白銀の世界で
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目に映ったのは、腹部をズタズタに切り裂かれた鹿の姿だった。猟を目的としたものでないことは明かだった。
「若い雄鹿だ。死んで何時間か経っている。」
アシリパが鹿の状態を見ていった。それに杉元が疑問を投げかけた。
「猟師かな?」
しかし、そういう割には、鋭い視線を鹿に向けている。何か思うところがあるのだろうか?
「猟師なら獲物の毛皮をズタズタにして夏なのに肉の処理もせず何時間も離れない。」
「…腐敗臭でほかの肉食獣も寄ってきますもんね。」
すでに周りには大型の猛禽類たちが姿を見せ始めている。肉と血のにおいにつられて、もっと大きな…それこそ熊が出てきてもおかしくない。
「アシリパさん、この肉どうする?持って行く?」
「いや…なんか嫌な感じがする。お祈りだけして立ち去ろう。」
アシリパの勘はするどい。自然を生きてきた、猟をして暮らしてきた彼女が違和感を持つものに関わり合いになるのは得策ではないだろう。さくらも杉元もその言葉に従って、その場を離れた。
その後は水辺の鳥を捕るために、みなで湿地に罠を仕掛けた。ぶどう蔓をわっかのように何十にも丸くして、先に短い縄をくくりつけたものだ。その縄を木にくくりつけて、水面に浮かべていく。わっかの中にえさを仕込んでそこに首をつっこんだ鳥を捕らえるのだ。いくつか付け終えると、白石、尾形、さくらは湿地の近くにある草原で腰を下ろした。アシリパと杉元は元気に罠の様子をうかがいにすぐに行動を始めた。
「元気ですね。」
二人の様子にさくらがつぶやいた。
「なんたって不死身の杉元だぜ?あいつは疲れ知らずさ。」
白石の言葉に、なるほど、と納得する。これまでの旅で杉元が息切れをしているような場面は見たことがない。手負いで苦しそうな事はあっても体力が続かず疲れている姿は見せたことが無かった。
「たしかに、疲れているところ、見たことありませんよね。」
「ああいうのは夜もすごそうだぜ…?」
唐突に下世話な話をし始める白石にさくらは冷ややかな目を向けた。隙あらば女にこの手の話をして喜ぶとは。言葉を返すだけ無駄なため、すぐに視線を湿地の方へと向けた。
「さくらちゃああん…悪かったって!機嫌直してよ。」
隣で腰をくねらせながら謝罪の言葉を口にしている。しかし、そんなもの聞こえていないかのようにさくらは遠くで鶴を締め上げている杉元に視線を向けた。さくらほどの大きさの鶴が暴れ回っている。杉元は上から覆い被さって、首を捕まえると動きを封じている。白石も諦めたのか、さくらに話しかけるのを諦めて尾形に声をかけた。
「ねえ、お腹すいたね。」
そういうも、尾形の方は自分に話しかけてると思っていないのか、もしくは面倒なのかさくらと同じく湿地へと視線を向けて微動だにしなかった。
杉元たちが捕まえた鶴をもって戻ってくると、思った以上に大きく迫力がある。
「すごい大きい鶴ですね!」
初めて間近でみた鶴にさくらはまじまじと鶴を見た。テレビや動画でみたことのある鶴は美しい優雅というイメージだ。しかし、こうしてみるとその迫力に驚かされる。さくらの喜びように杉元も鼻をこすってまんざらでもないようだ。ただ、隣にいるアシリパは渋い顔だ。……あまり期待した獲物ではなかったのだろうか?アシリパに聞くのも憚られ、みなで鶴の調理を始めた。いつものように鍋にした。
「鶴って江戸時代は関東の方にも飛んできたらしいな。将軍様もこうやって鶴の汁を食べたって。」
白石の言葉に杉元がこたえた。
「だいぶ減ったみたいで、関東じゃ見たことないぜ。」
