白銀の世界で
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月形までの道は追跡を逃れるため、山中を渡って行くことになった。山を熟知しているアシリパの案内を元に、皆で後をついて行った。山の雪は溶け、いくらか移動がしやすい。渓流の間にある大きな岩を渡り、獣道を抜け、進んでいく。しかし、雪どけしたと行っても、かなり険しい道だ。身軽な荷物ではあるが、さくらは息が上がってきつつあった。アシリパを先頭に杉元、牛山とずんずん進んでいく。鍛えられた者たちにとってはなんてことの無い道なのだろう。さくらと彼らとの距離が次第に離れていく。焦って足を動かしても、空回りしているようで、余計に焦って足下の岩につまづいた。
「おい。」
後ろから尾形が声をかけた。倒れかかったさくらの腕を掴んで、体勢を立て直させた。
「す、すみません。」
今まで随分後方で追っ手を気にしながら歩いていた尾形が、いつの間にか目の前にいた。
「まず呼吸をととのえろ。闇雲について行ってもお前の体力では続かん。」
こちらを見下ろしている尾形に言われ、立ち止まってみると自身の呼吸が思っていたよりも乱れているのが分かった。ぜえ、ぜえ、と吐く息をゆっくり深呼吸をして整えていく。心臓はまだどくどく波打っているが、しばらくすると落ち着いてきた。
「行くぞ。」
さくらに短く言うと、尾形が歩を進めた。それについてさくらも歩き始める。先を行く杉元たちの姿ははるか彼方であった。かなり出遅れてしまった。
「もうあんなところまで……。」
「あいつらが踏み倒した草や、折れた木の枝の跡をたどれば、はぐれることはない。それに、お前がいないと分かれば杉元が探すはずだ。」
尾形は余裕そうに、杉元たちと比べるといくらかスピードを落として歩いている。さくらは急いで杉元たちの元へ行くことも考えたが、一人で向かっていけば、はぐれるか、足下をとられて怪我をするかといった未来が容易に予想できた。この男と行動した方が獣に襲われる危険や歩き慣れない山道は安全であることは間違いない。そう考えて、尾形の後ろを歩いて行くことにした。尾形の歩くスピードはさくらに合わせてくれているのか、負担の少ないものだった。時折、あたりを双眼鏡で見回しながら歩くため、少し休憩しながら歩けるのも案外よかった。尾形は口数が少なく、山の小さな音でさえ敏感に反応しては当たりを窺っていた。
しばらく二人で山中を歩いていると前方から「おーい」と杉元の声が聞こえてきた。
「さくらさーん!」
手を振りながらこちらへ向かっていくる杉元にさくらも自然と手を振りかえした。
「杉元さーん、」
杉元は小走りでこちらに駆け寄ると、「大丈夫だった?」と心配そうに声をかけた。
「ごめんね、ちょっと早すぎたね。迷ったりしなかった?」
「いえ、途中で尾形さんと合流したので大丈夫でした。」
そう言って尾形の方を見ると、得意そうに鼻を鳴らして髪を掻き上げた。何か言うわけでも無かったが、それをみた杉元がむっとした顔をする。しかし、すぐ、にこりとさくらに笑いかける。
「…つらくなったら遠慮せずに言ってね。まだ先は長いんだからさ。」
「ええ、…」
ありがとうございます、と言いかけたところで、黙っていた尾形が口を開いた。
「すぐ音を上げるような女なら、今頃俺と仲良く歩いてないぜ。」
尾形は小馬鹿にしたように笑いながら、杉元に視線を向けた。
「女の心ひとつ、察してやれねえようじゃさくらも可哀想だなあ。杉元佐一。」
挑発するようにさくらの腰を横から引き寄せた。
「てめえ…何してんだ。」
杉元の目がぎらり、と光った。今にも飛びかからんとするような勢いで、拳を震わせている。
「…すぎ、元さん。ごめんなさい、次は声をかけます。」
さくらはそう言って、尾形の腕から逃れて、杉元を見た。
「自分で体力が無いのは分かっているのですが、追いつこうと焦っていました。すみません、」
「杉元-!ヤマシギだ!捕まえるぞ!」
この空気を打ち破るようにアシリパが嬉々としながら杉元のもとへとやってきた。そこで話は打ち切られ、皆でアシリパの後をついて行く。アシリパは草むらの前で立ち止まると、皆に前方を指さしてみせた。
