白銀の世界で
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網走に向かう前に、アシリパの村へとよることになった。久々の帰郷にフチもオソマも歓迎してくれた。谷垣は療養のため、いまだお世話になっており、アイヌの衣装に身を包み、すでに村の一員として過ごしている様子が窺えた。
そして、夕食を共にする間に事の顛末を話すことになった。まずはアシリパがフチに事情を説明し、それを聞いたフチはかなり驚いているようだった。しかも大切な孫娘が危険な旅へとでるのだ。心配そうな表情をして、アシリパに語りかけていた。しかし、アシリパと何度か話をしているうちに首を縦に振った。それにアシリパが、顔を輝かせ、交渉が成功したのだと分かった。
谷垣は網走行きの話をきき、中継地点の旭川について情報をくれた。第七師団の本部があり、鶴見中尉の息のかかった淀川中佐という人物がいること。網走だけでなく、道中でも注意しなければならない。
つかの間の団らんは過ぎ、一行は、すぐに網走へと出発することとなった。皆、簡単に荷物をまとめ、男たちは馬の準備へと向かった。その間、さくらとアシリパは見送りのフチ、オソマ、谷垣、リュウと待つこととなった。待っている間、フチはアシリパの頬に両手を添えると何かを唱え始めた。サクラは不思議に思って見ていると、隣にいた谷垣が口を開いた。
「あれは無事を祈っているんだ。」
そういうと、谷垣の手のひらがさくらの頬を同じように掴んだ。厚くて大きな手だ。杉元よりも少し大きな手は温かい。谷垣も同じようにアイヌの言葉で無事を祈る言葉を唱えてくれる。
「…私は鶴見中尉の敵ですよ?」
「だが、看病をしてもらった恩がある。」
さくら自身もかわいげのないことを言っている自覚はある。これだけ村に溶け込んでいる谷垣は、すでに第七師団だとか、そういう括りを取っ払って周囲と接していると分かっているのだ。しかし、頭の隅に、どうしてもアシリパを人質にしたあの姿がちらつく。そして、その先には銀の額あての下卑た笑みがあるのだ。谷垣自身は元来真面目な男なのだろう。そして懐も深い。意地の悪い質問にもこうして真面目に答えてくれる。
「何か武器は扱えるか。」
「…いいえ。」
「これから先は身を守れるようにしておけ。白石もあのアイヌの男も当てにならない。」
「ええ、分かっています。」
「小さなものでいい。素人ができるのは、せいぜい相手をひるませることだ。ひるんだ隙に全力で逃げろ。」
谷垣はさくらが網走へ行くのが、よほど心配なのだろう。確かに武術の心得も無い人間が、しかも女がついていくのだ。何があるかわかったものではない。国を守る軍でさえ信用できないのだ。何かあれば真っ先に狙われるのはさくらやアシリパだ。そして、それに対応できないさくらは確実に命を落とす…。
「お前だけでもここに留まるならば俺が守れるんだが…。」
さらに心配そうに眉を下げる谷垣に、なんだか毒気が抜け、さくらは、ふふっと小さく笑った。
「…谷垣さん、まるで妹を心配するお兄ち…っ!?」
さくらが笑った瞬間に、体が後ろに勢いよく引っ張られ、言葉が途中で途切れた。
「さくらさんは俺が守るから安心しろよ。お前はフチとオソマで手一杯だろ。」
仏頂面の杉元が後ろにいた。さくらを引っ張ったのは杉元のようだ。杉元の様子に谷垣は小さく息を吐いた。
「…お前がいるなら安心だろう。ただ、護身用のものは持たせてやれ。」
「分かってるさ。さくらさん、馬が準備できたよ。行こう。」
「はい。…谷垣さん、ではまた。」
また帰ってくる。生きて戻ってくるのだと意思を込めて谷垣に言った。谷垣はそれに深く頷き、見送ってくれる。
馬にまたがると、杉元が後ろからさっと飛び乗った。
「谷垣と何話してたの?」
なんとなく低く感じる声に違和感を持つも、さくらはやましいことがあるわけでは無いため、話したまま答えた。
「道中危険だから護身用になにか持つように、と。」
「…それだけ?」
「ええ。…ああ、あとは無事に帰れるようにとお祈りしていただきました。」
「あいつが頬に触れてたのもそのため?」
「ええ、フチも同じようにアシリパさんの無事を祈ってしてましたよ。」
「そっか…。でも心配しなくても俺がいるからさくらさんもアシリパさんもけがはさせないよ。」
「ありがとうございます。ですが、あまり負担を増やしてしまわないようにしてくださいね。全力で走るくらいは出来ますから。これに変えたことですし。」
そういって、買い換えたブーツを指さした。現代のファッション用のブーツとは違い、機能性重視のブーツだ。これまでの山歩きでも存分に機能を発揮してくれている。
「今なら杉元さんくらい早く走れるかもしれませんよ。」
杉元はさくらの軽口におかしそうに笑った。先ほどまでの重い雰囲気が薄まったようで、内心ほっとした。
「谷垣、フチをよろしくたのむぞ。」
馬にひらりとまたがったアシリパは、後ろを振り向き、フチたちにそう呼びかけた。谷垣は分かったというように頷き、みなで見送ってくれる。フチの寂しそうな目がさくらの胸をちくりとさせた。アシリパはすぐに背を向け、馬と同じく前を見据えている。その背中がなんだかいつもより小さく見える。二人のためにも必ず作戦を成功させ、戻ってこなくては。
「かならず帰ってきましょうね。」
