白銀の世界で
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谷垣と尾形を村に残し、杉元、アシリパ、さくらは姉畑の捜索に乗り出した。手がかりはヒグマを追っていると言うことだけだ。アシリパの経験を頼りにヒグマがいそうな場所をしらみつぶしに探していく。しかし、これだけ広大な土地だ。本当に三日で見つけることが出来るのか。不安を感じながらも、三人は捜索を続けた。
一日目は痕跡さえ見つけられずに夜になってしまった。野宿ができそうな場所に移動して、手持ちの食料と野草を使って夕食の準備をした。オハウを煮ている間にアシリパがアイヌの昔話を教えてくれた。
「カムイと人間が結婚するウエペケレはたくさんある。狼や熊と結婚した男の話しや、カッコウと結婚した男の話はカムイと子供まで作っている。」
それを聞いて、杉元も日本の昔話を話した。
「和人の昔話にも「鶴女房」って話があってね。女に変身して人間に恩返しするんだけど鶴の姿を見られた途端に逃げて行くんだ。」
それを聞いて、さくらもそういえば、と話し始めた。
「龍や狐と結婚する話もありますよね。狐が女性に化けて男の人と結婚して子供を産んだりっていう。」
二人の話を聞いて、アシリパはふむ、と頷いた。
「どの話も動物と結婚するときは必ず人間に変身した姿で結婚する。やっぱり動物と結婚するのはいけないことだと分かっているからだ。カムイはカムイ。人間は人間とウコチャヌプコロしなきゃいけないんだ。」
さくらはぐつぐつと湯気を立てるオハウを皆によそって分ける。
「明日はもう少し、森の方も探してみよう。」
杉元の提案にアシリパとさくらは頷き、熱々のオハウに口をつけた。
姉畑は今頃どうしているのだろうか。こうして、野営しているのだろか。それとも、暗闇に乗じて熊に近づいているのだろうか…。もし、食い殺されていたら?判別できなければ谷垣の開放は不可能だ。……かなり危険な賭けに出ているのだな、と改めて認識した。彼を慕っているらしいチカパシという少年。彼のためにも救ってやりたい。
「さくらさん。眉間に皺、寄ってるよ。」
そう言って杉元がさくらの額を指でつついた。そこで、思考から離れて顔を上げた。笑いかける杉元と、隣で今にも寝てしまいそうなアシリパがいた。
「考え事をしていたら、つい。」
「難しいこと考えても仕方ない。俺達は俺達の出来ることをしよう。」
迷いの無い瞳でこちらを見つめる杉元の様子に、ほっと安心させられる。根拠などないはずなのに、杉元に言われると、大丈夫なのだと思えてくるのだから不思議だ。
「そうですね。早く休んで明日も頑張りましょう。」
さくらはそう返すと、杉元に笑いかけた。それに杉元も笑顔で頷いてくれる。アシリパはもう睡魔が襲ってきているためか、ごろんと地面に横になった。
「アイヌには悪い狐が悪知恵で人間と結婚しようとして、正体がばれて殺される話もある。カムイと人間が良くない方法でウコチャヌプコロしようとすると罰を受けるということだな。」
先ほどの話を引きずっているのか、むにゃむにゃとうわごとのように、つぶやいている。姉畑の行動をアシリパなりに分析して道理を理解しようとしているのだろう。
獣に恋愛感情を持ってしまう…現代でもまれではあるがそういう人間もいるんだろう。しかし、だからといって許されるものではない。家畜の被害だけではない。特に姉畑の動物への加虐性は異常だ。好きな相手を殺してしまう。それが愉快犯ならば、その矛先が次にどこへ向くのか。
がさがさ、と遠くの方で草むらが揺れた。瞬時に杉元がそちらへ注意を向けた。
「何でしょう…?」
「ヒグマじゃなきゃいいが…。」
