白銀の世界で
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アシリパと牛山が待つ場所まで帰ってくると、なにやら不機嫌そうにヤマシギの羽をむしるアシリパがいた。それを見ている牛山にどうしたのか、と耳打ちする。
「たくさん罠を仕掛けたのに2羽だけだから、ご機嫌斜めなんだよ。」
「杉元!羽むしるの手伝え!」
むすっとした顔のアシリパが杉元にもう一方のヤマシギをわたして羽をむしらせた。杉元も言われるがまま隣で作業をはじめた。しかし、アシリパは怒りをぶつけながら羽をむしっているせいか、思い切り杉元の方へ羽が飛んでいく。
「……ぺっぺっ!」
完全にとばっちりを受けている杉元が可哀想に思えてくる。その様子を見ながら、尾形がアシリパの目の前に獲ったヤマシギをどさっと置いた。
「3羽も……」
アシリパの表情から毒気が抜けた。予想外の収穫に牛山も驚いた顔をしていた。
「今朝また居なくなったと思ったら、嬢ちゃんと狩りに言ってたのかい?」
「ええ、……銃の扱いを教えてもらって、これは全部尾形さんが一発で獲ってました。」
「散弾じゃ無いのによく撃ち落としてこれたもんだ。」
牛山は感嘆の声をもらした。それに尾形は大きく体をのけぞらせ、得意げな様子だ。普段は口数が少なくつかみ所の無い態度の割に、子供っぽいというか分かりやすい反応を見せるものだ。さすがの牛山も分かりやすい挑発に「腹立つなコイツ」と声を漏らした。アシリパの隣で羽むしりをいそしんでいる杉元も面白くなさそうに舌打ちをする。
「アシリパさんに無理だって言われたからムキになっちゃってさ。」
尾形にいたっては手放しで喜ばれることを想像していたのか、周りの反応に不満そうだ。しかし、アシリパはそんな男たちの気持ちをくんでやるつもりも無いらしく、良い笑顔で杉元に言葉をつげた。
「杉元は銃が下手くそだから妬ましいな。」
図星だったのか、杉元は「別に!!」と羽をむしる勢いを強めながら、返答した。
アシリパ監修の元ヤマシギのオハウを作った。みなで交代しながらヤマシギをチタタプしていく。牛山もアシリパに言われたとおり、「チタタプチタタプ」と良いながら、ナイフを動かして作業をした。大柄の牛山が小さなまな板でチタタプをする様子は、ミスマッチではあるが、素直に調理しているのが可愛らしく思え、自然と口元が上がる。朝方のことはさくら自身、気持ちに整理がつかないままだが、いつまでも引きずっているわけにもいかない。牛山の何とも微笑ましい光景は、先ほどまでの暗い気持ちを浮上させてくれた。
「先生、かわりますよ。」
「ああ、頼む。」
牛山から刃物を受け取り、残りをチタタプしていく。しばらくしたところで、背後から尾形が顔をのぞかせた。突然の至近距離で、肩を揺らしたが、尾形の方は気にも留めずにいる。
「……かわる。」
短くそう言うので、言われるがまま刃物を渡した。
慣れた手つきで肉を刻んでいく。それを今度は杉元が背後からじっと見つめている。……ヤマシギを獲ってきたのがそんなに気に入らないのだろうか。さくらは内心、ひやひやしていたが、杉元は勢いよく挙手をしてアシリパにつげた。
「アシリパさん!尾形がチタタプ言ってません!!」
杉元の言葉でアシリパが尾形に近づいていく。
「尾形ぁ~」
背後からものすごい威圧感のある微笑みを向けるも、尾形は我関せずだ。結局、一言も「チタタプ」と言わないまま、オハウが完成した。みなで食事をかこみながら、アシリパからアイヌの昔話を聞かされた。『恋占い』という言葉に杉元が目を輝かせ、熱心に話を聞いていた。旅の中でアシリパから聞くアイヌの文化は興味深い。自然と共に生きてきた人間たちの息吹が感じられるからだ。こうして聞く昔話には、北海道の様々な動植物が登場する。アイヌにとって神聖な動物、狩りの意味、祭りの示す思想が、いかに人間が自然の一部であるかを気付かされる。
食事が終われば、出発だ。まずは樺戸に向けて、一行は道を急いだ。
しばらく沢をたどって歩いて行くと、小さな集落がみえた。アイヌのコタンだ。アシリパが指さして皆に声をかけた。
「見ろ、コタンがあるぞ。樺戸までもうすぐだけど、休ませてもらう。」
そろそろ太陽も低くなっていく。人の居る場所で休むことが出来れば、それほどありがたいことはない。満場一致で、みなでコタンへ向かった。
