白銀の世界で
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コタンからしばらく歩き、日本家屋が建ち並ぶ街にまで降りてきた。鈴木は杉元が縄をかけ、前を歩かせているが、人目には分からぬように手元を隠しながら同行させていた。前を歩く牛山の肩にアシリパが乗っている。アシリパが尊敬する、なんと言っても熊を倒してしまう猛者の肩に乗せられ、随分嬉しそうだ。尾形は一番後ろを歩き、銃をゆるく構えながら周囲に視線を向けている。さくらといえば、鈴木に寄り添う形で隣を歩き、年配の男を介助しているように見せながら、自然さを装って歩いていた。鈴木の方は、逃げることは叶わないと分かっているのか大人しくついてきている。何軒か宿屋が見えてきたところで牛山が一行に声をかけた。
「もうすぐ樺戸監獄が見えてくる。監獄から一番近い宿で落ち合う予定だ。」
牛山の言葉にさくらは自然と安堵のため息をついた。土方と永倉。歴戦の将たちが率いる一行だ、きっとすでに宿で待っているに違いない。そう思うと、わずかとはいえ、鈴木の逃走を許すまいと気を張っていた気持ちが和らいだ。尾形もその言葉を聞いてか、銃を下ろし、余裕そうに話し始めた。
「しかし、拍子抜けだぜ。網走の脱獄囚にもこんな雑魚がいたんだな。」
隣で大人しく歩いていた鈴木が尾形の方を振り向いた。
「俺は詐欺師だ。頭を使う。暴力で何かを奪うような野蛮な脱獄囚と一緒にしないでもらいたいね。」
確かに、力を以て強硬手段に出るような男には思えない。コタンでの猿芝居も杉元にはかなり信じられていたし、頭脳派といえよう。杉元も珍しく尾形の言葉に賛同したようで、会話に加わる。
「結婚詐欺だってな?相手の女も何だってこんなしょぼくれ親父に騙されるかね。米軍の大佐とか無理があるだろ、そんな嘘。」
鈴木の罪状に詳しいらしい杉元はおかしそうに言った。この小柄な男が米軍大佐…?さくらもその話に信じられずに鈴木のほうへ驚きの目を向けた。それに鈴木はちら、とさくらの方を見た。
「変装は基本だ。この姿は本当の俺じゃ無い。ほんとうの俺なんてないけどね。ただ、人間、権威ってもので易々と騙されるもんさ。女も肩書きのある男は好きだろう?」
鈴木の言葉になんと返答してよいのか、男たちの視線がさくらに集まった。
「……肩書きや年収に重きを置く女性もいますからね。」
そういうと、鈴木は頷いた。
「権威を利用するのは大切だな。米軍大佐とか英国王室の血を引いているとか、人は肩書きのある者の言うことを盲目的に信じがちだ。現にあんたは、俺がアイヌの村長であることですっかり騙されたじゃないか。思い込みによって多少怪しいことがあっても都合よく解釈しただろ?」
鈴木の言葉に思う節がある杉元はぐっと言葉に詰まった。
目的の宿屋に着くも、部屋にいたのは永倉と家永の二人だけであった。
「白石は……?」
と怪訝そうにするアシリパに、永倉がこれまでの概要を話し始めた。樺戸監獄へ熊岸を尋ねに行ったところ、外役中に脱獄を企て射殺されたということ。そして、移動中に白石が第七師団に見つかり、捕まってしまったこと。土方とキロランケが護送中の白石を奪還すべく行動していること。……白石め、と口に出さずもみな表情に表れている。杉元は実はこの鈴木の手引きで熊岸が近くのコタンに潜伏し、生きていたこと。しかし、先の戦闘で命を落としたことを説明した。永倉はまさか生きていたとは思わなかったのか、驚いた様子だった。
「二人とは明日、深川村で落ち合うことになっている。今日は一泊して、明日の朝、出発しよう。」
永倉は用意されていたお茶に手をつけ、ゆったりと話し始めた。その隣でなぜか鈴木も同じように茶をすすっている。…一瞬、どっちが話していたのか混乱したが、鈴木が話すはずは無いだろう。家永は人数分の茶を用意してくれ、皆で一息つく。久しぶりに口にした温かい緑茶の慣れた渋みに、ほっと息をついた。家永が、皆が寛ぎ始めたところで、口を開いた。
