白銀の世界で
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「見ろ杉元!獲物がかかっている!」
「ほんとだ!」
アシリパの呼び声に杉元は声の方へと向かった。そこには、アシリパが罠をかけた場所で狐がじたばたともがいている。
「チロンヌプだ。キタキツネが獲れた。」
その声に、近くで薬草を摘んでいたさくらも加わった。
「きつねって結構大きいんですね。」
「リュウよりは小さいが町でシサムが連れている犬よりは大きいな。」
アシリパがいうのは柴犬あたりのことだろう。町で見かけたのは柴犬もいれば雑種もいたが、だいたい、中型犬の大きさであった。谷垣が連れていたリュウほどの犬は狩猟用なのだろう、珍しかった。アシリパはさくらに返答しながら、そこら辺にある木の棒を見繕ってくると、狐の前で振りかぶった。
「この棒で殴って仕留める。」
「…一撃でお願いねぇ。」
狐のかわいらしいフォルムに仕留めるのに良心が痛む。それは杉元も同じようで、かわいそうという表情で見つめている。しかし、アシリパの視線はすでに狐に釘付けで、大人二人がそのような情けない顔をしているとはつゆ知らず、無慈悲にも棒を振り下ろした。さすが、一撃で仕留め、樽の中から狐の顔を取り出した。
「この罠は油樽の古いやつに裏から三寸釘を打つ。キツネが底に残った油をなめようと頭を突っ込むと引っかかって抜けなくなる仕掛けだ。」
そう言って、キツネを仕留めた樽の中を見せてくれた。内側に向かって釘が刺さっており、これは痛そうだ。アシリパはキツネを縛って持ち帰りやすいようにしながら、話を続けた。
「木の股に前足を引っかけるキツネの罠は白石で失敗したけどこっちはうまくいった。」
「…あの人は本当に。」
はあ、とため息をつくと、同じように杉元もやれやれといった表情で話を聞いていた。
「アイヌにこんな昔話がある。」
アシリパが話し始めたのは、アイヌで伝わるキツネが生まれた話だった。「てん」とカッパの力比べでずるをしたカッパが返り討ちに遭い、火の中に投げ込まれた。そこから生まれたのがキツネであった、という話だ。杉元はそれを聞きながら「勝負事にズルはいけないね。」と言った。戦いでは正々堂々、正面から挑んでいく杉元らしい反応だ。
「黒いキツネはシトゥペンカムイとよんで、病気を癒やしたり助けてくれる。でも、フレプ「赤い獣」は毛が少ないから冬は穴にこもって死人の骨をかじるようなやつで、暖かくなって出てくると人間に悪さをする。だから赤毛のキツネはイカッカラ・チロンヌプ「誑かすキツネ」とも呼ぶ。」
あらかた獲物を回収し終えると、アシリパのフチの弟の家に泊まらせてもらうこととなった。取ってきた獲物の概算をしていると白石が横から「キツネ一匹で酒が六升ってところかあ。」とつぶやいた。その瞳の中では、すでにキツネが酒に変わっているようだ。みなが、白石の思考を読めたらしく、すぐさま杉元が白石を諫めた。
「お前がキロランケの爆薬を台無しにしなきゃ猟で金を作って買い直す必要も無かったのに。」
白石は、「てへ」というように自身の拳で頭をこつんとたたいた。その表情にさくらは本気で殴りつけてやろうかと思った。さすがの杉元も腹が立ったようで、「腹立つな。」と怒りに声を震わせていた。隣にいたキロランケも同じようにいやな顔をして、杉元に話しかけた。
「杉元、それにな、この男は札幌で…」
そこまで言うと白石が焦ったようにキロランケの口元を押さえた。しかし、キロランケはその手を引きはがして続きを話した。
「アシリパから金借りて、競馬で全部すったんだぜ。」
「きゃああああっいっちゃったあああああ!」
「あのお金、博打に使ったのか。」
「樽の底の油舐めろ。」
あせる白石の様子に微塵も同情の余地はなかった。アシリパも杉元も臨戦態勢で棒と先ほどの罠を手に制裁を加えた。