「あれがヤマシギだ。」
アシリパの指さした方には、鴨ぐらいの大きさの鳥が土をつついているのが見えた。
「山菜をとりにいく女の季節になると、ヤマシギはこの土地へやってくる。」
「なんか掘ってるね。虫でも探しているのかな?」
杉元の問いにアシリパが答えた。
「えさを掘り出す長いくちばしがアイヌの使うオオウバユリの根を掘る道具に似てるから『ウバユリを掘る鳥』と呼ばれている。」
「うまいの?」
「脳みそがおいしい。」
杉元との会話のさなかでもアシリパの口からよだれがたれた。…それほどまでに脳みそが好物なのだろう。そこまで話を聞いたところで隣にいた尾形が銃を構えた。気がついたアシリパはすぐに制止した。
「おい!尾形やめておけ!」
「なんでだよ。食うんだろ?」
「一羽に当てられたとしても他のが逃げてしまう。ヤマシギは蛇行して飛ぶので、その銃じゃ当てるのは難しい。私たちはヤマシギの習性を利用した罠を知っている。それならみんなの分も獲れる。」
尾形は銃を下ろして、不服そうに髪をなでつけながら、鼻を鳴らした。
アシリパ監修の元、杉元、牛山とともにヤマシギの罠を作った。手頃な枝を集めてそれに縄をくくりつけて、足を取られるように道を作っておく。明日になれば罠にかかっているだろうと言うことで、風がよけれるような手近な場所を探して野営することとなった。山の夜は早い。そして、夜は寒さも厳しいのだ。集めた木の枝や皮を使って、火をおこして暖を取る。携帯していた雑穀と採れた山菜を合わせて雑炊をつくった。大きな男たちと肩を寄せ合い、温かいものを腹に入れると、体も温まってくる。すでにアシリパは舟をこぎ始め、今にも火の中に顔を突っ込みそうだ。
「アシリパさん、もう寝ようか。」
杉元がそう言って、アシリパが横になるように促した。それからは、大人たちで順番に火の番をすることになった。牛山や杉元は、さくらがアシリパと同じく休むように持ちかけた。しかし、さくらは首を横に振った。
「もともと睡眠時間はそれほどいらないんです。」
元の世界では激務をこなしていたのだ。睡眠時間は4時間あれば十分である。今まではアシリパの親戚を伝って屋内で寝泊まりできていたため、普段よりも多く休めていたといってもいい。元の世界の話を濁してそう説明すると、二人は納得したようで、さくらは最初1時間と最後の明け方1時間を担当することとなった。
初めの一時間は苦も無く過ぎていった。次の番の杉元に声をかけると、杉元がぱちりと目を覚まし、体を起こした。まるで今まで起きていたかのように、機敏な動きに驚く。今でも自衛隊では瞬時に起きて作戦を行うことが求められていると聞いたことがある。本当に戦場で戦っていた杉元たち兵士にとっては、造作の無いことなのかもしれない。杉元に番を任せ、横になった。たきぎの暖かさと、今日の移動の疲れもあったのか、すぐに睡魔がやってきた。
肩を揺らす振動に目を開けると、尾形が体を揺さぶっていた。あたりは薄明かりがさし、最後の番になったのだと分かった。
「よく寝ていたな。」
自身でも思わぬうちによく眠ってしまったらしい。
「すみません、時間を過ぎていましたか?」
「いいや。」
尾形は短く答えると、銃を持って立ち上がった。
「どこへ行くのですか?」
「朝飯を取りに行くんだよ。あんたも来るか?」
そういうと、外套の内から小型の拳銃を取り出し、さくらの手に乗せた。ずしり、と黒光りした銃身が手の中で存在感を放っていた。銃とは、こんなにも重いものなのか。手渡された拳銃をまじまじと見つめた。
「南部式小型拳銃だ。全部で6発。撃ったことは?」
「…ないです。」
さくらが答えると、尾形はふう、と息を吐きながら髪をなでつけた。
「『お嬢さん』から抜け出したいなら、撃ち方。教えてやる。」
さくらは銃から顔を上げ、尾形を見つめた。ほの暗い瞳の奥にあの男の影がちらつく。あの紳士然とした男の罠に捕らえられて、痛い目をみたのだ。この男からも同じような『匂い』がする。親切で包まれた奥に秘めた毒を、この男も持っている。返答に窮していると、たたみかけるように尾形が言葉を継いだ。
「このままじゃ、お荷物だ。さくら、分かっているだろ?」