「この旅館には温泉がついているんですよ。疲労回復に美肌の効果もあるそうで…ほら、効果抜群でしょう。」
そう言って、自身の頬を指で弾いた。よく見れば、弾力のあるきめの細かい肌が、輝いている。長らく旅の中で湯につかることも無かった。この機会にゆっくりするのも良いかもしれない。
「アシリパさん…一緒に行きますか?」
さくらが誘うと、アシリパは頷いた。それをみた杉元も温泉と聞き、うずうずしているようだ。鈴木については家永と永倉に頼み、そのほかの者で温泉へと向かった。
旅館は小さいながらも、温泉は見事なものであった。室内であるが、自然の岩を使った湯船は、現代の露天風呂のような造りである。幸い、人はおらず、ゆったりと浸かれそうだ。アシリパはあまり温泉に入ったことが無いのか、所在なさげに立っていたが、さくらが簡単に髪を洗ってやり、体を洗うように促すと素直に手ぬぐいで体を清めた。綺麗になったところで湯船に体を沈めた。
「はあああ…」
熱めの湯が全身を包み込む。何とも言えない心地に全身の力が抜けていく。アシリパも気持ちが良いのか柔らかな表情でぶくぶくと口で水を泡立てながら楽しんでいる。
「アシリパさん、温泉は初めて?」
「ああ、アイヌも風呂には入るが、病気を治す意味合いが強いんだ。薬草をいれた風呂に家族で入ったりしていた。だが、下着は絶対外さないんだ。シサムは全裸で入るのだと、驚いたんだ。」
「だから、さっき困ってたのね。」
文化によって、同じ風呂でも入浴方法が違うのか。アシリパの説明にさくらは、先ほどのアシリパの様子に合点がいった。
「さくら、元気になってよかった。」
突然の言葉に、アシリパの方を見た。
「コタンで様子がおかしかったから気になっていたんだ。」
アシリパの曇りの無い瞳が安心したように細められた。
「アシリパさん……。」
この少女にまで心配をかけていたのだと分かり、とたんに申し訳なく感じた。あの凄惨な現場をみて、この少女こそ、一番ショックだったはずなのに。
「アシリパさんは大丈夫?あれだけたくさんの人が…驚いたでしょう?」
「ああ、驚いたが、あの者たちはコタンの女たちを苦しめていたんだ。助けることができてよかったと思う。…それに、私たちには大事な目的がある。」
そのまなざしは、しっかりと前を見据えていた。自身にはない心の強さにまぶしささえ感じる。ぽつり、とさくらは小さなつぶやきをもらした。
「そう……よかったのよね」
女たちを助けた、杉元を助けた、自分はよいことをしたのだ。そう思いたくとも、地に伏した男たちの姿が目に焼き付いて離れない。人を殺したという現実に、一気に体は鉛のように重く感じた。いくら正当化しても、罪悪感は払拭されない。男たちの濁った目が、未来を奪ったのだという重荷を忘れさせてくれない。自身の心を削るような胸の痛みに、自身の手を当てた。「よかった。」と思ってもいない言葉口にしてみるも、何とも白々しい言葉に聞こえた。戦う、とはこうも苦しいものなのだろうか。杉元の隣で共に旅を続けるために、この苦しさでさえ、なんてことのないように乗り越えていかねばならない。
「さくら…?」
アシリパの怪訝そうな声が聞こえる。
「大丈夫か?胸が痛いのか?」
「いえ、心配いりませんよ。そろそろ上がりましょうか。」
心配そうなアシリパに笑いかけ、湯船から体を上げた。
瞬間、ふらり、と体が傾く。
「おい!さくらっ…!!!」
焦ったようなアシリパの顔がぼんやりと見えた。そこで、さくらは意識を失った。
突然、倒れ込んださくらに、アシリパは駆け寄った。
「さくら!!さくら!!」
呼びかけても反応が無い。すぐに家永を!と思ったが、アシリパが担いで生けないため、部屋まで行って家永を連れて戻ってくるのも時間がかかる。そう思い、アシリパは自身の服を簡単に羽織ると、男湯の方へ向かった。
「杉元!!」
脱衣所ではすでに服を着込んだ尾形と、備え付けの浴衣に袖を通している杉元がいた。杉元は突然のアシリパの登場に、乙女のように恥じらいながら前を隠した。
