白銀の世界で
name change
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
細かい事情はインカラマッが教えてくれた。
4日前に地元のアイヌと合ったこと。その後、姉畑と出会い、一緒に野宿をしたこと。そして、谷垣の銃と弾薬が盗まれ、姉畑の姿が消えていたこと。このあたりでの動物の殺傷は村田銃で行われているらしく、真っ先にその所有者の谷垣がアイヌに疑われて追われていること。
アイヌにとって家畜や動物たちは神とあがめられている。それを粗末に扱っている者は、きっと容赦なく制裁されるだろう。こうしている間にも谷垣が見つかっていないか心配だ。インカラマッとチカパシが焦ったような表情でいるのも頷ける。今は一刻も早く谷垣を保護、姉畑を見つけ真犯人として村の者たちに引き渡す必要がある。
「とにかく犯人は二瓶の銃を持っている。手分けして探そう。」
杉元の提案で三方面に分かれることにした。アシリパと杉元は姉畑を、残りの者は近くの街と森に分かれて谷垣の保護へと向かった。森へと入っていったのは尾形とさくらだ。初めは一人で行動しようとしていた尾形にさくらがついて行くと自ら願い出たのだ。
「俺一人にさせるのは危ないと思ったか?」
二人で森を捜索しているなかで尾形が言った。
「あなたの目的が分からない以上、一人にさせるのは得策でないと思ったので。」
さくらはごまかすでもなく、正直に答えた。ここで、耳障りのいい言葉を並べたところで尾形には通用しないと思ったからだ。
「素直なことで。杉元にもそうやって思ったことを伝えたらどうだ。」
尾形は髪をかきあげながら、ふんと鼻をならした。見透かされているのだ。だからといって、素直に自分の気持ちを言う気にはなれない。
「当事者でなければ、言うのは簡単ですね。」
「人ごとだからな。」
小さく鼻で笑いながら尾形がこちらを流し見た。軽口で済ませてくれるのだと、こちらも小さく笑ってそのまま歩き続ける。尾形が草をかき分け前を進んでいく。さくらはそれに続いて歩いて行く。杉元とは違い、すこし細身な方だと思っていたが、こうして見るとやはり訓練を受けてきた兵士だ。服の上からでも鍛え抜かれているのがよく分かった。
「視線が痛いんだが。」
「……す、すみません。」
無意識に彼を見つめすぎていたらしい。さすがに耐えきれなくなった、とでもいうように尾形が眉を寄せてこちらを振り向いた。
「……さくら」
尾形がつぶやくようにさくらの名前を呼んだ。それは甘さを含んだ色を乗せていた。思いがけない尾形の様子にさくらは驚き、一歩後ずさった。愛おしむような表情が、杉元のそれと重なった。見覚えのある表情が、まさか尾形から見せられるとは思わなかった。困惑して動けずにいると、近くで銃声が響き渡った。色のついた尾形の表情がすぐに無表情なものに戻った。
「近くだ、行くぞ。」
そういうと、尾形はすぐに前をむき直した。尾形の指示に従い、銃声のした方向へと歩く。尾形の視線から外れると、途端に心臓が激しく鼓動を打った。驚きか緊張か、さくらは早鐘を打つ胸を押さえて後につづいた。
木々が開け、眼前には大きな池が見えた。そこから頭を出している人がいる。顔を確認すれば谷垣であるとすぐに分かった。ならば、近くに発砲した者がいるはずだ。尾形とさくらは木の陰に隠れている狙撃手を探した。
「……尾形さん!」
小さな声で鋭く尾形に声をかける。草に紛れて何かが蠢いているのが見えた。すでに尾形もその姿を捕らえたらしく、すぐに銃を構えている。