あの江渡貝の屋敷を抜け出した後、混乱するさくらを杉元が抱きしめてくれたことを思い出す。あのとき、「守る。」といってくれた杉元の腕の中で、安堵したのは果たして正解だったのだろうか。…今の自分が、杉元の「助け」となることが出来るだろうか。
尾形がこちらに手を差し出した。その手に自身の手を重ねた。
立ち上がったさくらの手を取り、尾形は山の中へと進んでいった。
「おい。」
後ろから尾形が声をかけた。倒れかかったさくらの腕を掴んで、体勢を立て直させた。
「す、すみません。」
今まで随分後方で追っ手を気にしながら歩いていた尾形が、いつの間にか目の前にいた。
「まず呼吸をととのえろ。闇雲について行ってもお前の体力では続かん。」
こちらを見下ろしている尾形に言われ、立ち止まってみると自身の呼吸が思っていたよりも乱れているのが分かった。ぜえ、ぜえ、と吐く息をゆっくり深呼吸をして整えていく。心臓はまだどくどく波打っているが、しばらくすると落ち着いてきた。
「行くぞ。」
さくらに短く言うと、尾形が歩を進めた。それについてさくらも歩き始める。先を行く杉元たちの姿ははるか彼方であった。かなり出遅れてしまった。
「もうあんなところまで……。」
「あいつらが踏み倒した草や、折れた木の枝の跡をたどれば、はぐれることはない。それに、お前がいないと分かれば杉元が探すはずだ。」
尾形は余裕そうに、杉元たちと比べるといくらかスピードを落として歩いている。さくらは急いで杉元たちの元へ行くことも考えたが、一人で向かっていけば、はぐれるか、足下をとられて怪我をするかといった未来が容易に予想できた。この男と行動した方が獣に襲われる危険や歩き慣れない山道は安全であることは間違いない。そう考えて、尾形の後ろを歩いて行くことにした。尾形の歩くスピードはさくらに合わせてくれているのか、負担の少ないものだった。時折、あたりを双眼鏡で見回しながら歩くため、少し休憩しながら歩けるのも案外よかった。尾形は口数が少なく、山の小さな音でさえ敏感に反応しては当たりを窺っていた。
しばらく二人で山中を歩いていると前方から「おーい」と杉元の声が聞こえてきた。
「さくらさーん!」
手を振りながらこちらへ向かっていくる杉元にさくらも自然と手を振りかえした。
「杉元さーん、」
杉元は小走りでこちらに駆け寄ると、「大丈夫だった?」と心配そうに声をかけた。
「ごめんね、ちょっと早すぎたね。迷ったりしなかった?」
「いえ、途中で尾形さんと合流したので大丈夫でした。」
そう言って尾形の方を見ると、得意そうに鼻を鳴らして髪を掻き上げた。何か言うわけでも無かったが、それをみた杉元がむっとした顔をする。しかし、すぐ、にこりとさくらに笑いかける。
「…つらくなったら遠慮せずに言ってね。まだ先は長いんだからさ。」
「ええ、…」
ありがとうございます、と言いかけたところで、黙っていた尾形が口を開いた。
「すぐ音を上げるような女なら、今頃俺と仲良く歩いてないぜ。」
尾形は小馬鹿にしたように笑いながら、杉元に視線を向けた。
「女の心ひとつ、察してやれねえようじゃさくらも可哀想だなあ。杉元佐一。」
挑発するようにさくらの腰を横から引き寄せた。
「てめえ…何してんだ。」
杉元の目がぎらり、と光った。今にも飛びかからんとするような勢いで、拳を震わせている。
「…すぎ、元さん。ごめんなさい、次は声をかけます。」
さくらはそう言って、尾形の腕から逃れて、杉元を見た。
「自分で体力が無いのは分かっているのですが、追いつこうと焦っていました。すみません、」
「杉元-!ヤマシギだ!捕まえるぞ!」
この空気を打ち破るようにアシリパが嬉々としながら杉元のもとへとやってきた。そこで話は打ち切られ、皆でアシリパの後をついて行く。アシリパは草むらの前で立ち止まると、皆に前方を指さしてみせた。
「あれがヤマシギだ。」
アシリパの指さした方には、鴨ぐらいの大きさの鳥が土をつついているのが見えた。
「山菜をとりにいく女の季節になると、ヤマシギはこの土地へやってくる。」
「なんか掘ってるね。虫でも探しているのかな?」
杉元の問いにアシリパが答えた。
「えさを掘り出す長いくちばしがアイヌの使うオオウバユリの根を掘る道具に似てるから『ウバユリを掘る鳥』と呼ばれている。」
