白銀の世界で
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按摩士の言葉を聞くやいなや、アシリパは部屋に置いていた武器や荷物を全て持って走り出した。ただ事ではない、アシリパは何かに気付いたのだ。さくらも急いで上着を羽織り、拳銃を懐に入れて後に続いた。
「アシリパさん、何か分かったの?」
アシリパは焦った表情でさくらに答えた。
「私はあの音を屈斜路湖で聞いた。あのときの聞いたことのない音は舌の音だったんだ!私たちは……ずっと見られていたんだ!」
それを聞き、さくらは言葉を失った。屈斜路湖ということは、この温泉宿まで付けられている…?!今、杉元たちは丸腰だ。この機会を相手が逃すはずがない。インカラマッも焦ったように後を付いてきた。手にはランプが握られている。
「暗くては奴らの思う壺です。灯りを」
そう言われて素直にランプを一つもらう。しかし、アシリパは「私はいらない」とそのまま駆けていった。
走っているところで銃声が聞こえ、そのまま風呂に向かうも既に人影はなかった。露天風呂の奥には深い森が続いている。……こちらに誘導されたのだろうか。
アシリパはそのまま森へ進んでいき、手近な木の枝と皮で簡単な松明を作った。
「光があれば杉元たちも間違えないはずだ。火を掲げて探そう。」
広大な森の中だ。3人固まっていては間に合わない。誰かがこの火を皆の元に届けられれば。
「別れて探しましょう。その方が確率が上がります。」
さくらがそう言うとアシリパが頷いた。
「盲目ならきっと音で判別するはずだ。声を出さなければ、一人の方が動物と区別しにくいだろう。」
アシリパの言葉にさくらとインカラマッは頷き、三手に別れて森の中へ進んだ。
鬱蒼とした森の中を一人、進んでいく。
ランプの灯りはあるものの、光の届かなくなった場所は、黒く塗りつぶされたように闇が続いている。さくらは森の中を慎重に歩を進める。草むらから聞こえる虫の音と、自身が草をかき分ける足音。それに紛れて別の気配がないかと耳をそば立てる。
皆は無事だろうか。男たちの中にはチカパシも一緒にいる。露天風呂で姿が見えないということは、彼も森の中で息を潜めているのだろう。小さな子供もいることは、きっと盗賊たちも分かっていただろう。監視している間も、風呂で子供の声が聞こえていたはずだ。それでも容赦なく襲撃したのだと思うと、これまで感じてきた迷いもなくなった。
しばらく捜索を続けていると、近くで何かが動く気配がした。素早く音のする方にランプを向けると、チカパシとリュウが倒れている白石を揺さぶっているところだった。まさか、あの銃声は白石が受けたのだろうか。逃げ足の速い男のはずだが、一抹の不安を抱えてそばに駆け寄った。
ランプの明かりに初めに気がついたのはリュウで、さくらの方に顔を向けた。それに続きチカパシがこちらに顔を向けた。
「さくら…!」
安堵した表情のチカパシにさくらも微笑みかけた。
「無事で良かった。」
見たところ傷もなさそうだ。一つ安心して、次に白石の方に視線を向けた。こちらの方も外傷はなさそうだ。額が僅かに赤くなっているから、どこかに頭をぶつけたのかもしれない。チカパシと一緒に肩をたたいて目を覚まさせようと試みるが、爆睡しているらしい。この状況で寝られる図太さはさすがだが、この男に時間を割いている余裕はない。リュウの方に視線を向け、「リュウ、起こしてくれる?」と問うと、渋い表情をしたが、仕方ないと言うように、思い切り白石の頭にかみついた。
「いたたたたたたっ!!」
瞬時に飛び起きた白石はまたしても倒木に思い切り頭をぶつけ、悶絶した。そして、痛みが収まるとようやく、二人と一匹の存在に気がついた。
「さくらちゃん、チカパシ…リュウ!」
再会の抱擁をしようとしたところで全員に避けられ、くうんと鳴いた。
「気がついたようで良かったです。白石さん、動けますか?」
「おうよ、ぴんぴんしてらぁ」
白石は力こぶを見せて無事をアピールした。
