白銀の世界で
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囲炉裏の周りで白石とキロランケの捕ってきたサクラマスを炙り、小さいもものは鍋に山菜と一緒に煮込んでいる。魚の香ばしい匂いが小屋の中に広がった。苫小牧での騒動の後、案の定やくざの追撃を受け、さらには熊の群れに襲撃される事態となった。命からがらここに戻ることが出来たのは、杉元やアシリパをはじめ、皆のおかげだ。…まさか小屋の中にまで侵入してくるとは…。間近に大きな熊をみた恐怖は一生忘れられないだろう。杉元はその戦闘で顔面に傷を負い、さらに傷跡が増えそうだ。しかし、悪いことばかりでも無い。刺青人皮が一枚増え、6枚がこちらの手に渡った事になる。金塊に向けて一歩前進したといえる。
さくらは皆が出払っている間に道中摘んでいた薬草を煎じると、幾らかをこの小屋の主に渡していた。やはり大所帯で詰めかけたのだ。少しばかりのお礼をしなくては、と思ってのことだった。それから、アシリパと杉元が山菜を、キロランケと白石がサクラマスを捕ってきてくれたことで、女たちで夕食の準備を始めた。
「切り身にしたサクラマスと焼いて皮をむいたふきのとうの茎、ふきとギョウジャを入れて塩で味付けをする。」
アシリパ監修の元、言われたとおりに下処理を進めていく。鍋に材料を入れると、アシリパが味の具合を見ながら塩を足していく。ぐつぐつと音を立てて白い湯気をあげる様子に周りを囲む者たちのつばを飲み込む音が聞こえてくる。
「春に食べる汁物で一番おいしいイチャニウのオハウだ。」
完成したと満面の笑みを浮かべるアシリパが皆にオハウをよそってやる。もらった男たちは勢いよく「いただきます!」と言うやいなや、オハウをかき込んだ。
「うまい!辛かったプクサがすげー甘くなってる!」
「ヒンナヒンナ」
あたたかいものを口にする皆の表情がほころぶ。
「長い冬を乾燥した食材で乗り越えたからどこのコタンでも新鮮な青物が食べられるのがとても嬉しい季節なんだよな。」
キロランケがかみしめるように椀のプクサに口をつけて言った。北海道の厳しい冬を乗り切るため、植物は雪の中、さらに土の奥深くで眠っている。白一色の景色が、こうして少しずつ暖かさを増し、雪溶けの時期になって緑が芽吹く姿は本当に嬉しく思えるものだ。さくらも椀の中の山菜に箸を伸ばした。現代の一人暮らしではフキを食べることもなかったが、こうして口にするフキのほろ苦さが春を感じさせる。
「フキもおいしいです。」
杉元はさくらがあまり見せない、ほっとした表情を見つけると、続いて自身もフキを口に頬張った。
「フキもほろ苦いけど柔らかくておいしいね。」
そう言って笑いかける杉元にさくらも自然とほほえみ返した。まさか笑いかけてくれるとは思わず、杉元はどきりとした。今までの旅でいくらか心をひらいてくれたとは思っていた。しかし、再会してからというもの、さくらは人に対して薄い壁を張っているようであった。旅の面々を見ても、腹に一物もった者たちばかりだ。信用しきれないことは痛いほど分かる。だからこそ、何の打算も無い笑顔を向けられるとは思ってもみなかったのだ。もちろん、さくらの事を憎からず思っている杉元としては嬉しい変化だ。しかし、それに戸惑う自分もいる。…なんとも青い、と内心で自身の動揺を笑った。
向かいにいるアシリパが「甘くてほろ苦い春の味だ。」と嬉しそうに話すので、気を取り直して皆での団らんを楽しんだ。その様子を見たキロランケが小さく笑っていたことには誰も気がつかなかった。
腹が満たされるとアシリパは気持ちよさそうに寝入っていた。大人たちもわずかな酒を口にしながらゆっくりと時間を過ごしていた。明日からは夕張で刺青に関わる人物の聞き込みだ。きっと第七師団も情報を聞きつけて張っていることだろう。ゆっくり出来るのも今日くらいだ。さくらも酒を飲み、皆で他愛の無い会話をしていた。そこで杉元はキロランケに話をふった。
「キロランケは奥さん心配じゃねえのか?そろそろ畑耕すのに馬が必要な時期だろ?」
キロランケはキセルをくゆらせながら、答えた。
「あの村にはあいつの親兄弟がいるし、働き者で強い女だから子供たちも任せられる。」
それよりも、こっちの方が心配だ。とアシリパの頭を優しく撫でてやる。友人の子供とはいえ、危険な場所へ自ら向かうのは放っておけないらしい。