その口ぶりから杉元が関東に住んでいたのだと知った。今まで故郷の事を聞く事も無ければ、自分から皆の前で話すことも無かったように思う。そういえば、尾形や白石は一体どこの出身なのだろうか。疑問に思い、二人に視線を向けるも、言葉に出すことは無かった。もし、聞いてしまえば、さくらの出身まで明かさねばならない。そうなれば、不都合なことが多すぎるからだ。
「……なんだ?」
さくらの視線に気付いた尾形が怪訝そうにしている。さくらは、にこりと愛想笑いをして「そろそろ完成しますね。」と返した。何か言いたげな視線を向けていた尾形もさくらの様子にこれ以上突っ込まず、アシリパが取り分けてくれる椀を手に取った。
口の中でむっとしたような泥臭い匂いが立ちこめる。周りを見ると杉元や白石も苦い顔をしている。唯一尾形は無心で食べているが、彼は美味しいと思って食べているのか疑問に思われた。
「泥臭いようなむっとする変な匂いだろ?」
アシリパがそういった。だから杉元が捕らえても嬉しそうな表情でなかったのだ。今になってその真意が分かった。取ってきてもらったにもかかわらず白石は「なんで丹頂鶴なんか獲ったんだ!」ど文句を言い出す始末だ。
「普段は獲らないけど杉元が「北海道の珍味を食べ尽くしたいんだ」といつも言ってたから。」
「言ってねえだろ。俺はそんな目的で北海道を旅しているんじゃないんだよ!」
二人のやりとりにさくらはくすり、と笑った。きっとアシリパが杉元に食べさせてやりたいのだろう。大切な人には自身の土地のことを教えたくなるものだ。関東で育った杉元がみたことのないもの、食べ物を味わって欲しいという純粋な気持ちなのだろうと思うと、自然と笑みがこぼれた。しかし、アシリパの問いがさくらの顔から笑顔をひかせた。
「杉元は……どうして金塊が欲しいんだ?」
その理由をさくらは知っている。
「戦争で死んだ親友の嫁さんをアメリカに連れて行って目の治療を受けさせてやりたいんだ。」
心臓がどくん、と嫌な音を立てた。
「惚れた女のためってのはその未亡人のことか?」
いままで静かに食事をしていたと思っていた尾形が口を開いた。自身の髪をなでつけながら、上目がちに杉元をみる。言葉でこそ質問のようであるが、その実、確信しているような口ぶりだ。その女の人のために杉元はずっと旅をしている。もちろん、アシリパを見届けたいという気持ちもあるのだろう。だが、彼を北海道にとどめる大きな理由は、それだけではない。
どんな人なのだろうか。杉元はその人のことを想っているのだろうか。もし……故郷に帰ったら、その人と共に…?
考えないようにしていた問いが頭の中を駆け巡った。二人のやりとりを見ていることが出来ず、手元の椀に視線を落とした。
杉元の口から肯定の言葉を聞きたくない。わかりきった答えだとしても、本人の口から聞かされるほど酷なことはない。どんな顔をしてみせればいいのか。鍋を取り囲んでみなに表情が見える距離でどう繕えば普通に見えるのか。余裕のない表情をしているさくらに気がついたのは尾形だけでなかった。普段通りに振る舞う白石も視線はさくらの方へと向いていた。
「え、そうなの?」
白石がいつもの軽い口ぶりで言った。沈黙する杉元の隣で突然アシリパが立ち上がった。
「フン!トリ!フンチカプ!」
突然自身の着物をばさばさと揺らしながらアシリパが舞を始めた。全員が突然の行動に唖然とする。
「アシリパさん、どうしたの?」
杉元も困惑しながら聞いている。
「サロルンリムセ…鶴の舞だ。釧路に伝わる踊り。」
アシリパは相変わらず着物をばさばささせながら答えた。
「へえ…どうして急に踊ったの?」
「別に…鶴食べたから。」
アシリパの意図に気がつかないのは杉元だけのようだ。尾形がその様子にふっと笑った。
「おい、誰かいるぞ。」
尾形の言葉に向こうの方に小さな人影が2つ見える。それが近づいてくると見知った人であると分かった。
一人はあの占い師だ。もう一人は男の子のようだ。アシリパは知っているようで「チカパシ」と呼んでいる。男の子の方は、アシリパを見つけると、こちらに走ってやってきた。
