白銀の世界で
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一眠りすると、体の調子も回復してきたようだ。昨夜は女性陣、といっても家永も加わっていたが、男性陣とで部屋を分けて休むこととなった。皆が夕食から帰ってきたときには、牛山から家永とさくらの分の食事を分けてもらった。ぬるくなった天ぷらは、冷めてもサクサクした食感が残っていて美味しかった。助けてくれたらしい杉元にお礼を述べると、いつものように気の良い笑顔で「いいよいいよ、それより元気になったみたいでよかった。」と返された。どこまでも仲間思いなのだな、と感心する。翌日には旅館をあとにし、土方とキロランケと近くで落ち合った。しかし、肝心の白石の姿はなかった。
「おそらく白石はいまごろは旭川へ着いてしまっているだろう。あいつが勝手に脱出できたとしても、いつになるか分からないものを我々は待っているわけにもいかない。」
と、土方が冷静に答えた。それに永倉も同調するように言葉を続けた。
「そもそも脱出できるかどうか…。脱獄王とはいえ、監獄とは違うんだ。どんな扱いを受けているか。」
旭川は第七師団のお膝元だ。彼らの駐屯する場所での罪人や捕虜の扱いは、おそらくであるが軍で完結させることも可能なのだろう。さくらは鶴見に捕らえられた時を思い出した。あの双子の軍人は杉元の命を奪いにやってきていた。あのような所行も軍内部で『誰にも』分からぬように、もみ消してしまえば跡形もない。
「今この瞬間、皮を剥がされているかも。」
家永の言葉に、一同の中で空気が重くなった。『脱獄王』と名高い白石だ。逃走のリスクを考えれば妥当な判断だろう。
「尾形、見てこいよお前。第七師団だろ?」
牛山がそういうと、尾形はじろりと視線を向けた。
「……俺はいま脱走兵扱いだ。」
その言葉に、尾形は一体今までどういった経緯でここまでやってきたのだろうか。と、疑問に思った。あのとき、川に落ちてから彼は軍へ戻っていないということだろうか?しかし、疑問に思っているのはさくらだけのようで、杉元はキロランケに話をふった。
「キロランケは?元第七師団だろ?」
「俺はカムイコタンで顔を見られた。」
残るは脱走した囚人と永倉、そしてニシン場で顔が割れているアシリパとさくらだ。正面から会いに行くのは不可能であると、皆が思い至った。
「あいつの刺青はうつしてあるし。」
牛山が諦めたように話したところで、杉元が口を開いた。
「いや……俺は助けたい。」
杉元の言葉で一行は近くのコタンで作戦を練ることになった。難色を示す者たちに、杉元は「白石はのっぺらぼうに会うために必要だ。」と説得をした。あの男の解錠技術、潜入、それらは鉄壁の網走監獄で必要不可欠だ。杉元の言葉に納得した一行は、今回の白石奪還作戦に賛同したのだった。
近くのコタンで一晩、宿を借りることとなった。アシリパのコタンとは違い、家全体が笹で作られている。一行は見慣れない造りに興味深そうに見つめている。そこで、アシリパが説明をしてくれる。
「トプラプキタイチセだ。このあたりは笹のほうが手に入りやすい材料だからこういう家になる。」
ちなみにアシリパのコタンにあるかや葺き屋根の家はサラキキタイチセと呼ぶそうだ。北海道は広く、その分生育している動植物も変わってくるのだろう。その土地に根ざした文化があるのだと、気付かされる。
一行が室内に入り、一息つくと、今度は鈴川にこれからの作戦で働いてもらう、と杉元から話が上がった。
「俺にどうしろっていうんだ!!」
「お前が樺戸監獄に潜入して熊岸長庵を脱獄させたように第七師団から白石を助け出せ。」
「方法は考えろ!お前は詐欺師だろ。」