視線を外さず、杉元が鋭い視線を向ける。しかし、それ以上草むらから音は聞こえなかった。
二日目は雨だ。これだけ視界が悪いと、人影を見つけるのは難しい。その日は諦めて、三日目となった。三人は焦っていた。ここまでひとつも手がかりになりそうなものが見つかっていないのだ。
「やばいぞ。最終日なのに全くみつけられねえ。姉畑がヒグマに銃を使ってくれたら音でおおよその位置がつかめるかもしれんが…。ひとまず、コタンに戻って谷垣を逃がして時間稼ぎするしかないか。」
さすがに杉元も焦っている。しかし、それに反してアシリパは落ち着いた様子だ。
「谷垣は尾形が助けてくれる。」
迷い無く、そう言い切るのに、杉元は苦い顔をした。そして、さくらに意見を求めるようにこちらを見た。きっと、安全策として、杉元の言う方がいいだろう。しかし、アシリパは自分との約束を尾形は守ってくれると信じている。そして、さくらたちを送り出した尾形は、きっと大人数での逃走より、少人数の方がいいと思っているだろう。でなければ、さくらまで姉畑捜索に振り分けて人数を絞ったりしないはずだ。そして、なにより無闇に人を殺さなくて済む。谷垣も村の人たちを手にかけるのは本意ではないようだった。
「…私も、信じて自分たちの役目を全うしようと思います。」
口数少なく、疑われやすい男だ。しかし、きっとやってくれる。
「あんなの……一番信じちゃだめな奴だよ。」
杉元は同意が得られなかったことに渋い顔をしながら、そうつぶやいた。しかし、二人の意見は尊重してくれるようで、そのまま捜索を続けることになった。
その道中、二瓶の相棒のリュウと出くわした。谷垣の持っていた村田銃を追って、ここまでやってきたのだろうか。そう思うと、いじらしく思えた。杉元はリュウをいたわるように撫でようとしたが、思い切り噛まれてしまった。しかし、アシリパはすぐに手なずけ、リュウに姉畑を見つけてもらおうと、持っていた縄を綱代わりにして、同行させることになった。
そして、アシリパは初めに鹿を見つけた場所へとリュウを連れて行った。
「リュウは二塀の銃を追えるわけじゃない。二塀の銃を持った谷垣の匂いを追ってきた。私たちが知っている姉畑の痕跡はここだけだ。雨で匂いが残っているか分からないけど…。」
「間に合うか厳しいな……。」
「ぎりぎりまで粘ってみよう。いざとなったら尾形が…。」
そういうアシリパに杉元は嫌そうな顔をした。
「……アシリパさん。もし俺が谷垣みたいな状況になったら尾形にだけは託さないでくれよ?」
どうしても尾形は信用できないらしい。あの雪山での戦い、そして鶴見を裏切り土方へと寝返ったこと。それらが尾形を信用しきれない理由なのだろう。杉元の言葉に、アシリパが力強く、「杉元に何かあったら私が必ず助ける。」と断言した。相棒としての強い絆が見えたような気がした。それが眩しく思え、さくらはアシリパの真剣な表情をただ見つめていた。
突然、リュウが強く反応して、走り出す。三人はリュウの行く先をついて行くと、ヒグマの糞が荒らされているのを見つけた。こんなことをするのは姉畑くらいしかいないだろう。そして、さらにリュウが強く反応し、駆けだした。そこにはヒグマと、襲われている姉畑の姿があった。三人が銃と弓矢を構える。リュウはそのままの勢いで姉畑に突撃し、二瓶の銃を奪い取った。その乱闘で二瓶の銃が誤射され、こちらに弾が飛んでくる。それがアシリパの頭をかすめ、驚いてあらぬ方向へ弓を飛ばすと、足下が揺らめいた。アシリパは絡め取られるように池に引き込まれた。
「アシリパさん!!」
とっさに手を伸ばした杉元も同じく池に落ちてしまう。
「アシリパさん、杉元さん!!」