「でしたら、二人は旅館の方へ戻ってください。私が歩いてきた方には敵はいませんでしたから、リュウに温泉の匂いをたどってもらって安全な場所へ。」
さくらは来ていたコートをチカパシの肩にかけた。
「寒いからこれを着て。夜が明けるまで旅館で待っていてね。」
チカパシが素直に頷き、さくらのコートに腕を通した。子供にはサイズが大きいため、体がすっぽり隠れて、寒さをしのげる。
「白石さん、チカパシをお願いします。」
脱獄王の異名をもつこの男なら、本能的に危険を回避してくれるだろう。さくらの言葉に、「脱獄王の白石由竹様に任せな!」と指で撃つポーズを取ってウインクをした。軽口をたたいてはいるが、子供を置いて逃げるような男ではない。それはこれまでの旅でよく分かっている。
「だけど、さくらちゃんも一緒に戻らないの?あいつら、一人は銃を持ってるぜ?」
こちらは暗闇の中で姿がみえないが、盗賊たちには丸見えだ。いつ撃たれてもおかしくない。心配そうな声音でさくらに問うた。
「ならば、尚更この灯りを届けなくては。丸腰の杉元さんたちに少しでも助けになれるなら、私は多少撃たれてもかまいません。それに、舌の音に注意を払っていれば、撃たれるかどうか予想も付きますから。」
今までの戦いで負った傷跡が一つ増えるだけだ。
「それよりも杉元が大切ってか」
口笛を鳴らさずとも、ぴゅうっとポーズを取った。白石は内心、心配だが、こうなるとさくらが引かないことも分かっていた。素直に見送るしかない。ここで、三人と一匹は道を別れた。
再び静寂の森の中を移動していく。
かなり森の奥まで進んできた。按摩士の話では、山の中腹あたりに廃旅館があったはずだ。通行できるような道を探せば、そこへたどり着くことが出来るだろう。しかし、そのまま辿っては、盗賊たちも同じようなルートで移動している可能性が高い。無用な戦いを避け、一刻も早く同流しなければ。道を見つけて、おおよその方向が分かれば、あとは草むらに紛れて近づいていけば良い。ランプの灯りを掲げて道を探す。ぐるり、とあたりを見回して捜索すると、光の先に草むらの切れ目のように見える場所が見つかった。ランプの明かりと暗闇に紛れて判別しにくく、近くで確認しようと歩を進めた。
「おい」
男の声が聞こえた、と思ったところで思い切り腕を引かれた。まさか、敵がこんなに近くに…?!と緊張で全身から血の気がさあっと引いた。こわばった体は腕を引かれた方向へそのまま傾いていく。……反撃しなければ、と懐の銃に手をかけたところで、そちらも男の手で制止された。
「俺だ、さくら。」
後ろから抱きしめられるような形で男の胸に引き寄せられ、耳元で自分の名前を呼ばれた。聞き慣れた声。色白の腕。筋肉質な体がさくらの背中に押しつけられる。体温の低い体に覚えがあり、首を後ろに回して確認すると、尾形がさくらを見下ろしている視線と目が合った。
「尾形さん…」
さくらがそう言うと、尾形はすぐに抱きしめていた腕を外し、自身の小銃を手にした。
「灯りがあるとは有り難い。高く掲げてくれ。」
言われた通り、ランプを持つ腕を上へと伸ばし、なるべく遠くまで光が届くようにする。尾形はその明かりを頼りに隙なくあたりを見やった。
「アシリパだ。」
尾形が小銃で指した方向を見ると、小さな灯りがゆらゆらと揺れている。さくらには米粒ほどの大きさにしか見えない灯りだが、尾形はそこから誰がいるかということまで確認できたらしい。その灯りに向けて尾形は銃弾を放った。
「なっ……!」
驚きに言葉を失うさくらが尾形に鋭い視線を向けた。それと同時に再び尾形の腕の中に引き込まれると、すぐ横を弾丸が通り抜けていった。勢いだけで撃ちまくる弾丸が周りの木々にめり込み、反射し、まるで雨のように降り注いだ。
盗賊の弾丸だ。驚きで胸がどぐどくと波打つ。あれはアシリパを狙ったのではない。おそらくあの松明で盗賊を狙撃したのだ。自身を胸に納めた男が頭上で小さく笑った。