それに鈴川は強く反発するがそれを許さないといった雰囲気だ。特に元新撰組の二人は過激な発言で鈴川を追い詰めている。同じ監獄にいたときと、今とでは状況がまるで違う。その分、難易度は確実に上がっているはずだ。しかし、二人はまるで簡単だとでも言うように話した。さすがに無理があるのでは、とさくらは杉元の方をうかがい見た。それに、杉元はにこり、と微笑んだかと思うと、鈴川に厳しい表情を見せた。
「おい鈴川…協力しないなら俺がお前の皮を剥ぐ。この計画でドジを踏めばお前は第七師団に皮を剥がされる。お前が皮を剥がされずにすむ道は計画を成功させるしか無い。」
かたやキロランケは難しい表情をしながら、作戦を練っている。
「白石が旭川第七師団の兵営のどこにいるのか。…中に潜入して探らなければなるまい。」
一同にとって鈴川を作戦に使うことは確定事項のようだ。
「関係者になりすますか?」
牛山の案に永倉は渋い顔をした。
「カムイコタンでの一件で警戒しているはずだから、よほどの関係者じゃない限り簡単に教えるはずが無い。」
ならば、と杉元が「東京の師団の上級将校は?」と言った。確かに、地域が変われば人のつながりも希薄になっていく。しかも中央からの訪問であればばれる確率は低い。そう思ったのもつかの間、尾形がそれに反論した。
「いや……軍は上に行くほど横のつながりが強いから架空の上級将校はばれる。」
「軍というのはそれほどまでに結びつきが強いのですね…。」
さくらがぽつりと言うと、皆も、どうしたものかと思案にくれていた。
「イヌ……」
しかし、その沈黙を破ったのは意外にも鈴川だった。
「犬童四郎助はどうだろうか。」
犬童を知っている者たちは、まるで似ていないと言っていたが、鈴川の髪が近くなり、土方のいう「規律の鬼でありながら、心の歪みが顔に表れている。」といった性格に合わせて表情を作った瞬間、皆の表情に緊張が走った。その様子から鈴川の変装が完璧であることが窺えた。すると、安心したのかアシリパの頭が舟を漕ぎだした。そして、土方にぶつかると、それを土方が自身の膝へと乗せた。……ニシン場でのあの老人のときのように。
「あ……!!!」
気がついた杉元が大声を上げた。アシリパがその声で目を覚ました。目をこすりながら、なんだ?とあたりを窺うと杉元の表情がかたい。江渡貝の屋敷で初めて土方たちと会ったときのような敵対心むき出しの雰囲気に、一気に目が覚めたようだった。
「白石が内通して、おまえらに情報を渡してたってことか。」
さくらも以前から白石を疑っていたが、確証は無かった。しかし、永倉は「この状況ならもう過ぎたことでは?」と返した。……つまり、認めたのだ。
「白石さんに情報を渡して、私たちを刺青回収に使っていたのですか?」
二瓶も辺見も江渡貝も白石が街で得た情報を頼りにやってきた。都合よく得られる有力情報はここから流され、その刺青の写しはきっと白石経由で渡されていたに違いない。今までの旅の道筋は楽なものではなかった。つらく苦しいこともあった。何度危険を冒し、何度、仲間が死んでしまうのではと恐怖を感じたか。そして、人を…殺めなければならないときもあった。それを高みから見ていたのだ、この者たちは。さくらは頭に一気に血が上るような感覚になった。人を騙していたことに謝罪もないのか。永倉の返答に怒りで体が震えた。この者たちが必要なのだ。それは理解していても、汚い言葉で罵ってしまいそうだ。
「……少し出てきます。」
何か言ってしまう前に頭を冷やしたかった。さくらはそう言うと、小屋から出た。
外は夕暮れで、空は赤く、山々は夕日を背に黒々としていた。コタンの者たちはすでに家の中に入っているようで、人の影は無い。静かな中で、大きく息を吐いた。落ち着こう、ここは理性的でなければ。何度か深呼吸しているうちに後ろから足音がした。
「……杉元さん。」
「お腹減ったろ。昨日、こっそり店で買ってきたんだ。」
そう言いながら、まんじゅうをひとつ差し出した。夕方てんぷらを食べにいったときに買ってきたらしい。現金なもので久しぶりに見る甘い物に喉が鳴った。
