白銀の世界で
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早朝の森の中には、足下の土を踏みしめる音と二人の小さな息づかいがあるだけで穏やかなものであった。先ほどからさくらの手を引く尾形の無骨な手はそのままで、森の奥までずんずんと進んでいく。一言もしゃべらない尾形に不安が募る。…この選択は間違っていたのかも知れない。どこまで連れて行くのだろうか、と心配になったところで、引き返す事など出来ない。この手をとってしまったのだ自分自身だ。例え危険があろうとも、『変わりたい』と願ったのはさくら自身なのだ。掴まれていない方の手には先ほど渡された拳銃が握られている。『これ』で私は力をつけるのだ。杉元の助けになるとは、少しでもその背から重荷を解いてやることだと思う。だからこそ、この重みが自身の弱気な心を奮い立たせた。
しばらく歩くと、ヤマシギたちが土にくちばしを入れては食事にありついているところに出くわした。そこで尾形が振り向いた。
「貸せ。」
片方の手をほどいて、反対にさくらが握っている拳銃に手を伸ばした。さくらは言われるがまま、拳銃を尾形に渡した。
「南部式小型拳銃は、引き金が重いが、女でも両手で支えられる大きさだ。連続で6発撃てる。」
尾形はグリップ部分から何かを取り出した。
「これが弾倉…弾を込める場所だ。ここに弾を埋め込んで、この銃身をスライドさせて装填する。持ち手…グリップに安全装置がついている。だから、グリップを握れば自動的に安全装置は外れ、引き金を引くだけで発砲できる。」
尾形は説明しながら、実際に弾を装填して、銃を構えた。流れるように準備を整え、体勢を整えるのはさすがである。そのまま、ヤマシギに向かって銃弾を連続して撃ち込んでいった。乾いた音と同時に勢いよく空の薬莢が横に飛んでいく。放たれた3発は見事に獲物を捕らえ、3羽のヤマシギが土の上に転がった。
「3発残っている、撃ってみろ。」
尾形はさくらに拳銃を渡した。受け取って、見よう見まねで構えてみる。残りのヤマシギは発砲音に驚き、散り散りに逃げた後である。まずは数メートル先の木に向かって撃とうと、銃身を向けた。
「その持ち方では撃てない。両腕で銃身を支えろ。腰を入れなければ撃った瞬間にお前が吹っ飛ぶ。」
そう言うや否や、後ろから覆い被さるように尾形の手が伸びた。さくらの手の上から自身の手を重ねて銃身を支え、片方の腕は腰に回され、体を密着させられる。
「…ちょっと、」
身をよじって逃れようとするも、回された腕は微動だにせず、尾形の腕から抜け出すことはかなわなかった。さくらの焦った様子に尾形が面白そうに鼻で笑った。
「おいおい、俺はただ教えてやってるだけだぜ。」
「普通に教えていただけませんか。」
さくらの苛立ちの混じった声音に尾形はさらに口元を引き上げた。
「お前のように初めて銃を握ったやつが一人で撃ったら、まず怪我をするぞ。俺が支えている腕の角度、体の重心、それが『正解だ』。嫌なら、一回で覚えるんだな。」
そういう尾形はやめる気はないようだ。ここでごねても、きっと状況が悪くなることはあっても、よくなることはないだろう。ならばこの男の言うように今だけはさくらも諦めて、一回でマスターする気でいなくては。そうでなくてはいつ敵が襲ってくるかも知れない状況で、即戦力など、いや自身の身を守ることさえままならないだろう。おとなしくなったさくらの様子に、尾形は説明を続けた。
「目線は標的に、その先に銃身をまっすぐ向けろ。腕はこの位置だ。腕がぶれれば的も外れる。しっかり支えろ。」
言われたとおりに体勢を整える。引き金に指をかけた。思い切り、重さのある引き金を引いた。瞬間、爆音をさせながら弾は狙った場所へと飛んでいった。鼓膜を揺るがす音に耳の奥がきーん、と鳴る。そして、発砲した瞬間の衝撃で反動で後ろに飛ばされたように感じるも、尾形の胸にとどめられた。よろめく足で地面を踏み直した。
