白銀の世界で
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アシリパの言葉を聞いて、いてもたってもいられず、杉元は女湯へと急いだ。隣の尾形がさも当たり前のように同行することが腹立たしく感じられる。この男と行動するようになってから、さくらは尾形と一緒にいることが多くなった。銃の扱いを教えると言って、拳銃まで渡してしまうのに、内心不安でいっぱいだった。それでも、必死な彼女の姿に何も言うまいと思ってきたのだ。しかし、コタンでの戦いの後、さくらの様子が変わってしまった。考え込むような、思い詰めたような表情に、俺がいない間に何かがあったのだと察した。……尾形と一緒に置いておくんじゃなかった。…今更後悔したところで遅い。気に病んで倒れてしまったのだろうか。そんな思いを胸の内で考えながら、女湯の暖簾に手をかけた。尾形も同じく入室してこようとしている。
「お前はここで待ってろ。」
さくらのあられも無い姿をこの男に見せるわけにはいかない。そう思って、短く指示してアシリパの案内の元、脱衣所へと入った。
幸い、利用者はいないようで、安心する。アシリパに連れられて浴室まで行くと、横たわったさくらの姿が見えた。
「さくらさん…!!」
慌てて駆け寄るも、瞳は閉じたままだ。口元に耳を寄せると、息はしている。
「アシリパさん!タオル持ってきて!」
「分かった!!」
のぼせたのだろうか…赤く染まった肌と、苦しげな表情から推察する。命に別状は無いとわかると、途端にさくらの肢体から目が離せなくなった。柔らかそうな肌とその隆起。火照った体にしたたる汗に生唾を飲み込んだ。
あらぬ考えが横切ってしまいそうなところで、アシリパが急いで持ってきてくれたタオルでさくらの体を包んだ。…こんな姿、誰にも見せてやるものか。軽く水分をぬぐってやり、体に纏わせる。そしてさくらの体を横抱きにして脱衣所まで出た。かごに入っている着替えの中で浴衣を取り出し、さくらの体の上からかぶせる。誰の目にも触れさせたくない。そんな独占欲が頭を占めた。残りの手荷物はアシリパに任せて、部屋へと戻る。すでに尾形の姿はなく、部屋へ入れば、すでにそこで寛いでいた。心配を微塵もしていない様子に余計腹が立つ。しかし、ここでケンカをしている場合ではない。帰ってきた杉元たちの様子に家永がすぐさま奥の部屋へと案内した。
「布団に横にしてください。それと、冷たい水を用意してください。」
てきぱきと家永が杉元とアシリパに指示を出した。家永は脈を測ったり、触診をしながら、さくらの様子を診た。
「のぼせたんでしょう。しばらく体を冷やして安静にすれば大丈夫です。着替えをしますので、男性は出てください。」
「お前も男だろ。」
「あなたに着替えさせられたと聞かされるよりは、随分いいかと思いますが。」
有無を言わさぬ家永に大人しく従い、冷たい水を用意してやって、部屋を出た。
「なんだ?嬢ちゃんになんかあったのか?」
ほくほくと体から湯気を出しながら牛山が戻ってきた。
「チンポ先生、さくらが風呂で倒れたんだ。今、家永に診てもらっている。」
「そうか、のぼせたのかな。…で、杉元は浴衣べちゃべちゃだな。」
どかっと畳に腰を下ろして、牛山もくつろぎはじめた。
「自分の女が倒れたとあっては焦るだろう。」
永倉はなんと言うこともない、と茶をすすり、茶請けに手を伸ばして、もごもごと口を動かした。
「なっ……!自分の女…!?」
その言葉に杉元は素っ頓狂な声を上げた。それに尾形は面白そうにくつくつ笑いながら言葉をついだ。
「お前、故郷に女がいるんだもんな…遊びじゃあさくらが可哀想だねえ。」
その言葉に拳をつくった杉元を牛山がやんわり制した。
「嬢ちゃんのことは家永に任せて、飯食いに行くぞ。天ぷらがうまい店が近くにあるらしい。じいさんのおごりだ。」
「儂は払うとはいっておらんぞ。」
「天ぷらか!あのさくさくしたやつか!!」
アシリパが目を輝かせ、牛山先導のもと、店へと繰り出した。
苦悶の表情を浮かべた男がこちらへ向かってくる。
ひとりは殺してくれ、と腹から血を流しながら。
ひとりはただ苦しそうな声で呻き、睨み付けるようにこちらを見据えて。
その姿に恐怖しながら、逃げて行くも、どこまでも追いかけられる。
