白銀の世界で
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「鶴見の手下か?」
杉元が今にも飛びかかりそうな雰囲気で問いかけた。アシリパはそれに動揺しながらも「まて杉元!」と止めに入る。自身の知り合いであるなら止めに入るのは当然である。しかし、この男が鶴見と繋がっていたら…?さくらも同じく警戒した。
キロランケはその空気を意に介さず、ふうっとキセルをふかしている。
「鶴見中尉?俺が居た小隊の中尉は別の人間だ。それに俺は除隊して村で生活しているから誰とも関わりは無い。」
動揺するわけでも、取り繕うのでもなく、自然体で答えるキロランケに悪意はなさそうだ。杉元は少しして、警戒を解いた。
「たしかに鶴見中尉の手下は100名ほどといっていた。第七師団といっても鶴見中尉の隊とは限らんか…」
「名前と顔の傷でぴんときた…。不死身の杉元。こんなところで戦争の英雄に出会うとはな。」
「…英雄?」
杉元が強いことはこの目で見て知っている。他の隊の者にまで噂が回っているということは、戦果を上げた軍人だったのだろう。しかし、杉元がどれ程の功績を残したのか、戦争でどんなことをしていたか、知る機会はなかった。杉元本人に聞けば早い話だ。ただ、それをしてしまうのは憚られた。誰かを殺すことは、自身の心まで深く抉る行為だ。辺見を、二瓶を、その死に様を間近でみたさくらでさえ堪えるのだ。手にかけた杉元は如何ばかりか…。二人の皮を剥ぐ杉元の目には、光も感情も何もなかった。それは、何も感じないわけでは無いのだろう。アシリパは仲間を思う優しさを持っている杉元が、きっと本来の彼なのだろう。だからこそ、今まで散々抉られた心は摩耗し、これ以上傷つくことのないよう、閉ざされてしまったのだと思う。そんな彼にわざわざ傷を抉るようなことを聞けるだろうか。そのようなことはさくらにはできなかったのだ。
しかし、ここには同じく戦争を体験した男が一人居る。彼からであれば出会う前の杉元のことを聞くことができるかもしれない。そんな邪な気持ちが、自然と口を動かした。キロランケはさくらの言葉に反応し、言葉を継げようとしたが、杉元はそれを遮った。
「英雄なもんか、俺は死に損なっただけだ。」
自身を嘲笑したような言葉だった。遠くに見据える視線が何を思っているか、さくらはそれを思うと、自分の発した言葉がいかに薄っぺらなものか痛感させられた。これ以上、何も言えなかった。むしろ、口を開いても彼に届くような言葉を紡ぐことなどできそうに無かった。キロランケと視線が混じった。見透かすような視線が、どきりと胸をさした。紫煙をくゆらせながら、口端を少し上げる様は、さくらの気持ちをお見通しのようだった。
「アシリパはどうしてこの男たちと一緒に居るんだ?」
イトウにかぶりついていたアシリパが、口いっぱいのイトウを咀嚼しながら、なんと表現しようか考えていた。二人の出会いをさくらは知らない。さくらが初めて会ったときには、二人はすでにお互いを思いやっていたし、杉元はアシリパを守ろうと必死であった。では、アシリパは杉元をどう思っているのだろうか。…保護者と思っているのは杉元だけのような気がする。
「相棒だ。」
杉元にまっすぐ視線を向けるアシリパはそう答えた。
彼女にとって、国籍も年齢も、ましてや過去のことなど些末なことなのだ。曇りの無い瞳がそれを物語っていた。今の杉元を見て信頼に足る人物だと、そう思っているのだ。アシリパのまっすぐな心根がまぶしい。さくらも同じように杉元を思えるかと言われれば、難しいだろう。打算でしか動けないのは大人の悪い癖だ。私はアシリパのようにはなれない…。自身との違いをまざまざと見せつけられたようで、手にしていたイトウをつついて気持ちを紛らわせた。
「そうか…アシリパがそういうなら信用できるんだろう。今よりもっと小さいときから賢い子供だったからな。最後にあったのは…お前の父親の葬式か。」
「戦争から戻ったら会いに来てくれればよかったのに。」
アシリパはむっと頬を膨らませた。その姿は年相応で愛らしい。
「行ったけどお前はいつも村にいないと聞いたぞ。」
ふっと笑いながらキロランケが答えた。
「だから俺はここで待っていた。アシリパに伝えることがあるのだ。」
今までの悠々とした雰囲気から、一変した。重大なことであるのは、その場にいる全員が察せられた。キロランケの次の言葉を息を止めて待った。
「年老いた和人が俺の村に来た。その老人はある女性を探していると言っていた。…『小蝶辺明日子』」
その名前にアシリパが大きく反応した。
「どうしてその名前を…!!私の和名だ!その名前を知っているのは死んだ母と父だけなのに」
「アシリパさんの和名…?」
杉元がつぶやいた。
「あの人…」
さくらがそうつぶやくと、杉元と目が合った。お互い思っている人物は同じようだ。
「網走監獄で起きたこと…俺はすでに知っていた。のっぺらぼうは自分の外の仲間に囚人が接触できるヒントを与えていた。「小樽にいる小蝶辺明日子」のっぺらぼうはアシリパに金塊を渡そうとしていたのだ。」
アシリパに金塊…?みなの頭に疑問が浮かんだところでキロランケは続けた。
「のっぺらぼうはアシリパの父親だ。」
アシリパの体がふらり、と重心を失った。とっさにさくらはアシリパの肩を抱えて、体勢を立て直させた。
「アチャが…アイヌを殺して金塊を奪うなんてそんなの嘘だ。」