「遠くからアシリパが踊っているのがみえた!やっと見つけた!!!」
念願かなったというような力強い言葉に、彼の苦労が目に見えて分かった。
「私を探していたのか?」
「谷垣ニシパと小樽から探しに来た!!」
彼の口から意外な人物が出てきたことで白石やさくらは首をかしげた。彼は足の怪我のため、しばらくフチの家でお世話になっていた。もう回復して軍に戻っているのかと思っていたが、どういうことなのだろうか。しかし、チカパシの話の腰を折るわけにも行かず、彼の話を聞いた。
「でも…谷垣ニシパが大変なことに!!」
切羽詰まったような物言いに杉元の表情がかたくなった。
「谷垣に一体何が?」
杉元の問いにはインカラマッが答えた。
「谷垣ニシパは私たちを巻き込みたくなくてはぐれました。谷垣ニシパは昨日から追われています。」
「誰に追われている?」
アシリパも疑問に思ったのかインカラマッに質問した。
「このあたりで最近、家畜や野生の鹿を斬殺して粗末に扱う人間がいるらしく。『カムイを穢す人間がいる』と怒った地元のアイヌは谷垣ニシパを犯人だと誤解して殺気立っています。」
「……あのときの鹿。」
ぼそり、と言ったさくらのつぶやきに杉元とアシリパがこくり、と頷いた。
「そいつ……詐欺師の鈴川聖弘が言ってた囚人かも。」
あのときの杉元の鋭い視線は囚人の可能性を考えていたからなのか。若い雄鹿をみた杉元の表情を思い出して合点がいく。
「アシリパさん、俺達で真犯人をとっ捕まえて阿仁マタギを助けに行こう。」
助けを求められたこと、そして真犯人が囚人である可能性が高いこと。それらを考え出した決断だろう。みなも異論は無く、杉元の言葉に従った。
「若い雄鹿だ。死んで何時間か経っている。」
アシリパが鹿の状態を見ていった。それに杉元が疑問を投げかけた。
「猟師かな?」
しかし、そういう割には、鋭い視線を鹿に向けている。何か思うところがあるのだろうか?
「猟師なら獲物の毛皮をズタズタにして夏なのに肉の処理もせず何時間も離れない。」
「…腐敗臭でほかの肉食獣も寄ってきますもんね。」
すでに周りには大型の猛禽類たちが姿を見せ始めている。肉と血のにおいにつられて、もっと大きな…それこそ熊が出てきてもおかしくない。
「アシリパさん、この肉どうする?持って行く?」
「いや…なんか嫌な感じがする。お祈りだけして立ち去ろう。」
アシリパの勘はするどい。自然を生きてきた、猟をして暮らしてきた彼女が違和感を持つものに関わり合いになるのは得策ではないだろう。さくらも杉元もその言葉に従って、その場を離れた。
その後は水辺の鳥を捕るために、みなで湿地に罠を仕掛けた。ぶどう蔓をわっかのように何十にも丸くして、先に短い縄をくくりつけたものだ。その縄を木にくくりつけて、水面に浮かべていく。わっかの中にえさを仕込んでそこに首をつっこんだ鳥を捕らえるのだ。いくつか付け終えると、白石、尾形、さくらは湿地の近くにある草原で腰を下ろした。アシリパと杉元は元気に罠の様子をうかがいにすぐに行動を始めた。
「元気ですね。」
二人の様子にさくらがつぶやいた。
「なんたって不死身の杉元だぜ?あいつは疲れ知らずさ。」
白石の言葉に、なるほど、と納得する。これまでの旅で杉元が息切れをしているような場面は見たことがない。手負いで苦しそうな事はあっても体力が続かず疲れている姿は見せたことが無かった。
「たしかに、疲れているところ、見たことありませんよね。」
「ああいうのは夜もすごそうだぜ…?」
唐突に下世話な話をし始める白石にさくらは冷ややかな目を向けた。隙あらば女にこの手の話をして喜ぶとは。言葉を返すだけ無駄なため、すぐに視線を湿地の方へと向けた。
「さくらちゃああん…悪かったって!機嫌直してよ。」