「…で、なんだよその顔。」
白石が言うのは、杉元の顔にぐるぐる巻かれた包帯とべたべたの軟膏のことだ。食事が終わってからアシリパが熱心に杉元の顔に塗っていた。
「イタドリの若葉とかヨモギとか…傷に効く薬草だそうだ。熊の油もアシリパさんに毎日塗られる。俺は傷跡なんてどうだっていいんだけど。」
やれやれ、という感じの杉元にキロランケが言った。
「傷が増える前の顔が気に入ってたのかな?」
「たしかにもともとモテそうな顔ではあるよな。さすがに結婚はしてないんだろ?地元に『いい人』くらいいるんじゃねえのか?」
白石が杉元の顔をまじまじと見ながら言った。これぐらいの軽口であれば、何か言い返すはずの杉元が囲炉裏の火を見つめたまま口をつぐんだ。杉元の瞳はぱちぱちとはぜる火を見ているようで、どこか遠くを見つめていた。
「あれ?否定しないね?ひょっとして金塊が欲しいのもその女が関係してんのかい?」
…白石の言うように、きっと大切な人のためなのだ。何も語らないのは、自身の胸の内にしまっておきたいものだから。それほどまで思う人であるのに、なぜ、帰ろうとしないのだろう。さくらは小さく痛んだ胸の理由を思い至る前に、理性で頭の中を満たした。
杉元には帰れない理由がある。そして、その人はアシリパとの約束以上にはならない存在。…将来を誓い合った仲ではないが、杉元が思いを寄せる人物なのだろうか。だとしたら…。今までの杉元の優しさを、温かい体温を知っている…私よりもずっと前から。肩に触れた大きな手が、身を寄せた厚い胸が、自身を安心させてくれたあの心地よさが私ではない『誰か』にも向けられていたのだと思うと、言いようのない感情が胸を占めた。まぎらわすように酒をあおると、隣にいたキロランケがキセルから長い息を吐いた。
「白石、もういいだろその話は。」
キロランケの言葉が助け船となり、一同は早々に就寝の準備をはじめた。
翌朝、夕張の町で手分けして聞き込みを始めた。『夕張のある男の家に泥棒が入り、その泥棒が奇妙な刺青をしていた。』『押し入られた家で人の皮を使った革製品が流れてきた。』という情報を頼りに、特定の家を探していく。白石と杉元、キロランケとアシリパ、さくらの3人組とで分かれることとなった。杉元はキロランケとさくらが一緒に行動することにいやな顔をしていたが、正直さくらにとってはありがたかった。
聞き込みではキロランケと夫婦でアシリパが娘という設定にした。家族で夕張に遊びに来たということで、いくらか周りの警戒を薄めようと思ってのことだ。さくらだけ和人の格好をしていることを不思議がる者もいたが、そこはキロランケがさくらの腰を横から引き寄せながら「この格好の妻が好きなんだよ。いいだろ、腰のくびれと尻の形が。」と無駄に色気のある言い方で周囲を納得させた。過剰なボディタッチに思うところはあるが、可愛い嫁さんだね、と屋台でおまけしてもらえたりするので、黙っている。アシリパも可愛いお嬢ちゃんだね、と手に一杯食べ物をもらえて満足そうだ。
「そう嫌そうな顔するなよ。俺が旦那でよかっただろ?」
さくらが手にしている串焼きに目を移してキロランケが言った。
「怪しまれないということ『だけ』はよかったです。」
「そうつんけんするなよ。昨日の今日で杉元が一緒じゃあ、やりずらいだろ?」
すべてお見通しといわんばかりの余裕さでキセルをくゆらせはじめた。
「街の者たちの話だと泥棒が入ったのはなめし職人の家らしい。」
もぐもぐと口の中で大量の串焼きを頬張りながらアシリパが聞き込みの内容を話した。
「もしかしたら第七師団が先回りしている可能性もあります。一度、杉元さんと白石さんと合流してから動きを確認しましょう。」
「そうだな。あいつら、確か向こうで聞き込みしていたよな…。」
振り向くと二人の姿はない。
「まさか…色街ですか?」
「脱糞王だけじゃなくて杉元がいるからきっと違う。私たちは昼を食べながら、二人を待つとしよう。」
「確かに、闇雲に動き回っても仕方ありませんし、おそばでも食べましょう。」
有力情報はもう手に入れた。あとは下手に動き回ってこちらの動向を軍に知らされるより、よほどいい。マイペースなアシリパの言葉にさくらも同意した。