足が重い。前へ前へと動かすにもかかわらず、思うように進まない。空回るように、もつれるように足は重くなっていく。
「私は悪くない。私は悪くない…!」
言い訳をしたところで男たちは変わらず追いかけてくる。先ほどよりも距離が近くなる。男の手が伸びる。
ああ……捕まってしまう。
男の手が肩にかかりそうなところで、さくらは目を覚ました。息が上がっている。夢であったのだ…と安堵する。部屋には家永の他、人影はなく、静かな一室で、肌触りの良い布団の感触に気がついた。風呂に入ってからの記憶が無い。あのあと、まさかアシリパがここまで連れてきてくれたのだろうか…。大変だったろうに、申し訳ないことをした。家永は手ぬぐいに水を含ませているところで、布擦れの音でさくらが目を覚ましたことに気がついた。
「気がつきましたか。どこか気になるところはありませんか。」
家永は絞っていた手ぬぐいをさくらの額に乗せた。どうやら家永が看病をしてくれていたようだ。
「はい、大丈夫です。…風呂からの記憶があいまいで…。ご迷惑をおかけしました。」
「のぼせたのでしょう。ここまでは杉元さんが運んでくれましたよ。」
「杉元さんが…?まさか、」
驚きの余り体を起こそうとして、頭がふらっとすると、家永に布団へと沈められた。
「タオルで隠されていましたし、着替えも私がしましたのでご安心ください。」
「そう…でしたか。」
さすがにアシリパ一人でここまで運んでくることは難しいか…。近くに居た杉元を呼んでも不思議では無い。助けてもらったのだ、醜態を見せてしまったが、アシリパが何とか人間としての尊厳は保ってくれたようだ。慌てていたが冷静に考えれば至極当然の流れだろうと思い至る。…家永は男、であるが意識の上では女性のような存在だ。そして、元医者でもある。他の者に着替えさせられるより、安心であると思った。
「手当していただいて、ありがとうございました。」
お礼を言うと、家永は「お礼はいいですよ。」と返した。
「ところで、さくらさん。あなたうなされてましたよ。」
「…そうですか。」
家永は念のためさくらの手首の脈はかりながら話を続けた。
「殺しましたね。」
その言葉に、脈を測られていた腕がぴくりと動いた。家永はこちらをまっすぐに見る。その口調は断定的だ。
「戦争帰りの兵士も似たような症状が出るんですよ。初めて人殺しをするのは精神がやられるようで、眠れなくなる。」
私には、理解できませんけど。と付け加えて、家永が言葉を続けた。
「人を殺すのが仕事でしょうに。あなたも、この旅について行くのならば分かっていたことでは?」
「…分かっている、つもりだったのです。」
頭では理解していた、つもりだった。そのために尾形から銃の扱いを教えてもらったし、実践にも加わることが出来た。仲間として認めてもらうために、喜ばしいことのはずではないか。
「近づこうとするたびに、自分の弱さに気づかされるのです。彼らと歩むには自身がいかに役立たずで、弱い人間なのか。強くなくては、と自身を奮い立たせるたびに……」
『逃げ出したくなる』そう言おうとした口をつぐんだ。
「逃げたらいいじゃあ、ありませんか。鶴見中尉の目が届かない場所まで。あなたがこの争いに身を投じる必要はありませんよ。きっと永倉新八なら東京までの船を手配してくれますよ。東京ならば仕事はいくらでもありますし。」
さくら自身が言いたくても言えぬ言葉を、家永はいともたやすく口にした。それにさくらは目を瞠った。家永は、こちらの様子を気にした風でもなく、淡々とした口調でさくらに言った。考えもしなかった、いや考えないようにしてきた。これまで助けてくれた杉元たちに、そんなこと言えるはずが無かった。
「…普通に戻れるならば、そのほうがいい。」
どこか含みを持った言い方にさくらは家永の表情をうかがい見た。しかし、家永はすぐにいつもの微笑みを浮かべた表情に戻る。
「さて、換えの桶を持ってきます。しばらくは横になっていてくださいね。」
そう言うと、家永は部屋を後にした。
家永の居なくなった部屋にはさくら一人が残された。この世界に来て、初めて弱音を吐いたかもしれない……。これまで自然の中で、そして第七師団、囚人相手に緊張の続く日々だった。ここにきて、家永の前では不思議と思いを吐き出すことができたのだ。きっと、いらぬ同情や心配をされない相手だからというのもある。それに、…知らない間に心は限界を迎えていたのかもしれない。