さくらは憔悴した表情のアシリパの肩をぎゅっと抱いた。
杉元が今にも飛びかかりそうな雰囲気で問いかけた。アシリパはそれに動揺しながらも「まて杉元!」と止めに入る。自身の知り合いであるなら止めに入るのは当然である。しかし、この男が鶴見と繋がっていたら…?さくらも同じく警戒した。
キロランケはその空気を意に介さず、ふうっとキセルをふかしている。
「鶴見中尉?俺が居た小隊の中尉は別の人間だ。それに俺は除隊して村で生活しているから誰とも関わりは無い。」
動揺するわけでも、取り繕うのでもなく、自然体で答えるキロランケに悪意はなさそうだ。杉元は少しして、警戒を解いた。
「たしかに鶴見中尉の手下は100名ほどといっていた。第七師団といっても鶴見中尉の隊とは限らんか…」
「名前と顔の傷でぴんときた…。不死身の杉元。こんなところで戦争の英雄に出会うとはな。」
「…英雄?」
杉元が強いことはこの目で見て知っている。他の隊の者にまで噂が回っているということは、戦果を上げた軍人だったのだろう。しかし、杉元がどれ程の功績を残したのか、戦争でどんなことをしていたか、知る機会はなかった。杉元本人に聞けば早い話だ。ただ、それをしてしまうのは憚られた。誰かを殺すことは、自身の心まで深く抉る行為だ。辺見を、二瓶を、その死に様を間近でみたさくらでさえ堪えるのだ。手にかけた杉元は如何ばかりか…。二人の皮を剥ぐ杉元の目には、光も感情も何もなかった。それは、何も感じないわけでは無いのだろう。アシリパは仲間を思う優しさを持っている杉元が、きっと本来の彼なのだろう。だからこそ、今まで散々抉られた心は摩耗し、これ以上傷つくことのないよう、閉ざされてしまったのだと思う。そんな彼にわざわざ傷を抉るようなことを聞けるだろうか。そのようなことはさくらにはできなかったのだ。
しかし、ここには同じく戦争を体験した男が一人居る。彼からであれば出会う前の杉元のことを聞くことができるかもしれない。そんな邪な気持ちが、自然と口を動かした。キロランケはさくらの言葉に反応し、言葉を継げようとしたが、杉元はそれを遮った。
「英雄なもんか、俺は死に損なっただけだ。」
自身を嘲笑したような言葉だった。遠くに見据える視線が何を思っているか、さくらはそれを思うと、自分の発した言葉がいかに薄っぺらなものか痛感させられた。これ以上、何も言えなかった。むしろ、口を開いても彼に届くような言葉を紡ぐことなどできそうに無かった。キロランケと視線が混じった。見透かすような視線が、どきりと胸をさした。紫煙をくゆらせながら、口端を少し上げる様は、さくらの気持ちをお見通しのようだった。
「アシリパはどうしてこの男たちと一緒に居るんだ?」
イトウにかぶりついていたアシリパが、口いっぱいのイトウを咀嚼しながら、なんと表現しようか考えていた。二人の出会いをさくらは知らない。さくらが初めて会ったときには、二人はすでにお互いを思いやっていたし、杉元はアシリパを守ろうと必死であった。では、アシリパは杉元をどう思っているのだろうか。…保護者と思っているのは杉元だけのような気がする。
「相棒だ。」
杉元にまっすぐ視線を向けるアシリパはそう答えた。
彼女にとって、国籍も年齢も、ましてや過去のことなど些末なことなのだ。曇りの無い瞳がそれを物語っていた。今の杉元を見て信頼に足る人物だと、そう思っているのだ。アシリパのまっすぐな心根がまぶしい。さくらも同じように杉元を思えるかと言われれば、難しいだろう。打算でしか動けないのは大人の悪い癖だ。私はアシリパのようにはなれない…。自身との違いをまざまざと見せつけられたようで、手にしていたイトウをつついて気持ちを紛らわせた。
「そうか…アシリパがそういうなら信用できるんだろう。今よりもっと小さいときから賢い子供だったからな。最後にあったのは…お前の父親の葬式か。」
「戦争から戻ったら会いに来てくれればよかったのに。」
アシリパはむっと頬を膨らませた。その姿は年相応で愛らしい。
「行ったけどお前はいつも村にいないと聞いたぞ。」
ふっと笑いながらキロランケが答えた。
「だから俺はここで待っていた。アシリパに伝えることがあるのだ。」
今までの悠々とした雰囲気から、一変した。重大なことであるのは、その場にいる全員が察せられた。キロランケの次の言葉を息を止めて待った。
「年老いた和人が俺の村に来た。その老人はある女性を探していると言っていた。…『小蝶辺明日子』」
その名前にアシリパが大きく反応した。
「どうしてその名前を…!!私の和名だ!その名前を知っているのは死んだ母と父だけなのに」
「アシリパさんの和名…?」
杉元がつぶやいた。
「あの人…」
さくらがそうつぶやくと、杉元と目が合った。お互い思っている人物は同じようだ。
「網走監獄で起きたこと…俺はすでに知っていた。のっぺらぼうは自分の外の仲間に囚人が接触できるヒントを与えていた。「小樽にいる小蝶辺明日子」のっぺらぼうはアシリパに金塊を渡そうとしていたのだ。」
アシリパに金塊…?みなの頭に疑問が浮かんだところでキロランケは続けた。
「のっぺらぼうはアシリパの父親だ。」
アシリパの体がふらり、と重心を失った。とっさにさくらはアシリパの肩を抱えて、体勢を立て直させた。
「アチャが…アイヌを殺して金塊を奪うなんてそんなの嘘だ。」
さくらは憔悴した表情のアシリパの肩をぎゅっと抱いた。