
不意に口から出た言葉はまるで杉元をなじるような言葉だった。なぜこんなことを口走ってしまったのか。自分の不甲斐なさを、苛立ちを八つ当たりのように向けただけではないか。杉元の表情が固まった。傷つけてしまった。そう気付いたときには、もう遅い。
「さて、写真館へ戻ろうかの。」
事情を知らない永倉が奥から出てきた。先ほどとは違った雰囲気に、首をかしげた。
あの戦闘の後、都丹庵士を拘束するのではなく、仲間として同行させることとなった。今後の作戦に都丹庵士は必要だ、という土方の提案で行動を共にすることとなったのだ。分かれていた者たちと合流し、土方、永倉、家永、牛山、夏太郞とかなりの大所帯になっている。そんな大人数で、北見の写真館にやってきていた。洋風な白地の外観の建物に、正面の窓からは、ここで撮影されたのであろう写真が飾られ、往来の人々が見られるようになっている。なぜ写真館なのか、と不思議に思ったが、網走に向かう前に、アシリパの写真をフチに送ってやりたい、という杉元の言葉で、土方のツテを使って、撮影してもらうことになったのだ。白い口ひげを蓄えた紳士然とした男性が出迎えてくれる。中に入ると、座り心地の良さそうなソファや西洋風なテーブル、奥にはスタジオなのか、白い背景が置かれたスペースが広がっている。そこには、アコーディオンのようなものにレンズが付いている。初めて見る者もいるのか、アシリパやチカパシ、夏太郞は物珍しそうにカメラを眺めている。家永やキロランケ、大人達は飾られた写真を眺めたり、土方や永倉は口ひげの紳士…田本さんと再会の言葉を交わし合っている。
「さくらさんは写真、撮ってもらったことある?」
杉元は皆が、各々で店を見て回っている間、さくらに声をかけた。さくらも店内を眺めてはいるが、他の者のように興味深そうに眺めていると言うよりは、見慣れているように見えたのだ。杉元の言葉にさくらは頷いた。
「……ただ、このカメラは撮ったことがないです。確か、撮影中は何秒か動かないとか言うものですよね。」
さくらの言葉には言外に『この時代では』という言葉を含んでいるのだろう。他の者たちのいる手前、そう濁して答えている。用心深い彼女のことだ。行動は共にしていても、全員を信用することはできないと考えているのだろう。杉元の言葉に小さな声で答えているのもその証拠だ。しかし、そんな中で自分は彼女の出自を知らされている。その、優越感が杉元の心を満足させた。硫黄山での一件で、全裸の尾形と行動を共にしていたことに、内心いい気持ちはしなかった。あの闇の中、さくらを守るという名目で尾形が不埒な事をしていなかったか。さくらは仲間のために純粋に行動していたとしても、尾形の方がどうだったか……。興味なさそうに写真をぼうっと眺めている尾形を尻目に、さくらの方へ笑顔を向けた。
「そうそう、五秒かそれくらいじっとしてたらあっという間さ。」
杉元の言葉通り、少しじっとしている内に撮影できるらしい。写真師の田本さんの指示に従い、一行はそれぞれ撮影に移った。アシリパと杉元、家永と牛山とペアで撮る者や一人で撮る者、さくらは一人で立ち姿を撮ってもらい、谷垣はなぜか褌で長時間撮影となっていた。被写体として谷垣が田本さんの琴線に触れたのだろう。それらの写真を現像してもらう間に北見にある武器屋で各々の弾薬などを揃えることとなった。大所帯で行くのも憚られるため、時間を空け、数人ごとで行動し、後ほど写真館に集合だ。
さくらは杉元とアシリパ、白石と行動するかと思われたが、白石の姿がない。そういえば、写真館から姿がみえない。杉元も不思議に思ったのか、「そういや、白石はどこ行った?」と誰ともなげに問うと、永倉が遠い目をして答えた。
「石川啄木と遊郭に行っている。」
『石川啄木』有名な名前にさくらは目を見開いた。繊細な言葉を紡ぐあの『石川啄木』が遊郭に……。
「あいつらやけに気が合うみたいだ。」
そういう永倉に、あの白石と馬が合うとは、とさくらは内心ショックを受けるも表には出さないよう、素知らぬ顔で話を聞いた。今、石川啄木が文壇でどのような立ち位置なのか、定かではない。名前さえ知っていては不審がられる可能性もあるのだ。
そういう話をしながら、自然と土方と永倉も共に街を歩き始めた。老人とは言え、あの幕末を生きた志士らだ。網走からも近い。アシリパの護衛としてこれほど頼もしい人物もいないだろう。一見すると孫と出かける好々爺たちだ。杉元もアシリパも何か言うわけでもなく、共に歩き始めたさくらもそれに続く。