コタンには何軒かの家々が立ち並び、今まで見てきたコタンと変わらないように思える。しかし、不思議であるが、さくらは言いようのない違和感を感じた。一行の様子をうかがい見る。杉元も牛山も変わった様子はない。尾形は相変わらずあたりを見回し、状況を窺っているようだった。先頭で歩いていた杉元がアシリパい問いかけた。
「この村にもアシリパさんの親戚がいるの?婆ちゃんの15番目の妹とか?」
和やかな雰囲気で問いかける様子に、杉元は何も感じていないようだ。
「フチの15番目の妹は釧路にいる。この辺には親戚はいない。初めて来た。」
アシリパの言葉を聞きながらさくらはあたりを見回した。違和感の正体を突き止めるために、聞こえてくる生活音にも耳を澄ませた。家の中からは小さな生活音が聞こえてくる。…しかし、アシリパのいたコタンは、これほど静かだっただろうか。家の外では子供たちが遊んで駆け回っていたし、女たちもみなで協力して家の事をやっていたように思う。しかし、このコタンには外に出ている者がほとんどいないのだ。……なんだか死んだように静まりかえった、そんな印象を受けるのだ。
「やあ…こんにちは。あんたら何の用だい?」
こちらにやってきた男は、日本語でこちらに話しかけてきた。それに牛山が答える。
「旅をしていて寄っただけだ。今晩の寝床と米があったら分けて欲しい。もちろんただでとは言わん。」
そういう牛山に男は笑顔で快諾してくれた。そのようすに杉元は不思議そうな顔をした。
「あんたも日本語うまいね。」
「俺は若い頃、和人相手に荷揚げの仕事をして覚えた。山奥で砂金掘りやってる和人たちへ物を届けるんだ。舟に米とか塩とか一杯積んで川の上流へ運び上げてね。」
「あ~……俺も砂金掘りやってたからしってる。」
杉元は納得した、というように何度も頷いている。杉元の警戒していない様子にさくらは、考えすぎだっただろうか、と思い直した。歴戦の兵士がこれほど落ち着いているのだ。きっと、思い過ごしだ、と自身の心の中で完結させた。すると、牛山が珍しそうに「おい、なんだあれ?」と、向こうの方を指さした。
「ん?ああ、あれは小熊のオリ……」
杉元の説明が途切れた。
さくらも牛山の指したほうに目を向けた。
「……え、」
小さな檻の中には、みちみちと音を立てて、閉じ込められている熊がいた。小熊と呼ぶには大きすぎるほど成長していた。
「たくさん罠を仕掛けたのに2羽だけだから、ご機嫌斜めなんだよ。」
「杉元!羽むしるの手伝え!」
むすっとした顔のアシリパが杉元にもう一方のヤマシギをわたして羽をむしらせた。杉元も言われるがまま隣で作業をはじめた。しかし、アシリパは怒りをぶつけながら羽をむしっているせいか、思い切り杉元の方へ羽が飛んでいく。
「……ぺっぺっ!」
完全にとばっちりを受けている杉元が可哀想に思えてくる。その様子を見ながら、尾形がアシリパの目の前に獲ったヤマシギをどさっと置いた。
「3羽も……」
アシリパの表情から毒気が抜けた。予想外の収穫に牛山も驚いた顔をしていた。
「今朝また居なくなったと思ったら、嬢ちゃんと狩りに言ってたのかい?」
「ええ、……銃の扱いを教えてもらって、これは全部尾形さんが一発で獲ってました。」
「散弾じゃ無いのによく撃ち落としてこれたもんだ。」
牛山は感嘆の声をもらした。それに尾形は大きく体をのけぞらせ、得意げな様子だ。普段は口数が少なくつかみ所の無い態度の割に、子供っぽいというか分かりやすい反応を見せるものだ。さすがの牛山も分かりやすい挑発に「腹立つなコイツ」と声を漏らした。アシリパの隣で羽むしりをいそしんでいる杉元も面白くなさそうに舌打ちをする。
「アシリパさんに無理だって言われたからムキになっちゃってさ。」
尾形にいたっては手放しで喜ばれることを想像していたのか、周りの反応に不満そうだ。しかし、アシリパはそんな男たちの気持ちをくんでやるつもりも無いらしく、良い笑顔で杉元に言葉をつげた。
「杉元は銃が下手くそだから妬ましいな。」
図星だったのか、杉元は「別に!!」と羽をむしる勢いを強めながら、返答した。
アシリパ監修の元ヤマシギのオハウを作った。みなで交代しながらヤマシギをチタタプしていく。牛山もアシリパに言われたとおり、「チタタプチタタプ」と良いながら、ナイフを動かして作業をした。大柄の牛山が小さなまな板でチタタプをする様子は、ミスマッチではあるが、素直に調理しているのが可愛らしく思え、自然と口元が上がる。朝方のことはさくら自身、気持ちに整理がつかないままだが、いつまでも引きずっているわけにもいかない。牛山の何とも微笑ましい光景は、先ほどまでの暗い気持ちを浮上させてくれた。