さくらが焦って二人を呼ぶと、すぐに水面に顔が浮き上がった。それに安心して、姉畑とヒグマへと再び目を向けた。姉畑がヒグマの腹にしがみついている。ヒグマは背を向けている。こちらを向かせて急所の額か心臓を狙わなくては。そう思い、威嚇するように、さくらがヒグマの尻に発砲した。痛みと驚きでヒグマがこちらを振り向き、興奮したように走ってくる。杉元も急いで池から上がると、応戦するために、銃を発砲した。
「うーわっ…!壊れた!!」
しかし、発砲した瞬間、銃身が破裂した。ヒグマは勢いをつけてこちらに駆けてくる。
「杉元、さくら、ヒグマが襲ってくるぞ!!」
速い……。恐怖に足がすくんで動けない。
「さくらさん…息吸って!!」
さくらの様子に気がついた杉元がさくらを抱えると、再び池へと飛び込んだ。それを追うようにヒグマが水面で大きく口を開けている。顔を出せば、きっと首を折られるほどにひっぱたかれるだろう。銃は水に浸かってしまった。……あのとき、仕留めていれば。さくらは自身の不甲斐なさと、もはや死を待つことしかできないことに、後悔していた。自分が仕留めていれば、こんな風に杉元を巻き込まずにすんだはずなのに。水中で温かい涙が目ににじんだ。すると、さくらを抱えていた杉元の腕が力強くなった。それに気がついて杉元の方を見ると、銃剣を取り出して、こちらに目を向けていた。言わずとも『大丈夫』だと、伝えているようだ。しかし、足場の無い水中からヒグマを狙うなんて、相当難しい。無傷ではすまないはずだ。お互い、もう息が続かない。苦しそうな表情の杉元を見ていると、こんな選択をさせてしまうなんて、付いてくるべきではなかったのだろうか。と、今更ながら思ってしまう。
今後の旅でもきっと足手まといになってしまう。ならば、ここでおとりになって、ヒグマを仕留めた方がいくらか皆の利になるのではないか。ふと、そんなことが頭をよぎる。杉元はこの旅で重要な人物だ。無傷に近ければその方がずっといい。
……痛いのはきっと一瞬だけ。
さくらは自身を抱える杉元を池の下へと押しやった。それに驚き目を見開く杉元に、にこりと笑った。
『大丈夫』
残り少ない空気を泡に変えて、さくらが口を開いた。
一日目は痕跡さえ見つけられずに夜になってしまった。野宿ができそうな場所に移動して、手持ちの食料と野草を使って夕食の準備をした。オハウを煮ている間にアシリパがアイヌの昔話を教えてくれた。
「カムイと人間が結婚するウエペケレはたくさんある。狼や熊と結婚した男の話しや、カッコウと結婚した男の話はカムイと子供まで作っている。」
それを聞いて、杉元も日本の昔話を話した。
「和人の昔話にも「鶴女房」って話があってね。女に変身して人間に恩返しするんだけど鶴の姿を見られた途端に逃げて行くんだ。」
それを聞いて、さくらもそういえば、と話し始めた。
「龍や狐と結婚する話もありますよね。狐が女性に化けて男の人と結婚して子供を産んだりっていう。」
二人の話を聞いて、アシリパはふむ、と頷いた。
「どの話も動物と結婚するときは必ず人間に変身した姿で結婚する。やっぱり動物と結婚するのはいけないことだと分かっているからだ。カムイはカムイ。人間は人間とウコチャヌプコロしなきゃいけないんだ。」
さくらはぐつぐつと湯気を立てるオハウを皆によそって分ける。
「明日はもう少し、森の方も探してみよう。」
杉元の提案にアシリパとさくらは頷き、熱々のオハウに口をつけた。
姉畑は今頃どうしているのだろうか。こうして、野営しているのだろか。それとも、暗闇に乗じて熊に近づいているのだろうか…。もし、食い殺されていたら?判別できなければ谷垣の開放は不可能だ。……かなり危険な賭けに出ているのだな、と改めて認識した。彼を慕っているらしいチカパシという少年。彼のためにも救ってやりたい。