手頃な店を見つけて、暖簾をくぐろうとした瞬間、大きな地鳴りのような音があたりにこだました。街の者たちは一様に青ざめた顔で山の方を見やる。
「またガスケ(ガス爆発)だ。」
「今のは久々にでかかったな。山が揺れたぞ!」
口々に言い合う者たちのざわめきで、アシリパやさくらも不安げな表情だ。それを見たキロランケが「あいつらが近くにいるかもしれない。確認しに行こう。」と言った。その言葉に二人は頷き、炭鉱へと向かった。
さくらは皆が出払っている間に道中摘んでいた薬草を煎じると、幾らかをこの小屋の主に渡していた。やはり大所帯で詰めかけたのだ。少しばかりのお礼をしなくては、と思ってのことだった。それから、アシリパと杉元が山菜を、キロランケと白石がサクラマスを捕ってきてくれたことで、女たちで夕食の準備を始めた。
「切り身にしたサクラマスと焼いて皮をむいたふきのとうの茎、ふきとギョウジャを入れて塩で味付けをする。」
アシリパ監修の元、言われたとおりに下処理を進めていく。鍋に材料を入れると、アシリパが味の具合を見ながら塩を足していく。ぐつぐつと音を立てて白い湯気をあげる様子に周りを囲む者たちのつばを飲み込む音が聞こえてくる。
「春に食べる汁物で一番おいしいイチャニウのオハウだ。」
完成したと満面の笑みを浮かべるアシリパが皆にオハウをよそってやる。もらった男たちは勢いよく「いただきます!」と言うやいなや、オハウをかき込んだ。
「うまい!辛かったプクサがすげー甘くなってる!」
「ヒンナヒンナ」
あたたかいものを口にする皆の表情がほころぶ。
「長い冬を乾燥した食材で乗り越えたからどこのコタンでも新鮮な青物が食べられるのがとても嬉しい季節なんだよな。」
キロランケがかみしめるように椀のプクサに口をつけて言った。北海道の厳しい冬を乗り切るため、植物は雪の中、さらに土の奥深くで眠っている。白一色の景色が、こうして少しずつ暖かさを増し、雪溶けの時期になって緑が芽吹く姿は本当に嬉しく思えるものだ。さくらも椀の中の山菜に箸を伸ばした。現代の一人暮らしではフキを食べることもなかったが、こうして口にするフキのほろ苦さが春を感じさせる。
「フキもおいしいです。」
杉元はさくらがあまり見せない、ほっとした表情を見つけると、続いて自身もフキを口に頬張った。
「フキもほろ苦いけど柔らかくておいしいね。」
そう言って笑いかける杉元にさくらも自然とほほえみ返した。まさか笑いかけてくれるとは思わず、杉元はどきりとした。今までの旅でいくらか心をひらいてくれたとは思っていた。しかし、再会してからというもの、さくらは人に対して薄い壁を張っているようであった。旅の面々を見ても、腹に一物もった者たちばかりだ。信用しきれないことは痛いほど分かる。だからこそ、何の打算も無い笑顔を向けられるとは思ってもみなかったのだ。もちろん、さくらの事を憎からず思っている杉元としては嬉しい変化だ。しかし、それに戸惑う自分もいる。…なんとも青い、と内心で自身の動揺を笑った。
向かいにいるアシリパが「甘くてほろ苦い春の味だ。」と嬉しそうに話すので、気を取り直して皆での団らんを楽しんだ。その様子を見たキロランケが小さく笑っていたことには誰も気がつかなかった。
腹が満たされるとアシリパは気持ちよさそうに寝入っていた。大人たちもわずかな酒を口にしながらゆっくりと時間を過ごしていた。明日からは夕張で刺青に関わる人物の聞き込みだ。きっと第七師団も情報を聞きつけて張っていることだろう。ゆっくり出来るのも今日くらいだ。さくらも酒を飲み、皆で他愛の無い会話をしていた。そこで杉元はキロランケに話をふった。
「キロランケは奥さん心配じゃねえのか?そろそろ畑耕すのに馬が必要な時期だろ?」
キロランケはキセルをくゆらせながら、答えた。
「あの村にはあいつの親兄弟がいるし、働き者で強い女だから子供たちも任せられる。」
それよりも、こっちの方が心配だ。とアシリパの頭を優しく撫でてやる。友人の子供とはいえ、危険な場所へ自ら向かうのは放っておけないらしい。
「…で、なんだよその顔。」
白石が言うのは、杉元の顔にぐるぐる巻かれた包帯とべたべたの軟膏のことだ。食事が終わってからアシリパが熱心に杉元の顔に塗っていた。
「イタドリの若葉とかヨモギとか…傷に効く薬草だそうだ。熊の油もアシリパさんに毎日塗られる。俺は傷跡なんてどうだっていいんだけど。」