しばらくして銃弾の雨がやむと、あたりは再び静けさと暗闇に包まれた。ランプは先ほどの銃撃で壊されてしまった。今は、自身を抱きしめる男の体温と、息づかいだけが感じられた。大雪山の時のようにさくらを抱きしめる体はかなり冷たくなっている。夜の山で体温も奪われていっているようで、あのときよりも低い体温にさくらは心配になって声をかけた。
「尾形さん、目眩だとか体調の方は大丈夫ですか。」
低体温症になれば、思考を奪われ、身動きも取れなくなる。先ほどの銃撃戦で体はまだ動くようだが、症状が悪化してしまえば、さくら一人で尾形を抱えて移動することは難しい。少しでも暖が取れるようにと自身を抱きしめる尾形の腕を擦る。
「なんだ、俺の心配までしてくれるのか。」
言外に、『杉元が一番心配なのだろう』と責めるような意味が含まれている。鼻で笑うような言い方に、さくらは反論することができない。尾形の考えが図星であることも一つであるが、ラッコ鍋のときの尾形へのさくら自身の行いが、言葉を継げるのをためらわせた。
大雪山でのすがるような男の声が思い出される。『何か』を求める姿が男の繊細な部分をあらわしていたように思える。そんな男に、自分はどんな傷を負わせてしまったのだろうか。考えるだけで、自身の浅はかさに申し訳なさが押し寄せてくる。
「お前は相変わらず子供体温だな。」
何も言わないさくらに、尾形はそれ以上揶揄するような言葉を投げかけることはなかった。ただ、抱きしめる腕を少し強めて、体をすり寄せた。杉元よりも細身な体が熱を吸収しようと体をぴったりとくっつける。さくらはさすっている尾形の腕を見ながら、言葉を発した。
「盗賊が複数いるということは、アジトに集まっているのかもしれません。」
「そういえば杉元が廃旅館が近くに何軒かあると言っていたな。」
「この森の中に一軒あるそうです。おそらくアジトのひとつでしょう。」
尾形がさくらから体を離した。
「少し、夜が明けてきたな。」
言われて空を見上げると漆黒の闇が藍色がかった空へと変化していた。少しすれば、空も白んでくるだろう。真っ暗で見えなかった尾形の顔が、うすらぼんやりとだが見えてくる。
「こっちが狩る番だぜ。」
尾形が銃を構え直した。さくらもそれに倣い、拳銃を握った。
「アシリパさん、何か分かったの?」
アシリパは焦った表情でさくらに答えた。
「私はあの音を屈斜路湖で聞いた。あのときの聞いたことのない音は舌の音だったんだ!私たちは……ずっと見られていたんだ!」
それを聞き、さくらは言葉を失った。屈斜路湖ということは、この温泉宿まで付けられている…?!今、杉元たちは丸腰だ。この機会を相手が逃すはずがない。インカラマッも焦ったように後を付いてきた。手にはランプが握られている。
「暗くては奴らの思う壺です。灯りを」
そう言われて素直にランプを一つもらう。しかし、アシリパは「私はいらない」とそのまま駆けていった。
走っているところで銃声が聞こえ、そのまま風呂に向かうも既に人影はなかった。露天風呂の奥には深い森が続いている。……こちらに誘導されたのだろうか。
アシリパはそのまま森へ進んでいき、手近な木の枝と皮で簡単な松明を作った。
「光があれば杉元たちも間違えないはずだ。火を掲げて探そう。」
広大な森の中だ。3人固まっていては間に合わない。誰かがこの火を皆の元に届けられれば。
「別れて探しましょう。その方が確率が上がります。」
さくらがそう言うとアシリパが頷いた。
「盲目ならきっと音で判別するはずだ。声を出さなければ、一人の方が動物と区別しにくいだろう。」
アシリパの言葉にさくらとインカラマッは頷き、三手に別れて森の中へ進んだ。
鬱蒼とした森の中を一人、進んでいく。
ランプの灯りはあるものの、光の届かなくなった場所は、黒く塗りつぶされたように闇が続いている。さくらは森の中を慎重に歩を進める。草むらから聞こえる虫の音と、自身が草をかき分ける足音。それに紛れて別の気配がないかと耳をそば立てる。