2発目も同様に撃っていく。先ほどとは違い、発砲の衝撃を体で受け止め、自身の足で踏ん張った。3発目を撃つときには尾形の腕が外れた。発砲の衝撃に今度は腕が揺れた。弾倉の弾を撃ちきったところで、一歩後ろに引いていた尾形が声をかけた。
「次は、そいつを撃ってみろ。」
尾形が指さしたのは先ほど仕留めたヤマシギだった。
「死体くらい撃てるようになれ。」
何でも無い事のように言った言葉にさくらは一瞬動きを止めた。
「お前が使うのは人殺しの道具だ。それで人を殺すんだろ、さくら。それがお前の覚悟のはずだ。動物一匹手にかけれずに、お前は何を守るつもりだ?」
冷静に話す尾形の言葉に、もう一度ヤマシギに目を向けた。動かなくなったヤマシギは、生きていた動物から、物として転がっている。だから的にしろ、ということか。
ふと、二瓶の死に顔が目に浮かんだ。そして、弔いの言葉をかける谷垣の姿が。
「…私は命を弄ぶような事は出来ません。」
生も死も、懸命に生きたものの前では、輝きを放っていた。たとえ刃を交えた相手だとしても、これが尊ぶものであると、心がそう訴えてくるのだ。それに対し、辺見によって骸となった男は、まさに目の前のヤマシギと同じように思えてくるのだ。死してなお、尊ばれぬ体が、どれだけ虚しいか。
しかし、尾形はさくらの返答が不満なのか、詰め寄った。
「お前の覚悟とは随分と薄っぺらいものだな。引き金を引けば、命など、あっという間に散っていくものだ。何を恐れる?お前の『優しさ』がお前の命を危険にさらしても同じ事が言えるのか?……たとえば、鶴見中尉が目の前に倒れていても同じ事が言えるか?」
「鶴見」という言葉にさくらの瞳の奥がゆらりと歪んだ。歪な色を見つけた尾形は内心、ほくそ笑んだ。そして、さくらの手にある拳銃に一発、弾を込めなおし、再び握らせた。
「あれを鶴見だと思って撃ってみろ。お前の恨みを晴らすんだ。」
尾形が耳元で甘く囁いた。そして、先ほどよりも優しく、包み込むように後ろからさくらの手を両手で支えた。耳元で尾形が言葉を継げる。
「初めては俺がついていてやる。さあ、殺してみろ。」
赤子を宥めるような静かで、優しげな声が、耳元で囁く。…あの男を手にかける。地に伏した鶴見がこちらを見上げるさまが思い浮かべられた。さくらを組み倒し、下卑た笑みを浮かべていたあの男を、次は地に伏してやるのだ…。引き金に手をかける。手が、指が小刻みに震えた。
「大丈夫だ、俺がついている。」
あやすような尾形の声が耳元で聞こえる。さくらの手を包む尾形の体温の低い手が、同じく引き金に置かれた。「さあ、撃て…」さくらの指を介して引き金が引かれる。
「さくらさん……!!」
杉元の声がかかったのと、発砲音がしたのはほぼ同時だった。さくらの放った銃弾は、ヤマシギのすぐわきをかすめていった。それを確認した瞬間、さくらは膝から崩れ落ちるように座り込んだ。
…自分は今、何を考えていた?
命は尊いものなのだろう?ならば、なぜ今『撃ち殺そう』とした?自身の心に問いかけて、気づいた。私は、心の奥に渦巻く感情に飲まれそうになったのだ。自分でも想像もしなかった己の感情に愕然とする。この男の甘言にまんまと乗せられて、倫理観など一瞬で吹き飛んだのだ。吹けば飛ぶような薄っぺらな自身の倫理観など、何の意味もないように思えた。そして、自分の中に巣食う闇を簡単に探り当てられ、己の卑しさを認識させられたようで、吐き気がした。そして、この闇を的確に引き当てた、この男は…。
尾形を見上げると、感情のこもらない瞳をこちらにむけ、はあ、と息を吐きながら髪をなでつけた。その横から杉元がやってきて、さくらの前にしゃがみ込んだ。
「さくらさん大丈夫?こいつに何かされた?」
心配そうな杉元の表情に、さくらは我に返った。
「…いえ、あの銃の扱いを、あの」
言いよどむさくらの様子に杉元が、ぎろり、と尾形を睨んだ。
「てめえ、さくらさん連れ出して何させてんだ。」
今にも飛びかからんばかりの杉元に対し、尾形は冷静に目の前のヤマシギを指さした。
「これを獲る合間に銃の扱いを教えてやってたんだよ。なあ、さくら。」
