白銀の世界で
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村に連れて行かれると谷垣は小熊を入れる檻に手首をくくりつけられた。そして、村中の男たちが集まると、鋭い視線が集まった。アイヌ語で男たちが激しく言い合っている。さくらが危惧していたとおり、興奮状態の集団に、冷静な判断ができるようには思えなかった。時折聞こえる日本語からは警察や、殺す、切るなど物騒な言葉が飛び交っている。尾形とさくらは顔見知りということで同行しているものの、谷垣のように拘束される事は無かった。彼らにとってむやみに人を殺そうとするような状況にまでは事態は悪化していないと捉えれば良いのだろうか。しかし、今にも刃物を持って飛びかかりそうな男たちを見ると、当の谷垣は焦って声を張り上げた。
「待ってくれ!俺の話を聞いてくれ!!」
興奮状態の集団に大声を張り上げても、それは火に油を注ぐようなものだった。さらに周囲の男たちは円を狭めて谷垣に近づいていく。
「待って…!!」
これ以上見ていられないと、さくらが男たちの集団に乗り込もうとしたときだった。隣から肩を掴まれ、阻まれた。
「こんな状況でお前が割って入っても無駄だ。」
尾形は冷静に言った。
「ですが、このままでは谷垣さんが殺されてしまいますよ。」
焦って尾形の手を振り払おうと体をねじったが、どこをどう力を入れているのか、びくともしない。
「だからお前が出ていって『無実だ』と叫んでも誰も聞きやしない。話し合いなんてはなからするつもりもないのさ。」
「だから、諦めるんですか?」
目の前で元同胞が今にも命を落とそうとしているのに。どうして傍観していられるのか。そういう意味も込めてさくらは鋭い視線を尾形に向けた。
「どうしてもというなら実力行使するか?」
鼻で笑いながら尾形が自身の背に担いでいる銃に視線を向けた。
集団の中でも体格の良い男がマキリを鞘から抜こうとした。もう、何をされてもおかしくない。それくらい異様な熱気があたりを包んでいた。
しかし、そこで凜としながらも、通った声が響いた。
「ちょっと待った。」
屈強な男を制止したのは杉元だった。
「お前もこの男の仲間か?どけっ!!」
怒りに身を任せて男は思いきり杉元の頬を殴りつけた。
「まあまあ落ち着きなって。」
しかし、痛がるそぶりも見せず、杉元は飄々とした態度で男に話しかける。それがさらに男の怒りを買ったのか続けざまに腹部を殴られた。あまりの衝撃音にさくらは息をのんだ。杉元と同じくやってきていたアシリパは心配そうに杉元の名前を呼んだ。
「杉元っ!!」
普段はあまりみられないアシリパの余裕のない様子に杉元がにこり、と安心させるように笑いかけた。と、次の瞬間、男の顎めがけて思い切り振りかぶると、拳を撃ち込んだ。その衝撃で男は一発で地面に伏した。まさかの事態に一行も、周りを取り囲んで騒ぎ立てていた男たちも静かになった。さくらの隣にいた尾形は面白そうに自身の銃を片手に拍手を送っている。誠実さに欠けるというか、あくまで他人事というような感じだ。杉元に何も無い事にほっとしたのと、尾形の行動に、さくらは小さくため息をついた。
「犯人の名前は姉畑支遁。上半身に入れ墨がある男だ。」
杉元は静かになった集団に語りかけた。そして、谷垣の上半身のシャツをはだけさせて、入れ墨がないことを全員に確認させた。
「この谷垣源次郎は寝てる間に犯人に村田銃を奪われたドジマタギだ!!俺達が必ず姉畑支遁を獲ってくる。」
自信に満ちた物言いに、アイヌの村人たちは異論を唱えなかった。かわりに若い男が杉元に条件を提示した。
「三日やる。三日以内に真犯人とやらをここへ連れてこい。」
猶予をくれるというのだろう。本当に犯人がいるのなら、皆を納得させるものをもってこいということだ。しかし、犯人として尤も有力な谷垣は人質にする、というのは至極当然の流れだ。
男は続いて話した。
「それまで、その男は預かる。村の者たちにはその男への刑罰を待たせる。」
杉元の実力を見込んでの譲歩だ。それに報いるために皆で姉畑を見つけなければ。
話は終わったと、村の者たちはちりぢりに去って行った。残ったのは谷垣、杉元、アシリパ、尾形、さくらだ。今後の作戦を話し合う。そこでアシリパが尾形に話しかけた。