「ありがとうございます。」
杉元から受け取ったまんじゅうを半分にして今度はさくらが渡した。
「一緒に食べましょう。」
そう言うと、杉元が嬉しそうに笑った。
隣同士、コタンにあった休憩用の丸太に座って、半分になったまんじゅうを口に入れる。あんこの甘さが口の中に広がった。自然とさくらの表情が和らいだ。杉元は横目にさくらの顔を見ながら、同じく口の中にまんじゅうを放り込んだ。しばらく二人で咀嚼しながら、ぼうっと空を眺める。
「なんだか怒ってたのが馬鹿らしく思えてきますね。」
「さくらさん、結構、激情型だよね。普段は温厚なのに。」
「……今までの苦労が用意されていたものだと思ったら、我慢できなくて。…本来なら杉元さんが怒るところなのに、反対に気を遣わせてしまって、すみません。」
「いや、さくらさんが怒ってくれなきゃ俺が永倉に殴りかかってたところだよ。」
杉元は爽やかな顔でさらりと物騒なことを口にした。
「……一度でも裏切った奴は何度でも裏切る。だが、白石本人の口から聞かなきゃならねえ。だからやっぱり白石を助けたい。」
だめかな…?と、続けた杉元が上目がちにさくらを見た。杉元の力があれば、さくらの意見など聞かずとも、作戦を遂行できるはずだ。しかし、こうしてさくらの気持ちを汲んでくれようとしている。杉元の優しさが心をあたたかくした。
「……そんな顔されたら、『はい』って答えたくなりますよ。」
鶴見の手から助けてくれた恩がある。だが、それ以上にこの人のそばにいたいのだ。このあたたかさに触れていたいと思うのだ。
「……さくらさん」
杉元の腕が肩に回される。すっぽりと隠れるくらい太い腕から杉元の体温が伝わってくる。
力が無い、足を引っ張っている。自分でもよく分かっている。東京に出れば、一から人生をやり直せる。それなのに、理性で考えるより、杉元のぬくもりがさくらをつなぎ止める。
「寒くなってきたから…嫌だった?」
不安そうに窺う杉元の声にゆるく首を振った。声とは裏腹にさくらを抱く腕は力強い。少し寄りかかっても動じないほど鍛え抜かれた杉元の体に、この身を預けた。
「もう少しだけ……休んで戻りましょう。」
それに呼応するように杉元の腕がさらに自身へと引き寄せるようにさくらを包んだ。
「おそらく白石はいまごろは旭川へ着いてしまっているだろう。あいつが勝手に脱出できたとしても、いつになるか分からないものを我々は待っているわけにもいかない。」
と、土方が冷静に答えた。それに永倉も同調するように言葉を続けた。
「そもそも脱出できるかどうか…。脱獄王とはいえ、監獄とは違うんだ。どんな扱いを受けているか。」
旭川は第七師団のお膝元だ。彼らの駐屯する場所での罪人や捕虜の扱いは、おそらくであるが軍で完結させることも可能なのだろう。さくらは鶴見に捕らえられた時を思い出した。あの双子の軍人は杉元の命を奪いにやってきていた。あのような所行も軍内部で『誰にも』分からぬように、もみ消してしまえば跡形もない。
「今この瞬間、皮を剥がされているかも。」
家永の言葉に、一同の中で空気が重くなった。『脱獄王』と名高い白石だ。逃走のリスクを考えれば妥当な判断だろう。
「尾形、見てこいよお前。第七師団だろ?」
牛山がそういうと、尾形はじろりと視線を向けた。
「……俺はいま脱走兵扱いだ。」
その言葉に、尾形は一体今までどういった経緯でここまでやってきたのだろうか。と、疑問に思った。あのとき、川に落ちてから彼は軍へ戻っていないということだろうか?しかし、疑問に思っているのはさくらだけのようで、杉元はキロランケに話をふった。
「キロランケは?元第七師団だろ?」
「俺はカムイコタンで顔を見られた。」
残るは脱走した囚人と永倉、そしてニシン場で顔が割れているアシリパとさくらだ。正面から会いに行くのは不可能であると、皆が思い至った。
