白銀の世界で
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「やあ、さくら君じゃないか。」
まるで、旧知の仲だとでもいうように鶴見がこちらに声をかけた。…第7師団まで来ていたのか。思わぬ遭遇に体は固まったように動かなかった。よりにもよって、この男が演奏していたとは。あの穢らわしい指で、鍵盤に触れていたのか。こんな男の音色を一瞬でも美しいと思った自分にさえ腹が立つ。思い出まで汚されてしまったような気がして、奥歯をぎり、と食いしばった。
「鶴見さんのお知り合いですか!」
「顔見知りでしてね…以前色々と。」
「こんな別嬪さんを!隅に置けませんなあ!」
隣の初老の男が豪快に笑った。あらぬ方向へ誤解されているが、鶴見は否定するでも無く微笑んだ。
「君がいると言うことは杉元も一緒だね。」
断定した物言いでさくらの目を射ぬく。鋭い視線に、心臓がわしづかみにされたような感覚になった。何も言えずにいると、鶴見は、あのときのように探るような、それでいてほの暗い欲を孕んだ陰湿な視線をよこした。全身を撫でるように這い回る視線に吐き気がする。
「お嬢さん、顔色が悪いようだが」
何も知らない男は、さくらを気遣わしげに見やった。
「い、いえ…」
あの指が這い回るのが思い出され、口元を押さえた。
胃の中がせり上がる感覚を必死に押さえ、どうやってこの場から逃げるか考える。素性を知らぬ男一人ならば、素知らぬふりで立ち去ることはできるだろう。しかし、鶴見がこのまま帰すはずが無い。すぐに拘束されてしまうだろう。余裕そうな鶴見の表情から、逃げることはかなわないのだと察せられた。このまま、捕らえられるのか…。次はきっと、あのときとは比べものにならない仕打ちが待っているのだろう。命さえあるのかどうか…。
「無駄だよ。そこら中に部下がいる。」
鶴見は、この場に似つかわしくない爽やかな笑顔をさくらに向けた。
「…次は何をお望みで?」
「そうだなあ…『きみ』とでも言っておこうか。」
楽しそうに返す言葉が、鶴見の異常さを際立たせた。
「私になど価値はありませんよ。」
どうせ刺青人皮のありかをはかせたら用済みなのだ。
「君が残してくれた物はとても興味深かったよ。」
…残した物、と言われて思い浮かんだのは、勤めていた店においてきた未来の所持品だった。店までくまなく探していたとは、やはり熱の入れようが違う。刺青人皮は、それだけ欲するだけでのものであろう。そのおこぼれで出てきたのが私の未来の品なのだろう。
「知ったところで、なんともなりませんよ。」
こんな男に教えてなどやるものか。たとえ、役に立つものが入っていたとしても、この男の力になるようなことには、一切手を貸してやりたくない。
「つれないねえ。」
そう笑いながら、席を立つ鶴見に、さくらは一歩後ろに下がった。たとえ捕まるとしても、ここで諦めたくない。私が諦めれば、次はアシリパや杉元が狙われる番だ。
すぐ近くで大きな物音がした。どすん、と重い物が倒れるような音に、一瞬、鶴見も隣の男も注意をそちらへ向けた。
今だ!とっさに踵を返し、階段を駆け下りた。後ろは振り返らない。そんな暇があれば一歩でも早く前に進まなければ!