「私たちが三日以内に姉畑支遁を連れて戻れなかったときは尾形が谷垣を守ってくれ。」
尾形はそれに淡々と答えた。
「あの小熊ちゃんを助けて俺に何の得がある?奴は鶴見中尉の命令で俺達を追ってきた可能性が高い。鶴見中尉を信奉し、造反した戦友三人を山で殺す男だ。」
尾形の言葉に、先ほどまでの谷垣への行動の意味が垣間見えた。見つけた池では、真意を確かめるため命を助けたが、アイヌの男たちに囲まれて分が悪いときには傍観に徹していた。それは、谷垣を疑い、一行に被害が及ぶことまで見越していたのだ。先ほどまで薄情な男だ、と思っていたさくらは、自身の考えを改めた。この男は冷静に集団の利となることのために行動していたに過ぎないのだ。だからこそ、さくらを引き留めたのか…。尾形を見ると、ぱちりと目が合った。笑うでもなく、ただ無表情な顔でこちらを一瞥すると、杉元に視線を移した。
「谷垣と行動していた三人のことか?あいつらを殺したのはヒグマだ。俺がその場にいたんだから間違いない。」
「ヒグマ?」
「谷垣はマタギに戻りたがっていた。足を洗ったあとも軍に戻らずフチの家にいたと聞いた。谷垣に何かあればフチが悲しむ。」
さくらの知らないところでそのような繋がりがあったとは。杉元とアシリパの説明を聞きながら、尾形の様子を窺った。
「アシリパさんの頼みを聞かねえと、嫌われて獲物の脳みそを食えなくなるぜ?」
茶化す杉元と、真剣アシリパの表情を見つめ、尾形が口を開いた。
「いっとくが…俺の助ける方法は選択肢が少ないぞ。」
尾形の視線が監視役の男たちに向けられた。その意味するところにアシリパも気がついたのか、ごくり、と喉を鳴らした。
「さくらさんは一緒に来る?それともここで尾形と待ってる?」
「万が一のときは谷垣さんを連れてくのに一騒動あるはずです。……私では戦力になるより足手まといになるかと。」
近接戦で有利なのは谷垣だ。そして狙撃の腕が良いのは尾形だ。乱戦で訓練された兵士ならば立ち回れるだろうが、さくらが加われば、ハンデをひとつ背負うことに他ならないだろう。いくら武器を持っていると言っても、皆の助けになれるほど実践に長けているわけではない。自分が一番分かっている。そして、きっと気にしてくれているであろう杉元に言わせるのは申し訳ない。
「そんなこと…」
言いよどむ杉元に対して、尾形が言葉をかぶせた。
「杉元、お前より射撃の腕は良いぜ。嬢ちゃんとさくらに獲物を獲るのは任せるんだな。」
「俺だってヒグマを仕留めたことあるし…。」
むくれる杉元はそれ以上尾形に言い返すことはなかった。
「待ってくれ!俺の話を聞いてくれ!!」
興奮状態の集団に大声を張り上げても、それは火に油を注ぐようなものだった。さらに周囲の男たちは円を狭めて谷垣に近づいていく。
「待って…!!」
これ以上見ていられないと、さくらが男たちの集団に乗り込もうとしたときだった。隣から肩を掴まれ、阻まれた。
「こんな状況でお前が割って入っても無駄だ。」
尾形は冷静に言った。
「ですが、このままでは谷垣さんが殺されてしまいますよ。」
焦って尾形の手を振り払おうと体をねじったが、どこをどう力を入れているのか、びくともしない。
「だからお前が出ていって『無実だ』と叫んでも誰も聞きやしない。話し合いなんてはなからするつもりもないのさ。」
「だから、諦めるんですか?」
目の前で元同胞が今にも命を落とそうとしているのに。どうして傍観していられるのか。そういう意味も込めてさくらは鋭い視線を尾形に向けた。
「どうしてもというなら実力行使するか?」
鼻で笑いながら尾形が自身の背に担いでいる銃に視線を向けた。
集団の中でも体格の良い男がマキリを鞘から抜こうとした。もう、何をされてもおかしくない。それくらい異様な熱気があたりを包んでいた。
しかし、そこで凜としながらも、通った声が響いた。
「ちょっと待った。」
屈強な男を制止したのは杉元だった。
「お前もこの男の仲間か?どけっ!!」
怒りに身を任せて男は思いきり杉元の頬を殴りつけた。
「まあまあ落ち着きなって。」
しかし、痛がるそぶりも見せず、杉元は飄々とした態度で男に話しかける。それがさらに男の怒りを買ったのか続けざまに腹部を殴られた。あまりの衝撃音にさくらは息をのんだ。杉元と同じくやってきていたアシリパは心配そうに杉元の名前を呼んだ。