さくらのまるで自分に言い聞かせるような小さなつぶやきは杉元の元へも届いた。杉元は、さくらの腹に回している腕に力を込めた。
「ああ、かならず生きて戻ろう。」
一行は馬の手綱を引き、網走へと歩を進めた。
そして、夕食を共にする間に事の顛末を話すことになった。まずはアシリパがフチに事情を説明し、それを聞いたフチはかなり驚いているようだった。しかも大切な孫娘が危険な旅へとでるのだ。心配そうな表情をして、アシリパに語りかけていた。しかし、アシリパと何度か話をしているうちに首を縦に振った。それにアシリパが、顔を輝かせ、交渉が成功したのだと分かった。
谷垣は網走行きの話をきき、中継地点の旭川について情報をくれた。第七師団の本部があり、鶴見中尉の息のかかった淀川中佐という人物がいること。網走だけでなく、道中でも注意しなければならない。
つかの間の団らんは過ぎ、一行は、すぐに網走へと出発することとなった。皆、簡単に荷物をまとめ、男たちは馬の準備へと向かった。その間、さくらとアシリパは見送りのフチ、オソマ、谷垣、リュウと待つこととなった。待っている間、フチはアシリパの頬に両手を添えると何かを唱え始めた。サクラは不思議に思って見ていると、隣にいた谷垣が口を開いた。
「あれは無事を祈っているんだ。」
そういうと、谷垣の手のひらがさくらの頬を同じように掴んだ。厚くて大きな手だ。杉元よりも少し大きな手は温かい。谷垣も同じようにアイヌの言葉で無事を祈る言葉を唱えてくれる。
「…私は鶴見中尉の敵ですよ?」
「だが、看病をしてもらった恩がある。」
さくら自身もかわいげのないことを言っている自覚はある。これだけ村に溶け込んでいる谷垣は、すでに第七師団だとか、そういう括りを取っ払って周囲と接していると分かっているのだ。しかし、頭の隅に、どうしてもアシリパを人質にしたあの姿がちらつく。そして、その先には銀の額あての下卑た笑みがあるのだ。谷垣自身は元来真面目な男なのだろう。そして懐も深い。意地の悪い質問にもこうして真面目に答えてくれる。
「何か武器は扱えるか。」
「…いいえ。」
「これから先は身を守れるようにしておけ。白石もあのアイヌの男も当てにならない。」
「ええ、分かっています。」
「小さなものでいい。素人ができるのは、せいぜい相手をひるませることだ。ひるんだ隙に全力で逃げろ。」
谷垣はさくらが網走へ行くのが、よほど心配なのだろう。確かに武術の心得も無い人間が、しかも女がついていくのだ。何があるかわかったものではない。国を守る軍でさえ信用できないのだ。何かあれば真っ先に狙われるのはさくらやアシリパだ。そして、それに対応できないさくらは確実に命を落とす…。
「お前だけでもここに留まるならば俺が守れるんだが…。」
さらに心配そうに眉を下げる谷垣に、なんだか毒気が抜け、さくらは、ふふっと小さく笑った。
「…谷垣さん、まるで妹を心配するお兄ち…っ!?」
さくらが笑った瞬間に、体が後ろに勢いよく引っ張られ、言葉が途中で途切れた。
「さくらさんは俺が守るから安心しろよ。お前はフチとオソマで手一杯だろ。」
仏頂面の杉元が後ろにいた。さくらを引っ張ったのは杉元のようだ。杉元の様子に谷垣は小さく息を吐いた。
「…お前がいるなら安心だろう。ただ、護身用のものは持たせてやれ。」
「分かってるさ。さくらさん、馬が準備できたよ。行こう。」
「はい。…谷垣さん、ではまた。」
また帰ってくる。生きて戻ってくるのだと意思を込めて谷垣に言った。谷垣はそれに深く頷き、見送ってくれる。
馬にまたがると、杉元が後ろからさっと飛び乗った。
「谷垣と何話してたの?」
なんとなく低く感じる声に違和感を持つも、さくらはやましいことがあるわけでは無いため、話したまま答えた。
「道中危険だから護身用になにか持つように、と。」
「…それだけ?」
「ええ。…ああ、あとは無事に帰れるようにとお祈りしていただきました。」
「あいつが頬に触れてたのもそのため?」
「ええ、フチも同じようにアシリパさんの無事を祈ってしてましたよ。」
「そっか…。でも心配しなくても俺がいるからさくらさんもアシリパさんもけがはさせないよ。」
「ありがとうございます。ですが、あまり負担を増やしてしまわないようにしてくださいね。全力で走るくらいは出来ますから。これに変えたことですし。」
そういって、買い換えたブーツを指さした。現代のファッション用のブーツとは違い、機能性重視のブーツだ。これまでの山歩きでも存分に機能を発揮してくれている。
「今なら杉元さんくらい早く走れるかもしれませんよ。」
杉元はさくらの軽口におかしそうに笑った。先ほどまでの重い雰囲気が薄まったようで、内心ほっとした。
「谷垣、フチをよろしくたのむぞ。」
馬にひらりとまたがったアシリパは、後ろを振り向き、フチたちにそう呼びかけた。谷垣は分かったというように頷き、みなで見送ってくれる。フチの寂しそうな目がさくらの胸をちくりとさせた。アシリパはすぐに背を向け、馬と同じく前を見据えている。その背中がなんだかいつもより小さく見える。二人のためにも必ず作戦を成功させ、戻ってこなくては。
「かならず帰ってきましょうね。」
さくらのまるで自分に言い聞かせるような小さなつぶやきは杉元の元へも届いた。杉元は、さくらの腹に回している腕に力を込めた。
「ああ、かならず生きて戻ろう。」
一行は馬の手綱を引き、網走へと歩を進めた。