「ええ、…杉元さん大丈夫ですよ。初めて撃ったので驚いてしまって。」
「でも…顔が真っ青だよ。」
純粋に心配してくれる杉元の顔を直視できない。…自分の嫌な部分を見透かされるようで、視線を外して、さっと立ち上がった。
「朝ご飯も調達出来ましたし、戻りましょう。…尾形さん、ありがとうございました。」
「また、いつでも教えてやるぜ。」
尾形はそう言いながら仕留めたヤマシギを担いで、先を歩き始めた。
しばらく歩くと、ヤマシギたちが土にくちばしを入れては食事にありついているところに出くわした。そこで尾形が振り向いた。
「貸せ。」
片方の手をほどいて、反対にさくらが握っている拳銃に手を伸ばした。さくらは言われるがまま、拳銃を尾形に渡した。
「南部式小型拳銃は、引き金が重いが、女でも両手で支えられる大きさだ。連続で6発撃てる。」
尾形はグリップ部分から何かを取り出した。
「これが弾倉…弾を込める場所だ。ここに弾を埋め込んで、この銃身をスライドさせて装填する。持ち手…グリップに安全装置がついている。だから、グリップを握れば自動的に安全装置は外れ、引き金を引くだけで発砲できる。」
尾形は説明しながら、実際に弾を装填して、銃を構えた。流れるように準備を整え、体勢を整えるのはさすがである。そのまま、ヤマシギに向かって銃弾を連続して撃ち込んでいった。乾いた音と同時に勢いよく空の薬莢が横に飛んでいく。放たれた3発は見事に獲物を捕らえ、3羽のヤマシギが土の上に転がった。
「3発残っている、撃ってみろ。」
尾形はさくらに拳銃を渡した。受け取って、見よう見まねで構えてみる。残りのヤマシギは発砲音に驚き、散り散りに逃げた後である。まずは数メートル先の木に向かって撃とうと、銃身を向けた。
「その持ち方では撃てない。両腕で銃身を支えろ。腰を入れなければ撃った瞬間にお前が吹っ飛ぶ。」
そう言うや否や、後ろから覆い被さるように尾形の手が伸びた。さくらの手の上から自身の手を重ねて銃身を支え、片方の腕は腰に回され、体を密着させられる。
「…ちょっと、」
身をよじって逃れようとするも、回された腕は微動だにせず、尾形の腕から抜け出すことはかなわなかった。さくらの焦った様子に尾形が面白そうに鼻で笑った。
「おいおい、俺はただ教えてやってるだけだぜ。」
「普通に教えていただけませんか。」
さくらの苛立ちの混じった声音に尾形はさらに口元を引き上げた。
「お前のように初めて銃を握ったやつが一人で撃ったら、まず怪我をするぞ。俺が支えている腕の角度、体の重心、それが『正解だ』。嫌なら、一回で覚えるんだな。」
そういう尾形はやめる気はないようだ。ここでごねても、きっと状況が悪くなることはあっても、よくなることはないだろう。ならばこの男の言うように今だけはさくらも諦めて、一回でマスターする気でいなくては。そうでなくてはいつ敵が襲ってくるかも知れない状況で、即戦力など、いや自身の身を守ることさえままならないだろう。おとなしくなったさくらの様子に、尾形は説明を続けた。
「目線は標的に、その先に銃身をまっすぐ向けろ。腕はこの位置だ。腕がぶれれば的も外れる。しっかり支えろ。」
言われたとおりに体勢を整える。引き金に指をかけた。思い切り、重さのある引き金を引いた。瞬間、爆音をさせながら弾は狙った場所へと飛んでいった。鼓膜を揺るがす音に耳の奥がきーん、と鳴る。そして、発砲した瞬間の衝撃で反動で後ろに飛ばされたように感じるも、尾形の胸にとどめられた。よろめく足で地面を踏み直した。
2発目も同様に撃っていく。先ほどとは違い、発砲の衝撃を体で受け止め、自身の足で踏ん張った。3発目を撃つときには尾形の腕が外れた。発砲の衝撃に今度は腕が揺れた。弾倉の弾を撃ちきったところで、一歩後ろに引いていた尾形が声をかけた。
「次は、そいつを撃ってみろ。」
尾形が指さしたのは先ほど仕留めたヤマシギだった。
「死体くらい撃てるようになれ。」
何でも無い事のように言った言葉にさくらは一瞬動きを止めた。