皆は無事だろうか。男たちの中にはチカパシも一緒にいる。露天風呂で姿が見えないということは、彼も森の中で息を潜めているのだろう。小さな子供もいることは、きっと盗賊たちも分かっていただろう。監視している間も、風呂で子供の声が聞こえていたはずだ。それでも容赦なく襲撃したのだと思うと、これまで感じてきた迷いもなくなった。
しばらく捜索を続けていると、近くで何かが動く気配がした。素早く音のする方にランプを向けると、チカパシとリュウが倒れている白石を揺さぶっているところだった。まさか、あの銃声は白石が受けたのだろうか。逃げ足の速い男のはずだが、一抹の不安を抱えてそばに駆け寄った。
ランプの明かりに初めに気がついたのはリュウで、さくらの方に顔を向けた。それに続きチカパシがこちらに顔を向けた。
「さくら…!」
安堵した表情のチカパシにさくらも微笑みかけた。
「無事で良かった。」
見たところ傷もなさそうだ。一つ安心して、次に白石の方に視線を向けた。こちらの方も外傷はなさそうだ。額が僅かに赤くなっているから、どこかに頭をぶつけたのかもしれない。チカパシと一緒に肩をたたいて目を覚まさせようと試みるが、爆睡しているらしい。この状況で寝られる図太さはさすがだが、この男に時間を割いている余裕はない。リュウの方に視線を向け、「リュウ、起こしてくれる?」と問うと、渋い表情をしたが、仕方ないと言うように、思い切り白石の頭にかみついた。
「いたたたたたたっ!!」
瞬時に飛び起きた白石はまたしても倒木に思い切り頭をぶつけ、悶絶した。そして、痛みが収まるとようやく、二人と一匹の存在に気がついた。
「さくらちゃん、チカパシ…リュウ!」
再会の抱擁をしようとしたところで全員に避けられ、くうんと鳴いた。
「気がついたようで良かったです。白石さん、動けますか?」
「おうよ、ぴんぴんしてらぁ」
白石は力こぶを見せて無事をアピールした。
「でしたら、二人は旅館の方へ戻ってください。私が歩いてきた方には敵はいませんでしたから、リュウに温泉の匂いをたどってもらって安全な場所へ。」
さくらは来ていたコートをチカパシの肩にかけた。
「寒いからこれを着て。夜が明けるまで旅館で待っていてね。」
チカパシが素直に頷き、さくらのコートに腕を通した。子供にはサイズが大きいため、体がすっぽり隠れて、寒さをしのげる。
「白石さん、チカパシをお願いします。」
脱獄王の異名をもつこの男なら、本能的に危険を回避してくれるだろう。さくらの言葉に、「脱獄王の白石由竹様に任せな!」と指で撃つポーズを取ってウインクをした。軽口をたたいてはいるが、子供を置いて逃げるような男ではない。それはこれまでの旅でよく分かっている。
「だけど、さくらちゃんも一緒に戻らないの?あいつら、一人は銃を持ってるぜ?」
こちらは暗闇の中で姿がみえないが、盗賊たちには丸見えだ。いつ撃たれてもおかしくない。心配そうな声音でさくらに問うた。
「ならば、尚更この灯りを届けなくては。丸腰の杉元さんたちに少しでも助けになれるなら、私は多少撃たれてもかまいません。それに、舌の音に注意を払っていれば、撃たれるかどうか予想も付きますから。」
今までの戦いで負った傷跡が一つ増えるだけだ。
「それよりも杉元が大切ってか」
口笛を鳴らさずとも、ぴゅうっとポーズを取った。白石は内心、心配だが、こうなるとさくらが引かないことも分かっていた。素直に見送るしかない。ここで、三人と一匹は道を別れた。
再び静寂の森の中を移動していく。
かなり森の奥まで進んできた。按摩士の話では、山の中腹あたりに廃旅館があったはずだ。通行できるような道を探せば、そこへたどり着くことが出来るだろう。しかし、そのまま辿っては、盗賊たちも同じようなルートで移動している可能性が高い。無用な戦いを避け、一刻も早く同流しなければ。道を見つけて、おおよその方向が分かれば、あとは草むらに紛れて近づいていけば良い。ランプの灯りを掲げて道を探す。ぐるり、とあたりを見回して捜索すると、光の先に草むらの切れ目のように見える場所が見つかった。ランプの明かりと暗闇に紛れて判別しにくく、近くで確認しようと歩を進めた。