隣で腰をくねらせながら謝罪の言葉を口にしている。しかし、そんなもの聞こえていないかのようにさくらは遠くで鶴を締め上げている杉元に視線を向けた。さくらほどの大きさの鶴が暴れ回っている。杉元は上から覆い被さって、首を捕まえると動きを封じている。白石も諦めたのか、さくらに話しかけるのを諦めて尾形に声をかけた。
「ねえ、お腹すいたね。」
そういうも、尾形の方は自分に話しかけてると思っていないのか、もしくは面倒なのかさくらと同じく湿地へと視線を向けて微動だにしなかった。
杉元たちが捕まえた鶴をもって戻ってくると、思った以上に大きく迫力がある。
「すごい大きい鶴ですね!」
初めて間近でみた鶴にさくらはまじまじと鶴を見た。テレビや動画でみたことのある鶴は美しい優雅というイメージだ。しかし、こうしてみるとその迫力に驚かされる。さくらの喜びように杉元も鼻をこすってまんざらでもないようだ。ただ、隣にいるアシリパは渋い顔だ。……あまり期待した獲物ではなかったのだろうか?アシリパに聞くのも憚られ、みなで鶴の調理を始めた。いつものように鍋にした。
「鶴って江戸時代は関東の方にも飛んできたらしいな。将軍様もこうやって鶴の汁を食べたって。」
白石の言葉に杉元がこたえた。
「だいぶ減ったみたいで、関東じゃ見たことないぜ。」
その口ぶりから杉元が関東に住んでいたのだと知った。今まで故郷の事を聞く事も無ければ、自分から皆の前で話すことも無かったように思う。そういえば、尾形や白石は一体どこの出身なのだろうか。疑問に思い、二人に視線を向けるも、言葉に出すことは無かった。もし、聞いてしまえば、さくらの出身まで明かさねばならない。そうなれば、不都合なことが多すぎるからだ。
「……なんだ?」
さくらの視線に気付いた尾形が怪訝そうにしている。さくらは、にこりと愛想笑いをして「そろそろ完成しますね。」と返した。何か言いたげな視線を向けていた尾形もさくらの様子にこれ以上突っ込まず、アシリパが取り分けてくれる椀を手に取った。
口の中でむっとしたような泥臭い匂いが立ちこめる。周りを見ると杉元や白石も苦い顔をしている。唯一尾形は無心で食べているが、彼は美味しいと思って食べているのか疑問に思われた。
「泥臭いようなむっとする変な匂いだろ?」
アシリパがそういった。だから杉元が捕らえても嬉しそうな表情でなかったのだ。今になってその真意が分かった。取ってきてもらったにもかかわらず白石は「なんで丹頂鶴なんか獲ったんだ!」ど文句を言い出す始末だ。
「普段は獲らないけど杉元が「北海道の珍味を食べ尽くしたいんだ」といつも言ってたから。」
「言ってねえだろ。俺はそんな目的で北海道を旅しているんじゃないんだよ!」
二人のやりとりにさくらはくすり、と笑った。きっとアシリパが杉元に食べさせてやりたいのだろう。大切な人には自身の土地のことを教えたくなるものだ。関東で育った杉元がみたことのないもの、食べ物を味わって欲しいという純粋な気持ちなのだろうと思うと、自然と笑みがこぼれた。しかし、アシリパの問いがさくらの顔から笑顔をひかせた。
「杉元は……どうして金塊が欲しいんだ?」
その理由をさくらは知っている。
「戦争で死んだ親友の嫁さんをアメリカに連れて行って目の治療を受けさせてやりたいんだ。」
心臓がどくん、と嫌な音を立てた。
「惚れた女のためってのはその未亡人のことか?」
いままで静かに食事をしていたと思っていた尾形が口を開いた。自身の髪をなでつけながら、上目がちに杉元をみる。言葉でこそ質問のようであるが、その実、確信しているような口ぶりだ。その女の人のために杉元はずっと旅をしている。もちろん、アシリパを見届けたいという気持ちもあるのだろう。だが、彼を北海道にとどめる大きな理由は、それだけではない。
どんな人なのだろうか。杉元はその人のことを想っているのだろうか。もし……故郷に帰ったら、その人と共に…?