白石への制裁が一段落し、アシリパのおじに当たる人物に挨拶に行った。すると、そこで不思議な人物について話があった。なんでも、過去や未来が見えるという女が来たという。その女のせいで村のみんながおかしくなっている、と。
現代でもあるところの占い師だろう。さくらにとっては現代でもショッピングモールや町の一角に居を構えた占い師は散々見ており、別段特別にも思わなかった。昔は信心深い人が多いだろうし、占いも真剣にとらえてしまうのだろう。しかし、その女はどうやら流れのようで、この村に住んでいる訳でもなさそうだ。女が去れば、事態は落ち着くだろう、と客観的にとらえていた。
話を聞いていると、こちらへ歩いてくる女が見えた。
インカラマッと名乗った女は、占い師という肩書きに似合う不思議な雰囲気を持った美女だった。その美しさと浮き世離れした雰囲気がより彼女の魅力を引き立てているようだった。
「素敵なニシパたちがいらっしゃいますね。」
インカラマッの言葉に白石が頬を染めながら、ずいっと前へ出た。
「シライシヨシタケです。独身で彼女はいません!」
例のごとく、体よくあしらわれるが、本人がそれに気がつくことは無い。
「私、傷のある男性にとても弱いんです。」
白石はそれを自分のことだ、と顔を輝かせたが、インカラマッの視線は明らかに杉元の方へと向いていた。
「そちらの兵隊さんもとても男前ですね。」
今度はインカラマッが少し頬を赤らめながら言った。
「そりゃどうも。」
と、気恥ずかしそうにする杉元の様子にさくらは内心むっとした。美人だといえども胡散臭い相手に気を許していいのか。口には出さなかったが、アシリパもむすっとした表情をしている。そして、アイヌの言葉で何やら話しかけた。その中の単語にスギモト、オハウ、オソマと入っており、何となく話した内容は察しがついた。キロランケはにやにやと笑って状況を楽しんでいるようだ。杉元がアシリパに詰め寄っても何を話したかアシリパはのらりくらりと躱して教えてくれなかった。その様子に、少しだけさくらの気も晴れた。
すると今度はインカラマッが頭を押さえて「あなたたち…小樽から来たんじゃ無いですか?」と透視したように話し始めた。白石は疑いもせず、「えええ?どうしてそれを?」と聞き返すし、こういう手合いにはいいカモだ。アシリパも信じていないようで杉元に種明かしをしている。
「わたし、見えるんです。あなたたちは誰かを…あるいは何を探している。」
「うそでしょ!?すごいっその通りです!」
白石はまんまと口車に乗せられて、反応をしている。こんな当たり障りの無い内容でよくそこまで信じられるものだ。とさくらはあきれて物も言えなかった。
「わたしは占いが得意です。」
インカラマッはキツネの骨を用いて、一行の捜し物がみつかるか、と占いをし始めた。頭に乗せた骨をゆっくりと地面に落とすと、それは裏向きで転がった。
「歯が下を向きました。希望は持てません。不吉な兆候を感じます。予定は中止すべきでしょう。」
キロランケも信じられるか、という渋い表情であったが、白石だけは深刻そうな表情をしている。アシリパをみると、動じてもいない。年端のいかぬ少女でさえ、こうなのだ。この男自身も胡散臭いわりに変なところは純粋なのだな、と冷めた目で白石を見た。
「何にでも当てはまりそうなことをあてずっぽうに言っているだけだ。私は占いなんかに従わない。私は新しいアイヌの女だ。」
アシリパは力強く、インカラマッに宣言する。意志の強い瞳をみても、インカラマッは反発するでもなく、さっと占いの用意を片付け始めた。
「そうですか。あくまで占いであって指示ではありません。ところで…」
「探しているのはお父さんじゃありませんか?」
疑問のようで確信しているかのような言葉に場の空気が一瞬で凍った。…この女、何か知っている?今まで黙っていた杉元の瞳から光が消えた。戦う前の冷えた瞳に、自身が向けられているわけでもないのにさくらの背から冷や汗が伝った。インカラマッは、杉元の気配に気がついたのか、すぐに一行から背を向け「あてずっぽうですから、お気になさらずに。」と去って行った。