「一人…?でしょうか?」
「いや。こういうときは二人以上で行動する。」
じっと目をこらしていると、二人の人間の姿が確認できた。谷垣はそれに気がつかず、岸辺に上がろうとしている。助けなくては、せめて銃声の音を鳴らして何者かがいると気付いてにげられるように。そう思い、さくらが銃を構えると、尾形がそれを制止した。
「接近戦ならば谷垣が強い。しばらく様子をみる。」
「ですが、」
「戦闘は俺の専門なんだ。黙って見ていろ。」
ぎろり、と睨みつけられ、続く言葉を遮られた。さくらは大人しく尾形の言うように、銃を下ろした。そして、谷垣が岸に上がると、二人のアイヌの男たちが銃を持って谷垣に怒鳴りつけた。何を言っているかは分からないが、あくまで警戒しているだけで、すぐに発砲するようなことはしない。谷垣はその様子をみると、瞬時に懐に入り、一人の銃を抱え込むと、男もろとも投げた。もう一人の男がそれにぶつかり、二人とも地面に倒れ込んだ。今だ、と思い、姿を現そうとすると、また別の男たちが現れた。みな、銃を構えている。
「……これはまずいな。」
尾形はそう言うと、男たちが取り囲んでいる方向めがけて発砲した。その弾は、アイヌの男の立っているすぐそばの地面にめりこんだ。男たちは驚き、弾の飛んできた方向に視線を向けた。
「いくぞ。お前は、後ろでみていろ。万一のときは撃て。」
さくらにそれだけ言うと、尾形は皆の前に姿をあらわした。
「久しぶりだな、谷垣一等卒。」
「尾形上等兵!…と、お前は……。なぜ一緒にいる?」
「道中で一緒に行動することになりまして。」
「杉元とアシリパも一緒か?」
「はい。」
さくらの返答に、こんな状態であるにもかかわらず谷垣は安堵したような顔を見せた。それに、アイヌの一人が「お前ら仲間か?」と聞いた。仲間……というには色々あった仲だ。なんと答えれば良いのだろうか、と思案している間に尾形がその質問を無視して谷垣に問うた。
「谷垣。貴様は小樽にいたはずだ。何をしにここまできた?」
尾形の後方で控えているさくらには彼の表情が見えない。しかし、その声音がかたく、谷垣を信頼していないというのは分かった。
「鶴見中尉の命令で俺を追ってきたのか?」
その言葉で、なぜ尾形がインカラマッとチカパシと別行動をしようとしたのか想像できた。尾形は第七師団の脱走兵だ。谷垣ははぐれたとはいえ、まだ第七師団に席を置いている兵士である。ならば、本当の目的は裏切った尾形の討伐であったとしてもおかしくない。本音を聞き出すためには余計な人物を同行させたくなかったのだろう。尾形の問いに、谷垣は必死に言い募った。
「俺はとっくに降りた!軍にもあんたにも関わる気は無い。世話になった婆ちゃんのもとに孫娘を帰す。それがおれの「役目」だ。」
まっすぐこちらを見据える谷垣が嘘を言っているようには見えなかった。彼と過ごした時間で真っ直ぐな性分であるとは感じていた。さくらより同じ時を過ごしてきたであろう尾形にも、それはよく分かっているだろう。尾形は警戒していた空気をといた。
「頼めよ。「助けてください尾形上等兵殿」と。」
そう言いながら弾を装填した。それにアイヌの中でも若い男が「銃を捨てろ!」と叫んだ。
「あんたの助ける方法なんて……あんたはこの人たちを皆殺しにする選択しかとらないだろう。手を出すな!!話せば分かってくれる!」
谷垣の言うように今は命を奪われることはないだろう。しかし、村に連れて行かれれば…?激高した村人たちが冷静な判断を下してくれるだろうか?
