白銀の世界で
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「白石、この中で監獄にいたのっぺら坊と会ってるのはお前だけだよな?」
ぴんと張り詰めた空気の中、尾形は冷静に白石に問うた。しかし、白石は周りの雰囲気に気圧されているようで、落ち着かなく集まった者達の顔色を窺っている。
「え……?俺は一度も青い目なんて言ってねえぞ。あんな気持ち悪い顔まじまじと見たことねえよ。」
「土方歳三が前にそれっぽいこと言ってた気がするけど…それに多分他の囚人ものっぺら坊とは会話してないんじゃねえかな。あいつは黙々と入れ墨を彫るだけだった。脱獄の計画はすべて土方歳三を通して俺たち囚人に伝えられたんだ。」
のっぺら坊は本当にのっぺら坊なのか?
たしかにこんな真似ができるような奴はそうそういない。ひょっとして全て土方歳三が仕組んだことなのでは?
当事者たちはここにいない。あらゆる疑念を胸にしたまま、朝焼けの海辺は妙な静けさに包まれた。
翌日、一行は身支度を整え、町へと出てきた。
「俺の息子たちは北海道のアイヌだ。金塊はこの土地のアイヌのために存在している。俺の目的はインカラマッと同じはずだ。」
キロランケはそう言ってインカラマッに同意を求めるも、インカラマッは頷くこともなく、黙っている。
アイヌの女として金塊を守りたい
インカラマッの本心はそこにあるのだろうか。彼女が鶴見中尉を利用してまでアシリパを守ろうとする理由はなにか。奥歯に何か挟まっているような妙な感覚。彼女は全ての情報を提示していないように思える。それはキロランケも同じくであるが、どちらにせよ二人を手放しで仲間だと思うには不安要素が多すぎる。
「それでどうすんだよ?みんな疑心暗鬼のままだぜ?」
白石はこの妙な雰囲気に困ったように周りの者たちの様子を窺った。こんな状況ではいつもの軽口をたたくのも難しいだろう。
「誰かに寝首をかかれるのは勘弁だな」
尾形は冷静に状況をみながら、ためらいもなく答えた。こちらは普段と変わらない態度でいる。尾形にとっては、二人が仲間かどうかなどということは些末なことなのかもしれない。現に、今までも旅の一行と馴れ合うような場面はほとんど見たことがない。内にも外にも一定の警戒は怠らないのは彼らしい部分だろう。
そうは言っても、彼ら二人を今どうにか対処する術が見当たらないのが現状だ。第七師団の追っ手を警戒しながら、仲間内でも緊張感を持ち続ける野だと思うと、さくらも尾形と同じ気持ちだ。余計な心労が増えるのはあまり良い状態ではない。
「行くしかねえだろ。」
杉元はどんよりした空気を破るように、言い切った。
「のっぺら坊がアシリパさんの親父なのか違う男なのか…網走監獄へ行くってのは最初っから変わらねえ。インカラマッとキロランケ、旅の道中でもしどちらかが殺されたら……俺は残った方を殺す。これでいいな?」
なんてな、と杉元は台詞と不釣り合いなほど爽やかに笑い飛ばした。
しかし、その目が鋭く二人を見据えていることに誰もが気がついていた。
*************
釧路から北上していく。まだまだ道のりは長い。
山間の道なき道を進み、塘路湖へとやってきた。アシリパの親戚が近くのコタンにいるらしく、そこを訪ねるつもりだ。
若葉の美しい景色がひらけると、そこには小さな集落があった。釜を煮炊きする湯気や子供たちのはしゃぐ声、あたたかな雰囲気の村から、一人の男が出迎えてくれた。
アシリパがフチの姉の息子だ、と教えてくれた男は、快く一夜の宿を与えてくれた。その代わり、みなで手分けして今日の食材を狩りに行くことになった。しかし、インカラマッは村の女たちを占ってやると言い残り、チカパシと白石は村の子供たちと遊ぶらしい。他の男たちで山に入る事になった。アシリパはフチの甥にあたる男と塘路湖で魚を獲ることにしたらしく、そちらの準備を始めている。
「杉元、さくら、魚採りにいこう。」
いつもならば杉元と一緒に狩りに行くアシリパが誘ってくれている。さくらはその言葉に甘えて、二人に続いた。
少しある歩いた先で水の音が聞こえてくる。木々の影が黒く形をつくり、その間からは水面が日の光を浴びてきらめいているのが見えた。
「きれい……」
琵琶湖ほどはあろうか。山々のなかに雄大な湖が鎮座している。穏やかな水面のさざ波がさくらの耳に心地よく響いた。
杉元は、さくらの穏やかな表情を横でうかがい見ながら、僅かに口端を上げた。
姉畑の一件でさくらの無謀さに驚かされ、怒鳴ってしまった手前、うまく関われなかったことに杉元自身も気が咎めていたのだ。