「イカッカラ・チロンヌプめ。」
とアシリパがつぶやいた。
「ほんとだ!」
アシリパの呼び声に杉元は声の方へと向かった。そこには、アシリパが罠をかけた場所で狐がじたばたともがいている。
「チロンヌプだ。キタキツネが獲れた。」
その声に、近くで薬草を摘んでいたさくらも加わった。
「きつねって結構大きいんですね。」
「リュウよりは小さいが町でシサムが連れている犬よりは大きいな。」
アシリパがいうのは柴犬あたりのことだろう。町で見かけたのは柴犬もいれば雑種もいたが、だいたい、中型犬の大きさであった。谷垣が連れていたリュウほどの犬は狩猟用なのだろう、珍しかった。アシリパはさくらに返答しながら、そこら辺にある木の棒を見繕ってくると、狐の前で振りかぶった。
「この棒で殴って仕留める。」
「…一撃でお願いねぇ。」
狐のかわいらしいフォルムに仕留めるのに良心が痛む。それは杉元も同じようで、かわいそうという表情で見つめている。しかし、アシリパの視線はすでに狐に釘付けで、大人二人がそのような情けない顔をしているとはつゆ知らず、無慈悲にも棒を振り下ろした。さすが、一撃で仕留め、樽の中から狐の顔を取り出した。
「この罠は油樽の古いやつに裏から三寸釘を打つ。キツネが底に残った油をなめようと頭を突っ込むと引っかかって抜けなくなる仕掛けだ。」
そう言って、キツネを仕留めた樽の中を見せてくれた。内側に向かって釘が刺さっており、これは痛そうだ。アシリパはキツネを縛って持ち帰りやすいようにしながら、話を続けた。
「木の股に前足を引っかけるキツネの罠は白石で失敗したけどこっちはうまくいった。」
「…あの人は本当に。」
はあ、とため息をつくと、同じように杉元もやれやれといった表情で話を聞いていた。
「アイヌにこんな昔話がある。」
アシリパが話し始めたのは、アイヌで伝わるキツネが生まれた話だった。「てん」とカッパの力比べでずるをしたカッパが返り討ちに遭い、火の中に投げ込まれた。そこから生まれたのがキツネであった、という話だ。杉元はそれを聞きながら「勝負事にズルはいけないね。」と言った。戦いでは正々堂々、正面から挑んでいく杉元らしい反応だ。
「黒いキツネはシトゥペンカムイとよんで、病気を癒やしたり助けてくれる。でも、フレプ「赤い獣」は毛が少ないから冬は穴にこもって死人の骨をかじるようなやつで、暖かくなって出てくると人間に悪さをする。だから赤毛のキツネはイカッカラ・チロンヌプ「誑かすキツネ」とも呼ぶ。」
あらかた獲物を回収し終えると、アシリパのフチの弟の家に泊まらせてもらうこととなった。取ってきた獲物の概算をしていると白石が横から「キツネ一匹で酒が六升ってところかあ。」とつぶやいた。その瞳の中では、すでにキツネが酒に変わっているようだ。みなが、白石の思考を読めたらしく、すぐさま杉元が白石を諫めた。
「お前がキロランケの爆薬を台無しにしなきゃ猟で金を作って買い直す必要も無かったのに。」
白石は、「てへ」というように自身の拳で頭をこつんとたたいた。その表情にさくらは本気で殴りつけてやろうかと思った。さすがの杉元も腹が立ったようで、「腹立つな。」と怒りに声を震わせていた。隣にいたキロランケも同じようにいやな顔をして、杉元に話しかけた。
「杉元、それにな、この男は札幌で…」
そこまで言うと白石が焦ったようにキロランケの口元を押さえた。しかし、キロランケはその手を引きはがして続きを話した。
「アシリパから金借りて、競馬で全部すったんだぜ。」
「きゃああああっいっちゃったあああああ!」
「あのお金、博打に使ったのか。」
「樽の底の油舐めろ。」
あせる白石の様子に微塵も同情の余地はなかった。アシリパも杉元も臨戦態勢で棒と先ほどの罠を手に制裁を加えた。
白石への制裁が一段落し、アシリパのおじに当たる人物に挨拶に行った。すると、そこで不思議な人物について話があった。なんでも、過去や未来が見えるという女が来たという。その女のせいで村のみんながおかしくなっている、と。