「さくらさん。眉間に皺、寄ってるよ。」
そう言って杉元がさくらの額を指でつついた。そこで、思考から離れて顔を上げた。笑いかける杉元と、隣で今にも寝てしまいそうなアシリパがいた。
「考え事をしていたら、つい。」
「難しいこと考えても仕方ない。俺達は俺達の出来ることをしよう。」
迷いの無い瞳でこちらを見つめる杉元の様子に、ほっと安心させられる。根拠などないはずなのに、杉元に言われると、大丈夫なのだと思えてくるのだから不思議だ。
「そうですね。早く休んで明日も頑張りましょう。」
さくらはそう返すと、杉元に笑いかけた。それに杉元も笑顔で頷いてくれる。アシリパはもう睡魔が襲ってきているためか、ごろんと地面に横になった。
「アイヌには悪い狐が悪知恵で人間と結婚しようとして、正体がばれて殺される話もある。カムイと人間が良くない方法でウコチャヌプコロしようとすると罰を受けるということだな。」
先ほどの話を引きずっているのか、むにゃむにゃとうわごとのように、つぶやいている。姉畑の行動をアシリパなりに分析して道理を理解しようとしているのだろう。
獣に恋愛感情を持ってしまう…現代でもまれではあるがそういう人間もいるんだろう。しかし、だからといって許されるものではない。家畜の被害だけではない。特に姉畑の動物への加虐性は異常だ。好きな相手を殺してしまう。それが愉快犯ならば、その矛先が次にどこへ向くのか。
がさがさ、と遠くの方で草むらが揺れた。瞬時に杉元がそちらへ注意を向けた。
「何でしょう…?」
「ヒグマじゃなきゃいいが…。」
視線を外さず、杉元が鋭い視線を向ける。しかし、それ以上草むらから音は聞こえなかった。
二日目は雨だ。これだけ視界が悪いと、人影を見つけるのは難しい。その日は諦めて、三日目となった。三人は焦っていた。ここまでひとつも手がかりになりそうなものが見つかっていないのだ。
「やばいぞ。最終日なのに全くみつけられねえ。姉畑がヒグマに銃を使ってくれたら音でおおよその位置がつかめるかもしれんが…。ひとまず、コタンに戻って谷垣を逃がして時間稼ぎするしかないか。」
さすがに杉元も焦っている。しかし、それに反してアシリパは落ち着いた様子だ。
「谷垣は尾形が助けてくれる。」
迷い無く、そう言い切るのに、杉元は苦い顔をした。そして、さくらに意見を求めるようにこちらを見た。きっと、安全策として、杉元の言う方がいいだろう。しかし、アシリパは自分との約束を尾形は守ってくれると信じている。そして、さくらたちを送り出した尾形は、きっと大人数での逃走より、少人数の方がいいと思っているだろう。でなければ、さくらまで姉畑捜索に振り分けて人数を絞ったりしないはずだ。そして、なにより無闇に人を殺さなくて済む。谷垣も村の人たちを手にかけるのは本意ではないようだった。
「…私も、信じて自分たちの役目を全うしようと思います。」
口数少なく、疑われやすい男だ。しかし、きっとやってくれる。
「あんなの……一番信じちゃだめな奴だよ。」
杉元は同意が得られなかったことに渋い顔をしながら、そうつぶやいた。しかし、二人の意見は尊重してくれるようで、そのまま捜索を続けることになった。
その道中、二瓶の相棒のリュウと出くわした。谷垣の持っていた村田銃を追って、ここまでやってきたのだろうか。そう思うと、いじらしく思えた。杉元はリュウをいたわるように撫でようとしたが、思い切り噛まれてしまった。しかし、アシリパはすぐに手なずけ、リュウに姉畑を見つけてもらおうと、持っていた縄を綱代わりにして、同行させることになった。
そして、アシリパは初めに鹿を見つけた場所へとリュウを連れて行った。