「鶴見がいた!出るよ!」
「な…!さくらっ!!」
厠を済ませたアシリパの手を引いて、屋敷を飛び出した。
屋敷を出た瞬間、何発もの銃弾の音が聞こえた。アシリパはすぐさま弓を準備し、矢尻に着いた毒をそぎ落とした。
「きっと、杉元だ。まずは白石と合流しよう。」
それに小さく頷くと、身を潜ませながら、海岸へと移動した。小高い丘にある屋敷から下っていくと、だんだんと岩場が多くなってくる。アシリパは歩きやすい道を自然と見つけ、その後をサクラはついて行った。あと少しで海岸と言うところで、二人の人影が見えた。
「あれは、杉元さんと…」
先ほどまで色々と案内をしてくれていた男が一緒だった。何とか無事にここまでたどり着いたのだと、ほっと胸をなで下ろした矢先だった。杉元の後ろをついていた男が得物を振り上げたのだ。
「杉元さん!!」
届くか分からない声でさくらは杉元の名を叫んだ。さくらの叫び声と、アシリパが矢を射るのはほぼ同時だった。振り返った杉元が中でそれを防いだ。そこからは、杉元の優勢だった。男を殴り倒し、銃剣の刃を男の胸に突き刺した。
その間に白石の方へとアシリパと共に同流した。
「急げ杉元!第7師団が追ってきてるぞ!」
白石の声で丘を見ると、鶴見とその部下たちの姿があった。
杉元はとどめをさすべく、刃を男の胸へと沈ませていく。しかし、その横から大きな陰がやってきた。
「レプンカムイだ!」
その場にいた全員が絶叫した。
「アシリパさん、さくらさん、白石、船に乗れ!刺青がシャチに食われちまう!!」
杉元の指示で皆が急いで船に飛び乗った。
「まさか!あの人が辺見和雄なんですか!?」
思わぬ人物にさくらは二重で驚いた。それに白石が「間違いねえ。あの人の良さそうな顔で殺したやつの話してやがったぜ。」と答えた。杉元と白石は必死になって舵をとった。
シャチの姿が見えるところまで行くと、辺見はシャチにボールのように投げられていた。
「シャチが辺見をぶん投げてる!」
「なにやってるんだ?」
「ヒグマのリコシノッ(投げ上げ)と同じようなものなのかも。」
「確か…得物の抵抗をなくさせるためだったと聞いたことがあります。」
テレビで昔見た番組でシャチがアザラシを投げ上げている映像を見たことがある。確か、そのような意味合いだったと言っていた。
「あれは得物が死ぬまで、しばらく続けるはずです。」
「…だとすると、取り返すのは今のうちか。」
「杉元!第7師団だ!アイヌの船を奪って追ってきた!」
「なんのつもりにしてもシャチが喰わねえってんなら…この隙に取り戻すしかねえ!」
そういって、杉元は自身の服を緩めた。
「まさか!杉元さん飛び込む気ですか!?」
「やるしかねえだろ。さくらさん…後ろ向いててよ。」
恥ずかしそうにもじもじする杉元に、こちらまで恥ずかしくなってくる。言われたとおり、背を向けてた。布擦れの音が聞こえ、なんだか顔に熱が集まってくる。
「ぴゅう!さくらちゃん、その顔かわいーい!」
茶化す白石の言葉に一気に顔の熱が冷める。冷たい視線を向けると、くうんと白石が鳴いた。
「ちくしょう!このクソ冷たい海に飛び込むのか!オイ止まるなよ俺の心臓!…アシリパさん見ないで!!」
そういって、ばしゃんと海に飛び込んだ。しばらく水面が激しく揺れ、杉元の顔が出てきた。その後ろからシャチが追ってくる。
「杉元さん!早く!」
「来るぞ杉元!早く船に上がれ!」
白石と二人がかりで辺見を引き上げ、その後すぐさま杉元が船に上がった。近づいてくるシャチに船を体当たりをされれば、ひとたまりも無い。アシリパが槍を手に、思い切りシャチに投げつけた。それはシャチに命中し、深く刺さった。