いくら、杉元のためアシリパのため。助けられた恩を返すため。そんな大義名分を掲げたところで、自身はただの一般人なのだ。兵役に就くために体力作りをしたわけでも、狩りのために自然の知識が豊富な訳でも無い。元々は現代で会社員をしていた、ただの女だ。それが、どうして力になれると思ったのだろう。
「…東京。」
慣れ親しんだあの場所に戻れば。そんな思いが頭をかすめた。
「お前はここで待ってろ。」
さくらのあられも無い姿をこの男に見せるわけにはいかない。そう思って、短く指示してアシリパの案内の元、脱衣所へと入った。
幸い、利用者はいないようで、安心する。アシリパに連れられて浴室まで行くと、横たわったさくらの姿が見えた。
「さくらさん…!!」
慌てて駆け寄るも、瞳は閉じたままだ。口元に耳を寄せると、息はしている。
「アシリパさん!タオル持ってきて!」
「分かった!!」
のぼせたのだろうか…赤く染まった肌と、苦しげな表情から推察する。命に別状は無いとわかると、途端にさくらの肢体から目が離せなくなった。柔らかそうな肌とその隆起。火照った体にしたたる汗に生唾を飲み込んだ。
あらぬ考えが横切ってしまいそうなところで、アシリパが急いで持ってきてくれたタオルでさくらの体を包んだ。…こんな姿、誰にも見せてやるものか。軽く水分をぬぐってやり、体に纏わせる。そしてさくらの体を横抱きにして脱衣所まで出た。かごに入っている着替えの中で浴衣を取り出し、さくらの体の上からかぶせる。誰の目にも触れさせたくない。そんな独占欲が頭を占めた。残りの手荷物はアシリパに任せて、部屋へと戻る。すでに尾形の姿はなく、部屋へ入れば、すでにそこで寛いでいた。心配を微塵もしていない様子に余計腹が立つ。しかし、ここでケンカをしている場合ではない。帰ってきた杉元たちの様子に家永がすぐさま奥の部屋へと案内した。
「布団に横にしてください。それと、冷たい水を用意してください。」
てきぱきと家永が杉元とアシリパに指示を出した。家永は脈を測ったり、触診をしながら、さくらの様子を診た。
「のぼせたんでしょう。しばらく体を冷やして安静にすれば大丈夫です。着替えをしますので、男性は出てください。」
「お前も男だろ。」
「あなたに着替えさせられたと聞かされるよりは、随分いいかと思いますが。」
有無を言わさぬ家永に大人しく従い、冷たい水を用意してやって、部屋を出た。
「なんだ?嬢ちゃんになんかあったのか?」
ほくほくと体から湯気を出しながら牛山が戻ってきた。
「チンポ先生、さくらが風呂で倒れたんだ。今、家永に診てもらっている。」
「そうか、のぼせたのかな。…で、杉元は浴衣べちゃべちゃだな。」
どかっと畳に腰を下ろして、牛山もくつろぎはじめた。
「自分の女が倒れたとあっては焦るだろう。」
永倉はなんと言うこともない、と茶をすすり、茶請けに手を伸ばして、もごもごと口を動かした。
「なっ……!自分の女…!?」
その言葉に杉元は素っ頓狂な声を上げた。それに尾形は面白そうにくつくつ笑いながら言葉をついだ。
「お前、故郷に女がいるんだもんな…遊びじゃあさくらが可哀想だねえ。」
その言葉に拳をつくった杉元を牛山がやんわり制した。
「嬢ちゃんのことは家永に任せて、飯食いに行くぞ。天ぷらがうまい店が近くにあるらしい。じいさんのおごりだ。」
「儂は払うとはいっておらんぞ。」
「天ぷらか!あのさくさくしたやつか!!」
アシリパが目を輝かせ、牛山先導のもと、店へと繰り出した。
苦悶の表情を浮かべた男がこちらへ向かってくる。
ひとりは殺してくれ、と腹から血を流しながら。
ひとりはただ苦しそうな声で呻き、睨み付けるようにこちらを見据えて。
その姿に恐怖しながら、逃げて行くも、どこまでも追いかけられる。
足が重い。前へ前へと動かすにもかかわらず、思うように進まない。空回るように、もつれるように足は重くなっていく。
「私は悪くない。私は悪くない…!」
言い訳をしたところで男たちは変わらず追いかけてくる。先ほどよりも距離が近くなる。男の手が伸びる。
ああ……捕まってしまう。