「もう~アシリパさん!!こっち男湯だよ?」
「さくらが倒れた!!」
そう言うやいなや、杉元の顔つきが変わった。そして、すぐさま女湯の方へと駆けだした。それを追うようにアシリパと尾形がついて行く。杉元は女湯の暖簾をくぐる前に、尾形に声をかけた。
「お前はここで待ってろ。」
杉元は鋭い視線を向け、短く指示した。そして、アシリパの案内の元、女湯の暖簾をくぐった。
「もうすぐ樺戸監獄が見えてくる。監獄から一番近い宿で落ち合う予定だ。」
牛山の言葉にさくらは自然と安堵のため息をついた。土方と永倉。歴戦の将たちが率いる一行だ、きっとすでに宿で待っているに違いない。そう思うと、わずかとはいえ、鈴木の逃走を許すまいと気を張っていた気持ちが和らいだ。尾形もその言葉を聞いてか、銃を下ろし、余裕そうに話し始めた。
「しかし、拍子抜けだぜ。網走の脱獄囚にもこんな雑魚がいたんだな。」
隣で大人しく歩いていた鈴木が尾形の方を振り向いた。
「俺は詐欺師だ。頭を使う。暴力で何かを奪うような野蛮な脱獄囚と一緒にしないでもらいたいね。」
確かに、力を以て強硬手段に出るような男には思えない。コタンでの猿芝居も杉元にはかなり信じられていたし、頭脳派といえよう。杉元も珍しく尾形の言葉に賛同したようで、会話に加わる。
「結婚詐欺だってな?相手の女も何だってこんなしょぼくれ親父に騙されるかね。米軍の大佐とか無理があるだろ、そんな嘘。」
鈴木の罪状に詳しいらしい杉元はおかしそうに言った。この小柄な男が米軍大佐…?さくらもその話に信じられずに鈴木のほうへ驚きの目を向けた。それに鈴木はちら、とさくらの方を見た。
「変装は基本だ。この姿は本当の俺じゃ無い。ほんとうの俺なんてないけどね。ただ、人間、権威ってもので易々と騙されるもんさ。女も肩書きのある男は好きだろう?」
鈴木の言葉になんと返答してよいのか、男たちの視線がさくらに集まった。
「……肩書きや年収に重きを置く女性もいますからね。」
そういうと、鈴木は頷いた。
「権威を利用するのは大切だな。米軍大佐とか英国王室の血を引いているとか、人は肩書きのある者の言うことを盲目的に信じがちだ。現にあんたは、俺がアイヌの村長であることですっかり騙されたじゃないか。思い込みによって多少怪しいことがあっても都合よく解釈しただろ?」
鈴木の言葉に思う節がある杉元はぐっと言葉に詰まった。
目的の宿屋に着くも、部屋にいたのは永倉と家永の二人だけであった。
「白石は……?」
と怪訝そうにするアシリパに、永倉がこれまでの概要を話し始めた。樺戸監獄へ熊岸を尋ねに行ったところ、外役中に脱獄を企て射殺されたということ。そして、移動中に白石が第七師団に見つかり、捕まってしまったこと。土方とキロランケが護送中の白石を奪還すべく行動していること。……白石め、と口に出さずもみな表情に表れている。杉元は実はこの鈴木の手引きで熊岸が近くのコタンに潜伏し、生きていたこと。しかし、先の戦闘で命を落としたことを説明した。永倉はまさか生きていたとは思わなかったのか、驚いた様子だった。
「二人とは明日、深川村で落ち合うことになっている。今日は一泊して、明日の朝、出発しよう。」
永倉は用意されていたお茶に手をつけ、ゆったりと話し始めた。その隣でなぜか鈴木も同じように茶をすすっている。…一瞬、どっちが話していたのか混乱したが、鈴木が話すはずは無いだろう。家永は人数分の茶を用意してくれ、皆で一息つく。久しぶりに口にした温かい緑茶の慣れた渋みに、ほっと息をついた。家永が、皆が寛ぎ始めたところで、口を開いた。
「この旅館には温泉がついているんですよ。疲労回復に美肌の効果もあるそうで…ほら、効果抜群でしょう。」
そう言って、自身の頬を指で弾いた。よく見れば、弾力のあるきめの細かい肌が、輝いている。長らく旅の中で湯につかることも無かった。この機会にゆっくりするのも良いかもしれない。
「アシリパさん…一緒に行きますか?」