塘路湖の水面を見ていると、水の底から熊の方へと上がっていくさくらが思い出される。死を目の前にして不釣り合いな慈しむような表情で自身を見つめるさくらに、己が死と対峙したときには感じたことのない喪失感と無力さが胸の中で渦巻いていた。さくらの肩から血が漂い初め、また大切な人を手放してしまうのか。そう思うと同時に、連れて行かれてなるものか、と体が動いた。
『今死んだら無駄死にだぞ!!全員で網走に行くんだろ!!』
第七師団でのさくらの言葉をなぞるように叫んだ言葉に偽りはない。だが、本心がそこにあったとは言えない。
心の奥深くでは、この人を、ただ離したくない。どこへも行かせるものか、と叫びながら、強く抱きしめたのだ。
そんな杉元の心などさくらは気付くことなく、己の不甲斐なさに申し訳なさそうにしていた。それがさらにバツが悪く思っていたが、釧路からの路ではさくらの表情はいつものように……、と思考を巡らしたところであの夜のさくらの潤んだ瞳と赤らんだ胸元が思い出された。
「おい!杉元!!船の準備ができたぞ!!」
アシリパの声で現実に引き戻されると、丸太をくりぬいた小舟にアシリパもさくらも乗り込んで待っている所だった。
「ごめんごめん、いま行くよ。」
そう言って、杉元は足早にみなの乗り込んだ船へと向かった。
フチの甥が船頭をつとめ、塘路湖へこぎ出した。
船は植物の群生した場所まで来ると、進むのをやめ、アシリパがその植物を指さしていった。
「この湖は昔からペカンペが沢山採れることで有名だ。ペカンペがあるから湖の周りにはアイヌの村がいくつも出来た。村同士で争いが起きたほど貴重な食べ物なんだ。」
さくらは不思議そうに植物の葉に触れた。
「これは、何の実でしょう?」
葉の茎の部分から枝分かれして、先端のとがった実がついている。アシリパがその問いに答えるようにペカンペを採取するとさくらの手に乗せた。
「水の上にあるもの、という意味で菱の実のことだ。」
「菱の実…?」
「秋になって実が熟したらどっさり採って、冬の保存食にする。」
さくらの手から菱の実を一つ採って杉元が言葉を継いだ。
「乾かしてカチカチになったのを昔の忍者はマキビシに使ったんだよな。」
杉元の言葉にさくらは、なるほど、と納得した顔をした。
「その菱の実だったんですね。食べれたとは知りませんでした。」
「俺も、忍者の武器の印象が強かったな。アシリパさんどんな味がするの?」
「乾かして保存しているペカンペは皮をはぎ、中の白い実をひいて団子や餅にする。採れたてのものは塩ゆでにしてご飯に混ぜて食べる。栗みたいでほくほくして美味しいんだ。」
アシリパは味を思い出したのか、目を輝かせている。その様子に杉元とさくらは微笑みあった。
その後、魚を何匹か釣ると村へと戻った。
村にはすでに尾形、谷垣、キロランケが鳥を片手に待っている所だった。
みなで持ち寄った食材を元に、夕飯の準備を始め、インカラマッも合流して調理をした。ある程度味付けまで出来たところで匂いに釣られたように白石とチカパシも合流し、食卓を囲んだ。
そこで、皆が腹を満たしたところで、村の近くで何か変わったことがないか聞いてみると、フチの甥は、顔を曇らせた。
「もうすぐペカンペの収穫時期だが、採っても『奴ら』に全部奪われるかもしれない。皆不安に思っている。」
「『奴ら』って他のコタンの人たち?」
杉元の問いに首を振った。
「最近このあたりに現れる盗賊だ。真っ暗闇の中を松明もともさず森をぬけて襲ってくる。」
アシリパが言うようにペカンペはアイヌ人にとってご馳走ならば、狙うのはアイヌの他の村の者だと思われたが、そうではないのか。
「どこの人たちでしょう。」
どこから流れてきたものなのか。……まさか脱獄囚か。
さくらの言葉に続くように白石が「なにもんだそいつら、忍者か?」と問うた。たしかに暗闇に乗じて行動すると言う点は忍者と共通しているが、忍者が北海道に…?いや、むしろ忍者が明治に実在しているのか疑わしい。
「奴らは全員目が見えない。盲目の盗賊たちなのだ。」
フチの甥がさらに言葉を継いだ。
「襲われたときに、ラッチャコの灯りで姿を見た者がいる。その盗賊をまとめている親玉の体には奇妙な入れ墨がある。」
その言葉に、その場にいた者たちは息をのんだ。
ぴんと張り詰めた空気の中、尾形は冷静に白石に問うた。しかし、白石は周りの雰囲気に気圧されているようで、落ち着かなく集まった者達の顔色を窺っている。
「え……?俺は一度も青い目なんて言ってねえぞ。あんな気持ち悪い顔まじまじと見たことねえよ。」
「土方歳三が前にそれっぽいこと言ってた気がするけど…それに多分他の囚人ものっぺら坊とは会話してないんじゃねえかな。あいつは黙々と入れ墨を彫るだけだった。脱獄の計画はすべて土方歳三を通して俺たち囚人に伝えられたんだ。」
のっぺら坊は本当にのっぺら坊なのか?