やれやれ、という感じの杉元にキロランケが言った。
「傷が増える前の顔が気に入ってたのかな?」
「たしかにもともとモテそうな顔ではあるよな。さすがに結婚はしてないんだろ?地元に『いい人』くらいいるんじゃねえのか?」
白石が杉元の顔をまじまじと見ながら言った。これぐらいの軽口であれば、何か言い返すはずの杉元が囲炉裏の火を見つめたまま口をつぐんだ。杉元の瞳はぱちぱちとはぜる火を見ているようで、どこか遠くを見つめていた。
「あれ?否定しないね?ひょっとして金塊が欲しいのもその女が関係してんのかい?」
…白石の言うように、きっと大切な人のためなのだ。何も語らないのは、自身の胸の内にしまっておきたいものだから。それほどまで思う人であるのに、なぜ、帰ろうとしないのだろう。さくらは小さく痛んだ胸の理由を思い至る前に、理性で頭の中を満たした。
杉元には帰れない理由がある。そして、その人はアシリパとの約束以上にはならない存在。…将来を誓い合った仲ではないが、杉元が思いを寄せる人物なのだろうか。だとしたら…。今までの杉元の優しさを、温かい体温を知っている…私よりもずっと前から。肩に触れた大きな手が、身を寄せた厚い胸が、自身を安心させてくれたあの心地よさが私ではない『誰か』にも向けられていたのだと思うと、言いようのない感情が胸を占めた。まぎらわすように酒をあおると、隣にいたキロランケがキセルから長い息を吐いた。
「白石、もういいだろその話は。」
キロランケの言葉が助け船となり、一同は早々に就寝の準備をはじめた。
翌朝、夕張の町で手分けして聞き込みを始めた。『夕張のある男の家に泥棒が入り、その泥棒が奇妙な刺青をしていた。』『押し入られた家で人の皮を使った革製品が流れてきた。』という情報を頼りに、特定の家を探していく。白石と杉元、キロランケとアシリパ、さくらの3人組とで分かれることとなった。杉元はキロランケとさくらが一緒に行動することにいやな顔をしていたが、正直さくらにとってはありがたかった。
聞き込みではキロランケと夫婦でアシリパが娘という設定にした。家族で夕張に遊びに来たということで、いくらか周りの警戒を薄めようと思ってのことだ。さくらだけ和人の格好をしていることを不思議がる者もいたが、そこはキロランケがさくらの腰を横から引き寄せながら「この格好の妻が好きなんだよ。いいだろ、腰のくびれと尻の形が。」と無駄に色気のある言い方で周囲を納得させた。過剰なボディタッチに思うところはあるが、可愛い嫁さんだね、と屋台でおまけしてもらえたりするので、黙っている。アシリパも可愛いお嬢ちゃんだね、と手に一杯食べ物をもらえて満足そうだ。
「そう嫌そうな顔するなよ。俺が旦那でよかっただろ?」
さくらが手にしている串焼きに目を移してキロランケが言った。
「怪しまれないということ『だけ』はよかったです。」
「そうつんけんするなよ。昨日の今日で杉元が一緒じゃあ、やりずらいだろ?」
すべてお見通しといわんばかりの余裕さでキセルをくゆらせはじめた。
「街の者たちの話だと泥棒が入ったのはなめし職人の家らしい。」
もぐもぐと口の中で大量の串焼きを頬張りながらアシリパが聞き込みの内容を話した。
「もしかしたら第七師団が先回りしている可能性もあります。一度、杉元さんと白石さんと合流してから動きを確認しましょう。」
「そうだな。あいつら、確か向こうで聞き込みしていたよな…。」
振り向くと二人の姿はない。
「まさか…色街ですか?」
「脱糞王だけじゃなくて杉元がいるからきっと違う。私たちは昼を食べながら、二人を待つとしよう。」
「確かに、闇雲に動き回っても仕方ありませんし、おそばでも食べましょう。」
有力情報はもう手に入れた。あとは下手に動き回ってこちらの動向を軍に知らされるより、よほどいい。マイペースなアシリパの言葉にさくらも同意した。
手頃な店を見つけて、暖簾をくぐろうとした瞬間、大きな地鳴りのような音があたりにこだました。街の者たちは一様に青ざめた顔で山の方を見やる。
「またガスケ(ガス爆発)だ。」
「今のは久々にでかかったな。山が揺れたぞ!」
口々に言い合う者たちのざわめきで、アシリパやさくらも不安げな表情だ。それを見たキロランケが「あいつらが近くにいるかもしれない。確認しに行こう。」と言った。その言葉に二人は頷き、炭鉱へと向かった。