「杉元っ!!」
普段はあまりみられないアシリパの余裕のない様子に杉元がにこり、と安心させるように笑いかけた。と、次の瞬間、男の顎めがけて思い切り振りかぶると、拳を撃ち込んだ。その衝撃で男は一発で地面に伏した。まさかの事態に一行も、周りを取り囲んで騒ぎ立てていた男たちも静かになった。さくらの隣にいた尾形は面白そうに自身の銃を片手に拍手を送っている。誠実さに欠けるというか、あくまで他人事というような感じだ。杉元に何も無い事にほっとしたのと、尾形の行動に、さくらは小さくため息をついた。
「犯人の名前は姉畑支遁。上半身に入れ墨がある男だ。」
杉元は静かになった集団に語りかけた。そして、谷垣の上半身のシャツをはだけさせて、入れ墨がないことを全員に確認させた。
「この谷垣源次郎は寝てる間に犯人に村田銃を奪われたドジマタギだ!!俺達が必ず姉畑支遁を獲ってくる。」
自信に満ちた物言いに、アイヌの村人たちは異論を唱えなかった。かわりに若い男が杉元に条件を提示した。
「三日やる。三日以内に真犯人とやらをここへ連れてこい。」
猶予をくれるというのだろう。本当に犯人がいるのなら、皆を納得させるものをもってこいということだ。しかし、犯人として尤も有力な谷垣は人質にする、というのは至極当然の流れだ。
男は続いて話した。
「それまで、その男は預かる。村の者たちにはその男への刑罰を待たせる。」
杉元の実力を見込んでの譲歩だ。それに報いるために皆で姉畑を見つけなければ。
話は終わったと、村の者たちはちりぢりに去って行った。残ったのは谷垣、杉元、アシリパ、尾形、さくらだ。今後の作戦を話し合う。そこでアシリパが尾形に話しかけた。
「私たちが三日以内に姉畑支遁を連れて戻れなかったときは尾形が谷垣を守ってくれ。」
尾形はそれに淡々と答えた。
「あの小熊ちゃんを助けて俺に何の得がある?奴は鶴見中尉の命令で俺達を追ってきた可能性が高い。鶴見中尉を信奉し、造反した戦友三人を山で殺す男だ。」
尾形の言葉に、先ほどまでの谷垣への行動の意味が垣間見えた。見つけた池では、真意を確かめるため命を助けたが、アイヌの男たちに囲まれて分が悪いときには傍観に徹していた。それは、谷垣を疑い、一行に被害が及ぶことまで見越していたのだ。先ほどまで薄情な男だ、と思っていたさくらは、自身の考えを改めた。この男は冷静に集団の利となることのために行動していたに過ぎないのだ。だからこそ、さくらを引き留めたのか…。尾形を見ると、ぱちりと目が合った。笑うでもなく、ただ無表情な顔でこちらを一瞥すると、杉元に視線を移した。
「谷垣と行動していた三人のことか?あいつらを殺したのはヒグマだ。俺がその場にいたんだから間違いない。」
「ヒグマ?」
「谷垣はマタギに戻りたがっていた。足を洗ったあとも軍に戻らずフチの家にいたと聞いた。谷垣に何かあればフチが悲しむ。」
さくらの知らないところでそのような繋がりがあったとは。杉元とアシリパの説明を聞きながら、尾形の様子を窺った。
「アシリパさんの頼みを聞かねえと、嫌われて獲物の脳みそを食えなくなるぜ?」
茶化す杉元と、真剣アシリパの表情を見つめ、尾形が口を開いた。
「いっとくが…俺の助ける方法は選択肢が少ないぞ。」
尾形の視線が監視役の男たちに向けられた。その意味するところにアシリパも気がついたのか、ごくり、と喉を鳴らした。
「さくらさんは一緒に来る?それともここで尾形と待ってる?」
「万が一のときは谷垣さんを連れてくのに一騒動あるはずです。……私では戦力になるより足手まといになるかと。」
近接戦で有利なのは谷垣だ。そして狙撃の腕が良いのは尾形だ。乱戦で訓練された兵士ならば立ち回れるだろうが、さくらが加われば、ハンデをひとつ背負うことに他ならないだろう。いくら武器を持っていると言っても、皆の助けになれるほど実践に長けているわけではない。自分が一番分かっている。そして、きっと気にしてくれているであろう杉元に言わせるのは申し訳ない。
「そんなこと…」
言いよどむ杉元に対して、尾形が言葉をかぶせた。
「杉元、お前より射撃の腕は良いぜ。嬢ちゃんとさくらに獲物を獲るのは任せるんだな。」
「俺だってヒグマを仕留めたことあるし…。」
むくれる杉元はそれ以上尾形に言い返すことはなかった。