たしかにこんな真似ができるような奴はそうそういない。ひょっとして全て土方歳三が仕組んだことなのでは?
当事者たちはここにいない。あらゆる疑念を胸にしたまま、朝焼けの海辺は妙な静けさに包まれた。
翌日、一行は身支度を整え、町へと出てきた。
「俺の息子たちは北海道のアイヌだ。金塊はこの土地のアイヌのために存在している。俺の目的はインカラマッと同じはずだ。」
キロランケはそう言ってインカラマッに同意を求めるも、インカラマッは頷くこともなく、黙っている。
アイヌの女として金塊を守りたい
インカラマッの本心はそこにあるのだろうか。彼女が鶴見中尉を利用してまでアシリパを守ろうとする理由はなにか。奥歯に何か挟まっているような妙な感覚。彼女は全ての情報を提示していないように思える。それはキロランケも同じくであるが、どちらにせよ二人を手放しで仲間だと思うには不安要素が多すぎる。
「それでどうすんだよ?みんな疑心暗鬼のままだぜ?」
白石はこの妙な雰囲気に困ったように周りの者たちの様子を窺った。こんな状況ではいつもの軽口をたたくのも難しいだろう。
「誰かに寝首をかかれるのは勘弁だな」
尾形は冷静に状況をみながら、ためらいもなく答えた。こちらは普段と変わらない態度でいる。尾形にとっては、二人が仲間かどうかなどということは些末なことなのかもしれない。現に、今までも旅の一行と馴れ合うような場面はほとんど見たことがない。内にも外にも一定の警戒は怠らないのは彼らしい部分だろう。
そうは言っても、彼ら二人を今どうにか対処する術が見当たらないのが現状だ。第七師団の追っ手を警戒しながら、仲間内でも緊張感を持ち続ける野だと思うと、さくらも尾形と同じ気持ちだ。余計な心労が増えるのはあまり良い状態ではない。
「行くしかねえだろ。」
杉元はどんよりした空気を破るように、言い切った。
「のっぺら坊がアシリパさんの親父なのか違う男なのか…網走監獄へ行くってのは最初っから変わらねえ。インカラマッとキロランケ、旅の道中でもしどちらかが殺されたら……俺は残った方を殺す。これでいいな?」
なんてな、と杉元は台詞と不釣り合いなほど爽やかに笑い飛ばした。
しかし、その目が鋭く二人を見据えていることに誰もが気がついていた。
*************
釧路から北上していく。まだまだ道のりは長い。
山間の道なき道を進み、塘路湖へとやってきた。アシリパの親戚が近くのコタンにいるらしく、そこを訪ねるつもりだ。
若葉の美しい景色がひらけると、そこには小さな集落があった。釜を煮炊きする湯気や子供たちのはしゃぐ声、あたたかな雰囲気の村から、一人の男が出迎えてくれた。
アシリパがフチの姉の息子だ、と教えてくれた男は、快く一夜の宿を与えてくれた。その代わり、みなで手分けして今日の食材を狩りに行くことになった。しかし、インカラマッは村の女たちを占ってやると言い残り、チカパシと白石は村の子供たちと遊ぶらしい。他の男たちで山に入る事になった。アシリパはフチの甥にあたる男と塘路湖で魚を獲ることにしたらしく、そちらの準備を始めている。
「杉元、さくら、魚採りにいこう。」
いつもならば杉元と一緒に狩りに行くアシリパが誘ってくれている。さくらはその言葉に甘えて、二人に続いた。
少しある歩いた先で水の音が聞こえてくる。木々の影が黒く形をつくり、その間からは水面が日の光を浴びてきらめいているのが見えた。
「きれい……」
琵琶湖ほどはあろうか。山々のなかに雄大な湖が鎮座している。穏やかな水面のさざ波がさくらの耳に心地よく響いた。
杉元は、さくらの穏やかな表情を横でうかがい見ながら、僅かに口端を上げた。
姉畑の一件でさくらの無謀さに驚かされ、怒鳴ってしまった手前、うまく関われなかったことに杉元自身も気が咎めていたのだ。
塘路湖の水面を見ていると、水の底から熊の方へと上がっていくさくらが思い出される。死を目の前にして不釣り合いな慈しむような表情で自身を見つめるさくらに、己が死と対峙したときには感じたことのない喪失感と無力さが胸の中で渦巻いていた。さくらの肩から血が漂い初め、また大切な人を手放してしまうのか。そう思うと同時に、連れて行かれてなるものか、と体が動いた。