考えないようにしていた問いが頭の中を駆け巡った。二人のやりとりを見ていることが出来ず、手元の椀に視線を落とした。
杉元の口から肯定の言葉を聞きたくない。わかりきった答えだとしても、本人の口から聞かされるほど酷なことはない。どんな顔をしてみせればいいのか。鍋を取り囲んでみなに表情が見える距離でどう繕えば普通に見えるのか。余裕のない表情をしているさくらに気がついたのは尾形だけでなかった。普段通りに振る舞う白石も視線はさくらの方へと向いていた。
「え、そうなの?」
白石がいつもの軽い口ぶりで言った。沈黙する杉元の隣で突然アシリパが立ち上がった。
「フン!トリ!フンチカプ!」
突然自身の着物をばさばさと揺らしながらアシリパが舞を始めた。全員が突然の行動に唖然とする。
「アシリパさん、どうしたの?」
杉元も困惑しながら聞いている。
「サロルンリムセ…鶴の舞だ。釧路に伝わる踊り。」
アシリパは相変わらず着物をばさばささせながら答えた。
「へえ…どうして急に踊ったの?」
「別に…鶴食べたから。」
アシリパの意図に気がつかないのは杉元だけのようだ。尾形がその様子にふっと笑った。
「おい、誰かいるぞ。」
尾形の言葉に向こうの方に小さな人影が2つ見える。それが近づいてくると見知った人であると分かった。
一人はあの占い師だ。もう一人は男の子のようだ。アシリパは知っているようで「チカパシ」と呼んでいる。男の子の方は、アシリパを見つけると、こちらに走ってやってきた。
「遠くからアシリパが踊っているのがみえた!やっと見つけた!!!」
念願かなったというような力強い言葉に、彼の苦労が目に見えて分かった。
「私を探していたのか?」
「谷垣ニシパと小樽から探しに来た!!」
彼の口から意外な人物が出てきたことで白石やさくらは首をかしげた。彼は足の怪我のため、しばらくフチの家でお世話になっていた。もう回復して軍に戻っているのかと思っていたが、どういうことなのだろうか。しかし、チカパシの話の腰を折るわけにも行かず、彼の話を聞いた。
「でも…谷垣ニシパが大変なことに!!」
切羽詰まったような物言いに杉元の表情がかたくなった。
「谷垣に一体何が?」
杉元の問いにはインカラマッが答えた。
「谷垣ニシパは私たちを巻き込みたくなくてはぐれました。谷垣ニシパは昨日から追われています。」
「誰に追われている?」
アシリパも疑問に思ったのかインカラマッに質問した。
「このあたりで最近、家畜や野生の鹿を斬殺して粗末に扱う人間がいるらしく。『カムイを穢す人間がいる』と怒った地元のアイヌは谷垣ニシパを犯人だと誤解して殺気立っています。」
「……あのときの鹿。」
ぼそり、と言ったさくらのつぶやきに杉元とアシリパがこくり、と頷いた。
「そいつ……詐欺師の鈴川聖弘が言ってた囚人かも。」
あのときの杉元の鋭い視線は囚人の可能性を考えていたからなのか。若い雄鹿をみた杉元の表情を思い出して合点がいく。
「アシリパさん、俺達で真犯人をとっ捕まえて阿仁マタギを助けに行こう。」
助けを求められたこと、そして真犯人が囚人である可能性が高いこと。それらを考え出した決断だろう。みなも異論は無く、杉元の言葉に従った。