男の手が肩にかかりそうなところで、さくらは目を覚ました。息が上がっている。夢であったのだ…と安堵する。部屋には家永の他、人影はなく、静かな一室で、肌触りの良い布団の感触に気がついた。風呂に入ってからの記憶が無い。あのあと、まさかアシリパがここまで連れてきてくれたのだろうか…。大変だったろうに、申し訳ないことをした。家永は手ぬぐいに水を含ませているところで、布擦れの音でさくらが目を覚ましたことに気がついた。
「気がつきましたか。どこか気になるところはありませんか。」
家永は絞っていた手ぬぐいをさくらの額に乗せた。どうやら家永が看病をしてくれていたようだ。
「はい、大丈夫です。…風呂からの記憶があいまいで…。ご迷惑をおかけしました。」
「のぼせたのでしょう。ここまでは杉元さんが運んでくれましたよ。」
「杉元さんが…?まさか、」
驚きの余り体を起こそうとして、頭がふらっとすると、家永に布団へと沈められた。
「タオルで隠されていましたし、着替えも私がしましたのでご安心ください。」
「そう…でしたか。」
さすがにアシリパ一人でここまで運んでくることは難しいか…。近くに居た杉元を呼んでも不思議では無い。助けてもらったのだ、醜態を見せてしまったが、アシリパが何とか人間としての尊厳は保ってくれたようだ。慌てていたが冷静に考えれば至極当然の流れだろうと思い至る。…家永は男、であるが意識の上では女性のような存在だ。そして、元医者でもある。他の者に着替えさせられるより、安心であると思った。
「手当していただいて、ありがとうございました。」
お礼を言うと、家永は「お礼はいいですよ。」と返した。
「ところで、さくらさん。あなたうなされてましたよ。」
「…そうですか。」
家永は念のためさくらの手首の脈はかりながら話を続けた。
「殺しましたね。」
その言葉に、脈を測られていた腕がぴくりと動いた。家永はこちらをまっすぐに見る。その口調は断定的だ。
「戦争帰りの兵士も似たような症状が出るんですよ。初めて人殺しをするのは精神がやられるようで、眠れなくなる。」
私には、理解できませんけど。と付け加えて、家永が言葉を続けた。
「人を殺すのが仕事でしょうに。あなたも、この旅について行くのならば分かっていたことでは?」
「…分かっている、つもりだったのです。」
頭では理解していた、つもりだった。そのために尾形から銃の扱いを教えてもらったし、実践にも加わることが出来た。仲間として認めてもらうために、喜ばしいことのはずではないか。
「近づこうとするたびに、自分の弱さに気づかされるのです。彼らと歩むには自身がいかに役立たずで、弱い人間なのか。強くなくては、と自身を奮い立たせるたびに……」
『逃げ出したくなる』そう言おうとした口をつぐんだ。
「逃げたらいいじゃあ、ありませんか。鶴見中尉の目が届かない場所まで。あなたがこの争いに身を投じる必要はありませんよ。きっと永倉新八なら東京までの船を手配してくれますよ。東京ならば仕事はいくらでもありますし。」
さくら自身が言いたくても言えぬ言葉を、家永はいともたやすく口にした。それにさくらは目を瞠った。家永は、こちらの様子を気にした風でもなく、淡々とした口調でさくらに言った。考えもしなかった、いや考えないようにしてきた。これまで助けてくれた杉元たちに、そんなこと言えるはずが無かった。
「…普通に戻れるならば、そのほうがいい。」
どこか含みを持った言い方にさくらは家永の表情をうかがい見た。しかし、家永はすぐにいつもの微笑みを浮かべた表情に戻る。
「さて、換えの桶を持ってきます。しばらくは横になっていてくださいね。」
そう言うと、家永は部屋を後にした。
家永の居なくなった部屋にはさくら一人が残された。この世界に来て、初めて弱音を吐いたかもしれない……。これまで自然の中で、そして第七師団、囚人相手に緊張の続く日々だった。ここにきて、家永の前では不思議と思いを吐き出すことができたのだ。きっと、いらぬ同情や心配をされない相手だからというのもある。それに、…知らない間に心は限界を迎えていたのかもしれない。
いくら、杉元のためアシリパのため。助けられた恩を返すため。そんな大義名分を掲げたところで、自身はただの一般人なのだ。兵役に就くために体力作りをしたわけでも、狩りのために自然の知識が豊富な訳でも無い。元々は現代で会社員をしていた、ただの女だ。それが、どうして力になれると思ったのだろう。
「…東京。」
慣れ親しんだあの場所に戻れば。そんな思いが頭をかすめた。