「あいつの刺青はうつしてあるし。」
牛山が諦めたように話したところで、杉元が口を開いた。
「いや……俺は助けたい。」
杉元の言葉で一行は近くのコタンで作戦を練ることになった。難色を示す者たちに、杉元は「白石はのっぺらぼうに会うために必要だ。」と説得をした。あの男の解錠技術、潜入、それらは鉄壁の網走監獄で必要不可欠だ。杉元の言葉に納得した一行は、今回の白石奪還作戦に賛同したのだった。
近くのコタンで一晩、宿を借りることとなった。アシリパのコタンとは違い、家全体が笹で作られている。一行は見慣れない造りに興味深そうに見つめている。そこで、アシリパが説明をしてくれる。
「トプラプキタイチセだ。このあたりは笹のほうが手に入りやすい材料だからこういう家になる。」
ちなみにアシリパのコタンにあるかや葺き屋根の家はサラキキタイチセと呼ぶそうだ。北海道は広く、その分生育している動植物も変わってくるのだろう。その土地に根ざした文化があるのだと、気付かされる。
一行が室内に入り、一息つくと、今度は鈴川にこれからの作戦で働いてもらう、と杉元から話が上がった。
「俺にどうしろっていうんだ!!」
「お前が樺戸監獄に潜入して熊岸長庵を脱獄させたように第七師団から白石を助け出せ。」
「方法は考えろ!お前は詐欺師だろ。」
それに鈴川は強く反発するがそれを許さないといった雰囲気だ。特に元新撰組の二人は過激な発言で鈴川を追い詰めている。同じ監獄にいたときと、今とでは状況がまるで違う。その分、難易度は確実に上がっているはずだ。しかし、二人はまるで簡単だとでも言うように話した。さすがに無理があるのでは、とさくらは杉元の方をうかがい見た。それに、杉元はにこり、と微笑んだかと思うと、鈴川に厳しい表情を見せた。
「おい鈴川…協力しないなら俺がお前の皮を剥ぐ。この計画でドジを踏めばお前は第七師団に皮を剥がされる。お前が皮を剥がされずにすむ道は計画を成功させるしか無い。」
かたやキロランケは難しい表情をしながら、作戦を練っている。
「白石が旭川第七師団の兵営のどこにいるのか。…中に潜入して探らなければなるまい。」
一同にとって鈴川を作戦に使うことは確定事項のようだ。
「関係者になりすますか?」
牛山の案に永倉は渋い顔をした。
「カムイコタンでの一件で警戒しているはずだから、よほどの関係者じゃない限り簡単に教えるはずが無い。」
ならば、と杉元が「東京の師団の上級将校は?」と言った。確かに、地域が変われば人のつながりも希薄になっていく。しかも中央からの訪問であればばれる確率は低い。そう思ったのもつかの間、尾形がそれに反論した。
「いや……軍は上に行くほど横のつながりが強いから架空の上級将校はばれる。」
「軍というのはそれほどまでに結びつきが強いのですね…。」
さくらがぽつりと言うと、皆も、どうしたものかと思案にくれていた。
「イヌ……」
しかし、その沈黙を破ったのは意外にも鈴川だった。
「犬童四郎助はどうだろうか。」
犬童を知っている者たちは、まるで似ていないと言っていたが、鈴川の髪が近くなり、土方のいう「規律の鬼でありながら、心の歪みが顔に表れている。」といった性格に合わせて表情を作った瞬間、皆の表情に緊張が走った。その様子から鈴川の変装が完璧であることが窺えた。すると、安心したのかアシリパの頭が舟を漕ぎだした。そして、土方にぶつかると、それを土方が自身の膝へと乗せた。……ニシン場でのあの老人のときのように。
「あ……!!!」
気がついた杉元が大声を上げた。アシリパがその声で目を覚ました。目をこすりながら、なんだ?とあたりを窺うと杉元の表情がかたい。江渡貝の屋敷で初めて土方たちと会ったときのような敵対心むき出しの雰囲気に、一気に目が覚めたようだった。
「白石が内通して、おまえらに情報を渡してたってことか。」