『今死んだら無駄死にだぞ!!全員で網走に行くんだろ!!』
第七師団でのさくらの言葉をなぞるように叫んだ言葉に偽りはない。だが、本心がそこにあったとは言えない。
心の奥深くでは、この人を、ただ離したくない。どこへも行かせるものか、と叫びながら、強く抱きしめたのだ。
そんな杉元の心などさくらは気付くことなく、己の不甲斐なさに申し訳なさそうにしていた。それがさらにバツが悪く思っていたが、釧路からの路ではさくらの表情はいつものように……、と思考を巡らしたところであの夜のさくらの潤んだ瞳と赤らんだ胸元が思い出された。
「おい!杉元!!船の準備ができたぞ!!」
アシリパの声で現実に引き戻されると、丸太をくりぬいた小舟にアシリパもさくらも乗り込んで待っている所だった。
「ごめんごめん、いま行くよ。」
そう言って、杉元は足早にみなの乗り込んだ船へと向かった。
フチの甥が船頭をつとめ、塘路湖へこぎ出した。
船は植物の群生した場所まで来ると、進むのをやめ、アシリパがその植物を指さしていった。
「この湖は昔からペカンペが沢山採れることで有名だ。ペカンペがあるから湖の周りにはアイヌの村がいくつも出来た。村同士で争いが起きたほど貴重な食べ物なんだ。」
さくらは不思議そうに植物の葉に触れた。
「これは、何の実でしょう?」
葉の茎の部分から枝分かれして、先端のとがった実がついている。アシリパがその問いに答えるようにペカンペを採取するとさくらの手に乗せた。
「水の上にあるもの、という意味で菱の実のことだ。」
「菱の実…?」
「秋になって実が熟したらどっさり採って、冬の保存食にする。」
さくらの手から菱の実を一つ採って杉元が言葉を継いだ。
「乾かしてカチカチになったのを昔の忍者はマキビシに使ったんだよな。」
杉元の言葉にさくらは、なるほど、と納得した顔をした。
「その菱の実だったんですね。食べれたとは知りませんでした。」
「俺も、忍者の武器の印象が強かったな。アシリパさんどんな味がするの?」
「乾かして保存しているペカンペは皮をはぎ、中の白い実をひいて団子や餅にする。採れたてのものは塩ゆでにしてご飯に混ぜて食べる。栗みたいでほくほくして美味しいんだ。」
アシリパは味を思い出したのか、目を輝かせている。その様子に杉元とさくらは微笑みあった。
その後、魚を何匹か釣ると村へと戻った。
村にはすでに尾形、谷垣、キロランケが鳥を片手に待っている所だった。
みなで持ち寄った食材を元に、夕飯の準備を始め、インカラマッも合流して調理をした。ある程度味付けまで出来たところで匂いに釣られたように白石とチカパシも合流し、食卓を囲んだ。
そこで、皆が腹を満たしたところで、村の近くで何か変わったことがないか聞いてみると、フチの甥は、顔を曇らせた。
「もうすぐペカンペの収穫時期だが、採っても『奴ら』に全部奪われるかもしれない。皆不安に思っている。」
「『奴ら』って他のコタンの人たち?」
杉元の問いに首を振った。
「最近このあたりに現れる盗賊だ。真っ暗闇の中を松明もともさず森をぬけて襲ってくる。」
アシリパが言うようにペカンペはアイヌ人にとってご馳走ならば、狙うのはアイヌの他の村の者だと思われたが、そうではないのか。
「どこの人たちでしょう。」
どこから流れてきたものなのか。……まさか脱獄囚か。
さくらの言葉に続くように白石が「なにもんだそいつら、忍者か?」と問うた。たしかに暗闇に乗じて行動すると言う点は忍者と共通しているが、忍者が北海道に…?いや、むしろ忍者が明治に実在しているのか疑わしい。
「奴らは全員目が見えない。盲目の盗賊たちなのだ。」
フチの甥がさらに言葉を継いだ。
「襲われたときに、ラッチャコの灯りで姿を見た者がいる。その盗賊をまとめている親玉の体には奇妙な入れ墨がある。」
その言葉に、その場にいた者たちは息をのんだ。