「引っ張られるぞ!つかまれ!!」
振り向いたアシリパの声に、すぐ船の縁につかまった。後ろの杉元から、ごん!大きな音がした。
「杉元さん!大丈夫ですか!」
「頭を打っただけだから大丈夫だよ。」
そういう杉元はすでに縁をつかんで体勢を整えていた。そして追っている第7師団の方を見ながら「このまま、撒いてやろう!」と得意そうに言った。
さくらも同じように第7師団の方へ視線を向けた。遠くからでも分かる額あてに、自然とにらみつけるような視線を向けた。
「…さくらさん?」
はっと我に返ったさくらは「なんでもありません。」と微笑んでみせた。
まるで、旧知の仲だとでもいうように鶴見がこちらに声をかけた。…第7師団まで来ていたのか。思わぬ遭遇に体は固まったように動かなかった。よりにもよって、この男が演奏していたとは。あの穢らわしい指で、鍵盤に触れていたのか。こんな男の音色を一瞬でも美しいと思った自分にさえ腹が立つ。思い出まで汚されてしまったような気がして、奥歯をぎり、と食いしばった。
「鶴見さんのお知り合いですか!」
「顔見知りでしてね…以前色々と。」
「こんな別嬪さんを!隅に置けませんなあ!」
隣の初老の男が豪快に笑った。あらぬ方向へ誤解されているが、鶴見は否定するでも無く微笑んだ。
「君がいると言うことは杉元も一緒だね。」
断定した物言いでさくらの目を射ぬく。鋭い視線に、心臓がわしづかみにされたような感覚になった。何も言えずにいると、鶴見は、あのときのように探るような、それでいてほの暗い欲を孕んだ陰湿な視線をよこした。全身を撫でるように這い回る視線に吐き気がする。
「お嬢さん、顔色が悪いようだが」
何も知らない男は、さくらを気遣わしげに見やった。
「い、いえ…」
あの指が這い回るのが思い出され、口元を押さえた。
胃の中がせり上がる感覚を必死に押さえ、どうやってこの場から逃げるか考える。素性を知らぬ男一人ならば、素知らぬふりで立ち去ることはできるだろう。しかし、鶴見がこのまま帰すはずが無い。すぐに拘束されてしまうだろう。余裕そうな鶴見の表情から、逃げることはかなわないのだと察せられた。このまま、捕らえられるのか…。次はきっと、あのときとは比べものにならない仕打ちが待っているのだろう。命さえあるのかどうか…。
「無駄だよ。そこら中に部下がいる。」
鶴見は、この場に似つかわしくない爽やかな笑顔をさくらに向けた。
「…次は何をお望みで?」
「そうだなあ…『きみ』とでも言っておこうか。」
楽しそうに返す言葉が、鶴見の異常さを際立たせた。
「私になど価値はありませんよ。」
どうせ刺青人皮のありかをはかせたら用済みなのだ。
「君が残してくれた物はとても興味深かったよ。」
…残した物、と言われて思い浮かんだのは、勤めていた店においてきた未来の所持品だった。店までくまなく探していたとは、やはり熱の入れようが違う。刺青人皮は、それだけ欲するだけでのものであろう。そのおこぼれで出てきたのが私の未来の品なのだろう。
「知ったところで、なんともなりませんよ。」
こんな男に教えてなどやるものか。たとえ、役に立つものが入っていたとしても、この男の力になるようなことには、一切手を貸してやりたくない。
「つれないねえ。」
そう笑いながら、席を立つ鶴見に、さくらは一歩後ろに下がった。たとえ捕まるとしても、ここで諦めたくない。私が諦めれば、次はアシリパや杉元が狙われる番だ。
すぐ近くで大きな物音がした。どすん、と重い物が倒れるような音に、一瞬、鶴見も隣の男も注意をそちらへ向けた。
今だ!とっさに踵を返し、階段を駆け下りた。後ろは振り返らない。そんな暇があれば一歩でも早く前に進まなければ!