しばらく行くと、目的の店に到着した。
狩猟のための銃や金物、その他雑貨などもそろえている店だ。五人は店に足を踏み入れた。中には杉元が持っているような小銃や、谷垣が二瓶から譲り受けたような猟銃、鉈や小刀、双眼鏡や飯ごうが雑多に並べられている。アシリパは双眼鏡を手に取ると、目に当て、杉元を見た。
「おお!杉元の毛穴が分かるぞ!」
「もう!アシリパさん恥ずかしい!」
そう言ってじゃれ合う二人に自然と笑みがこぼれる。
「貸しなさい、買ってあげよう。」
土方が好々爺の表情でアシリパに言う。
「いいのか!」
嬉しそうなアシリパに、杉元も嬉しそうだ。ちゃっかり土方の手に自分の分の双眼鏡も手渡して支払いをお願いしている。
「さくらも欲しいものがあったら言いなさい。」
三人の様子を見ているさくらに永倉がそう言った。
「いえ、私は……」
断ろうとするさくらの言葉を遮るように、支払いを終えた土方が言葉を継いだ。
「その拳銃では、次の場所は心許ないだろう。」
土方の言葉がさくらの表情をかたくした。
『次』の指すのが鉄壁の要塞を誇る網走監獄であることは、ほっこりした表情で見つめる店主は気がついていない。言葉の意味を理解しているのは四人だけだ。広大な敷地、進路を極端に制限された通路。多数の監守。そこに乗り込むのに、拳銃一本では確かに心許ない。コートの懐に忍ばせている拳銃を上から確認するように撫でた。
「……遠距離には向きませんね。」
初めは、あくまで護身用として持っていたものだ。網走監獄で戦闘に加わるならば、本格的な小銃が必要だろう。壁に掛けられている小銃のうち、一本に手をかけた。それを見た店主が珍しそうにさくらに声をかけた。
「女の人で銃を扱うのかい?珍しいもんだね。」
「ええ……私も猟をしてみようと思いまして。」
にこり、と愛想笑いを浮かべると店主は調子よく話し始めた。
「それ、旦那さんと同じ三十年式歩兵銃だよ。最新式の三十八年式に比べたら威力は落ちるけどね、射程距離は長いし、型落ちの分、安くしとくよ。扱い方は旦那に教えてもらえば安心だよ。」
『旦那』呼びに杉元は照れくさそうに頬をかいた。
「これにしようかしら。……いいですか?」
と、土方と永倉に目線を向けると頷いた。永倉が支払いのために店主と奥へ引っ込むと、杉元は、はっとしてさくらに声をかけた。
「さくらさん!そんなの無くたって俺が…!」
「そんな甘いことを言ってられるのか。」
杉元は言葉を遮った土方に鋭い視線を向けた。
「女に殺しの道具を持たせて恥ずかしくねえのか、ジジイ。」
京の街を刀一本で守ってきた男だ。その誇りに傷を付けるような言葉であるが、土方は冷静に答えた。
「これまでとは違う。敵陣に自ら身を投じる戦いになるとさくらも分かっているはずだ。杉元、お前も戦場で学んだだろう、殺さねば殺される、と。」
土方はさくらに目線を向けた。
「人を殺す覚悟はあるか?」
鋭い視線がさくらを射貫く。殺気が無くとも歴戦の猛者の視線は心の奥底まで突き刺すように真っ直ぐで、鋭利な刃物のようだ。
「ええ、もうすでに。」
偽アイヌをこの手にかけたとき、決めたのだ。どれ程の重荷を背負おうとも、逃げないと。杉元を、アシリパを守るためならば、あの男たちにしたように弾丸を撃ち込む。手にした小銃をきつく握りしめる。
「経験があるのか。」
さくらの様子から土方は悟ったように、つぶやいた。まさか、お守りだと思っていた拳銃で、この女が人を手にかけたのか、と瞠目した。
「さくらさん、まさか、…いつ?!」
杉元も同じように驚いている。あえて言うつもりは無かったため、今まで話していなかったが、こうも驚かれるとは。皆の中で、自分はやはり守られる存在であることに変わりないのだと思い知らされる。
「偽アイヌの戦闘で、」
「尾形…!あいつ……!!」
あのときさくらと共にいたのは尾形だ。あいつが唆したに違いない。杉元は激高し、今にも尾形を殴りに走りだそうという気配だ。さくらは慌てて店の入り口に立ち、杉元を止めに入った。
「私の意志です!この小銃も私が必要だと思うから手にしたんです!杉元さんはいつまで私のおもりをするつもりですか!」
不意に口から出た言葉はまるで杉元をなじるような言葉だった。なぜこんなことを口走ってしまったのか。自分の不甲斐なさを、苛立ちを八つ当たりのように向けただけではないか。杉元の表情が固まった。傷つけてしまった。そう気付いたときには、もう遅い。
「さて、写真館へ戻ろうかの。」
事情を知らない永倉が奥から出てきた。先ほどとは違った雰囲気に、首をかしげた。