「はは、遠慮するなって。」
ただならぬ雰囲気に男が尾形に向かって銃を向けた。アイヌ語で何か言っているが、理解できない。ただ、この状況ならば武器を捨てろ、というような事を言っているのだろう。しかし、銃を向けられた途端、尾形の雰囲気がさらに禍々しくなった。
「俺に銃を向けるな。殺すぞ?」
少しでも刺激すれば、本当に皆殺しになる。尾形の様子にさくらの背に冷や汗が伝った。
「テッポ アマ ヤン。」
森から老年の男が姿を現した。銃を構え、一触即発だった雰囲気が一瞬にして変わった。取り囲んでいた男たちは、その者をみると、ゆっくりと銃を下ろした。そして、日本語ができる男から、村へ連れて行く、と言われ、尾形とさくらも同じく村へと連れて行かれた。
4日前に地元のアイヌと合ったこと。その後、姉畑と出会い、一緒に野宿をしたこと。そして、谷垣の銃と弾薬が盗まれ、姉畑の姿が消えていたこと。このあたりでの動物の殺傷は村田銃で行われているらしく、真っ先にその所有者の谷垣がアイヌに疑われて追われていること。
アイヌにとって家畜や動物たちは神とあがめられている。それを粗末に扱っている者は、きっと容赦なく制裁されるだろう。こうしている間にも谷垣が見つかっていないか心配だ。インカラマッとチカパシが焦ったような表情でいるのも頷ける。今は一刻も早く谷垣を保護、姉畑を見つけ真犯人として村の者たちに引き渡す必要がある。
「とにかく犯人は二瓶の銃を持っている。手分けして探そう。」
杉元の提案で三方面に分かれることにした。アシリパと杉元は姉畑を、残りの者は近くの街と森に分かれて谷垣の保護へと向かった。森へと入っていったのは尾形とさくらだ。初めは一人で行動しようとしていた尾形にさくらがついて行くと自ら願い出たのだ。
「俺一人にさせるのは危ないと思ったか?」
二人で森を捜索しているなかで尾形が言った。
「あなたの目的が分からない以上、一人にさせるのは得策でないと思ったので。」
さくらはごまかすでもなく、正直に答えた。ここで、耳障りのいい言葉を並べたところで尾形には通用しないと思ったからだ。
「素直なことで。杉元にもそうやって思ったことを伝えたらどうだ。」
尾形は髪をかきあげながら、ふんと鼻をならした。見透かされているのだ。だからといって、素直に自分の気持ちを言う気にはなれない。
「当事者でなければ、言うのは簡単ですね。」
「人ごとだからな。」
小さく鼻で笑いながら尾形がこちらを流し見た。軽口で済ませてくれるのだと、こちらも小さく笑ってそのまま歩き続ける。尾形が草をかき分け前を進んでいく。さくらはそれに続いて歩いて行く。杉元とは違い、すこし細身な方だと思っていたが、こうして見るとやはり訓練を受けてきた兵士だ。服の上からでも鍛え抜かれているのがよく分かった。
「視線が痛いんだが。」
「……す、すみません。」
無意識に彼を見つめすぎていたらしい。さすがに耐えきれなくなった、とでもいうように尾形が眉を寄せてこちらを振り向いた。
「……さくら」
尾形がつぶやくようにさくらの名前を呼んだ。それは甘さを含んだ色を乗せていた。思いがけない尾形の様子にさくらは驚き、一歩後ずさった。愛おしむような表情が、杉元のそれと重なった。見覚えのある表情が、まさか尾形から見せられるとは思わなかった。困惑して動けずにいると、近くで銃声が響き渡った。色のついた尾形の表情がすぐに無表情なものに戻った。
「近くだ、行くぞ。」
そういうと、尾形はすぐに前をむき直した。尾形の指示に従い、銃声のした方向へと歩く。尾形の視線から外れると、途端に心臓が激しく鼓動を打った。驚きか緊張か、さくらは早鐘を打つ胸を押さえて後につづいた。
木々が開け、眼前には大きな池が見えた。そこから頭を出している人がいる。顔を確認すれば谷垣であるとすぐに分かった。ならば、近くに発砲した者がいるはずだ。尾形とさくらは木の陰に隠れている狙撃手を探した。
「……尾形さん!」
小さな声で鋭く尾形に声をかける。草に紛れて何かが蠢いているのが見えた。すでに尾形もその姿を捕らえたらしく、すぐに銃を構えている。
「一人…?でしょうか?」
「いや。こういうときは二人以上で行動する。」