「お前が使うのは人殺しの道具だ。それで人を殺すんだろ、さくら。それがお前の覚悟のはずだ。動物一匹手にかけれずに、お前は何を守るつもりだ?」
冷静に話す尾形の言葉に、もう一度ヤマシギに目を向けた。動かなくなったヤマシギは、生きていた動物から、物として転がっている。だから的にしろ、ということか。
ふと、二瓶の死に顔が目に浮かんだ。そして、弔いの言葉をかける谷垣の姿が。
「…私は命を弄ぶような事は出来ません。」
生も死も、懸命に生きたものの前では、輝きを放っていた。たとえ刃を交えた相手だとしても、これが尊ぶものであると、心がそう訴えてくるのだ。それに対し、辺見によって骸となった男は、まさに目の前のヤマシギと同じように思えてくるのだ。死してなお、尊ばれぬ体が、どれだけ虚しいか。
しかし、尾形はさくらの返答が不満なのか、詰め寄った。
「お前の覚悟とは随分と薄っぺらいものだな。引き金を引けば、命など、あっという間に散っていくものだ。何を恐れる?お前の『優しさ』がお前の命を危険にさらしても同じ事が言えるのか?……たとえば、鶴見中尉が目の前に倒れていても同じ事が言えるか?」
「鶴見」という言葉にさくらの瞳の奥がゆらりと歪んだ。歪な色を見つけた尾形は内心、ほくそ笑んだ。そして、さくらの手にある拳銃に一発、弾を込めなおし、再び握らせた。
「あれを鶴見だと思って撃ってみろ。お前の恨みを晴らすんだ。」
尾形が耳元で甘く囁いた。そして、先ほどよりも優しく、包み込むように後ろからさくらの手を両手で支えた。耳元で尾形が言葉を継げる。
「初めては俺がついていてやる。さあ、殺してみろ。」
赤子を宥めるような静かで、優しげな声が、耳元で囁く。…あの男を手にかける。地に伏した鶴見がこちらを見上げるさまが思い浮かべられた。さくらを組み倒し、下卑た笑みを浮かべていたあの男を、次は地に伏してやるのだ…。引き金に手をかける。手が、指が小刻みに震えた。
「大丈夫だ、俺がついている。」
あやすような尾形の声が耳元で聞こえる。さくらの手を包む尾形の体温の低い手が、同じく引き金に置かれた。「さあ、撃て…」さくらの指を介して引き金が引かれる。
「さくらさん……!!」
杉元の声がかかったのと、発砲音がしたのはほぼ同時だった。さくらの放った銃弾は、ヤマシギのすぐわきをかすめていった。それを確認した瞬間、さくらは膝から崩れ落ちるように座り込んだ。
…自分は今、何を考えていた?
命は尊いものなのだろう?ならば、なぜ今『撃ち殺そう』とした?自身の心に問いかけて、気づいた。私は、心の奥に渦巻く感情に飲まれそうになったのだ。自分でも想像もしなかった己の感情に愕然とする。この男の甘言にまんまと乗せられて、倫理観など一瞬で吹き飛んだのだ。吹けば飛ぶような薄っぺらな自身の倫理観など、何の意味もないように思えた。そして、自分の中に巣食う闇を簡単に探り当てられ、己の卑しさを認識させられたようで、吐き気がした。そして、この闇を的確に引き当てた、この男は…。
尾形を見上げると、感情のこもらない瞳をこちらにむけ、はあ、と息を吐きながら髪をなでつけた。その横から杉元がやってきて、さくらの前にしゃがみ込んだ。
「さくらさん大丈夫?こいつに何かされた?」
心配そうな杉元の表情に、さくらは我に返った。
「…いえ、あの銃の扱いを、あの」
言いよどむさくらの様子に杉元が、ぎろり、と尾形を睨んだ。
「てめえ、さくらさん連れ出して何させてんだ。」
今にも飛びかからんばかりの杉元に対し、尾形は冷静に目の前のヤマシギを指さした。
「これを獲る合間に銃の扱いを教えてやってたんだよ。なあ、さくら。」
「ええ、…杉元さん大丈夫ですよ。初めて撃ったので驚いてしまって。」
「でも…顔が真っ青だよ。」
純粋に心配してくれる杉元の顔を直視できない。…自分の嫌な部分を見透かされるようで、視線を外して、さっと立ち上がった。
「朝ご飯も調達出来ましたし、戻りましょう。…尾形さん、ありがとうございました。」
「また、いつでも教えてやるぜ。」
尾形はそう言いながら仕留めたヤマシギを担いで、先を歩き始めた。