さくらが誘うと、アシリパは頷いた。それをみた杉元も温泉と聞き、うずうずしているようだ。鈴木については家永と永倉に頼み、そのほかの者で温泉へと向かった。
旅館は小さいながらも、温泉は見事なものであった。室内であるが、自然の岩を使った湯船は、現代の露天風呂のような造りである。幸い、人はおらず、ゆったりと浸かれそうだ。アシリパはあまり温泉に入ったことが無いのか、所在なさげに立っていたが、さくらが簡単に髪を洗ってやり、体を洗うように促すと素直に手ぬぐいで体を清めた。綺麗になったところで湯船に体を沈めた。
「はあああ…」
熱めの湯が全身を包み込む。何とも言えない心地に全身の力が抜けていく。アシリパも気持ちが良いのか柔らかな表情でぶくぶくと口で水を泡立てながら楽しんでいる。
「アシリパさん、温泉は初めて?」
「ああ、アイヌも風呂には入るが、病気を治す意味合いが強いんだ。薬草をいれた風呂に家族で入ったりしていた。だが、下着は絶対外さないんだ。シサムは全裸で入るのだと、驚いたんだ。」
「だから、さっき困ってたのね。」
文化によって、同じ風呂でも入浴方法が違うのか。アシリパの説明にさくらは、先ほどのアシリパの様子に合点がいった。
「さくら、元気になってよかった。」
突然の言葉に、アシリパの方を見た。
「コタンで様子がおかしかったから気になっていたんだ。」
アシリパの曇りの無い瞳が安心したように細められた。
「アシリパさん……。」
この少女にまで心配をかけていたのだと分かり、とたんに申し訳なく感じた。あの凄惨な現場をみて、この少女こそ、一番ショックだったはずなのに。
「アシリパさんは大丈夫?あれだけたくさんの人が…驚いたでしょう?」
「ああ、驚いたが、あの者たちはコタンの女たちを苦しめていたんだ。助けることができてよかったと思う。…それに、私たちには大事な目的がある。」
そのまなざしは、しっかりと前を見据えていた。自身にはない心の強さにまぶしささえ感じる。ぽつり、とさくらは小さなつぶやきをもらした。
「そう……よかったのよね」
女たちを助けた、杉元を助けた、自分はよいことをしたのだ。そう思いたくとも、地に伏した男たちの姿が目に焼き付いて離れない。人を殺したという現実に、一気に体は鉛のように重く感じた。いくら正当化しても、罪悪感は払拭されない。男たちの濁った目が、未来を奪ったのだという重荷を忘れさせてくれない。自身の心を削るような胸の痛みに、自身の手を当てた。「よかった。」と思ってもいない言葉口にしてみるも、何とも白々しい言葉に聞こえた。戦う、とはこうも苦しいものなのだろうか。杉元の隣で共に旅を続けるために、この苦しさでさえ、なんてことのないように乗り越えていかねばならない。
「さくら…?」
アシリパの怪訝そうな声が聞こえる。
「大丈夫か?胸が痛いのか?」
「いえ、心配いりませんよ。そろそろ上がりましょうか。」
心配そうなアシリパに笑いかけ、湯船から体を上げた。
瞬間、ふらり、と体が傾く。
「おい!さくらっ…!!!」
焦ったようなアシリパの顔がぼんやりと見えた。そこで、さくらは意識を失った。
突然、倒れ込んださくらに、アシリパは駆け寄った。
「さくら!!さくら!!」
呼びかけても反応が無い。すぐに家永を!と思ったが、アシリパが担いで生けないため、部屋まで行って家永を連れて戻ってくるのも時間がかかる。そう思い、アシリパは自身の服を簡単に羽織ると、男湯の方へ向かった。
「杉元!!」
脱衣所ではすでに服を着込んだ尾形と、備え付けの浴衣に袖を通している杉元がいた。杉元は突然のアシリパの登場に、乙女のように恥じらいながら前を隠した。
「もう~アシリパさん!!こっち男湯だよ?」
「さくらが倒れた!!」
そう言うやいなや、杉元の顔つきが変わった。そして、すぐさま女湯の方へと駆けだした。それを追うようにアシリパと尾形がついて行く。杉元は女湯の暖簾をくぐる前に、尾形に声をかけた。
「お前はここで待ってろ。」
杉元は鋭い視線を向け、短く指示した。そして、アシリパの案内の元、女湯の暖簾をくぐった。