さくらも以前から白石を疑っていたが、確証は無かった。しかし、永倉は「この状況ならもう過ぎたことでは?」と返した。……つまり、認めたのだ。
「白石さんに情報を渡して、私たちを刺青回収に使っていたのですか?」
二瓶も辺見も江渡貝も白石が街で得た情報を頼りにやってきた。都合よく得られる有力情報はここから流され、その刺青の写しはきっと白石経由で渡されていたに違いない。今までの旅の道筋は楽なものではなかった。つらく苦しいこともあった。何度危険を冒し、何度、仲間が死んでしまうのではと恐怖を感じたか。そして、人を…殺めなければならないときもあった。それを高みから見ていたのだ、この者たちは。さくらは頭に一気に血が上るような感覚になった。人を騙していたことに謝罪もないのか。永倉の返答に怒りで体が震えた。この者たちが必要なのだ。それは理解していても、汚い言葉で罵ってしまいそうだ。
「……少し出てきます。」
何か言ってしまう前に頭を冷やしたかった。さくらはそう言うと、小屋から出た。
外は夕暮れで、空は赤く、山々は夕日を背に黒々としていた。コタンの者たちはすでに家の中に入っているようで、人の影は無い。静かな中で、大きく息を吐いた。落ち着こう、ここは理性的でなければ。何度か深呼吸しているうちに後ろから足音がした。
「……杉元さん。」
「お腹減ったろ。昨日、こっそり店で買ってきたんだ。」
そう言いながら、まんじゅうをひとつ差し出した。夕方てんぷらを食べにいったときに買ってきたらしい。現金なもので久しぶりに見る甘い物に喉が鳴った。
「ありがとうございます。」
杉元から受け取ったまんじゅうを半分にして今度はさくらが渡した。
「一緒に食べましょう。」
そう言うと、杉元が嬉しそうに笑った。
隣同士、コタンにあった休憩用の丸太に座って、半分になったまんじゅうを口に入れる。あんこの甘さが口の中に広がった。自然とさくらの表情が和らいだ。杉元は横目にさくらの顔を見ながら、同じく口の中にまんじゅうを放り込んだ。しばらく二人で咀嚼しながら、ぼうっと空を眺める。
「なんだか怒ってたのが馬鹿らしく思えてきますね。」
「さくらさん、結構、激情型だよね。普段は温厚なのに。」
「……今までの苦労が用意されていたものだと思ったら、我慢できなくて。…本来なら杉元さんが怒るところなのに、反対に気を遣わせてしまって、すみません。」
「いや、さくらさんが怒ってくれなきゃ俺が永倉に殴りかかってたところだよ。」
杉元は爽やかな顔でさらりと物騒なことを口にした。
「……一度でも裏切った奴は何度でも裏切る。だが、白石本人の口から聞かなきゃならねえ。だからやっぱり白石を助けたい。」
だめかな…?と、続けた杉元が上目がちにさくらを見た。杉元の力があれば、さくらの意見など聞かずとも、作戦を遂行できるはずだ。しかし、こうしてさくらの気持ちを汲んでくれようとしている。杉元の優しさが心をあたたかくした。
「……そんな顔されたら、『はい』って答えたくなりますよ。」
鶴見の手から助けてくれた恩がある。だが、それ以上にこの人のそばにいたいのだ。このあたたかさに触れていたいと思うのだ。
「……さくらさん」
杉元の腕が肩に回される。すっぽりと隠れるくらい太い腕から杉元の体温が伝わってくる。
力が無い、足を引っ張っている。自分でもよく分かっている。東京に出れば、一から人生をやり直せる。それなのに、理性で考えるより、杉元のぬくもりがさくらをつなぎ止める。
「寒くなってきたから…嫌だった?」
不安そうに窺う杉元の声にゆるく首を振った。声とは裏腹にさくらを抱く腕は力強い。少し寄りかかっても動じないほど鍛え抜かれた杉元の体に、この身を預けた。
「もう少しだけ……休んで戻りましょう。」
それに呼応するように杉元の腕がさらに自身へと引き寄せるようにさくらを包んだ。