「リュウは二塀の銃を追えるわけじゃない。二塀の銃を持った谷垣の匂いを追ってきた。私たちが知っている姉畑の痕跡はここだけだ。雨で匂いが残っているか分からないけど…。」
「間に合うか厳しいな……。」
「ぎりぎりまで粘ってみよう。いざとなったら尾形が…。」
そういうアシリパに杉元は嫌そうな顔をした。
「……アシリパさん。もし俺が谷垣みたいな状況になったら尾形にだけは託さないでくれよ?」
どうしても尾形は信用できないらしい。あの雪山での戦い、そして鶴見を裏切り土方へと寝返ったこと。それらが尾形を信用しきれない理由なのだろう。杉元の言葉に、アシリパが力強く、「杉元に何かあったら私が必ず助ける。」と断言した。相棒としての強い絆が見えたような気がした。それが眩しく思え、さくらはアシリパの真剣な表情をただ見つめていた。
突然、リュウが強く反応して、走り出す。三人はリュウの行く先をついて行くと、ヒグマの糞が荒らされているのを見つけた。こんなことをするのは姉畑くらいしかいないだろう。そして、さらにリュウが強く反応し、駆けだした。そこにはヒグマと、襲われている姉畑の姿があった。三人が銃と弓矢を構える。リュウはそのままの勢いで姉畑に突撃し、二瓶の銃を奪い取った。その乱闘で二瓶の銃が誤射され、こちらに弾が飛んでくる。それがアシリパの頭をかすめ、驚いてあらぬ方向へ弓を飛ばすと、足下が揺らめいた。アシリパは絡め取られるように池に引き込まれた。
「アシリパさん!!」
とっさに手を伸ばした杉元も同じく池に落ちてしまう。
「アシリパさん、杉元さん!!」
さくらが焦って二人を呼ぶと、すぐに水面に顔が浮き上がった。それに安心して、姉畑とヒグマへと再び目を向けた。姉畑がヒグマの腹にしがみついている。ヒグマは背を向けている。こちらを向かせて急所の額か心臓を狙わなくては。そう思い、威嚇するように、さくらがヒグマの尻に発砲した。痛みと驚きでヒグマがこちらを振り向き、興奮したように走ってくる。杉元も急いで池から上がると、応戦するために、銃を発砲した。
「うーわっ…!壊れた!!」
しかし、発砲した瞬間、銃身が破裂した。ヒグマは勢いをつけてこちらに駆けてくる。
「杉元、さくら、ヒグマが襲ってくるぞ!!」
速い……。恐怖に足がすくんで動けない。
「さくらさん…息吸って!!」
さくらの様子に気がついた杉元がさくらを抱えると、再び池へと飛び込んだ。それを追うようにヒグマが水面で大きく口を開けている。顔を出せば、きっと首を折られるほどにひっぱたかれるだろう。銃は水に浸かってしまった。……あのとき、仕留めていれば。さくらは自身の不甲斐なさと、もはや死を待つことしかできないことに、後悔していた。自分が仕留めていれば、こんな風に杉元を巻き込まずにすんだはずなのに。水中で温かい涙が目ににじんだ。すると、さくらを抱えていた杉元の腕が力強くなった。それに気がついて杉元の方を見ると、銃剣を取り出して、こちらに目を向けていた。言わずとも『大丈夫』だと、伝えているようだ。しかし、足場の無い水中からヒグマを狙うなんて、相当難しい。無傷ではすまないはずだ。お互い、もう息が続かない。苦しそうな表情の杉元を見ていると、こんな選択をさせてしまうなんて、付いてくるべきではなかったのだろうか。と、今更ながら思ってしまう。
今後の旅でもきっと足手まといになってしまう。ならば、ここでおとりになって、ヒグマを仕留めた方がいくらか皆の利になるのではないか。ふと、そんなことが頭をよぎる。杉元はこの旅で重要な人物だ。無傷に近ければその方がずっといい。
……痛いのはきっと一瞬だけ。
さくらは自身を抱える杉元を池の下へと押しやった。それに驚き目を見開く杉元に、にこりと笑った。
『大丈夫』
残り少ない空気を泡に変えて、さくらが口を開いた。