「おい」
男の声が聞こえた、と思ったところで思い切り腕を引かれた。まさか、敵がこんなに近くに…?!と緊張で全身から血の気がさあっと引いた。こわばった体は腕を引かれた方向へそのまま傾いていく。……反撃しなければ、と懐の銃に手をかけたところで、そちらも男の手で制止された。
「俺だ、さくら。」
後ろから抱きしめられるような形で男の胸に引き寄せられ、耳元で自分の名前を呼ばれた。聞き慣れた声。色白の腕。筋肉質な体がさくらの背中に押しつけられる。体温の低い体に覚えがあり、首を後ろに回して確認すると、尾形がさくらを見下ろしている視線と目が合った。
「尾形さん…」
さくらがそう言うと、尾形はすぐに抱きしめていた腕を外し、自身の小銃を手にした。
「灯りがあるとは有り難い。高く掲げてくれ。」
言われた通り、ランプを持つ腕を上へと伸ばし、なるべく遠くまで光が届くようにする。尾形はその明かりを頼りに隙なくあたりを見やった。
「アシリパだ。」
尾形が小銃で指した方向を見ると、小さな灯りがゆらゆらと揺れている。さくらには米粒ほどの大きさにしか見えない灯りだが、尾形はそこから誰がいるかということまで確認できたらしい。その灯りに向けて尾形は銃弾を放った。
「なっ……!」
驚きに言葉を失うさくらが尾形に鋭い視線を向けた。それと同時に再び尾形の腕の中に引き込まれると、すぐ横を弾丸が通り抜けていった。勢いだけで撃ちまくる弾丸が周りの木々にめり込み、反射し、まるで雨のように降り注いだ。
盗賊の弾丸だ。驚きで胸がどぐどくと波打つ。あれはアシリパを狙ったのではない。おそらくあの松明で盗賊を狙撃したのだ。自身を胸に納めた男が頭上で小さく笑った。
しばらくして銃弾の雨がやむと、あたりは再び静けさと暗闇に包まれた。ランプは先ほどの銃撃で壊されてしまった。今は、自身を抱きしめる男の体温と、息づかいだけが感じられた。大雪山の時のようにさくらを抱きしめる体はかなり冷たくなっている。夜の山で体温も奪われていっているようで、あのときよりも低い体温にさくらは心配になって声をかけた。
「尾形さん、目眩だとか体調の方は大丈夫ですか。」
低体温症になれば、思考を奪われ、身動きも取れなくなる。先ほどの銃撃戦で体はまだ動くようだが、症状が悪化してしまえば、さくら一人で尾形を抱えて移動することは難しい。少しでも暖が取れるようにと自身を抱きしめる尾形の腕を擦る。
「なんだ、俺の心配までしてくれるのか。」
言外に、『杉元が一番心配なのだろう』と責めるような意味が含まれている。鼻で笑うような言い方に、さくらは反論することができない。尾形の考えが図星であることも一つであるが、ラッコ鍋のときの尾形へのさくら自身の行いが、言葉を継げるのをためらわせた。
大雪山でのすがるような男の声が思い出される。『何か』を求める姿が男の繊細な部分をあらわしていたように思える。そんな男に、自分はどんな傷を負わせてしまったのだろうか。考えるだけで、自身の浅はかさに申し訳なさが押し寄せてくる。
「お前は相変わらず子供体温だな。」
何も言わないさくらに、尾形はそれ以上揶揄するような言葉を投げかけることはなかった。ただ、抱きしめる腕を少し強めて、体をすり寄せた。杉元よりも細身な体が熱を吸収しようと体をぴったりとくっつける。さくらはさすっている尾形の腕を見ながら、言葉を発した。
「盗賊が複数いるということは、アジトに集まっているのかもしれません。」
「そういえば杉元が廃旅館が近くに何軒かあると言っていたな。」
「この森の中に一軒あるそうです。おそらくアジトのひとつでしょう。」
尾形がさくらから体を離した。
「少し、夜が明けてきたな。」
言われて空を見上げると漆黒の闇が藍色がかった空へと変化していた。少しすれば、空も白んでくるだろう。真っ暗で見えなかった尾形の顔が、うすらぼんやりとだが見えてくる。
「こっちが狩る番だぜ。」
尾形が銃を構え直した。さくらもそれに倣い、拳銃を握った。