「うまいの?」
「脳みそがおいしい。」
杉元との会話のさなかでもアシリパの口からよだれがたれた。…それほどまでに脳みそが好物なのだろう。そこまで話を聞いたところで隣にいた尾形が銃を構えた。気がついたアシリパはすぐに制止した。
「おい!尾形やめておけ!」
「なんでだよ。食うんだろ?」
「一羽に当てられたとしても他のが逃げてしまう。ヤマシギは蛇行して飛ぶので、その銃じゃ当てるのは難しい。私たちはヤマシギの習性を利用した罠を知っている。それならみんなの分も獲れる。」
尾形は銃を下ろして、不服そうに髪をなでつけながら、鼻を鳴らした。
アシリパ監修の元、杉元、牛山とともにヤマシギの罠を作った。手頃な枝を集めてそれに縄をくくりつけて、足を取られるように道を作っておく。明日になれば罠にかかっているだろうと言うことで、風がよけれるような手近な場所を探して野営することとなった。山の夜は早い。そして、夜は寒さも厳しいのだ。集めた木の枝や皮を使って、火をおこして暖を取る。携帯していた雑穀と採れた山菜を合わせて雑炊をつくった。大きな男たちと肩を寄せ合い、温かいものを腹に入れると、体も温まってくる。すでにアシリパは舟をこぎ始め、今にも火の中に顔を突っ込みそうだ。
「アシリパさん、もう寝ようか。」
杉元がそう言って、アシリパが横になるように促した。それからは、大人たちで順番に火の番をすることになった。牛山や杉元は、さくらがアシリパと同じく休むように持ちかけた。しかし、さくらは首を横に振った。
「もともと睡眠時間はそれほどいらないんです。」
元の世界では激務をこなしていたのだ。睡眠時間は4時間あれば十分である。今まではアシリパの親戚を伝って屋内で寝泊まりできていたため、普段よりも多く休めていたといってもいい。元の世界の話を濁してそう説明すると、二人は納得したようで、さくらは最初1時間と最後の明け方1時間を担当することとなった。
初めの一時間は苦も無く過ぎていった。次の番の杉元に声をかけると、杉元がぱちりと目を覚まし、体を起こした。まるで今まで起きていたかのように、機敏な動きに驚く。今でも自衛隊では瞬時に起きて作戦を行うことが求められていると聞いたことがある。本当に戦場で戦っていた杉元たち兵士にとっては、造作の無いことなのかもしれない。杉元に番を任せ、横になった。たきぎの暖かさと、今日の移動の疲れもあったのか、すぐに睡魔がやってきた。
肩を揺らす振動に目を開けると、尾形が体を揺さぶっていた。あたりは薄明かりがさし、最後の番になったのだと分かった。
「よく寝ていたな。」
自身でも思わぬうちによく眠ってしまったらしい。
「すみません、時間を過ぎていましたか?」
「いいや。」
尾形は短く答えると、銃を持って立ち上がった。
「どこへ行くのですか?」
「朝飯を取りに行くんだよ。あんたも来るか?」
そういうと、外套の内から小型の拳銃を取り出し、さくらの手に乗せた。ずしり、と黒光りした銃身が手の中で存在感を放っていた。銃とは、こんなにも重いものなのか。手渡された拳銃をまじまじと見つめた。
「南部式小型拳銃だ。全部で6発。撃ったことは?」
「…ないです。」
さくらが答えると、尾形はふう、と息を吐きながら髪をなでつけた。
「『お嬢さん』から抜け出したいなら、撃ち方。教えてやる。」
さくらは銃から顔を上げ、尾形を見つめた。ほの暗い瞳の奥にあの男の影がちらつく。あの紳士然とした男の罠に捕らえられて、痛い目をみたのだ。この男からも同じような『匂い』がする。親切で包まれた奥に秘めた毒を、この男も持っている。返答に窮していると、たたみかけるように尾形が言葉を継いだ。
「このままじゃ、お荷物だ。さくら、分かっているだろ?」
あの江渡貝の屋敷を抜け出した後、混乱するさくらを杉元が抱きしめてくれたことを思い出す。あのとき、「守る。」といってくれた杉元の腕の中で、安堵したのは果たして正解だったのだろうか。…今の自分が、杉元の「助け」となることが出来るだろうか。
尾形がこちらに手を差し出した。その手に自身の手を重ねた。
立ち上がったさくらの手を取り、尾形は山の中へと進んでいった。