「鶴見がいた!出るよ!」
「な…!さくらっ!!」
厠を済ませたアシリパの手を引いて、屋敷を飛び出した。
屋敷を出た瞬間、何発もの銃弾の音が聞こえた。アシリパはすぐさま弓を準備し、矢尻に着いた毒をそぎ落とした。
「きっと、杉元だ。まずは白石と合流しよう。」
それに小さく頷くと、身を潜ませながら、海岸へと移動した。小高い丘にある屋敷から下っていくと、だんだんと岩場が多くなってくる。アシリパは歩きやすい道を自然と見つけ、その後をサクラはついて行った。あと少しで海岸と言うところで、二人の人影が見えた。
「あれは、杉元さんと…」
先ほどまで色々と案内をしてくれていた男が一緒だった。何とか無事にここまでたどり着いたのだと、ほっと胸をなで下ろした矢先だった。杉元の後ろをついていた男が得物を振り上げたのだ。
「杉元さん!!」
届くか分からない声でさくらは杉元の名を叫んだ。さくらの叫び声と、アシリパが矢を射るのはほぼ同時だった。振り返った杉元が中でそれを防いだ。そこからは、杉元の優勢だった。男を殴り倒し、銃剣の刃を男の胸に突き刺した。
その間に白石の方へとアシリパと共に同流した。
「急げ杉元!第7師団が追ってきてるぞ!」
白石の声で丘を見ると、鶴見とその部下たちの姿があった。
杉元はとどめをさすべく、刃を男の胸へと沈ませていく。しかし、その横から大きな陰がやってきた。
「レプンカムイだ!」
その場にいた全員が絶叫した。
「アシリパさん、さくらさん、白石、船に乗れ!刺青がシャチに食われちまう!!」
杉元の指示で皆が急いで船に飛び乗った。
「まさか!あの人が辺見和雄なんですか!?」
思わぬ人物にさくらは二重で驚いた。それに白石が「間違いねえ。あの人の良さそうな顔で殺したやつの話してやがったぜ。」と答えた。杉元と白石は必死になって舵をとった。
シャチの姿が見えるところまで行くと、辺見はシャチにボールのように投げられていた。
「シャチが辺見をぶん投げてる!」
「なにやってるんだ?」
「ヒグマのリコシノッ(投げ上げ)と同じようなものなのかも。」
「確か…得物の抵抗をなくさせるためだったと聞いたことがあります。」
テレビで昔見た番組でシャチがアザラシを投げ上げている映像を見たことがある。確か、そのような意味合いだったと言っていた。
「あれは得物が死ぬまで、しばらく続けるはずです。」
「…だとすると、取り返すのは今のうちか。」
「杉元!第7師団だ!アイヌの船を奪って追ってきた!」
「なんのつもりにしてもシャチが喰わねえってんなら…この隙に取り戻すしかねえ!」
そういって、杉元は自身の服を緩めた。
「まさか!杉元さん飛び込む気ですか!?」
「やるしかねえだろ。さくらさん…後ろ向いててよ。」
恥ずかしそうにもじもじする杉元に、こちらまで恥ずかしくなってくる。言われたとおり、背を向けてた。布擦れの音が聞こえ、なんだか顔に熱が集まってくる。
「ぴゅう!さくらちゃん、その顔かわいーい!」
茶化す白石の言葉に一気に顔の熱が冷める。冷たい視線を向けると、くうんと白石が鳴いた。
「ちくしょう!このクソ冷たい海に飛び込むのか!オイ止まるなよ俺の心臓!…アシリパさん見ないで!!」
そういって、ばしゃんと海に飛び込んだ。しばらく水面が激しく揺れ、杉元の顔が出てきた。その後ろからシャチが追ってくる。
「杉元さん!早く!」
「来るぞ杉元!早く船に上がれ!」
白石と二人がかりで辺見を引き上げ、その後すぐさま杉元が船に上がった。近づいてくるシャチに船を体当たりをされれば、ひとたまりも無い。アシリパが槍を手に、思い切りシャチに投げつけた。それはシャチに命中し、深く刺さった。
「引っ張られるぞ!つかまれ!!」
振り向いたアシリパの声に、すぐ船の縁につかまった。後ろの杉元から、ごん!大きな音がした。
「杉元さん!大丈夫ですか!」
「頭を打っただけだから大丈夫だよ。」
そういう杉元はすでに縁をつかんで体勢を整えていた。そして追っている第7師団の方を見ながら「このまま、撒いてやろう!」と得意そうに言った。
さくらも同じように第7師団の方へ視線を向けた。遠くからでも分かる額あてに、自然とにらみつけるような視線を向けた。
「…さくらさん?」
はっと我に返ったさくらは「なんでもありません。」と微笑んでみせた。