現代でもあるところの占い師だろう。さくらにとっては現代でもショッピングモールや町の一角に居を構えた占い師は散々見ており、別段特別にも思わなかった。昔は信心深い人が多いだろうし、占いも真剣にとらえてしまうのだろう。しかし、その女はどうやら流れのようで、この村に住んでいる訳でもなさそうだ。女が去れば、事態は落ち着くだろう、と客観的にとらえていた。
話を聞いていると、こちらへ歩いてくる女が見えた。
インカラマッと名乗った女は、占い師という肩書きに似合う不思議な雰囲気を持った美女だった。その美しさと浮き世離れした雰囲気がより彼女の魅力を引き立てているようだった。
「素敵なニシパたちがいらっしゃいますね。」
インカラマッの言葉に白石が頬を染めながら、ずいっと前へ出た。
「シライシヨシタケです。独身で彼女はいません!」
例のごとく、体よくあしらわれるが、本人がそれに気がつくことは無い。
「私、傷のある男性にとても弱いんです。」
白石はそれを自分のことだ、と顔を輝かせたが、インカラマッの視線は明らかに杉元の方へと向いていた。
「そちらの兵隊さんもとても男前ですね。」
今度はインカラマッが少し頬を赤らめながら言った。
「そりゃどうも。」
と、気恥ずかしそうにする杉元の様子にさくらは内心むっとした。美人だといえども胡散臭い相手に気を許していいのか。口には出さなかったが、アシリパもむすっとした表情をしている。そして、アイヌの言葉で何やら話しかけた。その中の単語にスギモト、オハウ、オソマと入っており、何となく話した内容は察しがついた。キロランケはにやにやと笑って状況を楽しんでいるようだ。杉元がアシリパに詰め寄っても何を話したかアシリパはのらりくらりと躱して教えてくれなかった。その様子に、少しだけさくらの気も晴れた。
すると今度はインカラマッが頭を押さえて「あなたたち…小樽から来たんじゃ無いですか?」と透視したように話し始めた。白石は疑いもせず、「えええ?どうしてそれを?」と聞き返すし、こういう手合いにはいいカモだ。アシリパも信じていないようで杉元に種明かしをしている。
「わたし、見えるんです。あなたたちは誰かを…あるいは何を探している。」
「うそでしょ!?すごいっその通りです!」
白石はまんまと口車に乗せられて、反応をしている。こんな当たり障りの無い内容でよくそこまで信じられるものだ。とさくらはあきれて物も言えなかった。
「わたしは占いが得意です。」
インカラマッはキツネの骨を用いて、一行の捜し物がみつかるか、と占いをし始めた。頭に乗せた骨をゆっくりと地面に落とすと、それは裏向きで転がった。
「歯が下を向きました。希望は持てません。不吉な兆候を感じます。予定は中止すべきでしょう。」
キロランケも信じられるか、という渋い表情であったが、白石だけは深刻そうな表情をしている。アシリパをみると、動じてもいない。年端のいかぬ少女でさえ、こうなのだ。この男自身も胡散臭いわりに変なところは純粋なのだな、と冷めた目で白石を見た。
「何にでも当てはまりそうなことをあてずっぽうに言っているだけだ。私は占いなんかに従わない。私は新しいアイヌの女だ。」
アシリパは力強く、インカラマッに宣言する。意志の強い瞳をみても、インカラマッは反発するでもなく、さっと占いの用意を片付け始めた。
「そうですか。あくまで占いであって指示ではありません。ところで…」
「探しているのはお父さんじゃありませんか?」
疑問のようで確信しているかのような言葉に場の空気が一瞬で凍った。…この女、何か知っている?今まで黙っていた杉元の瞳から光が消えた。戦う前の冷えた瞳に、自身が向けられているわけでもないのにさくらの背から冷や汗が伝った。インカラマッは、杉元の気配に気がついたのか、すぐに一行から背を向け「あてずっぽうですから、お気になさらずに。」と去って行った。
「イカッカラ・チロンヌプめ。」
とアシリパがつぶやいた。