じっと目をこらしていると、二人の人間の姿が確認できた。谷垣はそれに気がつかず、岸辺に上がろうとしている。助けなくては、せめて銃声の音を鳴らして何者かがいると気付いてにげられるように。そう思い、さくらが銃を構えると、尾形がそれを制止した。
「接近戦ならば谷垣が強い。しばらく様子をみる。」
「ですが、」
「戦闘は俺の専門なんだ。黙って見ていろ。」
ぎろり、と睨みつけられ、続く言葉を遮られた。さくらは大人しく尾形の言うように、銃を下ろした。そして、谷垣が岸に上がると、二人のアイヌの男たちが銃を持って谷垣に怒鳴りつけた。何を言っているかは分からないが、あくまで警戒しているだけで、すぐに発砲するようなことはしない。谷垣はその様子をみると、瞬時に懐に入り、一人の銃を抱え込むと、男もろとも投げた。もう一人の男がそれにぶつかり、二人とも地面に倒れ込んだ。今だ、と思い、姿を現そうとすると、また別の男たちが現れた。みな、銃を構えている。
「……これはまずいな。」
尾形はそう言うと、男たちが取り囲んでいる方向めがけて発砲した。その弾は、アイヌの男の立っているすぐそばの地面にめりこんだ。男たちは驚き、弾の飛んできた方向に視線を向けた。
「いくぞ。お前は、後ろでみていろ。万一のときは撃て。」
さくらにそれだけ言うと、尾形は皆の前に姿をあらわした。
「久しぶりだな、谷垣一等卒。」
「尾形上等兵!…と、お前は……。なぜ一緒にいる?」
「道中で一緒に行動することになりまして。」
「杉元とアシリパも一緒か?」
「はい。」
さくらの返答に、こんな状態であるにもかかわらず谷垣は安堵したような顔を見せた。それに、アイヌの一人が「お前ら仲間か?」と聞いた。仲間……というには色々あった仲だ。なんと答えれば良いのだろうか、と思案している間に尾形がその質問を無視して谷垣に問うた。
「谷垣。貴様は小樽にいたはずだ。何をしにここまできた?」
尾形の後方で控えているさくらには彼の表情が見えない。しかし、その声音がかたく、谷垣を信頼していないというのは分かった。
「鶴見中尉の命令で俺を追ってきたのか?」
その言葉で、なぜ尾形がインカラマッとチカパシと別行動をしようとしたのか想像できた。尾形は第七師団の脱走兵だ。谷垣ははぐれたとはいえ、まだ第七師団に席を置いている兵士である。ならば、本当の目的は裏切った尾形の討伐であったとしてもおかしくない。本音を聞き出すためには余計な人物を同行させたくなかったのだろう。尾形の問いに、谷垣は必死に言い募った。
「俺はとっくに降りた!軍にもあんたにも関わる気は無い。世話になった婆ちゃんのもとに孫娘を帰す。それがおれの「役目」だ。」
まっすぐこちらを見据える谷垣が嘘を言っているようには見えなかった。彼と過ごした時間で真っ直ぐな性分であるとは感じていた。さくらより同じ時を過ごしてきたであろう尾形にも、それはよく分かっているだろう。尾形は警戒していた空気をといた。
「頼めよ。「助けてください尾形上等兵殿」と。」
そう言いながら弾を装填した。それにアイヌの中でも若い男が「銃を捨てろ!」と叫んだ。
「あんたの助ける方法なんて……あんたはこの人たちを皆殺しにする選択しかとらないだろう。手を出すな!!話せば分かってくれる!」
谷垣の言うように今は命を奪われることはないだろう。しかし、村に連れて行かれれば…?激高した村人たちが冷静な判断を下してくれるだろうか?
「はは、遠慮するなって。」
ただならぬ雰囲気に男が尾形に向かって銃を向けた。アイヌ語で何か言っているが、理解できない。ただ、この状況ならば武器を捨てろ、というような事を言っているのだろう。しかし、銃を向けられた途端、尾形の雰囲気がさらに禍々しくなった。
「俺に銃を向けるな。殺すぞ?」
少しでも刺激すれば、本当に皆殺しになる。尾形の様子にさくらの背に冷や汗が伝った。
「テッポ アマ ヤン。」
森から老年の男が姿を現した。銃を構え、一触即発だった雰囲気が一瞬にして変わった。取り囲んでいた男たちは、その者をみると、ゆっくりと銃を下ろした。そして、日本語ができる男から、村へ連れて行く、と言われ、尾形とさくらも同じく村へと連れて行かれた。