「先生、かわりますよ。」
「ああ、頼む。」
牛山から刃物を受け取り、残りをチタタプしていく。しばらくしたところで、背後から尾形が顔をのぞかせた。突然の至近距離で、肩を揺らしたが、尾形の方は気にも留めずにいる。
「……かわる。」
短くそう言うので、言われるがまま刃物を渡した。
慣れた手つきで肉を刻んでいく。それを今度は杉元が背後からじっと見つめている。……ヤマシギを獲ってきたのがそんなに気に入らないのだろうか。さくらは内心、ひやひやしていたが、杉元は勢いよく挙手をしてアシリパにつげた。
「アシリパさん!尾形がチタタプ言ってません!!」
杉元の言葉でアシリパが尾形に近づいていく。
「尾形ぁ~」
背後からものすごい威圧感のある微笑みを向けるも、尾形は我関せずだ。結局、一言も「チタタプ」と言わないまま、オハウが完成した。みなで食事をかこみながら、アシリパからアイヌの昔話を聞かされた。『恋占い』という言葉に杉元が目を輝かせ、熱心に話を聞いていた。旅の中でアシリパから聞くアイヌの文化は興味深い。自然と共に生きてきた人間たちの息吹が感じられるからだ。こうして聞く昔話には、北海道の様々な動植物が登場する。アイヌにとって神聖な動物、狩りの意味、祭りの示す思想が、いかに人間が自然の一部であるかを気付かされる。
食事が終われば、出発だ。まずは樺戸に向けて、一行は道を急いだ。
しばらく沢をたどって歩いて行くと、小さな集落がみえた。アイヌのコタンだ。アシリパが指さして皆に声をかけた。
「見ろ、コタンがあるぞ。樺戸までもうすぐだけど、休ませてもらう。」
そろそろ太陽も低くなっていく。人の居る場所で休むことが出来れば、それほどありがたいことはない。満場一致で、みなでコタンへ向かった。
コタンには何軒かの家々が立ち並び、今まで見てきたコタンと変わらないように思える。しかし、不思議であるが、さくらは言いようのない違和感を感じた。一行の様子をうかがい見る。杉元も牛山も変わった様子はない。尾形は相変わらずあたりを見回し、状況を窺っているようだった。先頭で歩いていた杉元がアシリパい問いかけた。
「この村にもアシリパさんの親戚がいるの?婆ちゃんの15番目の妹とか?」
和やかな雰囲気で問いかける様子に、杉元は何も感じていないようだ。
「フチの15番目の妹は釧路にいる。この辺には親戚はいない。初めて来た。」
アシリパの言葉を聞きながらさくらはあたりを見回した。違和感の正体を突き止めるために、聞こえてくる生活音にも耳を澄ませた。家の中からは小さな生活音が聞こえてくる。…しかし、アシリパのいたコタンは、これほど静かだっただろうか。家の外では子供たちが遊んで駆け回っていたし、女たちもみなで協力して家の事をやっていたように思う。しかし、このコタンには外に出ている者がほとんどいないのだ。……なんだか死んだように静まりかえった、そんな印象を受けるのだ。
「やあ…こんにちは。あんたら何の用だい?」
こちらにやってきた男は、日本語でこちらに話しかけてきた。それに牛山が答える。
「旅をしていて寄っただけだ。今晩の寝床と米があったら分けて欲しい。もちろんただでとは言わん。」
そういう牛山に男は笑顔で快諾してくれた。そのようすに杉元は不思議そうな顔をした。
「あんたも日本語うまいね。」
「俺は若い頃、和人相手に荷揚げの仕事をして覚えた。山奥で砂金掘りやってる和人たちへ物を届けるんだ。舟に米とか塩とか一杯積んで川の上流へ運び上げてね。」
「あ~……俺も砂金掘りやってたからしってる。」
杉元は納得した、というように何度も頷いている。杉元の警戒していない様子にさくらは、考えすぎだっただろうか、と思い直した。歴戦の兵士がこれほど落ち着いているのだ。きっと、思い過ごしだ、と自身の心の中で完結させた。すると、牛山が珍しそうに「おい、なんだあれ?」と、向こうの方を指さした。
「ん?ああ、あれは小熊のオリ……」
杉元の説明が途切れた。
さくらも牛山の指したほうに目を向けた。
「……え、」
小さな檻の中には、みちみちと音を立てて、閉じ込められている熊がいた。小熊と呼ぶには大きすぎるほど成長していた。